崖の縁のミウたん   作:新六毛

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白き魔物と雪冠の女神 (3)

「こっちにおいで、シャル! 皆で居た方が安心でしょ?」

暗闇の中、ぼんやりと浮かび上がるシルエットがイチゴの胸に飛び込んできた

イチゴは嬉しかった

これまで頑なに心を閉ざしていた彼女が、初めて自分を頼りにしてくれた事が…

朝からずっとこの悪天に悩まされてきたが、この瞬間だけはそれに感謝した

「皆で一瞬なら怖くないです~」

義妹達もきっと同じ気持ちなのだろう

これまで心の中でずっと気になっていた彼女が、文字通り《家族》の輪に飛び込んで来てくれたのだから…

暴風は脈動するかの様に、その勢力を一時弱めてはまた盛り返す

再びやって来た風の一団が轟音を鳴らし、人形館を激しく揺さぶる

イチゴの腕の中でシャルがガタガタ震えている

今まで感情を一切表す事がなかった彼女の、初めての哀れな感情表現

イチゴはシャルを一際強く抱きしめる

「大丈夫だからね! みんなで居れば安心だからね!」

「………怖い ……怖い ……が… 来る……」

ガチガチと歯を鳴らし、まるでイチゴ自体に潜り込まんとする程、その小さな身体を押し付けて来るシャル…

「………来る? ………きっと、朝には嵐も去って行くよ… さぁ ここに潜って…」

そんなシャルを抱いたまま、布団の山裾を捲り上げ、その中へと潜り込む

「この建物はコンクリート製ですから、風位で壊れませんよ~!」

中央で顔を付き合わせたアマ子が、きっとシャルを安心させる為だろう、声を上げた

「あたしはマロンです~ 宜しくです~」

「わらわはアプ様なのじゃ!」

年の近い幼年組は、新しい友達に改めて自己紹介をする

だが、シャルはそんな少女達の挨拶には反応せず、小さな声を譫言の様に絞り出した

「………ママが言ってた…… 見たこともない大雪の降った夜に…… 風がアレを連れ来るって…… みんな…… 殺されるって……」

「「!!」」

布団の中の少女達が息を飲んだのが、暗闇の中でも伝わってきた

普段なら他愛もないお伽噺として、幼年組以外は鼻で笑ったかもしれない

だが既に異常事態と言ってよい天候と、それに伴う様々な障害、それが少女達の心を普段より数段ナーバスにし、更につい先刻までまともに口も聞かなかったシャルの怯え切ったその口調が、そのお伽噺に凄まじいリアリズムを与えていたのだ

疑心、暗鬼を生ず…

古の諺が示す様に、早速少女達の耳には、風の唸りが、得体の知れない怪物のそれに聞こえていた

「ア、アレって… ナニアル…?」

誰しもが心に浮かんだ疑問を、中国娘が代表するかの様に尋ねた

「………風が止んだ…… 怖い! 来る! みんな殺される!」

その問にも答えず、シャルは震える声で叫んだ

その声に意識を外に向ければ、確かについ先刻まであれ程吹き荒れていた暴風がピタリと収まり、不気味な程の静けさが人形館を覆っていた

待ち望んでいた嵐の終演だが、誰1人声を上げる者は居ない

ただ息を殺して、やって来ると言う何者かの気配を壁の向こうに探す…

 

『ドサッ!』

 

「「ひぃっ!?」」

突如、何かが雪を潰す音が静寂を破った

「何なの!?」

「こ、怖い!」

「みんな落ち着いて! 屋根の雪が落ちただけよ!」

そう叫んで皆を落ち着かせるイチゴも、言い知れぬ緊張に喉が渇き切っていた

誰もが感じていたその緊張は、別の生理現象も加速させる

「マロン、おトイレに行きたいです…」

「わらわも行きたいのじゃ…」

「アマ子も行きたいですね…」

続々上がるその声に、ザクロは人形館でただ1台、彼女が預かる型遅れの携帯電話を開く

淡い光が彼女の白い顔を浮かび上がらせる

「おトイレに行きたい人は着いて来て…」

「ごめん、ついでにお茶が残ってたら飲みたいな… 喉、乾いちゃった…」

イチゴの声に、夕方までお茶作りをしていた少女が答える

彼女と、その手伝いに立った数人…

そして結局、イチゴとシャルだけが寝室に残された

 

「怖がらなくても大丈夫だよ… シャルのママが言っていたのはね… 言うことを聞かない悪い子達の所にだけやって来る怪物なのよ… 私達はな~んにも悪い事してないんだから、怖がらなくても平気でしょ…?」

そう言ってシャルの肩を優しく叩くイチゴ

その言葉には、彼女の信念も込められていた

例え本当に得体の知れない何者かがやって来たとして、自分達が危害を加えられる謂われは無い

だって私達は、もう十分不幸な星の元に生まれたではないか…

誰にも迷惑を掛けず、清貧にただ毎日を生きるだけの私達を、一体誰が傷つけようと言うのか…

「……でも私…… 悪い子だから………」

「えっ?」

「私…… 悪い子だから…… 皆と一緒にご飯食べないし…… お話も出来ないし…… 私が悪い子だから…… だから…… ママも…… 私の事……」

シャルが顔を埋めるイチゴの胸に、温かい感触が広がっていった

「そんな事ない! 本当に悪い子は、自分を悪い子だなんて言わないものよ! シャルのママは、きっと迎えに来るよ! だって………!」

シャルの肩を強く抱くイチゴは声を詰まらせた

自分にも居る筈の母の存在を… 忘れていたつもりのその存在を…

シャルの温かさが思い起こさせたからだった…

 

 

 

「「いやぁぁぁぁぁっ!!」」

凄まじい悲鳴が人形館の静寂を切り裂いた

無数のけたたましい足音が廊下を駆け抜け、イチゴの待つ寝室へと飛び込んできた

「何かいる! 表に…! 何かいる…!」

普段は冷静沈着で、ちょっとの事では顔色1つ変えないザクロ

そんな彼女の、聞いた事も無い上擦った声に、然しものイチゴも恐慌に近い感情が沸き上がるのを感じた

彼女とてまだ年端もいかぬ少女である

責任感だけで全てを切り抜けられる程、強靭ではない

「お、落ち着いて… 落ち着いくのよ…」

叫びたい衝動を必死に押さえて紡いだその台詞は、掠れていたに違いない

「怖いです~! お化けです~!」

「何か居たアル! 声がしたアル!」

ザクロと共に転がり込んで来た少女達も、銘々に体験した恐怖を口にする

 

『ザクンッ』

 

「「ひぃっ!?」」

窓の外で、また雪を潰す音がした

「「い、いやぁぁぁっ!!」」

既に少女達の精神状態は極限である

「お、落ち着いて! 雪よ… 屋根の雪が…!」

 

『ザクンッ』

 

「「!!」」

 

『ザクンッ』

 

「そんな……… 嘘よ……」

最早イチゴにも皆を励ます余裕は無かった

彼女の脳裏にも、雪を踏み締め、人形館の周りを闊歩する、得体の知れない何かの姿が浮かび上がっていた

その足音は人間程度の軽い物ではない

もっと巨大な質量を持った何か…

 

『ザクンッ』

 

「………ンゴロポポス……」

イチゴの腕の中でシャルが呟いた

「えっ!?」

「ンゴロポポスが来た…… ママ…… 助けて……!」

 

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