『キュィィィィィィッ!!』
激しいタイヤのスリップ音を響かせながら、ピンクミウたん号がミッドナイトの駅前通りを疾走する
「あっぶな~い!」
そのピンクミウたん号に肉薄する1台の青い痛車
今、この2台は激しいカーチェイスを繰り広げている
寝静まった駅前触れ合い商店街に木霊する、2台の暴走車のエンジン音
事の始まりはミウたんの元に届いた1通の手紙である…
人類がその誕生と共に築き始めた"文明"
科学、医学、建築学、天文学から農業、産業、軍事に至るまで、万物は日々進化し、発達してきた
だが人の知性は時として、一見無意味で無価値と思える事象にまで、狂おしい情熱を要求する
其が芸術である 芸術は常に人の側にあり人と共に歩んできた
ある者は言う、人生とは人が造うる最高の芸術作品そのものであるとーーーー
そんな芸術界に於て、今最も熱き才能が集う場所の一つ…
其がこけしアートの世界だ
新進気鋭のこけし職人として(こけし業界で)一躍脚光を浴びるミウたん
当然その存在は(こけしマニアの)衆目の的となり、嫌がおうにも敵を作る事になる
『ビッグ・バースト』
その頭文字を取り、そう呼ばれる組織がある
正式名称 "鳴子観光こけし業組合連絡会"
組合員数250人、こけし国内販売シェアの実に22%を占める巨大組織である
其処から届いた1通の手紙…
其処にはミウたんのこけし代表作である
"花笠ぼんぼり側位付け富士の段 ~初夏の能登半島産真桑瓜を添えて~" が、
当組合員の作品を明らかに模倣したものであり、これに対する説明を求め、場合によっては告訴も辞さないとする極めて傲慢な内容が記されていた
感性鋭いミウたんは其れが自分に対するスカウトであると直ぐに見抜く
しかしミウたんは自分のこけし製作に制約を設けるつもりはない
確かに組合に入ればメリットは大きいだろう
だが組織の中で行う製作は既にアートではない
少なくともミウたんはそう思う ミウたんはビッグ・バーストの誘いを黙殺した
その結果がこのカーチェイスである
鳴子峡とこけしの描かれた痛車でミウたんを執拗に追いかけ、黙殺の事情の説明を求める悪烈組織ビッグ・バースト
だがミウたんは決して負けはしない!明日に向かい、必ず魔の手から逃げ切って見せる!
『キキーーーッ! ドン!』
「アブナイデゴザ~ル!」
公園通りに響いた急ブレーキと衝撃音
停車した1台のアメ車から茶髪の女が降りてくる
突如目の前に現れた2台の暴走車を間一髪かわした彼女
だが、その代償として車の前には1人の幼女が横たわっていた…
「ミネウチデゴザ~ル!」
幼女の側で暫く様子をみていた女は安堵した表情を見せると、そのまま運転席に乗り込み、幼女を避ける様にその場を走り去って行った
間もなくその少女と言うには余りに幼い女の子は静に息を引き取る…
冬の足音が聞こえだす頃、街ではラムネと呼ばれる野良幼女の交通事故が急増する
寒さに弱いが冬眠はしないラムネ達は、寒さが厳しくなると暖を求めて街中に集まりだす
その結果、事故や事件に巻き込まれるラムネも増えてくるのだ…
ラムネ(和名:らむね)ーーーー
霊長類ネット科ミント目に属する小型の幼女
日本では主に平野に生息しており、沖縄の一部を除き、ほぼ全国で見られる雑食性の幼女である
緑色の頭髪とクリーム色の着衣が特徴的である
性格は奔放でお菓子を好む 近目種に栗色の頭髪を持つ雛菊や、ツインテールのプリシラ、存在感のないティナ等がいる
捕獲は容易で、好物のお菓子を置けば直ぐに寄って来る
この時、お菓子を持ち去れない様にガラスケースや鉄網などで覆うとよい
お菓子を食べれないラムネは
「大きくなったらお菓子になる~」
などと鳴くのですかさず
「それじゃ 今なりなよ!」
と言って鈍器で弱点の頭部などを痛打して仕留める
味は淡白だが癖はなく、土地土地で様々な料理に活用される
茨城の"ラムネード"や岡山の"山椒ラムネ"が有名である
彼女達の生態を観察して見よう
野良ラムネの朝は早い…
東の空がうっすらと白む頃、初冬の冷たい空気が透明なガラス板の様に街に張り詰める
公園の生垣から緑色の頭髪が特徴的なラムネが1人、のそのそと這い出て来た
しばらく両肩を抱いて踞り、冷えきった体を少しでも温めようとする
「ふぁ~~……」
小さな欠伸をして立ち上がると、水飲み場で洗顔し朝食の確保に向かう
彼女が這い出た生垣をよく見ると、不幸にも朝を迎える事が出来なかった痩せ細った個体が1人、小さな亡骸を晒していた…
運良く凍死を免れた先程のラムネは公園に隣接する住宅街にやって来た
早朝、人気の無い住宅街を行くラムネのお目当ては……ゴミの集積場
当然まだ誰もゴミを出してはいない為、そこには何も無い
だが誰よりも早くここに来て縄張りを主張しなければ、朝食にはありつけないのだ
そう、彼女の本日の朝食はここに捨てられる生ゴミなのだ
程無くして人の足音が聞こえるとラムネは一旦、塀の陰に身を潜める
ゴミを捨てにきた住人に見つかれば面倒な事になるのは彼女でも理解できる
この住宅街の住人からすれば野良ラムネはゴミ捨て場を荒らす害幼女だ
出勤前なのか、スーツ姿の男性が両手に持ったゴミ袋をゴミ捨て場に無造作に放り投げ、忙しそうに足早に去って行った
「お菓子食べる~…」
男性が去ったのを確認すると、ラムネは塀の陰から身を現しゴミ袋に飛び付く
「これ~…」
ラムネがゴミ袋を漁り、中から烏賊の軟骨を見つけて口に運んでいると不意に側で声がした
振り向けばもう1つのゴミ袋に見知らぬラムネがたかっている
自分の縄張りを荒らす侵入者にラムネは臨戦体制を取る
無防備に背中を向けてゴミ袋を漁る侵入ラムネに対し、ワンピースのポケットから車の玩具を取り出す場主ラムネ
大胆不適な侵入者の真後ろで、その車の玩具を手で動かし地面を走らせる!
ビクッとなって侵入ラムネは初めて場主ラムネに対峙する
侵入者とて生きる為に必死である
彼女もポケットから車の玩具を取り出すと同じ様に地面を走らせ始めた
「プップ~!」
時に効果音を交えながら、必死に玩具のカーチェイスを展開する二人…
端から見れば微笑ましい玩具遊びに見えるかもしれない
だが、これはラムネ種にとって生存を掛けた最大限に激しい命がけのバトルなのである!
負けた者は大人しくこの場を離れる
それは今日の朝食を得られぬ事を意味し、またそれはあの生垣の中で凍えて死んだ惨めな敗北者になる事を意味するのだ
早朝のゴミ捨て場で続く激しいカーチェイス
だが、不意に場主ラムネは猛烈な勢いでその場を離れ、近くの民家の垣根に身を潜り混ませた
勝舞あり!
残された侵入ラムネは自分の勝利を確信し満面の笑顔を見せた
次の瞬間、その笑顔が激しく歪む!
鈍い音が響き、侵入ラムネは顔面から地面に倒れる
「また来やがったかこのガキ!」
そこには鈍器の様な物を持った作業着の男… 市の清掃局員がいた
男の持つ鈍器から赤黒い滴がヒタヒタと垂れる
男は慣れた手つきで倒れた侵入ラムネの首根っこを掴むと、そのまま清掃車の投入口に放り投げる
メキメキと音がしてゴミ袋と共に侵入ラムネが飲み込まれて行く…
場主ラムネには小さな悲鳴が聞こえた気がした…
静けさが戻ったゴミ捨て場に1人戻るラムネ
足下に主を失った車の玩具がポツンと横たわる…
「…………普通だよ………………」
誰に言うでもなく彼女は呟いた
そしてそのまま何処かに姿を消して行った…
野良ラムネ… 3年を生き伸びる個体は十に一つと言われる…
一方その頃、ピンクミウたん号は陸橋の橋脚に突っ込み大破、ミウたんは全治2ヶ月の重症を負っていた