崖の縁のミウたん   作:新六毛

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白き魔物と雪冠の女神 (4)

『ウォォォォォォォォッ!!!』

 

「「きゃぁぁぁぁぁっ!!」」

それは獣の咆哮とも、人間の断末魔とも思聞き取れる、得体の知れない何かの叫び声だった

既に少女達は、悲鳴以外の意味のある言葉を発する事が出来なかった

バリバリッ、ガチャン! と音がして、窓ガラスが粉々に砕けた

それまで止んでいた筈の風が、操られているかの様に、割れた窓から猛烈な勢いで吹き込んで来る

手で風を遮りながら、割れた窓の奥を見遣る

 

其処でそれと"目"が合った

 

「!!」

"目"と言っても、其れは窓の半面を埋める程もある、巨大な暗い光の玉であった

人知を越えた、得体の知れない巨大な何かが、今すぐ其処にいる…

吹き込む猛烈な風と、理解を越えた恐怖に、少女達は身動ぎ1つ出来なかった

次の瞬間、割れた窓から、大きな白い雪の塊が静かに侵入して来た

其れが5本の指を持つ、何者かの巨大な右手だと認識するのに時間は掛からなかった

見る間に大きく広げられた其れは、獲物を物色するかの様に、寝室の宙空をさ迷う

 

「……いやぁ………」

 

悲鳴を上げる気力も体力も、少女達には残っていなかった

目の前の光景と極限の状況に、脳が感情の処理を仕切れないのかも知れない

 

「!?」

 

突如、イチゴに抱かれたシャルが起き上がり、その白い巨手の前に立ち塞がる

「シャル駄目! 危ない!」

イチゴの悲痛な叫びが木霊する

「ンゴロポポス… 悪い子はシャルだけなの… だからシャルだけを連れて行って… 皆は… とってもいい子だよ… 悪いシャルを… 悪いママの所に連れて行って……!」

恰もその言葉に反応したかの様に、白い巨手はシャルの前で動きを止めた

そして獲物を見つけたか獣の様に、彼女の小さな身体を包み込もうと一段と掌を広げる

 

「待ちなさい! ンゴロポポスだかジーサマーだか知らないけど、あんたに私達を傷つける権利があるの!?」

シャルの前にイチゴが立ち塞がった

何故かは分からないが、さっきまであんなに震えていた膝は元に戻り、恐怖で鳴っていた奥歯は強く噛み締められていた

イチゴの心の中に熱い物が溢れていた

其れはママ先生としての責任感に由来する物では無い

もっと何か直感的な、本能に由来する怒りに似た感情だった

 

「殺すなら私を殺しなさいよ! 普段からママ先生だ何だって威張っているのに、満足に食事も与えられない私を! 皆のひもじさより、自分のプライドを優先させる下衆な私を! 一番悪い私を!」

イチゴは自ら、その巨手の中に身を進めた

何も怖く無かった

それどころか、この巨大な化け物に打ち勝つ自信さえあった

自分が… 私達が… これからの人生で立ち向かうであろう敵は、きっとこんな怪物よりもっと醜悪で、悪意に満ちた物の筈なのだから…

こんな怪物に怯んでいる暇などない…!

 

「ママ先生が… イチゴが下衆なら、私は悪魔よ…」

イチゴの傍らにザクロが立つ

「いっつも皆がイチゴの事ばかり慕うのが気に入らなくて… イチゴを困らせたくて… 井戸のポンプを壊したのは私なの… だから、私を殺して! 一番悪い私を殺して!」

 

「其を言うならアマ子だって悪党ですよ~ ホントはポンプなんて直ぐ直せたんです~ ただ冷たい水に手を入れるのが嫌で~ だからアマ子も同罪です~ アマ子も殺って下さい~!」

 

「だったらショコラも悪人だよ~ いつも一番おかずを食べちゃうから~」

 

「アタシも悪党アル~! 実は中国のスパイアル~! 本当に本当アル~!」

 

「こんな間抜けはスパイなど、存在しないのじゃ~! 口の悪いアプ様が最悪なのじゃ~!」

 

「マロンも悪人になるです~!」

 

「………私も………」

 

次々と立ち上がる少女達が、イチゴと共にシャルの前に立ち塞がる

「みんな…!」

イチゴは天才では無いが、人並みの知性は持ち合わせているつもりだ

皆の言葉が真実か否か程度は読み取れる自信はある

イチゴは嬉しかった

この子達と《家族》で居られた事が…

 

『ウォォォォォォォォォッ!!』

 

再び怪物の唸り声が響き渡った… と同時に、一段と強烈な風が吹き込み、その圧倒的質量に少女達は吹き飛ばされる

「「きゃぁっ!」」

白い光が室内に充満し、イチゴは思わず目を閉じた

数瞬の後、ゆっくりと瞼を上げると、其処にはもう怪物の姿は無かった

ただ静寂の闇が辺りを包む

割れた窓の向こうに白い大地と、微かに白け始めた東の空が見えた

「み、みんな大丈夫? 怪我は無い?」

「ガラスがあるわね… 気を付けて…」

「怪物は何処ですかね~… ンゴ何とかは~…」

「消えたみたいです……」

「わらわの偉大さに恐れをなしたのじゃな!」

徐々に明るさが増して行く空

其処にはもう厚い雲は欠片も無く、澄みきった瓶覗色だけが広がっていた

何故、怪物は消えたのだろうか…? 夢を見ていた様な気もする…

イチゴは乱れた髪を手櫛で整えると、目の前に座り込むシャルの背中を優しく抱き締た…

 

 

 

 

 

「できたです~!」

「完成ですね~!」

「コレより此処を、アプ城と名付けるのじゃ~!」

「じゃあ… 今夜からここで寝てね… ご飯は運んであげる…」

「そ、其れはないのじゃ! やっぱりザクロが一番の悪党なのじゃ~!」

人形館の玄関先に築かれた、本物の巨大なカマクラ

その前で少女達の明るい笑い声が響く

「みんなおやつよ~!」

イチゴとシャルがトレイに乗せた手作りクッキーを運んで来た

少女達が歓声と雪煙りを上げて、二人の元に駆け寄って行く

明るい太陽の光に照らされて、人形館は白銀色に輝いていた…

 

 

 

 

 

記録的豪雪に耐えきれず、ミウたんハウスが倒壊したのは夜半過ぎと推測された

重機が投入され、夕方には大半の瓦礫が取り除かれる

ガレージの僅かな隙間からミウたんが無惨な姿で発見されるのは、其から少し後だった

遺体は崩れた屋根と、ボロ車との間に出来た小さな空間で発見されたが、何故か激しく損傷していた

首と腰が真逆に捻曲がり、腹部は強烈な圧力で完全に潰されていた

ガレージの奥からは、昨夜近くのホームセンターから盗まれた、数十本に登るプラスチックスコップが発見され、警察はミウたんが除雪需要で一山当てようとホームセンターからくすねたと見て、被疑者死亡のまま検察に送致した

更にガレージの床に血糊で"ムリポ"とダイイングメッセージが刻まれているのが発見されたが、お前も大概ムリポだろ、と警察は一蹴して事件性は無いと判断した

 

 

 

文明が栄え、人は屡々、自然を自らの支配下に置いたかの様に錯覚する

そして、そんな人間の思い上がりに自然は時として牙を剥く

その時、人の運命を左右するのは自然と通ずる人間の精神性なのかも知れない

包帯で覆われたミウたんの無惨な亡骸は、そんな自然の神秘と恐ろしさを物語っているかの様だった…

 

 

 

 

 

…という後味の悪い夢を見て、雪国の麗羅は早朝5時に目が覚めた

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