崖の縁のミウたん   作:新六毛

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許されざる者達 (1)

「私も… オリンピック選手になりたい!」

 

感動の内に幕を閉じたソチ五輪

鍛え抜かれた才能溢れるアスリート達による美と躍動の祭典に、多くの純真な子供達が魅せられ、憧れた事であろう

そんな子供達と幾らも精神年齢が変わらないミウたんも、当然の事ながらオリンピック選手になった自分を夢想する

夢想するなら誰でもする事だろう

ただ、然もすれば知能に質的欠損が疑われるミウたんにとっては、空想と現実に明確な境界線は無い

なりたいと思ったらなれるのだ

流石にアクロバティックでハイエンドな花形種目の選手に直ぐになれるとは思わないが、あの氷の上で行う漬物石の様な物を使ったおはじき競技なら、簡単に出来る気がする

 

……見る者全てが漫然と胸に抱くきつつも、本気で口には出さないその思いを、子供の頃からおはじきが得意で、その遠距離からの驚異が狙撃術から

『何時も同じ服を着た、なんか臭い貧乏な家の虐められっ子』

という異名で恐れられたミウたんは堂々と公言し、尚且つ本気でそれの選手になる事を決意する

オリンピック選手に魅せられながらも、それに対するリスペクトの欠片も感じさせない、思い上がった勘違い娘ミウたん

だか、彼女にそんな勘違いを生じさせた原因は、その手に握られた1枚のチラシにも存在した

奇しくも今朝、空缶ポストに捩じ込まれたそのチラシ…

 

『貴女もオリンピックに出ませんか? 次代のクリスタルジャパン候補大募集! リゾートホテルで寛ぎながら、旅行気分で隠れた才能を開花させましょう!

~日本カーリング協会奥多摩支部~』

 

ミウたんもミウたんなら協会も協会である

こうしてミウたんは、ウエストポーチに着替えの下着とおやつのミカンを詰め込むと、どことなく寂しげなこけし達に見送られ、選考会場がある奥多摩行きのバスに飛び乗ったのだった

 

 

 

記録的豪雪の影響が未だに残る奥多摩の山間

そこを縫ってバスがその湖畔の町に到着したのは夕方の事だった

バスの折戸が開くと同時に、真っ青な顔のミウたんが飛び降り、人目も憚らずバス停の真ん前で豪快に嘔吐した

慣れないバスの旅に、ミウたんの三半規管は悲鳴を上げていたのだ

極度の苦しみからバス停の時刻表に掴まり、大きく肩で息をするミウたん

「大丈夫ですか…?」

そんなミウたんの背中を擦る者がいた

「や、やめ… ンゲロロロッ…!」

それに反応して胃の中の残りをぶちまけるミウたん

「ご、ごめんなさい!」

そのお陰か、幾らかすっきりして楽になったミウたんは、その声の主に向けて顔を上げた

「大丈夫… ですか?」

目があったミウたんに白いハンカチを差し出したのは、短いツインテールの可愛らしい女学生だった

ちょっと頬骨が張った野球のホームベースの様な顔形だか、逸れでも自分の足元には及ぶ位の美少女であると、上から目線でミウたんは認めた

何処からかバスに乗り込んで来たのは気付いていたが、その時はもう襲い来る吐き気と格闘しており、詳しく観察している余裕は無かった

「あ、ありがとう… もう大丈夫だよ…」

流石のミウたんも、ゲロまみれの己の口を彼女のハンカチで拭うのは抵抗があった

バス停のベンチに腰掛け、ウエストポーチから取り出したパンティで口を拭う

そんな格好いい年上女性の行動に感動したのか、女学生は無言で会釈すると、バス停の脇の道を静々と降りて行った

ミウたんはポケットから朝のチラシを取り出す

その片隅に描かれた小さな地図と、バス停から見える光景とを照らし合わせた

 

里見スリーセブンタウンズホテル…

 

「……あれか~!」

湖の畔に広がる黒い森の中、違和感を湛えて聳え立つ白亜の高層建築物

カーリング選手の選考会場と記された、その建物

想像していた山奥の寂れた宿泊施設と全く違う、本当にリゾートチックで豪華な建造物

ミウたんのテンションは一気にMAXになり、バス酔いの悪心も吹き飛ぶのだった

 

バス停から見れば手の届きそうな距離に見えたホテルだが、実際に歩いて行くにはかなりの時間を要した

慣れない土地と残雪道が更に悪条件となり、ライトアップされたその瀟酒な玄関口に辿り着く頃には、すっかり陽が落ちていた

 

「す、凄~~い…!」

 

ミウたんは息を飲んだ

ライトと篝火に照らし上げられて、夜空に高々とその姿を晒す白壁の高層ホテル

近くで見上げるそれは、遠くからの姿より一段と偉容に満ちていた

門構えから客室の飾り窓、敷地の植え込みに至るまで、気品溢れる高級感で統一され、そのハイソな雰囲気にミウたんは圧倒された

こんな山奥にこんなホテルがあるなんて…

驚きと共にミウたんの心に大きな不安の霧が広がっていった

いくら何でも豪華過ぎるだろう… こんなホテルに本当にタダで泊まれるのだろうか…

朝のチラシの一文には、選考会参加者は、期間中の宿泊、食事代を協会が負担するとあった

実はミウたんがこの選考会に心引かれたのは、この部分も大きなウェイトを占めていたのだ

あくまでカーリング選手としてオリンピックに出るのが目的だが、ついでに旅行気分を満喫出来るなら一石二鳥ではないか

ただ、それも無料ならば、という話である…

今一度、チラシに書かれた会場名とホテルの名を確認するミウたん

間違いはない

更にホテルの玄関脇をよく見れば、カーリング選手選考会場の文字が…

ミウたんがそれでも尚、半信半疑な思いを抱きながら、不安の一歩をロビーに向け踏み出した時だった

 

「あの、すみません… カーリング選手選考会の会場は… 里見タウンズホテルは… 此方でしょうか?」

不意に背中の向こうから呼び掛ける声

ミウたんが振り向くと、そこには大きなリュックを背負った、まだ幼い少女の姿があった

長い黒髪をお下げに結わえ、くりっとした大きな瞳をミウたんに向けてくる

「そうみたいね 貴女も選考会に参加に来たの?」

ミウたんは少女の存在と質問に安堵した

どうやらミウたんの疑念は杞憂だった様だ

…と同時に、目の前に現れたライバルに闘争心を駆り立てられる

まだこんなに小さいのにオリンピックを目指すなんて…

いや、四年後を見据えれば、この位の年から始めねばならないのか…

「はい おはじきは得意なので… 私、八十寺真宵です 宜しくお願いします」

「私は須内ミウ ミウたんって呼んでね 私もおはじきが得意なの…」

 

ホテルのロビーは外見以上に豪勢な造りだった

吹き抜けの遥か天井から、それ自体が小さな建物程もある巨大なシャンデリアが光のシャワーを降らす

その床には、きっと此がペルシャ絨毯という物なのだろう、ふかふかで歩きずらさすら感じる細かな紋様の施された広いカーペットが敷き詰められている

完全に雰囲気に飲まれたミウたんだが、年下の真宵の出前、無様な姿を見せる訳にはいかず、感情を圧し殺して努めて冷静を装い受付に向かう

「あ、あの… 大人一人、子供一人… カーリング選手選考会に… 応募で…」

それでも生まれて初めてのエントリー&チェックインは白地にぎこちなさが滲み出る

「エントリーありがとうございます 此方にお名前を… 選考会は明日より実施されます 本日は当ホテルで、ごゆっくりお寛ぎください… お部屋はツインでよろしいでしょうか?」

ミウたんと真宵は互いの顔を見合わせる

姉妹とでも思われたのだろうか

まぁ それも良かろう これも何かの縁だ 一人より二人の方が楽しに決まっている

ミウたんと真宵はルームキーを受け取ると、エレベーターに向かう

未来都市を彷彿とさせる、光輝くガラスチューブの中を行くそれに乗って、紹介された17階のデラックスツインへ向かうのだった

 

 

 

「うわぁぁぁ………っ!」

「こ、これは………!」

その重厚な装飾扉の向こうの空間は二人の期待を微塵も裏切らなかった

場違いなまでに贅を尽くした調度品の数々…

王公貴族の物語に登場する様な天蓋付きのベッドはあまりに広大で、寧ろ安眠を期待出来ない

そのシーツの折り目から筆記机に刺さる羽ペンの角度、ソファーに並べられた大小のクッションの配置まで、至る所に洗練された美的センスが醸し出され、その圧倒的ブルジョア感に平民の分際で宿泊する事の激しい罪悪感さえ抱くのだった

「湖が見えるよ!」

興奮を抑えられず、フルハイトガラスから望む暗い夜の下界を指差すミウたん

その姿は真宵と同じ子供の様である

そして真宵もそんなミウたんに親近感を抱いている様だった

 

『プルルルルルルル…』

 

唐突にベッドの脇に備えつけられた電話が鳴る

大袈裟にベッドにダイブした真宵が受話器を取る

「はいはい… 分かりました… ありがとうございます…」

大人の様なませた応答をして受話器を置いた真宵が、ミウたんに振り向く

「ミウたんさん、地下のコンベンションホールでディナーだそうです」

「ご、ごはん! ごはんキター! ご馳走キター!」

正直、このホテルを見るまでは、饗されるであろう食膳に過度な期待は抱かなかった

所詮はタダ飯、普段の貧しい孤食よりまともな物にありつければよい

それだけでもミウたんにとっては十分な天恵であった

だが来てみればどうだ…

山奥の寂れた旅館程度の物を想像していたミウたんの予想を余りに裏切る、3つ星クオリティー

弥が上にも期待値は跳ね上がる

夕方の嘔吐で胃の中も空っぽだ

もう全てが夢見心地のミウたんは真宵の手を引くと、再び光の管の中をディナー会場である地下のコンベンションホールに向かい降りて行った

 

 

 

「ふっふっふっ… 中々の粒よりが集まりましたねぇ…」

何十もの監視カメラの映像が壁面を埋める暗い一室

ディスプレイの青い光に浮かび上がるスキンヘッドの男は、満足気な笑みを浮かべる

「まぁ 傷物も有りますがね…」

その視線の先のディスプレイには、垂れる涎を舌で救いながらコンベンションホールの扉を開ける、端ないミウたんの姿が撮されていた

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