崖の縁のミウたん   作:新六毛

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許されざる者達 (2)

「すげぇぇぇぇぇっっ!! マジマジぱねぇぇぇぇぇっっ!!」

ディナー会場であるはコンベンションホールは数百人が一度に会せる程の広さがあった

中央には和洋中、多種多様で色彩鮮やかな豪華料理の数々を所狭しと乗せたテーブルが幾つも並ぶ

食欲を誘う芳しい香りが、既に料理に舌鼓を打つ多くの先客達が放つ人熱れと共に、その扉を開けたミウたんの脇をすり抜けた

飢えた子豚の様な鳴き声を上げ、小走りでテーブルに駆け寄るミウたん

「ターゲット確認!」

名前も知らぬ名品珍品料理の中からミウたんが最初に目を付けたのは、如何にも貧しい家の子らしく、スペアリブの肉塊であった

受け皿をノールックで掠め取ると、手にしたトングを一際大きい狙いの肉片に伸ばす

 

「どっか~~ん!」

 

だが、そのミウたんの垂涎の一品は謎の擬音と共に視界から消えた

「へへっ 大きなお肉さん、アリスのお口にジャックインしてね~」

「!!」

ミウたんから至高の喜びを奪ったのは、お馬鹿口調の赤毛の女だった

ご機嫌な鼻歌を奏でながら、スペアリブの大きな一辺をトングで自分の皿に乗せる

ハーフなのか、そのメリハリのある顔立ちと豊満なボディは日本人の標準と大きくかけ離れていた

とりわけミウたんの目についたのは、胸元に浮遊する赤色巨星の連星だった

主の僅かな挙動に敏感に反応し、わざとらしいまでに躍動するその連星の無秩序な軌道が、ミウたんの目には最大レベルの挑発に映った

「な、何よ! 大きいのがそんなに偉いの!? 私のお肉、返しなさいよ!」

ミウたんのコンプレックスも絡んだその売り言葉

だが赤毛の女は、まるでミウたんなど眼中に無いかの様に軽く会釈すると、踵を返して人混みの中に消えて行った

 

「小波アリス… 去年のおはじき日本チャンピオンです あの人も来ていたのですね…」

呆然と立ち尽くすミウたんの背後から、パスタを啄む真宵が呟いた

「!!」

その声にミウたんはハッと我に返る

そうだ、ここにいる女性達は皆、次代のクリスタルジャパン候補、ミウたんのライバルなのだ

改めて周囲を見回すミウたん

それまで背景のモブキャラに過ぎなかった彼女達が、皆一様に闘気を秘めた強敵に見えてくる

負けられない!

ミウたんは右手に握った手羽先にかぶり付くと、メラメラと闘志をたぎらす

オリンピックで金メダルを取り、CMデビューで大枚を手にするのは自分なのだ

未だにカーリングをおはじきの一種としか捉えない浅はか女達の様々な思惑が、肉料理の油飛沫と共に渦巻き、レストランの中空に不穏な雲霞を漂わせるのだった

 

 

 

備え付けのスピーカーからマイクのハウリング音がホールに響いた

「おっほん… 次世代クリスタルジャパンとの対面をあと何日… あと何日… と指折り数えて居りました… 長い長い日々でした… 昼過ぎに出社して、皆さんと対面した今、この時の感動は、この先決して忘れる事は無いでしょう……」

不意にホール最奥部のカーテンが左右に開き、そこから現れるステージ

その上に細身のスキンヘッドの男が立っていた

大きな黒いサングラスを掛けアロハシャツを纏うその姿は、何となく胡散臭さが漂う

「ようこそ、里見スリーセブンズタウンホテルへ! そしてクリスタルジャパン選考会へ! 私は当ホテルの創業者にして支配人、そして日本カーリング協会奥多摩支部長、瀬賀里見之助衛門でございます! 皆様のご来訪を心より歓迎致します! 本日は細やかでは有りますが、粗酒粗餐をご用意致しました 皆様、心行くまでお楽しみ下さい! さぁ 酔いしれろ!! 」

 

その言葉を合図の様にレストランに軽快なメロディが流れる

開かれた入口の扉から、カラフルなドリンクを乗せたカートを押す、ホスト風のイケメン達がやって来る

「「キャア~~~!」」

黄色い悲鳴が方々で上がる

オリンピックを目指すとは言え、そこは皆、若い女性達である

旅先の開放感も相まって、興奮状態になった彼女達の饗宴が幕を開けた

 

「いやぁ~ ひゃっぱり~ あかちゃんは~ しゃいてい~ じゅうにんは~ って、にぁにお~ ゆわしゅの~ えっち~~!」

既に泥酔状態でホストの一人に文字通り絡み付くミウたんを傍目に、腹も満たした真宵はホールの扉をすり抜ける

この雰囲気を楽しむには流石に彼女はまだ若過ぎた

旅の疲れも出て、独り寝室に戻るべく、再びエレベーターの乗り口に向かう

「!?」

すっかり人気も無くなったエントランスの隅、並ぶソファーのその1つで、ポツンと俯き腰掛ける人影に真宵は気付いた

体調でも悪いのだろうか? 無視も出来ず、その影に近付く

「!?」

その影も近付く真宵に気付いたのか、顔を上げて視線を向けてくる

「……どうして泣いてるのですか? 何処か痛いのですか?」

短いツインテールに学制服を纏ったその女性は、ハンカチで目頭を拭っていた

「……貴女…… まさか…… クリスタルジャパンの……?」

真宵の問いにその女性は質問で返してきた

「え……? はい、おはじきが得意なので…」

「 そんな…… 駄目! 逃げて! まだ子供じゃない!」

「!?… 逃げる……? スポーツに年齢は関係ありませんよ」

「!!」

その時、エントランスの向こうに人の気配がした

女性は慌て立ち上がると、真宵に逃げて、とだけ囁き何処かに姿を消した

 

 

 

「ミウたんさん、起きて下さいよ! 朝ですよ! 寝坊ですよ!」

「う、う~~ん……!?」

真宵の声が頭の中に響き、ミウたんの意識は無理矢理覚醒された

途端に激しい頭痛と悪心が襲う 完全に二日酔いだ

芋焼酎6本を開けた辺りから昨夜の記憶が無い

どうやって部屋にたどり着いたのか… 何故お地蔵様を抱いて寝ているのか…

「もうすぐ、ホテルに隣接した室内リンクで、選考会が始まるそうです」

「!?」

そうだ、金メダルだ、大枚を得るのだ

ミウたんは割れそうに痛む頭を擦り、真宵の差し出す冷水を飲み干すと、酒臭い息を吐きながらゆっくりと起き上がった

 

ミウたんと真宵がその会場にやって来た時には、既に多くの参加者があちこちで思い思いにウォーミングアップに励んでいた

体育館が4つは入る程の広大なスペースにリンクと数百席のスタンド

成る程、選考会を実施するのに十分な施設だ

恐らくこのホテルは、このリンクを使ったイベントやショーが売りなのだろう

そう言えば…

中央のリンクを見下ろすミウたんの脳裏に不安が過った

日本の背中側の雪深い田舎の出身とはいえ、ミウたんはアイススケートなるものを経験した事は無い

カーリングをおはじきの亜種程度に捉えていたが、あれは氷上の競技… 果たして上手く滑れるものか…

そんなミウたんの心配を他所に、真宵はベンチに腰掛け、リュックから取り出した黒いシューズに履き替えていた

「ミウたんさんはマイシューズを持って来なかったみたいですね? フロントで貸してくれる見たいですよ」

仁王立ちで不思議そうに自分を見詰めるミウたんに、真宵は声を掛けた

 

(シューズ…?)

そう言われて回りを見回すと、ライバル達も真宵同様、何やら地味なシューズに履き替えている

そこで漸く、カーリングがスケート靴を使わないという競技である事実を知る

「あ…… あぁ 私はオランダ流だから… スニーカーでいいんだ…… ハハッ」

咄嗟に意味不明な強がりを吐いて誤魔化すミウたんだが、その内心は忸怩たる思いに満たされていた

おはじきが得意だからカーリングを目指す、そんな理由でオリンピックに出られると考えている自分が、急に情けなくなった

少なくとも此処にいるライバル達はおはじきの腕も踏まえて、尚且つ、カーリングの基礎知識もわきまえているのだ

果たしてこんな人達を相手に自分は勝ち残れるのだろうか?

ミウたんの強弁を聞いてか聞かずか、一足早くリンクに向かった真宵が叫んだ

 

「あれ? 氷が張って無いです!?」

 

その声に釣られる様に、ミウたんもリンクに降りて行く

「ホントだ…」

氷に覆われたリンクをイメージしていたが、そこはただの白く塗られた剥き出しの コンクリートだった

 

「それはそうですよ… ここで今から行われるのカーリングは… 選考会は… 石鹸を使うのですから…」

「あ、貴女はあの時の!?」

不意に背後から掛けられた声に振り向けば、そこには昨日バス停でミウたんを介抱してくれた女学生が立っていた

「どう言う事ですか? 石鹸を使ったカーリングって?」

真宵の質問に女学生は悲しそうな声で答えた

「どうして逃げなかったの? 魔魅られたの?」

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