「この人が全聾の作曲家か~ スゲ~!」
フラッシュ瞬く謝罪会見の映像を眺めながら、頬杖をつくミウたん
何の為の謝罪会見なのか… という意識はミウたんの中には存在しなかった
ミウたんを支配するのは、自分もいつかスターダムにのし上がって、フラッシュの光を浴びたい、という思いだけ
(!!)
ミウたんは何かを閃いた様に瞳を見開くと、ゆっくり立ち上がり天を見上げた
(全盲のこけし職人… 須内ミウ… )
「確かに… 自分の作品を自分で見れないのは… 不幸ではありますね…」
新聞記者の男の前で、サングラス姿のミウたんは答える
「……御一人で暮らされてる様ですが、不便は無いのですか?」
「えぇ… 何処に何が有るのか直ぐに分かる様に、整理整頓に心掛けていますから…」
記者の男は部屋の中を繁々と見回す
確かに日用雑貨や小物が整然と陳列されてはいる
『大事な書類』と書かれたクリアケース…
色分けされたマグカップとコースター…
カレンダーには謎の赤丸印…
「はぁ… こちらのお茶も上手に煎れられましたね…」
「あっ… どうぞお代わりを…」
ミウたんは、気が回らずにすみません、と言わんばかりの苦笑いで、記者の湯呑みに急須のお茶を注ぐ
「………いえ、お構い無く…… 最後にミウさんの将来の夢をお聞かせ下さい…」
「そうですね~ 出来ればこけし職人で食べていきたいですね~ ファーストフードのバイトは、結構キツイ割りに御給金が安いんですよ~ 」
玄関先で新聞記者を見送るミウたん 記者の会釈に会釈で返す
その姿が見えなくなった所でガッツポーズを決める
"盲目の美少女こけしアーティスト" というタイトルで新聞社に投書したのが3日前
予想通り食らい付いてきたマスメディアを手玉に取り、今此処に己のサクセスストーリーが幕を上げた喜びを、体現せずには居られなかった
遂に自分も時代の寵児に…!
ミウたんは小躍りしながら、もうすぐお別れであろうミウたんハウスの玄関を潜った
「むにゃむにゃ… もうダメ…… もう身体が持たない…… 壊れる…… へへっ…… らめぇ…… そこはらめぇ…… へへっ…… むにゃむにゃ…」
その夜、下卑た寝言を呟くミウたんの枕元に、ぼうっと白い影が浮かんだ
その影は徐々に輪郭を顕にし、髪の長い女性の姿となる
「…………ミウ………」
その影はか細い声でそう呟くと、悲しげな表情をミウたんに向けるのだった
『ジリリリリリリリッ……』
けたたましい金属音を響かせて、目覚まし時計が定刻を知らせる
夢現で覚醒しない意識の中、ミウたんはその音源に手を伸ばす
「ふぁ~~~~……」
上半身を起こしたミウたんは、大きな欠伸をして身体を伸ばす
今日も1日が始まる
だが、今日の1日は今までの1日とは違う
今日から私は奇跡の全盲アーティスト、ミウたんなのだ
その瞳には既に精気が満ち、頬は心なしか赤く染まっていた
「…………あれっ?」
次の瞬間、ミウたんは激しい違和感に襲われた
「…………ここは………何処だ?」
そこは見知らぬ空間だった
いや、もっと具体的に言えば……… お花畑だった
色取り取りで、大小様々な可愛らしい花弁が、穏やかな風に揺られて、遥か地平の彼方まで悠久の漣を織り成す
暑くもなく寒くもなく、ただ静かで、澄みきった青空が何処までも続く、途方もなく美しい世界…
「…………あれ? ………あれ? ………やだよ…… そんな………!」
ミウたんはふらふらと立ち上がる
足元には寝ていた筈の煎餅布団は無い
確かに触れた筈の目覚まし時計も無い
ミウたんの素足の周りには、ラベンダーを思わせる薄紫の可憐な小花が群生しているだけだった
「……そんなの嘘だよ…… まだエッチもして無いんだよ… 本物の伊勢海老も食べて無いんだよ… まだ… まだ…!」
ミウたんの背後から優しい風の一陣が吹き抜けた
それはミウたんの短い髪を撫で、眼前に広がる大花原の上を泳いで行く
「どうして… どうして私、死んでるのーーー!!?」
その絶叫は木霊する事無く、只々美しいだけの世界に吸い込まれていく
ミウたんとて、人としての最低限の知識や了見は持ち合わせている
いま目の前に広がる光景の意味を理解出来ない訳ではなかった
ミウたんはその場にへたり込み、両手で顔を覆った
これは夢だ! 悪い夢だ! 次に目を開けたら、何時もの煎餅布団の中で涎を垂らして目を覚ますのだ!
ミウたんは恐る恐る瞼を開け、指の隙間からゆっくりと外の景色を眺める…
「あぁ…… 駄目だ…… 死んだよ…… 本当に死んじゃった…… こんなに可愛いのに……」
ミウたんはやはりお花畑の中に居た
花の絨毯が幾重にも風の漣を刻む
呆然とへたるミウたん 何も考えられなかった
どの位時間そうしていただろうか、そんなミウたんの眼前に、虹色に光輝く羽をひらつかせ、一匹の蝶が舞い踊る
「………………」
ミウたんは放心状態でその美しい乱舞に見とれていた
暫くするとその蝶は、花畑の上を何処かへ向かってゆっくりと飛んで行く
そして時折、滞空しては優雅に舞い踊る
恰もミウたんを誘う様に…
宛も無いミウたんは無意識にその蝶の後を追って行った
どの位の距離を歩いただろうか
ほんの数分の距離の様な気もするし、何日も旅をした様な気もする
この世界に来てから全ての感覚が虚ろになりつつある
これが『死』という物だろうか?
そう言えば、どれだけ歩いても疲れを感じない
身体は軽く、まるで滑る様に地面を進む
静寂の世界で不意に聞こえたせせらぎの音
次の瞬間、唐突に目の前に大きな川が現れた
(これが……… )
ミウたんはキラキラと輝く川の流れをじっと眺めていた
ミウたんを導いた虹色の蝶だけが、事も無げにその川を渡り、そして対岸で光の塊となった
(!?)
その光の塊はゆっくりと人の形となっていく
徐々に現れる何者かの輪郭
黒い長髪と白い着物、細い体躯と長い脚
何時の間にか其処には一人の美しい女性が立っていた
「………ミウ…… 漸く会えましたね……」