崖の縁のミウたん   作:新六毛

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涅槃の再会 (2)

女性は優しい微笑みをミウたんに向ける

「……辛かったでしょう…… 寂しかったででしょう…… さぁ 此方にいらっしゃい……」

そい言うと、小さな手招きをゆっくりと繰り返す

「も…… もしかして……!」

ミウたんは震える両手で口元を押さえる

「…… 長野の叔母さん?」

「……違いますよ……」

「分かった…… 幼稚園の紀子先生だ!」

「違います…… どちら方も存命ですよ…」

女性は手を降ろし、若干姿勢を整えてミウたんに向き直る

「 無理もありませんね…… 私は理佐…… 貴女の母ですよ……」

 

 

「……私の…… お母……さん?」

 

 

その言葉に女性は静かに頷いた

 

「お母さん……!? お母さん……!! 会いたかったよ! お母さーーーん!」

ミウたんは駆け出していた 水飛沫を上げ川の中を走る

その行為の意味する所を、漫然とは理解していた

だが、最早どうでも良かった 漸く… 漸く母に会えたのだ

生まれつき身体の弱かった母は、ミウたんを産んで直ぐこの世を去った

ミウたんの出産が、自分の身体に致命的ダメージを与える事を理解した上での出産だった

父が時折自分に振るう暴力の遠因が其処にある事を、ミウたん自身理解していた

まさに自分に命を譲ってくれた母

言いたくとも果たせなかった、様々な言葉と思いがミウたんの胸に溢れ返る

 

「お母さん!!」

 

だが、その母の胸元に飛び込んだミウたんは何も言葉を発せなかった

只々、涙と嗚咽だけが止めどなく溢れてきた

母はそんなミウたんを、これまで出会った誰よりも優しく抱きしめる

ミウたんの思いは、その涙によって十分母に伝わっていたのだった

 

 

 

「それでね! それでね! ウンチがビチャビチャだったの!」

まるで幼子が感情を爆発させたかの様に母にすがり付くミウたん

取り留めの無い生前の与太話を、唾を飛ばして捲し立てる

母は只、優しい笑顔を湛え、そんなミウたんの手を強く握り、静かに歩を進めた

気が付くと何時の間にかあの美しい花畑は消え、辺りは寂しげな裸樹の林に囲まれていた

寒々とした曇天の下、白い霧がうっすらと樹木の間を流れる

「うぅ……? 何ここ…? 怖いよ、お母さん……」

ミウたんは母の腕にしがみつく

「ミウ… 貴女はこれから裁きを受けるのです……」

「……裁き?」

「貴女も知っているでしょう… 人は皆、死後、生前の行いを裁かれるのです……」

母の言わんとする事が、ミウたんにも理解出来た

お伽噺に聞いた、あの閻魔様… 本当に存在していたのか…

自らが死者となった今では然して驚く程の事では無かった

「ミウ… 貴女の魂は善良な人のそれでありましたか……?」

母は物憂げな表情をミウたんに向けた

「勿論よ、お母さん! あたしはパイは無くても、愛は大きかったのよ!」

上手い事を言ってやった、とばかりに鼻の穴を広げるミウたんを、再び優しい笑顔で見詰める母

「彼処が冥府の主、死者の業を裁く冥王の住まう館… ミウ… 母は貴女を愛していますよ…」

 

母が向けた視線の先に、石造りの荘厳な建物が浮かび上がった

西洋の城郭を彷彿とさせるが、それは余りに巨大であり、その尖塔群の頂きは遥か雲の中に姿を消していた

圧倒的威圧感に息を飲むミウたん

母はそんなミウたんの手を引き、その最も手前に鎮座する、やはり巨大な白亜の石門を潜る

豪々と燃え盛る篝火が、二人を館へと誘う

目の前に現れた金色の大扉が音も無く開き、二人は其処に吸い込まれた

 

その内部は外観同様、西洋の城郭の趣で統一されていたが、一つ一つの備品のスケールが人間の感性を超越した巨大さを持ち、其処が人ならざる存在の住まう所である事を、改めて実感させた

手を繋ぎ、長い通路を静々と歩む母娘

ミウたんは口を半開きさせ、辺りの景色に見入っていた

不意に母の足が止まる

「この先が裁きの間です… 全てを正直に答えるのですよ…」

目の前に、これまた巨大な黒鉄の扉が鎮座していた

到底、人の力では開くとは思えないそれが、母が手を掛けると、大きな軋みを上げてゆっくりと開いていく

 

その大広間は、大地を舐める終末の大火をも連想させる、禍々しい迄の紅を湛えた絨毯で敷き詰められていた

何処までも高く、暗い天井 重く、張り詰めた空気

そしてその奥にその姿が見えた

巨大な黄金色の玉座に腰を掛ける黒い影…

重厚な甲冑に身を包む異形の存在…

玉座の傍らには三つの頭を持つ巨大な怪物が控えており、炎と共に吐き出すその低い唸り声だけが広間に木霊していた

 

ゆっくりとその異形の前に進み出る母娘

母は深々とそれに一礼すると、ミウたんに向き返った

「………此方が」

「知ってる! 北斗の拳に出てた人でしょ!?」

「違います! 口を慎みなさい!」

生まれ初めて母に叱られたミウたん

「冥府の主、冥王ハーデス様であられます……」

母の強い語気に気を呑まれて、ミウたんも改めて冥王に一礼をした

 

「………汝の名を述べよ………」

 

腹に響く様な重低音が広間に響いた

チラリと母を見遣ったミウたんは、その頷きに促され、慎重に言葉を紡いだ

「あたし… わ、私の名前は… ミウです 須内ミウ… 渾名はミウたん… 18才… こけし職人で処女です… 好きな食べ物はカキフライで、好きなサッカーチームはカタタマーレ…"

「聞かれた事だけ答えなさい!」

再び母の怒気を孕んだ声が飛ぶ

 

「………汝の罪を答えよ……」

 

冥王の兜の奥の暗い光が、少しだけ揺らいで見えた

「あたし… わたしは何も罪はありません! ただ毎日を、真面目に清く正しく美しく生きていました!」

ミウたんはまな板の様な胸を張った

自分に罪などあろう筈が無い 自信のドヤ顔を冥王に向ける

 

「………汝の罪を答よ……」

 

だが、再び冥王は同じ質問を繰り返す

「………罪はありません! 無罪です! お母さんと天国に行きます! 行かせて下さい!」

若干イラッときたミウたんは、語気を強めて冥王を睨み付けた

自分に何の罪があると言うのだ?

可愛く正直に、常に慈愛で心を満たして生きてきた自分に!?

そもそも何で自分が死ななければならなかったのか?

こんなに可愛い自分が処女で死んで良いものか?

ハッ……もしかしたら、それが罪!?

独り善がりな妄想に耽るミウたんに冥王は語り掛けた

 

「……天国へ行きたいと申すか…… よかろう… その代わり、汝の罪は母に償わせん!」

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