崖の縁のミウたん   作:新六毛

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遥かなりソンブレロ

「リラメルララメルランルララン… リラメルララメルランルララン… 」

 

ミウたんは唱える呪文に徐々に力を込めて行く

 

「リラメルララメルランルララン… リラメルララメルランルララン…!」

 

膨れ上がる魔力が遂に解き放たれたが如く、ミウたんの周囲を7色の光が包み込む

だがそれは魔法の見せる幻影では無い

ステージの上に立つミウたんに注がれた無数のスポットライト

どよめきにも似た歓声が圧力を伴ってそのステージの上を駆け抜ける

その圧力を跳ね返すかの様に、ミウたんの背後のモニタースピーカーから大音量でイントロが流れ始める

宇宙の歌姫、ミウたんのライブの開幕である

「長い~間 空は朝から夜だった~ 」

 

 

 

西暦20XX年、人類は破滅的カタストロフィからの種の保存を目的に、全宇宙規模での植民計画を実行に移した

通称、フロンティア計画…

今、銀河を越えて遥か数万光年の旅路を行くのは、数百隻にも登るテラリウム型宇宙船の一団、マルハルハン旅団

そのフラグシップ、NANBA-HONKAN号の一角は興奮の坩堝に飲み込まれていた

 

「僕らは何を~ 恐れ~ 顔を隠してたの~ 」

 

その坩堝の中心で衆目を集めるのは、そんな宇宙各地の移民船団をどさ回りして、娯楽と刺激の乏しい暗黒の船路に束の間の享楽を与え続ける宇宙の旅一座、《ビッグバースト》の花形、セックスシンボル界のアルファケンタウリ事、万能エンターテイナー、ミウたんである

 

「さぁ! みんな一緒に! 」

「「オープン ミウたん!!」」

 

心地よい迄に調教された観衆の合いの手

それを合図に、ミウたんは薄い宇宙シルクのブラウスを脱ぎ捨てる

シリウスの輝きよりも透明感のあるミウたんの白い肌が、淡いピンクのスポットライトの中に浮かび上がった

観客のボルテージはいよいよ第一宇宙速度を越えて行く

 

「君の涙拭う~ おパンツは小鳥になる~ 」

 

それに応える様に、ミウたんのボディランゲージも艶を増して行く

腰をくねらせ、親指を掛けたパンティを際どいラインまでずり落として行く

一団と高鳴る歓声

だが、ミウたんは直ぐにパンティラインを戻すと踵を返し、お尻を振りながら歌を続ける

この辺りの焦らし加減が、プロ中のプロたる由縁である

 

「歩くリズムで~ 夢は叶うの~ 」

 

そしていよいよクライマックス

安っぽいなカクテル光線の交差するステージ前方の張り出しの上で、ミウたんはぺたんと腰を降ろす

次いで太めの御御足を、遥かキャッツアイ星雲目掛けて高々と突き上げる

 

「乙女心 勇気出して… 」

 

歌の節に合わせる様に、ミウたんは遂にその下腹部を覆う薄布を自らスルリと脱ぎ捨て、一瞬の静寂が支配した観客席に放り込む

次の瞬間、超新星爆発の様な凄まじい観衆の絶叫が辺りに木霊した

心地よいこの瞬間、ミウたんは正にエクスタシーを感じる

遥か星の大海原を旅するスペースストリッパー

それはともすれば無味乾燥になりがちな暗黒世界の大航海に、一雫の潤いを与える愛のスコール

乱れ飛ぶお捻りの中、ミウたんの心は充足感で満たされていった…

 

 

 

 

 

ミウたんが星の世界に興味を持ったのは中学一年の時だった

それまでのミウたんにとって宇宙とは、せいぜいお月見と七夕祭りの時に意識する程度で、それは同年代の女の子に比べても標準的な感覚であった

それに変化が訪れたのは中学生になって初めての夏休み

課題の自由研究のテーマとして学校側が企画した幾つかのカリキュラムの1つ、天体観測に参加したのが切っ掛けだった

自由研究のテーマを学校が用意するのか?

大分昔に学生だった者は疑問に思うかも知れない

だがミウたんが学生だったその時は、まさにゆとり教育の真っ只中…

テーマを見つけられない生徒達の為に、天体観測、植物採取、干潟の生態調査、工場見学から介護ヘルパーの疑似体験まで、学校が用意した至れり尽くせりのカリキュラムからミウたんが選択したのがそれだったのだ

何故それを選んだのか、と問われても、ただ何と無く… と答えるしか無い

否、本当は明確な理由は有ったのだ

ただ、誰にも公言出来ない まだまだ幼かったミウたんの心の中だけの理由…

淡い淡い初恋の物語が…

 

当時、ミウたんのクラスの理科の担当だった20代前半の若い教諭

今思えば新米の新米だったのだろう

物腰の穏やかな、ちょっと線の細いタイプ

クラスの男の子には甘く見られていた 女の子の中にはキモいと言う者も居た

だが、ミウたんは初めて会ったその日から、その先生の存在がずっと心の何処かに 引っ掛かっていた

何をするにも、何処に行くにも、何故かその先生の姿が脳裏に浮かんできた

それが「恋」だなんて事は、まだ当時のミウたんには理解出来なかった

そんな先生が担当者だった天体観測

巨大な引力に引かれる小惑星の様に、ミウたんは何の躊躇いも無く申請書を提出した

当然、生徒は他にも居たし、別の教員も居た

だけどミウたんはその先生と同じ空間で、同じ研究が出来るだけで嬉しかった

星の世界や大宇宙を語る先生の表情はとても輝いていた

楽しそうな先生の姿を見るだけでミウたんも楽しくなった

先生が他の女の子と親しくしているのが何故か苛ついた

ある時、ミウたんは感情の高揚を抑えられ無くなり、大好きな先生に背中を向けて、観測場だった学校の屋上の隅に踞った

理由は些細な事だった

ミウたんの質問を他の女の子のがしたと勘違いして、その子に答えたのだ

たったそれだけ

だが、それが行動に出るのが思春期である

ミウたんは何故か溢れる涙を拭い、独りいじけて抗議のオーラを醸し出した

構って欲しいのである

だか大勢の生徒の中、先生の意識はミウたん向けられない

それがいよいよミウたんの心を傷つける

やがて散会となってもミウたんは動かない

もう学校なんて来ない、自殺しよう… そんな事まで思い詰めた

 

「須内さん……」

 

もうみんな帰ってしまった そう思っていたミウたんの背中に掛けられた声

ミウたんは思わず顔を向ける

「良いものを見せてあげるよ こっちにおいで!」

天体望遠鏡を覗きながら先生は手招きをした

素直に嬉しかった

先生が本当は自分の存在をずっと意識してくれていた事が…

自分の為に何かをしてくれる事が…

ミウたんは泣き腫れた瞳を擦りながら先生の脇に立つ

「ほら、見てごらん!」

先生は望遠鏡から顔を離し、笑顔でミウたんを促す

「………………うわぁ」

覗いた望遠鏡の先には、淡い乳白色の楕円が浮かんでいた

「アンドロメダ銀河だよ… 私達の住む天の川銀河のお隣にあるんだ…」

「……きれ~い 」

ミウたんは生まれて初めて見る外宇宙の光景に息を飲んだ

「綺麗だろ? でも、もっと綺麗な銀河があるんだぞ!」

ミウたんが望遠鏡から顔を離すのを待って、先生はその向きを手際よく変えた

「……ほら、見えるかな?」

ミウたんは再び望遠鏡を覗き込む

「ソンブレロ銀河…… 全天で最も美しいと言われている銀河だよ!」

「……うん? ………う~~ん?」

傍らの先生の嬉々とした声とは裏腹に、ミウたんの声は曇る

望遠鏡から見えるそれはただの淡い染み…

どう見ても先程のアンドロメダのほうが美しい

そんなミウたんの困惑を予想していたのか、先生は語りを続けた

「ソンブレロ銀河は遠すぎて、この望遠鏡でははっきりとは見えないんだ でも、宇宙望遠鏡で捉えたその姿は、本当に綺麗なんだぞ!」

「えぇ~ ずるい~ そんな綺麗な銀河、私も見た~い!」

すっかり元気を取り戻したミウたんは、お茶目に先生に食って掛かる

望遠鏡から目を離し、その先にあるというソンブレロ銀河を凝視する

「ははっ 肉眼では何も見えないよ」

「ん~ でも目で見えないなら、宇宙で一番綺麗でも意味が無いよね~」

当然と言えば当然のその疑問に対する先生の答えを、ミウたんは今でも忘れられない

 

「いいかい、須内さん… この世の本当に美しい物は… 決して人の目には見えない物なんだよ… 」

 

 

 

 

 

遠く虫の鳴き声が聞こえる川原の土手に横たわり、ミウたんは満天の星空を見上げる

人里離れたこの地の星空は、息を飲む様な美しさ…

辛い時、悲しい時、ミウたんは空想の世界を旅する

遥かあの宇宙を旅する自分の姿を夢想する

ソンブレロ銀河…

夢の世界のミウたんは、その宇宙一美しい銀河へ向け旅を続ける

妖艶なスペースストリッパーとして……

 

『ぐぅぅぅぅ~~~』

 

空きっ腹が、恰も亜光速反射炉エンジンの高鳴りにも似た唸りを響かせる……

 

もう3日、何も食べて無い……

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