ドスファンゴ…
彼等がそう呼ぶ大猪の猛突を、ミウたんは寸での所で回避する
跳ね上げれた土くれが、五月雨の様に地面を転がるミウたんの上に降り注ぐ
「立つんでぇぇぇい!!」
その叫び声に、再び体勢を整え様とするミウたん
だが、もたげた視線の先には、明確な殺意を伴い突進して来る大猪の姿…
(間に合わない!!)
ミウたんは思わず目を閉じ、悲壮な覚悟に身を竦める
『バコンッ!』
そんなミウたんを救ったのは、大木槌の一撃だった
ミウたんと大猪の間に割って入ったゲンさんの渾身の一撃
さしもの大猪もたじろぐ
更に先程、大声でミウたんに危機を知らせたチームのリーダー、ドンさんが得物の改造ロケット花火を大猪の顔面目掛けて発射する
『パンッ!』
乾いた炸裂音
これが決定打となって、遂に大猪は逃走を始めた
「やめるんでぃ!」
ドンさんは追撃戦に移ろうとするゲンさんを制止した
勝機は逸した ベテランらしい冷静な状況判断だった
「ごめんなさい… 私…」
身体中にこびりついた土くれを払い落としながら、ミウたんは済まなそうに頭を垂れる
間一髪助かった だが、助かる事が目的ではないのだ
「ミウ… 最初に約束した筈でぃ? 独り善がりな戦いはしないと、でぃ…」
今回ばかりはミウたんも一切反論出来なかった
確かに今日の敗因は自分にある
本来、後方からの援護が自分の役目
だが、不意に此方に背中を見せた獲物に、ミウたんはハンターとしての名声欲が出てしまった
飢餓に近い食欲もあった
ミウたんの必殺の一撃は、この巨大な獲物を仕留めるには余りに浅く、結果包囲は崩れ、連激は叶わず、形勢は逆転し、冒頭の危機に繋がった
戦いの敗北、狩りの失敗は今夜の糧を得られない事を意味する
今のミウたん達にとっては余りにも重い結末…
「今後、同じ過ちを繰り返すなら… チームは外れて貰うでぃ…」
ドンさんはそれだけを言うと、散らばった花火の火の粉を足で揉み消し、辺りを包み始めた夜の帳の中に消えて行った
黙って俯くミウたん
そんな彼女の肩をゲンさんが優しく叩いて、そしてまた己の塒へと帰って行った
「一狩り行こうぜ!」
翌朝、今のミウたんハウスである川原の洞穴にゲンさんが姿を見せる
「うん!」
一晩落ち込んだミウたんだが、夜が明ければいつもの元気なミウたんだ
くよくよしていても仕方ない
ミウたんが、ミウたん達が飢えを凌ぐには、狩るしかないのだ
ミウたんは得物のM-16… では無く、川辺に流れ着いた竹と凧糸で自作した短弓を手に、洞穴を飛び出す
二人がまず向かうのはハンターリーダーのドンさんの所だ
ドンさん、ゲンさん…
ミウたんのハンター仲間であり、師匠でもあるこの二人は、この川に掛かる橋の下に住まう正真正銘、本物のハンターだ
ある日、川原の土手で空腹の足にと黒アゲハを追っていたミウたん
それをたまたま通り掛かったドンさんに見初められ、ハンターギルドにスカウトされたのだ
ドンさん曰く、ハンターとしての天賦の才があるらしい
まだまだ駆け出しの新米ハンターで、昨日の様な失敗もあるが、ミウたんはこの狩り暮らしが気に入っていた
獲物を仕留めれば肉にありつけるし、何より本能に即した命のやり取りは、生きている実感に溢れていた
ハンターの仕事は、ハンターズギルドと呼ばれるハンター組合から獲物の割り当てを受ける所から始まる
この川縁にはミウたん達の他に十数人のハンターが居り、その古株、リーダー格が縄張りや目撃された獲物の割り振りを協議する
皆、生きる為に必死なハンター達だ
ギルドの決定は絶対で、違反する者やよそ者で狩場を荒らす者は、高架橋の下に無惨な亡骸を晒す事になる
狩り暮らしは決して甘い物では無いのだ
川を跨ぐ片側3車線の産業道路
それを支える色褪せた朱色の鉄筋の大橋
その袂にドンさんの住まう段ボールハウスがある
天井代わりの橋桁の大きさは、ハンターヒエラルキーの高低を表す
今、目の前に見えてきたそれは、この川に掛かるどんなそれより大きい
それがドンさんのハンターランクの高さを物語っていた
「…………オラッ! …………コラッ!」
川面を流れる風に乗って、不穏な怒号が微かに聞こえた
同時に何かの焦げる匂い…
ただならぬ雰囲気に、ミウたんとゲンさんは互いの顔を見合わせる
視線を前に戻せば、橋の袂からゆっくりと立ち登る黒煙…
「「!! 」」
ドンさんの身に何かが!?
思わず駆け出す二人
土手の茂みを迂回すると目の前が開ける
そこに立つ橋脚の脇に、ドンさんの段ボールハウスがある…… 筈だった
「きゃぁ! ドンさん!」
ミウたんは思わず悲鳴をあげた
大きくて丈夫な引っ越し用段ボールと、工事用ブルーシートを巧みに用いて築き上げられたドンさんハウスは、無惨に崩壊し元の産廃に姿を変えていた
尚且つ、その節々からメラメラと赤い炎が踊り、黒煙とビニールの焦げる悪臭が辺りに立ち込めていた
だが、ミウたんが悲鳴をあげたのはその光景が理由ではない
その朽ち果てた段ボールハウスの前で、俯せに倒れるドンさんの姿…
更にそのドンさんを囲む、柄の悪そうな学生服の一団…
今、その一人が倒れて動かないドンさんの脇腹を、危険な勢いで蹴りあげる
「やめろーーー!」
ミウたんが叫ぶより早く、隣のゲンさんが雄叫びをあげて駆け出していた
「やべぇ 逃げろ!」
ハンターチームの盾役、ドンさんよりまだ若くガタイの良いゲンさんが大木槌を振りかざして乱入して来れば、流石の悪ガキ達も怯み退散していく
「ドンさん、しっかりして!」
悪ガキ達を追って行くゲンさんに代わり、ミウたんは動かないドンさんに駆け寄る
「………うぅ…… ミウ…… 無様な所を… 見せたでぃ…… 」
力無く震えながら必死に立ち上ろうとするドンさん
「動いちゃダメ!」
崩れ落ちそうになるドンさんを咄嗟に支えるミウたん
動くなとは言っても、それ以上は何も出来ない自分がミウたんは情けなかった
「………うぅ ……うぅん? 」
額の冷たい感触に因ってか、意識戻したドンさん
「ゲンさん!?」
「良かった! 大丈夫? 痛い所は無い?」
ミウたんが川の水で絞っタオルで傷と汗を拭い、ゲンさんが無惨に崩れ去ったドンさんハウスを無言で片付け終わった頃、既に太陽は西の地平に隠れようとしていた
「………世話を… 世話を掛けたでぃ……」
無理に引き吊った笑みを作るドンさん
その痛々しい姿が、ドンさんの容態が決して芳しく無い事を物語っていた
「ドンさん… 次の獲物は… 西町中学生八人でいいな…」
寸での所で悪ガキどもを取り逃がしたゲンさんだが、連中が落とした学生証から犯人の目星を着ける事には成功していた
(コクリ…… )
ドンさんを見下ろしながら、傍らのミウたんも黙って頷く
既にゲンさんと復讐を誓い合った
「止めるん… でぃ…」
「ドンさんが止めても俺達は行くぜ! 最近ギルドの仲間をやったのも奴等だろ」
最近、この界隈ではホームレス… 失敬、ハンターを狙った襲撃事件が頻発していた
襲撃はエスカレートし、重症を負ったり、ハンターハウスを破壊される被害も相次いだ
殺らねば殺られる
相手が子供だろうと関係は無い ハンターの恐ろしさを思い知らせてやる
「……此処等でハンターも… 廃業でぃ…… お前らも堅気に戻るん… でぃ…」
「何言ってるの! ドンさん仕込みの狩りの技、あいつらに見せ付けてやるわ!」
怒りに打ち震えるミウたんは既に涙声だ
「……あいつらも…… ハンターを名乗っていたでぃ…… 社会の寄生虫を狩る… ハンターを… でぃ… へへっ… 狩られる立場になって… 初めて分かったでぃ…… 狩られる者の… 悲しみが… でぃ……」
「ドンさん……」
「ゲン… ミウ… おめぇらはまだ若いんでぃ… まだ、やり直せるでぃ…」
初夏の爽やかな風が、夕方の川辺を吹き抜ける
「……湿っぽい面、見せるなでぃ…… あの葦原の中に… オイラの取って置きが…… ゲン… 景気付けに、見せてくれだ… でぃ…… 」
もう二人は反論しなかった
それがドンさんの最後の願いである事が二人には分かった
医者に見せる、そんな事はドンさんが何より嫌う事も分かっていた
せめて最後はドンさんの願いを叶えてあげよう
くしゃくしゃに泣き崩れながら、それでも必死に嗚咽を押さえる二人だった
「し~~ち~~や~~!」
『バーーーン!』
ミウたんの透き通る屋号の掛け声に乗せて、大輪の花火が夜空に咲き誇る
三人の狩り暮らしを見詰めた川面が、鏡の様に光の乱舞を写し出す
一足も二足も早い、三人だけの花火大会
嘗ては腕の立つ花火職人だったらしいドンさん
Jリーグの開幕戦で上がった花火を手掛けたのが自慢で、何度も何度もその時の話を嬉しそうに語っていた
「し~~ち~~や~~ 」
『ババーン! ババーン! 』
今度はスターマインが夜空を鮮やかに染めあげる
(ドンさん、綺麗だよ! )
天を見上げるミウたんの瞳の中で弾ける採光
それは恰もドンさんの送り火の様に、何時までも何時までも、澄んだ夜空を照らし続けていた…
「一刈りり行こうぜ!」
「うん!」
ゲンさんの声に、ミウたんは勢い良く洞穴を飛び出す
ドンさんの遺言に従い、あの日から二人の狩りは刈りとなった
大木槌と短弓を、鎌と鉈に持ち変えて、今日も河原に自生する野草を探し歩く
消費カロリーは大きく落ちたが、寧ろ体調はハンター時代よりも優れているかも知れない
今は刈りの傍ら河川敷の一部を開墾し、畑の真似事を始める準備もしている
地に足を着けて生きろ…
ドンさんが最期に二人に伝えたかった事
それは根なし草の様な生き様を送った彼だからこそ味わった苦労を、若い連中にはさせたく無いという、『父』としての思いだったのかも知れない…
「……あれ?」
「どうした?」
「ううん… 何か今… ドンさんの声が聞こえた気がして…」
二人の見つめる青い空
遠く無い、夏の訪れを予感させていた…
「待つんでぃ! 無視するなだでぃ!」
足早に歩を進める二人を追う、小さな影…
「何時まで怒ってるんでぃ! 元はと言えば、そっちの早とちりでぃ!」
必死に追うが二人は更に歩みを早め、最早小走り状態だ
「待ってくれだでぃ! 狩りに… 一狩り行こうでぃ~!!」
そんな三人の影を、変わらぬ悠久の川の流れだけが見詰めていた…