雪解け水が軽やかなせせらぎを奏でて、里に春の訪れを告げる頃、稲作農家の一年は始まる
育苗、田おこし、土作り… 何百年、何千年と受け継がれた人と自然の神聖な儀式が今年も幕を開ける
5月 代かきを終えた水田に満面と湛えられた水を、春の麗らかなす日差しが柔らかく解す頃、漸く北のこの地で田植えが始まる
その日は農家の子供なら学校も公休となる
家族総出、近隣農家で力を合わせて命のシンフォニーを織り成して行く
6月 長く寒い梅雨は稲作最大の敵だ
苗の病気に気を配りながら、水田の水位を細めに調整していく根気の要る作業が続く
蛙の鳴き声が曇天の下に何時まで響く
7月 初夏、自然のエナジーが満ち溢れるこの季節に、苗は稲へと成長を遂げて行く
同時に雑草も急速に繁殖してくる
水田内は勿論の事、畦道の除草も欠かせない
畦道の雑草は害虫の呼び代となるのだ
日の沈む頃、蛍が光の幻想を映し出す
8月 束の間の休息 夏祭り、盆踊り、花火大会… 日本の源風景がそこにある
赤蜻蛉が大空を舞い、一足早く秋の訪れを告げる
9月 水田から水が抜かれ、いよいよ収穫の時は近い
亀虫等の害虫の発生に気を揉みながらも、垂れる稲穂に向けられる眼差しは我が子を見るそれに等しい
雀も今年の米の出来映えが気になるようだ
10月 時は来た、只それだけだ… 黄金色の絨毯の中、収穫の喜びを噛み締める農家の人々
一年の苦労はこの日によって報われる
だが作業は終わりではない
稲干し、脱穀、精米… 自分達の作ったお米を美味しそうに食べる人々を想像して、農家の作業は夜遅くまで続くのだった…
炊きたての白いご飯をタッパーに詰める時、ミウたんは改めて農家の人達への感謝を胸にたぎらせる
後はペットボトル水筒に麦茶を入れ、ミウたんのランチの準備は完了する
お外でお昼御飯を食べるのが最近のミウたんのマイブームだ
勿論、お外と言っても無駄に外食をする余裕はミウたんには無い
ミウたんの目的はあくまで開放的な空間で、リーズナブルな水晶米弁当を、少しでも気分よく堪能する事なのだ
しかし、如何に魚の様に純真で、昆虫の様に直感的なミウたんでも、白米をただ麦茶で流し込むだけのランチには流石に満足はできない
南京袋を改造したオリジナルマイショルダーバックにタッパーを入れ、水筒を提げると、ミウたんは "おかず" を得るため、駅前通りの商店街へと齢18にしてケンケンパーをかまして行くのだった
可愛いのに… まだ若いのに… すれ違う人々の憐れそうな視線など気にも止めず、 ミウたんは目的地である商店街の一角で、最後のケンケンパーをピシャリと決める
ミウたんは楽しい事、嬉しい事があると、其を体現しないと気の済まないたちなのだ
(人にどう思われ様が構わない、自分は自分なのだ!)
……そう言い聞かさねば、とても今から始めるそれを自分に納得させる事は出来ない!
商店街の一角に店を構える『何とか水産』
そこはリーズナブルな居酒屋兼、定食屋として、主に社会の底辺層の方々に人気のあるお店だ(注、原文ママ)
その軒先の植え込みの隅に、新聞紙を引いてお座りするミウたん
タッパーを開け、お箸を手に持つと、『すぅ~~~』 と深呼吸する
ミウたんの鼻腔に芳しい鯖味噌の薫りが充満する
間髪入れずミウたんはタッパーの水晶米を掻き込む
「し、幸せ~~~」
蕩けそうな笑顔でバーチャル鯖味噌定食にがっつくミウたん
そう、彼女のマイブームとは、この日本昔ばなしからヒントを得た、"匂いのお返し"ランチスタイルなのだ
時は昼時、所は駅前…
大勢の人々が行き交う通りの端で、白米を美味しそうに頬張るミウたん
彼女の瞳から一粒の滴が垂れた
それはバーチャル鯖味噌定食のあまりの旨さに因るものか、はたまた他の何かが原因か…
彼女の心の内を知る者はいない……
植え込みの端で一心不乱に水晶米を掻き込むミウたんを、丁度店内から出てきた
白いコートと青いマフラーのマ… アミヤが憫燐の眼差しでじっと見つめる
「な、何よ! …そんなに巨乳が偉いの!?」
それがしまむらのアイツだと気付いて、思わず食ってかかるミウたん
だが、アミヤはそんなミウたんを相手にせず、くるりと背中を向けて商店街の向こうに消えて行った
例え様の無い屈辱に打ち震えるミウたん
余りに惨めな自分の境遇にやり場の無い怒りがこみ上げ、
思わず食べ掛けのタッパーをアスファルトの地面に叩き突けんと振り上げた
「!?」
その瞬間、ミウたんの鼻先を擽る泥田の匂い…
「これってもしかして…!」
ミウたんは我に帰った
振り上げたタッパーを顔の前に持って来る
「ごめんなさい、お百姓さん… 」
ミウたんは己を恥じた
水晶米を叩き突けようとした自分を… 白米を鱈腹食べられる幸せを忘れた自分を…
他人になんと思われようとも、自分は自分だ
自分の幸せの価値は自分で決める!
ミウたんはもう悲しまなかった
アミヤの開け放ったドアから微かに流れる生姜焼きの香りを新なおかずに、ミウたんはタッパーに残った白米を豪快に掻き込むのだった
30年後、世界的な大飢饉を経て、様々な食材の香料を栄養素と共に白米に吹き掛けて食する、フューチャーフードが編み出される
それはその食法を生み出した先人に因み、『ミウたんライス』と名付けられたという…