崖の縁のミウたん   作:新六毛

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大人な事情 (2)

「……確か…… この辺りに……」

夜の帳の降りる頃、微かな記憶を頼りに葦原を掻き分けるミウたん

目の前が不意に開け、端正に作り込まれた小さな畑が姿を現す

さやいんげんに胡瓜、ピーマン… 青々と実った初夏の野菜達

畑の造りから育つ野菜まで、初心者のミウたんとは明らかに違う熟練の技

ミウたんは夕食の賄いを得にこの畑にやって来たのだ

この畑の野菜は一味違う 野菜なのに甘味がある

本来なら苦手なピーマンでさえ、上質な和三盆の様な柔らかい甘さを湛えるのだ

最も、ミウたんは和三盆を食した経験は無いが…

「……いっただきま~す……」

声を殺して大自然の幸に感謝するミウたん

だが、その畑の所有者には感謝どころか無許可なのである

即ち泥棒 声を殺して泥棒である

「……どうだい、俺の手塩に掛けた野菜は旨いかい…!」

「!!」

突如、葦原の一角が開け、ガタイの良い初老の男が姿を現す

「最近、俺の畑を荒らす溝ネズミはお前か!!」

激しい怒気をたぎらせ、手にした鍬をミウたん目掛けて降り下ろす

「ヒィ!?」

それを寸での所でかわすミウたん

目の前の地面に鍬が大穴を開ける

「お前もフリーランサーなら、川原の掟は知ってるよな? 高架橋に吊らしてもらうぜ!」

そう言いは放つと同時に、第二撃がミウたんを襲う

「きゃあっ! 待って!」

再びそれをかわしたミウたんは、徐にブラウスの裾をたくしあげる

「パイが無くても素敵なパイ… でも、さやいんげんでは安過ぎるかも…」

胸は腹に換えられ無い こうなれば最近覚えた色仕掛けである

薄汚れたとは言え、女としての土台は並以上な筈だ

女に飢えたフリーランサーが抗う事等出来まい

「ふざけんなぁ! 何処にパイがあるんだコラァ!」

だが、ミウたんの目論みは呆気なく崩れ去った

容赦の無い第三撃がミウたんの鼻頭をかすめる

毎日が極限のフリーランサーにとって、ミウたんの価値等、所詮さやいんげん程も無かったのだ

「ぎゃぁぁぁぁっ!」

後は只、逃げるのみである

葦原をすり抜け、川原の土手道を駆けて行く

「待てこのアマ!」

その後を鍬を手にした男が追って行く

「あっ!?」

運悪く道草に足を取られ転ぶミウたん

「死ねや! 糞アマーーー!」

その隙を見逃さず、必殺の一撃をミウたんに叩き込まんとする男

ミウたんは遂に観念し目を瞑った

(勿体ぶらないでおパンツから脱げば良かった… )

そんな情けない後悔が頭を過る

 

「うわっ!?」

 

だが、次の瞬間悲鳴を上げたのは男の方であった

目を開けたミウたんの前で、手の甲にトランプのが突き刺さった男が血を流して踞る

「……だ、誰だ…!」

男とミウたんの見詰める先で、闇の中からシルエットが浮かんで来る

「女の子に乱暴はいけませんわ… お客様… 」

「「!!」」

そこにはグラマラスでビューティフォーな女性の姿が…

ミウたんのよく知る、憧れの女性の姿があった

「あ、あ、あ、あんた… まさか… あの有名な…!」

どうやら男は風俗マシーンの利用者だった様だ

「莉緒… 先輩……!!」

「あら…!? ミウ? ミウなの!? 」

なんと言う運命の悪戯か、一房のさやいんげんが二人を偶然にも引き合わせた

「!?……!?……」

二人が知り合いと知ったからか、それとも一度は憧れた女性に自分の無様な姿を見られるのが嫌だったのか、男は鍬を捨て、今来た道を闇の中へ走り去って行った

「ミウ… 怪我は無い?」

「うぅ…… 先輩……!」

ミウたんは莉緒の胸の中に飛び込んでいた

今までの様々な苦労や悲しみが、涙と共に一気に心の底から溢れ出して来た

やっと自分の味方に会えた…

ミウたんは莉緒の豊満な胸の中で、何時までも震え泣きじゃくっていた

 

 

 

「……どうして私に相談してくれなかったの……」

河川敷の隅の公園 丸太木のベンチに腰掛ける二人の影

「………先輩に迷惑を掛けられ無いと思って……」

鼻をすすりながらミウたんは答える

「だからと言って、若い貴女がどうしてこんな暮らしを……」

妹を案ずる姉の様な優しい瞳で、そんなミウたんを見詰める莉緒

「……事情が…… 大人の事情があって……」

莉緒は大きく溜め息をついた

また大人の事情か…

どうしてかくも世の中の人間は容易く、大人の事情、と口にするのか…

全てを丸め込み、うやむやにする魔法の言葉…

「いい、ミウ? 大人の事情が本当に大人らしいの事情だった試しは無いわ そんなのは全て子供じみた言い訳… 自分の面子を守る為のエゴよ…」

「!!」

その言葉はミウたんの肺腑に突き刺さった

本当だ 一体私は何に体裁を守ろうとして居たのだろう?

どうしてもっと素直に、周囲に助けを求めなかったのだろう?

「さぁ 話して 一体何があったの!」

莉緒の言葉に促され、ミウたんは全てを洗いざらい話した

仕事を首になった事、闇金に手をかけFXに手を出し、多額の借金を背負った事、流れついた川原で原始の生活を送っていた事…

全てを話し、ミウたんは心底楽になった

何でもっと早くこうしなかったのだろう

「先輩! ミウ、先輩と一緒に大阪に行きたい! 向こうに行ったらバイトを探して自立します! だから、それまで面倒見て下さい!」

もうミウたんにつまらないプライド等無かった

ただ、もう一度やり直したい

大阪に行くという先輩について行って、新しい土地でやり直したい!

その思いを先輩に素直にぶつけた

勿論、ただ居候するつもりは無い

食事の準備に掃除、洗濯 先輩が働いている間に家事は全て片付けるつもりだ

ミウたんの瞳には久方ぶりに光が戻っていた

あのこけしアーティストを志して

いた頃の様に…!

「あ… あ~ うん… 勿論いいけど… ただ、一応… 会社の寮… 的な物だから… 部外者は… 入れるかなぁ……?」

「大丈夫です! 全体に見つかりません! もし見つかったら妹が遊びに来た事にして下さい!」

「えっ… うん… 勿論、ミウは妹みたいな者だけど… でも、ほら… ミウには… 東京で大きな夢が…」

「もう夢は諦めました! 大阪で新しい夢を見ます! スナイパーになります!」

「ん… でもね… ミウ… やっぱり、その… 借りたお金は返した方が… ねっ? 大阪はそれから来ても……」

「大丈夫です! 大阪で働いて貯金して返します! 先輩、連帯保証人になって下さい! 決してご迷惑は掛けません! 早く大阪に行きましょう!」

「だ、駄目よ… 連帯保証人は無理… 大阪だって急には連れて行けない…」

「どうしてですか!?」

何故か煮え切らない先輩の態度に、ミウたんは痺れを切らして食い掛かった

 

「それはその…… 大人の事情で…… 」

 

 

 

莉緒先輩は新プロジェクトが始まる冬迄には必ず迎えに来ると約束し、十万円の現金をミウたんに握らすと、その足で大阪へと旅立った

ミウたんの目から何故か零れる涙で、十枚の諭吉はしわくちゃになった

そして、それはアナゴのケロちゃん2頭と引き換えにサンドに消えて行くのだった…

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