崖の縁のミウたん   作:新六毛

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ミウたんの絶対負けられない戦い

センターサークル付近の浮き玉、相手プレイヤーに競り勝ったナニがノールックで左サイドに展開する

恰もそれが、幾度となく演じてきた舞台の一幕かの様に、躊躇なく軽やかにそれを追って駆け上がる一つの影…

左足で受けたボールは次の瞬間、チェックに来たDFの股間を小動物の様に潜り抜ける

DFが振り向くより早くその脇をすり抜け、得意の右足を振り抜くと、ボールは角度の無い所からGKの指先を掠め、ゴールマウスに吸い込まれる

一瞬の間を置いて炸裂する大歓声

ポルトガルの選手達は頼れるエースの元へ次々と駆け寄る

クリスティアーノ・ロナウド…

今回のW杯でも世界を魅了するであろう、類い稀な個人技と高速ドルブルを持つ、不世出のスーパースター…

今、産業道路を猛スピードで行き交う車の流れを巧みに交わし、尚も追い縋るすき家のバイトを振り切らんとするミウたんの姿は、そんなバロンドールの姿を彷彿とさせるかも知れない

 

「待てよ! ふざけんなよ! こっちはワンオペなんだぞ!」

「ハァ… ハァ… ハァ…」

ミウたん洞穴の前を流れる大川 それを跨ぐ大橋

これを越えて土手の葦原に潜り込めば、事実上のタイムアップ、ミウたんの勝利だ

既に橋の袂は目前 インジャリータイムは残り約1分 勝ち点740円(ハンバーグカレー代)は目の前だ

 

「!!?」

 

だがその時、ミウたんの視界に飛び込む黒い影

チアゴ・シウバ…

時速80キロで疾走する4tトラックは、見る者によっては、そんなブラジル代表のセンターバックを彷彿とさせたかも知れない

 

『パパパパパパッ!!』

「びぶっっ!!」

 

耳をつんざくクラクションの響き

ミウたんが危険な鳴き声を上げたのは、それとほぼ同時であった

死角から訪れた大型DFの強烈なショルダータックル…

さしもの野生のバロンドールも、その身体を高々と舞い上がらせ、慣性と重力に全てを任せるしか無かった…

 

「……ファンタ… スティック………」

 

空を飛ぶミウたんはため息をついた

輝く雲と透明な空… 見慣れた光景は何故か涙が溢れる程美しく、不思議な位ゆっくりと視界の中を流れて行った…

 

 

 

 

 

小さな蜂が青空を背景に踊る

華麗な八の字ステップをぼんやり見詰めていたミウたんは漸く我に帰る

「……あれ? ……ここは?」

遠くで始業のチャイムがなる

「あわわわわっ また寝坊だよ!」

校庭の隅の大銀杏の木陰

ミウたんは慌て飛び起きると、一目散に校舎に掛けて行く

「!?」

昇降口の脇の水飲み場

1人の少年が蛇口から吹き上がる水に顔面を浸して汗を流している

(またあの子だ…)

汗と水飛沫でぐっしょりと濡れたTシャツ

立ち上る湯気と荒い呼吸が、少年の肉体が演じたであろう、激しい躍動を物語っていた

最近、ミウたんが何かと気になっている存在…

今一つ、小学校という集団生活に馴染めないミウたん

今日の昼休みも、歓声を上げて跳ね回る級友達を尻目に独りお昼寝…

誰もミウたんの事には気をくれないし、ミウたんも彼らとの距離を縮め様とはしない

その結果として今日の昼休みも寝過ごす 誰も起こしてはくれない

そんなミウたんの視界に度々カットインするのがこの少年なのだ

何故なら、彼もこうして頻繁に始業に遅刻し、尚且つ、慌てる素振りすら見せない

否応なしにその存在がミウたんの意識に刷り込まれるのだ

「ち… 遅刻だよ…」

何故だろう? ミウたんはその日、本当に珍しく自分から声を掛けた

無意識に親近感を覚えていたのか それとも、誰にも声を掛けられない寂しさに内心が打ちひしがれていたのか

ミウたんが学校で誰かに… ましてや男の子に声を掛ける等、本当に稀な事であった

「…………」

少年はチラリとミウたんを見遣ると、何も言わず、別の昇降口へと消えて行った

ミウたんは特に気にもならなかった

無視されるのには十分慣れていたからだ

 

こっそりと教室の奥の引き戸を開け、ハイハイの要領で進入するミウたん

途端に教室に笑い声が溢れる

「須内! またお前か! 廊下に立ってなさい!」

そこでまた教室にどっと笑い声が炸裂する

ぽりぽり頭を掻いて、今来た引き戸から廊下に出るミウたん

これは全て予定調和だ

これで良い これでまた一時間は独りになれる

放課後、何時もの様に担任から小言を賜り、教室に戻った時にはもう誰もいない

これも予定調和だ この方が気楽だ

みんなが楽しそうに寄り道や遊びの約束をしている空間には、できればいたくない

 

 

昇降口を出て校庭を横切る

途中、落ちていた大きめな石見つけて、爪先で蹴飛ばす

(今日はこの子を玄関まで連れて行こうっと… )

ミウたんの密かな楽しみ

友達と帰る代わりに、落ちている石等を蹴りながら自宅までエスコートするのだ

溝に落ちたり、車に潰されないように一心不乱にエスコートするのは結構大変だ

とても面白い 全然寂しくなんかない…

今日も慣れた足技で、パートナーと共に校門を出ようとする時だった

 

『ポテ… ポテ… コロン…… 』

 

ミウたんの眼前をサッカーボールが横切る

(……………この雰囲気は…… )

ミウたんは立ち止まり、嫌な予感に眉を潜めた

またあの意地悪な連中に絡まれるのかと…

ミウたんを定期的にイジメのターゲットにする悪ガキ軍団

ミウたんはランドセル代わりの風呂敷包みを固く握ると、石ころのエスコートを諦め、足早に校庭を立ち去ろとする

 

「 ヘイ! パス寄越せ!」

「!?」

 

そんなミウたんに掛けられたのは予想外の台詞

思わず声の方を振り向くと、そこにはあの少年が立っていた

「ヘイ! まだボールは生きてるやん!」

ミウたんは自分の前に転がるサッカーボールに視線を戻す

「ヘイ! ヘイ!」

その声に急かされる様に、ミウたんはボールに駆け寄り、石ころエスコートで慣らした右足を振り抜く

「ナイス! ヘイ! クロス!」

ミウたんのボールを受けた少年が、今度はダイレクトに浮き玉を返してくる

今度はミウたんも自然に体が動いた

浮き玉の着地点に移動し、ヘッドで返す

「お前、上手いやん!」

少年は白い歯をミウたんに向けた

ミウたんは何故か顔が紅潮して行くのを感じた

 

夕方の田舎道、2つの影が交互にサッカーボールを蹴り歩く

「おれば佳祐… お前は?」

「わ、私… ミウ… 須内ミウ…」

「お前、いっつも独りやの~? 友達おらへん?」

「………あ、あなただって…… 何時も独り…… 」

「俺か? 俺は孤立してる… あえてね…」

そう言い終わると、佳祐は助走をつけ、ボールを勢いよく蹴り抜いた

「凄い…!」

ミウたんの感覚でも、凡そ小学生とは思えぬその脚力

ボールは草蒸す空き地の奥に一直線に消えて行った

「お前も結構上手いやん サッカーやってん?」

黙って首を振るミウたん

「これからは女もサッカーの時代やで」

「あなた… 佳祐…君… はサッカー選手になりたいの…?」

「なりたいんやない、なるんや 俺は大きい将来しか見ていない」

「大きい… 将来…?」

「あぁ 俺はW杯に出る! そして日本を優勝させる! 笑いたければ笑えばいい その方が驚きは大きくなる! BITE!」

そう言うと、空き地に目掛けダッシュして行く佳祐

「女子にもW杯はあるんや! お前、才能あるで! 一緒に目指せへんか?」

ボールを回収した佳祐がミウたんにクロスを上げた

「W杯だなんて… わたしまだ、AA杯ですら無いのに…」

美しいシュプールを描くそれにダイビングをかますミウたん

額で受け止めるその衝撃は、今まで感じた事の無い心地よさであった…

 

 

 

 

 

「はい、聞こえる!? ゆっくり息を吸ってね! 頭動かさないで!」

冷たい感触を背中に感じる

何かの喧騒と多くの人の気配が辺りを埋め尽くす

「頭蓋骨いっちゃってるな~ お腹もっと強く押さえて 結構出ちゃてる」

不意に身体が浮き上がり、暗い場所に移された

サイレンがなり、遠心力を感知した

「え~ 西町07から本部… 被害者は十代後半女性… ホームレス風… 牛丼屋で食い逃げ、河原町の大橋でトラックに跳ねられる… 意識不明… 外傷、かなり酷い… 緊急手術の必要性みとむる…」

 

灼熱の度を増すブラジルW杯

その地球の裏側で、ミウたんの絶対に負けられない戦いが今、始まる…!

 

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