崖の縁のミウたん   作:新六毛

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ミウたんの大温泉

梅雨の合間に訪れた初夏の日差し

それをキラキラと跳ね返す川のせせらぎ

その穏やかな流れの中を、一つの塊が下って行く

青い空の元、透明な風が白い雲と緑の土手草を撫でる

自然と生命のエナジーが溢れる、余りにも美しい、一足早い夏のワンシーン…

その景色に見とれる者があれば、恐らくはその塊の存在に眉を潜めたであろう

全てが美しいその中で、唯一不粋で汚らわしいそれ…

岸辺に流れ着いた木切れとポリタンクを組み合わせた、限りなくガラクタに近い、筏の様な何か…

その上で、オールのつもりの竹竿を巧みに操り、殆ど沈没仕掛かっている様にも見えるそれを巧みに操る一つ影…

そう、我らがミウたん

彼女は今が旬の鮎を追って川を下っているつもりなのである

つもりと言うのは、彼女の乗る筏は現在、物理的にほぼアンコントロールの状態…

予想外に強い川の流れに、為す術も無く流されて行くミウたん筏

オールの様な物で巧みに操船しているかに見えたその姿は、実は目の前に迫る取水口の巨大地下トンネルから必死に逃れようと足掻く、切羽詰まったそれであった

 

「………っ! まっ…………いゃ!!」

 

何かを叫ぶミウたんの声は激しさを増す落水音に掻き消される

そこだけ景色を切り取ったかの様な不気味な暗黒の地下トンネル

ミウたんの目にそれは、冥府への入口にも見えた

小さな黄色い蝶がヒメジョオンの花弁の間を揺蕩う

余りに長閑な昼下がり、美少女の様なミウたんと、筏の様な廃材は、暗黒の世界へと仲良く消えて行った…

 

 

 

 

 

「それでは、御夕食は6時半から… 何か御座いましたら、フロント8番に… どうぞ御ゆっくり御寛ぎ下さいませ…」

深々と頭を下げて退室する仲居に、ミウたんも落ち着かない様子でお辞儀を返す

(トンネルの向こうは… 不思議の町でした… )

独り分厚い座布団に腰掛け、窓の外の木蓮の木を見遣りながら、ミウたんはそんな有名なコピーを心の中で呟いた

まさかあの川の下流にこんな温泉町があったなんて…

暗黒の氾流の中、何かを叫びながら必死に筏にしがみついた

今度こそもうダメだ…

数多の死線を掻い潜ってきたミウたんも、今度ばかりはと覚悟を決めた

大きな揺れと直後の浮遊感

ミウたんが顔を伏せ、大きく息を吸い込んだ次の瞬間、辺りは急に明るくなる

穏やかなせせらぎ…

恐る恐る顔を上げれば、何故かそこは歴史を感じさせる古い街並みの中…

そこを流れる堀の中を、ミウたん筏はゆっくりと進んでいた

狐に摘ままれた様な感覚とはまさにこの事であろう

実際に狐面を着けた少年が、手にした長い竿でミウたん筏を岸へと手繰り寄せてきた時はギョッとした

微かに鼻に付く硫黄の香り

そこは大きな温泉宿の前だった

 

《歓迎 須内ミウ様 》

 

玄関脇に掲げられた看板にミウたんの名前

立ち尽くすミウたんを認めて、ロビーから仲居が飛び出してきた

「須内様でらっしゃいますか? ようこそ、お疲れ様で御座います!」

「い、いえ… 私、予約なんか…!」

「いえいえ、既に前料金で御予約頂いております ささっ どうぞ中へ…!」

さっぱり状況が読めないミウたん

自分の為に温泉旅館など取ってくれる存在は…… せいぜい大阪に旅立った莉緒先輩位… でもつい先日、お小遣いをくれたばかりで、そんな連チャンで心遣いされる謂れもない

それにタイミングがおかしい

取水口に飲まれて… 気が付いたら温泉街…

 

「はは~~ん……」

 

そこまで思考を巡らして、心得た、と計りにミウたんは手を打った

(これはあれだ… 最近パターン化している… 臨死体験シリーズだ…)

常人には受け入れ難い、身の毛もよだつその解釈

それをさらりと宣うミウたん

それだけ幾度となく命を危機に晒さらしている、ということの現れでもある

最早、現実の生そのものが臨死体験と言っても過言ではない

度胸も座っている

(どうせ脳が見せる幻影なら、とことん楽しまなくちゃ! )

ミウたんは座卓の上の玉露を一気に飲み干すと、温泉宿の醍醐味、宿の自慢でもあると言う露天風呂へと軽やかなステップをかまして行くのだった

 

 

 

「わぁ~~ 広~~い!」

自慢と言うだけあって、その露天風呂はミウたんの想像以上に立派な代物だった

脱衣場の先、檜造りの露台の向こうに見える端正な日本庭園

その中に誂えられた、小さなプール程もあるお湯溜まり

「これ、泳げんじゃね~!?」

一気にテンションMAXなミウたん

まだ空は明るかったが、他に客の姿も無かった事もあり、身体も洗わず湯溜まりにダイブする

そのままクロールでその広さを存分に堪能すると、恍惚の表情を湯の中からもたげる

「気持ちいい~~!」

お湯に身体を浸すのは幾日ぶりであろう

最近漸く川の水も温み、沐浴も可能になったとは言え、やはり熱いお風呂は別格の心地よさである

「御背中流しましょうか?」

「キャァッ!? 」

自分しかいないと思われたその空間で、不意に掛けられた男の声

どうして男の人が!? まさか混浴?

生意気にもまるで恥じらう乙女の様に湯の中の無い胸を隠し、声の方へと振り返る

「えっ!? 」

ミウたんは更に驚きの声を上げた

風呂の一角にまで張り出した露台

そこに立っていたのは法被姿のお風呂番

いくらお風呂番とは言え、若い女性の入浴姿を遠慮なく覗くデリカシーの無さは腹ただしい

だか、何より驚いたのはその顔に着けられた狐のお面…

先程の少年と同じ不気味な狐面…

無防備な姿のミウたんの前に、素顔を見せぬ怪しげな男…

そもそも本当に旅館の従業員なのさえ疑わしい…

一応、汚れを知らぬその痩身を抱くミウたんの両腕に力が籠る

「ぎゃ!!?」

そんな緊張の面持ちのミウたんの肩を、何者かが叩いた

また後ろから!? 誰が何時の間に? しかもボディタッチも許してしまった!

仰け反りながら振り向くと、そこには金髪のバニーガールが…

 

「対… 決……?」

 

彼女が手にしたプラカードの文字を、間抜けな声で読み上げるのと、風呂の底が抜けるのは同時だった

「ぎゃゃゃゃゃぁっ!!? 」

一瞬の浮遊感の後、お湯の氾流と共に何かの上を滑り落ちるミウたん

お湯の飛沫の中、目を凝らせば、そこは滑り台の様なスロープの上

それを認識するのと、終着点に尻餅を打ち付けるのもほぼ同時だった

 

 

【温泉卓球 ★☆☆☆☆】

 

「はい!?」

目に飛び込んだ一文

目の前の立看板の文字を心の中でなぞり、すっとんきょうな声を上げる

そこは何故か畳敷の大広間

視界の隅に鎮座する卓球台と、その向こうでサーブの構えを取る狐面が入り込んだ

「えっ? ええっ!?」

状況が全く飲めないミウたんはただ口をパクつかせるのみ…

『パシュ! 』

そんなミウたんの顔面に強烈なピンポン玉のスマッシュが炸裂する

「痛い! ちょ…! 痛いぃっ!」

次々と直撃する白球

畳を蹴る狐面の足音と、空気を切るラケットの音が響き渡る

「は、反則! 反則サーブ… つーかサーブじゃ無い! いい加減にしろ!!」

冷静な突っ込みとは裏腹に、遂にミウたんの怒りは沸点に達する

辺りに転がる白球を鷲掴み立ち上がると、オーバースローで狐面に投げ返す

「……キャァァァァァ!?」

そこで漸く自分が全裸である事を思い出し踞るミウたん

「うわっ!?」

また訪れた浮遊感

再びミウたんの身体はスロープの上を滑り落ちて行く

 

 

【温泉ボーリング ★★☆☆☆】

 

「こ、今度は何なの~~!?」

畳の上で強かに打った尾てい骨を撫でながら、目の前の看板の文字をなぞる

脇の襖が勢い良く開く

その先から大勢の狐面達が駆けてくる

ただ先程と違い、彼らは全員ブーメランパンツを着用し、股間を激しく膨張させていた

「あんなピン無理~~! 死ね~変態!」

十分自分も変態なモロ出しで、傍らのボーリング玉を放り投げるミウたん

「ひゃぁっ!?」

ボーリング玉が先頭の狐面に激突すると同時に再び床が開く

 

 

【温泉達磨落とし ★★★☆☆】

 

大きなクッションの束の上に綺麗に着地したミウたん

同時に狐面が大木槌でその下のクッションを打ち抜く

「うわっぁ!?」

堪らずバランスを崩し墜落するミウたん

『ざばーん! 』

「あちゃちゃちゃちゃちゃちゃっ!!」

そこに用意された熱湯風呂に、これまた綺麗にダイブする

熟練のリアクション芸人の様なコミカルな動きで、浴槽からもがき這い出るミウたん

「うわぁぁぁっ!?」

その絶妙なタイミングで床が開き、名人芸の様に再度滑り落ちるミウたん

 

 

【温泉ブラックジャック ★★★★☆】

 

「いい加減にしろぉぉぉぉっ!!」

キレ芸人顔負けの全開憤怒で目の前の狐面に殴り掛かるミウたん

4発目の右ストレートで狐面が割れ、鼻血を吹き出した男の顔が現れた

 

「ハイ、カ~~~~~ット!!」

 

何処かで聞き覚えのある男の声が木霊した

徐に回りの襖が開き、大勢の男女が姿を現す

「いゃ~~ 相変わらずいいリアクションだね~~!」

「あ… 貴方は… 確か!?」

チョビ髭にセーターマントのこの男、確かに見覚えがある

「実は例の君の先輩の推薦で、ドキュメントのモデルになって貰ったんだよ~」

相変わらず軽い調子でえげつない事をほざくチョビ髭

「莉緒… 先輩? ドキュメント…?」

漸く状況が飲めてきたミウたん

そう言えば前に一度、先輩の紹介でデモテープのモデルの仕事をした事があった

このチョビ髭はその時の監督だった男だ

「まぁ~ ドキュメントっつ~か、『エロスパ ~痴女の大温泉~』っつ~ドキュメント風AVなんだけどね~ あっ 因みに取水口もセットだから~」

「A……V……? キャァッ!?」

そこで自分が全裸である事を思い出し、慌て踞る

背後の女性スタッフが駆け寄り、ミウたんにエロいシルクローブを羽織らす

「ん、でも大丈夫、顔にはちゃんとモザイク入れるから 何か君、生活に困ってるらしいじゃん? 優しい先輩だよね~ 出演料は今夜の宿代プラス十本でどう?」

 

 

 

「………モザイク無しなら…… 三連泊OKにしてくれます?」

 

 

 

「えっ 良いの? 君、素人でしょ? こっちは構わないけど~」

シルクローブを羽織ってゆっくりと立ち上がるミウたん

その姿は最早、練達のAV女優の風格を漂わせていた

「私も構いません、晩御飯には舟盛りもプラスで!」

ミウたんは不思議な迄に落ち着いていた

何も動じる事は無い

何故ならこれは全て臨死体験なのだから…

全ては脳が見せる幻影に過ぎない

幻影の中で温泉に浸かり、旨い物を鱈腹食う

それもまた乙な物…

どうせそのうち何時の様に、川原の石の上か、病院のベッドの上で目を覚ますのだ

何時のパターン

今日は、今回の臨死体験では、売れっ子AV女優の設定でいこう!

ミウたんはシルクローブの裾を靡かせ、颯爽と撮影現場を後にした

 

 

 

 

 

「それではまたのご利用、お待ちして居ります… どうぞお気をつけて…」

愛想の良い仲居さんに見送られ、温泉旅館を後にするミウたん

溜まりに溜まった垢と疲れを取り、再び厳しいフリーランサー暮らしに戻る

臨時収入も手に入ったし、当分は何とかなるだろう

「はぁ………」

ミウたんは今にも泣き出しそうな曇天模様を眺めてため息をついた

私の臨死体験は何時から始まり、何時終わるのだろうか…

「早く… 早く終わって…」

ミウたんの瞳から大粒の涙が溢れた

 

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