崖の縁のミウたん   作:新六毛

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ミウたんの拳 (1)

「オラオラオラッ! 何勝手に畑なんてこさえてんだ、コラ~!?」

「勝手も何も… わしらが先に住み着いた土地じゃ…」

「なに~~?」

黒いヨレヨレのビニールジャンパーを纏った男が、口答えをした老年フリーランサーの襟首を掴み上げる

「耳の穴をかっぽじって良く聞けよ~ たった今からこの川の河川敷は、高架会とその御大、章さんの物になったのだ! 此処で暮らしてぇなら使用料を納めな!」

「な、なんじゃと… そんな理屈… グフッ!?」

尚も抗う老体に男は容赦ない膝蹴りを食らわす

「おい、お前達も見ておけ! 高架会に逆らう者がどうなるかをよ!」

恐らくは周囲の藪、或いは対岸の物陰から事の推移を見守っているであろうフリーランサー達に言い聞かせる様に、男は大声を上げ拳を振り上げた

フリーランサー達の横の繋がりなど希薄だ

誰かの犠牲は自分の生きる縁だ

それでも、これまでの自分達の常識が通用しない新たなる脅威の存在に、息を殺して事の顛末を見守っている事は容易に想像できた

「高架会に歯向かう者は…… 死、あるのみぃぃぃっ……ぇえ!?」

頭を抱えて踞る老体に向け、確かに降り下ろされた拳

だがその拳が衝撃を放つ事は無かった

「な、なんだお前は!? 離しやがれ!」

男の右腕を掴んむ1つの影…

桃色のぱっつん前髪のその下、おでこに七つのおできを持つ女…

 

……ミウたん!

 

「フリーランサーの文句は… 市の福祉課に言え!」

ミウたんの空いた左手が男の目の前で踊る

「な、な、な、何しやが…… ヒベッ!?」

男が悲鳴を上げるのと、ミウたんがその脇をすり抜けたのは同時だった

『ドサッ 』

ミウたんの背後で男が崩れ落ちた

それには一瞥もくれず、静かに歩き出すミウたん

「ま、待ってくだされ……!」

間一髪の所を救われた老体が、ミウたんの前に恭しく跪く

「ありがとうごぜぇます… 何のお礼も出来ませぬが… せめて、お名前だけでも…」

ミウたんはその問いには答えず、高々とその右手の人差し指で天を指した

そこには梅雨の厚い曇り空

老体は呆然とその指差す曇天を見上げる

「蒼天を思え! 蒼天を願え! どんなに曇ろうとも、雲の上は常に蒼天だ!」

「………………?」

ボカンと口を開けて小首を傾げる老体を残し、ミウたんはドヤ顔で葦原へと消えて行った

 

 

 

「ミウ… いかにお前でも、たった1人で高架会と戦うのは無謀だ… 」

川原に群生する葦原の一角、僅かに開けたスペースに立つ草葺き屋根の小屋

枯れ草と木の枝で組み上げられたそれは、小屋と呼ぶには些か大袈裟かもしれない

その奥に腰掛ける、アルミ缶回収業の杉さん…… 通称、ギースがミウたんに声を掛けた

 

「高架会」ーーーーー

 

ミウたん等が暮らすこの大川の河川敷

そこに突如現れた流れ者の浮浪者組織…

JRと私鉄が共同利用する河口付近の高架橋

その下に根城を築き、土着のフリーランサー達から河川敷の使用料名目で金品を巻き上げ始めた

組織化され、尚且つそのリーダーとされる大男"章さん"の圧倒的暴力性の前に、フリーランサー達は為す術も無く蹂躙される

 

「桃幇」ーーーーー

 

今、ミウたん達が籠るこの草葺き小屋

ここは、そんな高架会の脅威に対抗すべく立ち上がったフリーランサー有志達が集う秘密結社

実質的なリーダーで主力であるミウたんの髪の色から「ミウパン」と呼ばれていた

「ただ義気の為に動く、それがミウパンよ…」

ミウたんは己の拳に巻かれた麻布切れの隅を前歯でくわえ、きつく絞め直しながらギースに答えた

高架会の荒くれ者達の前では本来、ミウたんなど赤子の手を捻るも同然の存在であろう

だが今のミウたんには連中と互角以上に渡り合う手段がある

 

「吐苦途心拳」ーーーーー

 

二千年の昔から、この国の住所不定無職の間で受け継がれてきた、一子相伝の暗殺拳…

この川の河川敷にその伝承者が居た事、そして河川敷の平和を案じた伝承者からその素質を見抜かれ、千八百円という格安料金でその暗殺拳を伝授されたのは、決して偶然とは言われまい

正に天が、宿命がミウたんを導いたのだろう

「だが既に多くの仲間が姿を消し、俺もお前の役には…」

ギースは胸に手を当てた

高架会との戦いで受けた傷は、まだ完治には程遠かった

「貴方が生きてる 私は朋友を見捨てたりはしない…!」

「ミウ……」

ミウたんはギースの視線を背中に受け、独り小屋を後にする

 

桃幇の構成員である廃棄週刊誌販売業者が、全身アザだらけで発見されたのは今朝早く

その手には高架会からの挑戦状が握らされていた

高架会もミウたんと桃幇の存在に脅威を感じていた

小娘に次々と謎の拳法で屠られる仲間達…

河川敷に沸き立つ救世主待望論…

先に挑発したのはミウたんの方かもしれない

高架会の御大、章を引きずり出さねば決着の時は来ないのだ

その結果としての朋友の犠牲…

卑劣な高架会のやり方に、ミウたんの桃色の血は煮えたぎる

今こそ吐苦途心拳の極意を見せる時

ミウたんは熱い闘志と悲しみを背負い、高架会の待つ丸石畳の河原へと向かうのだった

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