「オラオラオラッ! 何勝手に畑なんてこさえてんだ、コラ~!?」
「勝手も何も… わしらが先に住み着いた土地じゃ…」
「なに~~?」
黒いヨレヨレのビニールジャンパーを纏った男が、口答えをした老年フリーランサーの襟首を掴み上げる
「耳の穴をかっぽじって良く聞けよ~ たった今からこの川の河川敷は、高架会とその御大、章さんの物になったのだ! 此処で暮らしてぇなら使用料を納めな!」
「な、なんじゃと… そんな理屈… グフッ!?」
尚も抗う老体に男は容赦ない膝蹴りを食らわす
「おい、お前達も見ておけ! 高架会に逆らう者がどうなるかをよ!」
恐らくは周囲の藪、或いは対岸の物陰から事の推移を見守っているであろうフリーランサー達に言い聞かせる様に、男は大声を上げ拳を振り上げた
フリーランサー達の横の繋がりなど希薄だ
誰かの犠牲は自分の生きる縁だ
それでも、これまでの自分達の常識が通用しない新たなる脅威の存在に、息を殺して事の顛末を見守っている事は容易に想像できた
「高架会に歯向かう者は…… 死、あるのみぃぃぃっ……ぇえ!?」
頭を抱えて踞る老体に向け、確かに降り下ろされた拳
だがその拳が衝撃を放つ事は無かった
「な、なんだお前は!? 離しやがれ!」
男の右腕を掴んむ1つの影…
桃色のぱっつん前髪のその下、おでこに七つのおできを持つ女…
……ミウたん!
「フリーランサーの文句は… 市の福祉課に言え!」
ミウたんの空いた左手が男の目の前で踊る
「な、な、な、何しやが…… ヒベッ!?」
男が悲鳴を上げるのと、ミウたんがその脇をすり抜けたのは同時だった
『ドサッ 』
ミウたんの背後で男が崩れ落ちた
それには一瞥もくれず、静かに歩き出すミウたん
「ま、待ってくだされ……!」
間一髪の所を救われた老体が、ミウたんの前に恭しく跪く
「ありがとうごぜぇます… 何のお礼も出来ませぬが… せめて、お名前だけでも…」
ミウたんはその問いには答えず、高々とその右手の人差し指で天を指した
そこには梅雨の厚い曇り空
老体は呆然とその指差す曇天を見上げる
「蒼天を思え! 蒼天を願え! どんなに曇ろうとも、雲の上は常に蒼天だ!」
「………………?」
ボカンと口を開けて小首を傾げる老体を残し、ミウたんはドヤ顔で葦原へと消えて行った
「ミウ… いかにお前でも、たった1人で高架会と戦うのは無謀だ… 」
川原に群生する葦原の一角、僅かに開けたスペースに立つ草葺き屋根の小屋
枯れ草と木の枝で組み上げられたそれは、小屋と呼ぶには些か大袈裟かもしれない
その奥に腰掛ける、アルミ缶回収業の杉さん…… 通称、ギースがミウたんに声を掛けた
「高架会」ーーーーー
ミウたん等が暮らすこの大川の河川敷
そこに突如現れた流れ者の浮浪者組織…
JRと私鉄が共同利用する河口付近の高架橋
その下に根城を築き、土着のフリーランサー達から河川敷の使用料名目で金品を巻き上げ始めた
組織化され、尚且つそのリーダーとされる大男"章さん"の圧倒的暴力性の前に、フリーランサー達は為す術も無く蹂躙される
「桃幇」ーーーーー
今、ミウたん達が籠るこの草葺き小屋
ここは、そんな高架会の脅威に対抗すべく立ち上がったフリーランサー有志達が集う秘密結社
実質的なリーダーで主力であるミウたんの髪の色から「ミウパン」と呼ばれていた
「ただ義気の為に動く、それがミウパンよ…」
ミウたんは己の拳に巻かれた麻布切れの隅を前歯でくわえ、きつく絞め直しながらギースに答えた
高架会の荒くれ者達の前では本来、ミウたんなど赤子の手を捻るも同然の存在であろう
だが今のミウたんには連中と互角以上に渡り合う手段がある
「吐苦途心拳」ーーーーー
二千年の昔から、この国の住所不定無職の間で受け継がれてきた、一子相伝の暗殺拳…
この川の河川敷にその伝承者が居た事、そして河川敷の平和を案じた伝承者からその素質を見抜かれ、千八百円という格安料金でその暗殺拳を伝授されたのは、決して偶然とは言われまい
正に天が、宿命がミウたんを導いたのだろう
「だが既に多くの仲間が姿を消し、俺もお前の役には…」
ギースは胸に手を当てた
高架会との戦いで受けた傷は、まだ完治には程遠かった
「貴方が生きてる 私は朋友を見捨てたりはしない…!」
「ミウ……」
ミウたんはギースの視線を背中に受け、独り小屋を後にする
桃幇の構成員である廃棄週刊誌販売業者が、全身アザだらけで発見されたのは今朝早く
その手には高架会からの挑戦状が握らされていた
高架会もミウたんと桃幇の存在に脅威を感じていた
小娘に次々と謎の拳法で屠られる仲間達…
河川敷に沸き立つ救世主待望論…
先に挑発したのはミウたんの方かもしれない
高架会の御大、章を引きずり出さねば決着の時は来ないのだ
その結果としての朋友の犠牲…
卑劣な高架会のやり方に、ミウたんの桃色の血は煮えたぎる
今こそ吐苦途心拳の極意を見せる時
ミウたんは熱い闘志と悲しみを背負い、高架会の待つ丸石畳の河原へと向かうのだった