崖の縁のミウたん   作:新六毛

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河原の組織論

昔々、基本芋しか食ってないクセにガタイはでかいヨーロッパのある国に、それはそれは小賢しい、ひねくれ者の将軍が居りました

彼は唯一の趣味である人間観察から、人をその資質と性格でそれぞれ2つに区分し、更にそれを掛け合わせた4つのパターンに分類するという、極めて鬱陶しい社会学的定義を考案しましたとさ…

 

 

 

『組織論』ーーーーー

 

 

 

今回は、そんな組織論を通して、この都会の片隅を流れる河川の生態系を考察していきたい

 

生態系…

 

1つの川を中心に築かれるそれを社会の縮図と捉えるならば、同時にそのヒエラルキーは組織の縮図と置き換えることも出来るだろう

そして、その個々の構成員達を社会学的定義に収める事も可能であると推測出来る…

今、草蒸す河原の土手で、土着のフリーランサー相手に、具の少ない透明なすいとんとラスクの様に固くなった食パンを配る1人の男性

フリーランサー達の救済と自立を支える事を目的としたNPO法人

それに属すると言い張るこの男の前には長蛇の列

彼は河原のフリーランサー達に畑作を推奨し、野菜の種を無償で与え、そして収穫されたそれらを買い上げる事で、経済のサイクルから除外されたフリーランサー達の自立と自活の支援を行っているらしい

一見すれば心洗われる慈善活動であるが、極めて胡散臭いのは、買い上げる通貨がNPO法人が発行する独自通貨という点である

そう、今彼らフリーランサーが手にしたすいとんモドキと食パンだった物は、自ら育て収穫した野菜をNPOに売って得たNPO通貨で購入した物なのである

種を配り、野菜を作らせ、それをタダ同然の廃棄食材と交換する男…

 

『有能な怠け者 』

 

河原のフリーランサー達を手玉に取り、労せず利益をあげるこの男はまさに、自分が楽をする為に他人の力や周囲の状況を最大限生かす指揮官タイプ

河原の閉ざされた特殊な生態系社会の中では、頂点に存在すると言っても良いだろう

 

 

 

「若干、右みた~い」

「平均だよ~?」

河川敷の堤防の土手に、丸石を幾重にも並べる2つの小さな影

小鳥の囀ずりの様な鳴き声を往訪させる、人に似た人ざらぬ存在、野良らむね…

ネット目ミント科に属するポピュラーな小型野良幼女の一種である

高い湿度と気温、彼女の小さな額から垂れる滴が、丸石の表面に漆黒の花を咲かせる

本来高等な知性は有しないとされる野良幼女だが、この2個体は恰も土木作業員のそれの様に、互いが測量と設置の作業を分担し、整然と丸石を土手に敷き詰めていく

その長さは凡そ30メートル

決して早くはないその手際から推測するに、作業開始から既に1週間は経過しているであろう

一体何が野良らむね達を駆り立てるのか…

彼女達の行動の目的は一体…

その答えはもう間もなく訪れる盛夏に明らかになる

夏の強烈な日差しに焼かれた丸石は、昼前には太陽のエネルギーを蓄え灼熱となる

頃合い良しと見ると、野良ラムネ達はその丸石の上に、目の前の川で取れた小魚や小海老、川蟹などを乗せていく

何れも野良幼女にも捕獲しやすい獲物達である

並べ終われば直ぐ様、川に浸した葦束をその上に被せていく

仄かに立ち上る水蒸気…

そう、彼女達は灼熱の丸石を天然のオーブンとして利用し、燻製を作っていたのだ

他の野生生物同様火を恐れ、当然調理機器など持ち合わせない彼女達

どこで得た知識か、彼女達はこうやって水分を飛ばし葦草で蒸せば、食料が飛躍的に長持ちし、尚且つ風味も良くなる事を知っていたのだ

獲物が豊富で捕獲しやすい夏の内に、冬を過ごせるまでの保存食を生産する

凡そ野良幼女に対する偏見や先入観を払拭するに余りある、その知的で建設的な行動…

彼女達はそこまで意識していないだろうが、彼女達が築いた丸石のオブジェは、堤防自体を補強する事にもなり、秋の台風、長雨による洪水から街を守る手助けにもなっているのだ

その為、役所や近隣の住民達も敢えて彼女達の行動を黙認しているのである

 

『有能な働き者 』

 

ただ自分達の知恵と努力でこの河原社会を生き抜く彼女達はまさに、他人を信用せず己の献身と経験で局面を打開する参謀タイプ

河原の生態系の中では、良い意味でも悪い意味でも孤立した、特異な存在と言えるだろう

 

 

 

『無能な怠け者 』

 

実社会に於いても、河原社会に於いても、この自分の行動に主体性を持たず、常に周囲の状況や環境に流され、近視眼的に生きているタイプが圧倒的多数派である事に変わりはない

自分からは動かず、考える事も放棄した一般兵タイプ

弱肉強食の河原社会で悠長に惰眠を貪るのは間違いなくこのタイプである

 

「……ってな訳で、鴨川の河口から真っ直ぐ進んだその島にお宝が有るのよ…… 」

「へぇ~ 凄~い!」

橋桁の下はフリーランサー達の白金台、そして憩いの場所でもある

大川のマイフェアレディの異名をとる古株女フリーランサー、"ジャージのまどか"の住まう段ボールハウスで、ミウたんはそんな大御所の話に目を輝かせていた

若い頃、千葉の鴨川一帯でその名を知らぬ者は居なかったという大御所の武勇伝は、未だ栄光と名声に憧れるミウたんにとって何度聞いても胸の踊る英雄譚だった

今日聞かせて貰ったのは、とある無人島に眠る財宝の話…

金色のハイビスカスが咲くその島にあるという7色の真珠の話…

ジュブナイル小説の様な与太話を語るまどか婆の瞳は、ミウたん以上に輝いていたかもしれない

遠くから童謡のメロディが流れてきた

夕方5時を知らせる町内放送だ

「どれ、続きはまた今度… 暗くならない内にお帰り…」

そう言うと背後のビニール袋をガサゴソ漁り、1つの茶饅頭をミウたんに差し出した

「ありがとう、まどかおばちゃん!」

それを引ったくる様に奪うと、ミウたんはお礼もそこそこに段ボールハウスの外へ消えて行った

それを少し寂しそうな笑顔で見送るまどか婆…

若い頃は相当な美人であったのだろう、皺を蓄えても尚、その表情には品を漂わせていた

渾名の由縁、よれよれのジャージの袖にポツリと滴が垂れた

まどかも分かっているのだ

自分の与太話を真に受ける者など居ない事を…

若いあの子もお菓子目当てなのだろう

それでも自分の話を聞いてくれる存在をまどか婆は求めていた

1人になれば無惨な現実が胸を締め付ける…

まどか婆は最近すっかり弱くなった膝に何とか力を入れ、夜の街に繰り出す

糧を求める為ではない

話を聞いてくれたお礼のお菓子を求めてである

まどか婆にとっては、孤独は飢えより耐えられないのだ

確かな明日より一時の慰み…

無能な怠け者、彼女をそう蔑むのは簡単である

だが、その責の全てを彼女に負わせる事が、果たして誰に出来るであろうか?

 

「………ま……る……」

 

沈み行く夕陽に1人円を描くまどか婆…

その瞳には、夕陽の向こうの帰らぬ若き日々が浮かんでいた

 

 

 

(凄い話を聞いた…!!)

ミウたんの両眼は飛び出んばかりに見開かれていた

元々ただ者ではない、と思っていたが、あの婆さんはとんだ食わせ者だった

落ちぶれた老年フリーランサーの成れの果て…

そんなオーラをぷんぷんさせながら、実は莫大な財宝を隠し持つ凄腕トレジャーハンター… 或いは女海賊… だったとは!

恐らくはミウたんをゆとり教育の成れの果て… 程度の存在と見て、うっかり口を滑らせたのだろう

だが、ミウたんをそこいらのナウなヤングと一緒にするのは間違いである

生き馬の目を抜くフリーランサー界、他人を甘く見る事の恐ろしさを、今からあの婆さんは思い知る事であろう

ミウたんはまどか婆の段ボールハウスを飛び出した後、真っ直ぐそこに向かった

「……こんな日が来ると思って、コツコツ準備しておいたのよ!」

そこは大川に注ぐ農業用水路の地下水道

人が1人、どうにか入れる程の広さのその中に、ミウたんの夢と野望が詰まったそれがあった

 

『ローズマリー号 』

 

川岸に流れ着いた廃材を拾い集め、僅かな工具で本当にコツコツ作り上げてきた一艘の帆船… をイメージした帆掛け筏…

ミウたんは何時の日か、このローズマリー号で7つの海を股に掛け、海賊女王になる野心を抱いていたのだ

「ターゲットチャンス突入ね!」

時は来た

ミウたんは手にした茶饅頭の最後の一片を口に放り込むと、ローズマリー号を引き出し、折り畳み式のメインマストを高々と展開した

「東京湾を左手に進んで… 房総半島の先っぽだっけ? そんで鴨川の先!」

ミウたんは脳裏に単純な日本地図を展開し、朧気な記憶を元に鴨川を目指す

「行っくわよ~! 房総だけど、激走タイム突入!」

下らない独り言を語散り、オールで勢い良く川底を突いた

ローズマリー号は今ゆっくりと川岸を離れ、一路東京湾とその先の大海原を目指す…

 

『愚かな働き者』

 

冒頭の将軍曰く、この手のタイプは見つけ次第、処刑するしかないそうである

この手のタイプは愚か故に間違いを起こし、真面目故に其を爆発的に増幅させる

今、さざ波の如き東京湾のうねりに翻弄され、眼前に迫る大型タンカーから逃れ様と足掻くミウたんはまさに、己を知らず、世界を知らず、常識を知らず、それでいて人一倍頑張り屋さんな処刑候補そのものである

今回は幸いにもミウたん1人の犠牲で済みそうだが、これが万一、本当に帆船などを建造するに至った場合、甚大な海難事故に発展する可能性もあったのだ

川岸生態系社会の破壊者…

ミウたんにはそんな称号が相応しいだろう

 

 

 

今回の観察を通じ、川岸生態系という最低辺の社会にも、組織論がそのまま応用可能であることが明らかになった

これらの成果を結論として纏めると、やはり駄目な奴は何をやっても駄目だなぁ… という事に尽きるのでは ないだろうか?

今後もミウたんの行動には格別の注意が必要であると提案し、今回の考察は終了とする

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