それは只の働き者だぜ
働き者のミウたんに新たな転機が訪れようとしていた…
一掛け二掛け三掛けて、仕掛けて殺して日が暮れて…
橋の欄干腰下ろし、遥か向こうを眺めれば、この世はつらい事ばかり…
片手に線香、花を持ち、嬢ちゃん、嬢ちゃん何処行くの…
私は必殺仕事人、須内ミウと申します…
「それで、今日は何処のどいつをやってくれって言うの…?」
隙間風に揺らぐ蝋燭の薄明かりが、幾つかの影をぼんやりと浮かび上がらせる場末のあばら家
声の主が燭台の脇の木箱に腰を下ろし、そのぱっつん前髪の下の端正な顔立ちが顕になる
須内ミウ… 通称ミウたん…
表の顔は訳あって河原の洞穴に身を潜める残念美少女…
しかしてその実態は、晴らせぬ恨みを晴らして見せる、闇の必殺仕事人…
ここは、そんな裏稼業の仕事人達が集う闇のハローワーク…
「……河原町の低貸しパチンコ店、台南無屋の番頭、藤田… 報酬は諭吉3枚…」
燭台を挟んでミウたんの反対側に姿を現したのが、この闇のハローワークの胴元
何処の誰なのか、名前も素性も分からない
ただ、仕置きの依頼と報酬の受け渡しは全てこの胴元を通して行われる
「全国チェーンの賭場の番頭にしては安い報酬ね… 割に合わないわ…」
ミウたんの意見はその場に集う同業者の総意であったのだろう、輪郭朧な影達が互いを見回す影だけが薄明かりの中蠢く
「……応募者無し…… だね… それじゃ、今夜はお開きだよ…」
胴元がふっと蝋燭に息を吹き掛けると、辺りは忽ち漆黒の闇に包まれた
仕事人は命を賭ける闇稼業
条件に折り合いが着かず依頼が流れるのは珍しくも無い
音も無く影達が気配を消して行き、そして誰も居なくなった…
『ンモ~~ ンモ~~ 』
その鳴き声から牛蛙の名を冠した大型両生類
今、ヌメヌメとしたその姿を川の縁から現し、底抜けな食欲を満たすべくオヒシバの茂みを掻き分けて行く
葦原の隙間からその様子をじっと見ていたミウたんは、手にした竹筒を口にあて、もう一方の先を静かに牛蛙に向ける
「……ターゲット確認……… フッ! 」
『グエッ!? 』
一瞬の出来事
竹筒を改造した吹き矢の一撃は牛蛙を瞬殺した
さながら凄腕スナイパー
ミウたんは手馴れた様子で獲物の牛蛙を麻袋に放り込むと、足早に河川敷を後にした
「牛蛙8匹で… 240円だね…」
川沿いの工業地帯の一角、錆びだらけの元縫製工場
今その廃工場は、河川敷に住むフリーランサー達の青空市場になっていた
その更に片隅、精肉業の男に獲物の牛蛙を売り、今夜の凌ぎを得たミウたん
それは晩食のモスチーズバーガーをゲットし、夜の街から河原の洞穴ハウスへと帰る道すがらの事だった
「泥棒ー! 待ちやがれ泥棒ー!」
突如背後から聞こえた怒号
思わずギョッとするミウたん
河原暮らしを始めて以来、泥棒と罵られたのは一度や二度ではないが、今手にしたチーズバーガーに限れば、泥棒呼ばわりされる覚えはない
過去の行為を問うているのならば、証拠も記憶ももう無い
ミウたん的には時効なのである
しつこい被害者面に超理論でもぶちまけてやるか…
そう思い、振り返るミウたんの脇をすり抜ける小さな影…
「待ちやがれー!!」
その声の主はエプロン姿の中年の男だった
同じくミウたんの脇をすり抜け、先行した影を追いかける
「観念しろ! クソガキが!」
ほんの少し先で、遂に影は捕獲された様だ
それはまだ年端もいかぬ少女だった
路肩のガードレールの支柱の根元にしがみ着く少女
男はその襟首を掴んで強引に引き離そうとしている
どうやら泥棒はあの少女の様だ
(あんな幼い子が泥棒をするなんて、世知辛い世の中ね…)
ミウたんは苦いため息をついた
そして同時に少女に対する同情心が沸き上がってきた
必死にガードレールの支柱にしがみ付く少女の姿は、世間の荒波に揉まれ、弾かれ、流されながらも、何とか今日の日を生きる自分の姿と重なったからだ
ミウたんはゆっくりと揉み合う二人の元へ向かう
「な、なんだアンタは?」
不意に肩を叩かれ、男は振り返った
「そんな小さな子供相手に大人気無いわよ…」
「なにぃ!? こっちはこのガキに何度も商品盗まれてんだ! 生活が懸かってんだ! それともなんだ? アンタが代わりに弁償してくれるのかい!?」
「……いいわよ、おいくら?」
「今まで盗まれたコロッケとメンチ代… そうだな… 五千円は貰おうか!」
それを聞いたミウたんは顔色1つ変えず、ミニスカートの中に手を伸ばした
そしてスルスルと、最早純白とは言い難いおパンツをずり落とす
「な、何やってんだアンタ!?」
「これじゃ足りないかしら?」
突然の異常行動に面食らう男を尻目に、今度は薄汚れたベストをたくしあげ、そのまな板の様な胸を隠す面積の少ない布切れを勢い良く剥ぎ取る
「ちょっ… ちょっとアンタ!? やめ… やめなさい!」
小さな子供の手前、更には周囲に存在するかも知れない人目を憚り、男は激しく狼狽する
「まだ足りないって言うの!? おしっこ? ここでおしっこすれば良いの!?」
意味不明な逆ギレで大声をあげるミウたん
「もういい!」
とうとう男は苦々しい顔で舌打ちを1つ残し、今来た道を小走りで帰って行った
「ふぅ… あのリアクションはあれね… 童貞って奴ね…」
脱いだ下着を付け直しながら、良く分からない捨て台詞を吐くミウたん
そこでガードレールの影から怯えた視線を向ける少女と目が合った
ツインテールにピンクのワンピース
窶れた表情が、実年齢より少し大人びて見せた
「もう大丈夫、怖がらなくても大丈夫だよ! でも、もう二度と泥棒なんかしちゃ駄目よ 自分で食べる物は自分で手に入れなきゃ!」
そう言うと、ミウたんは右手に握っていたチーズバーガーを少女に放った
無言でそれを受け取る少女
ミウたんはそのまま背中を向けて歩き始めた
(私… 今、めっちゃカッコいい! )
常に夢想する"カッコいい女"
今、少女の目に映っているだろうその姿に自己陶酔するミウたんには、己の腹の音も聞こえ無かったし、少女の怯えの大半が自分のせいである事など想像だに出来なかった
ピタッ
不意に冷たい何ががミウたんの腰に当たる
(えっ!? )
ミウたんの本能に近い何かが警鐘を鳴らす
それは明確な害意をミウたんに向けていた
「……お金、全部置いていって……」
「!? 」
ゆっくりと顔を背中に向ければ、そこにあのツインテールの片房が見える
「お姉ちゃんが邪魔するから… あのおじさんの方が… いっぱい持ってた筈なのに……!」
「痛っ!?」
腰の感触が痛覚に変わる
生暖かい滴がそこから垂れるのを感じる
(刃物!? この子が!? 私を傷付けてる!? )
「……死にたいの? 私は… 本気だよ!」
混乱するミウたんを他所に、少女の恐ろしい迄に冷静な言葉が闇に木霊する
「ま、待って! 私… 持って無い! 本当… 貧乏で… お家も無いの! パイも無い!」
「馬鹿にするな! 死ね!!」
冷たい感触が一瞬離れた 間合いを取る為だ
ミウたんには分かる 闇の仕置き人なのだから
少女が力を込めて刃物を突き出す
それは正確にミウたんの背中を捉える筈だった
「!?」
だが、一瞬にして少女の視界からミウたんは消えた
次の瞬間、少女の手に衝撃が走り、握っていた刃物が音を立てて地面に転がる
『パシッ 』
「ひゃっ!?」
次いでミウたんの平手が少女の頬を捉えた
少女はアスファルトの上を転がる
裏稼業に生きるミウたんにとって少女の攻撃をかわすなど、まさに赤子の手を捻るも同然であった
だが、ミウたんが心に受けた傷は避けようもなかった
少女の突きは明確な殺意を持っていた
この年端もいかぬ少女が、躊躇いもなく刃物を人に突き付けた
あの揚げ物泥棒も、人目に付きにくい暗がりに店主を誘い出す為の小芝居…
一体何がこの少女にここまでの所業を強いるのか…?
背中の傷は大した事はないが、心の傷はとてつもなく痛かった
「……ふんっ 警察でも何でも突き出せばいいじゃない!」
静かに近づくミウたんに、地面にへたり込む少女はそっぽを向ける
「ねぇ どうしてこんな事をしたの? 理由を私に話して…」
ミウたんは少女の前に屈み、努めて優しく声を掛けた
「お説教なんて沢山! 大人なんて綺麗事ばかりじゃない!」
少女はキッとミウたんを睨み付けた
その潤んだ瞳には、喩え様の無い絶望と憎しみが満ち溢れているかの様に見えた
「私はそんないい加減な大人じゃないわ… 貴女を助けたいの…」
ミウたんの言葉に嘘は無かった
最早、怒りの感情も消えていた
この少女の痛々しい姿は、自分の過去の姿と同じ…
初めて見た時より一層、この少女が他人とは思えなくなっていた
誰にも助けて貰えなかった私…
たがらこそ、この少女を絶望と憎しみから救ってあげたい
「嘘よ! 嘘つき! 信じない! 絶対に信じない!」
だが、そんなミウたんの想いは少女に伝わらない
「信じられない…? 私が嘘をつく…? そう… じゃあ、見せてあげる… 私の本当の姿を…!」
そう言うと、ミウたんは再びミニスカートの中に手を入れ、おパンツを降ろした
「!?」
呆気にとられる少女の眼前で、今度はミニスカートそのものも降ろす
「きゃあっ!?」
思わず顔を覆う少女
「良く見てなさい! 私が体裁に拘る大人かどうか!」
そう言い捨てると、ミウたんは下半身を露出したその姿で、向こうに見えるコンビニの中に乱入していった
「いらっしゃいま…… せぇぇぇえ!!?」
アルバイト男性の声が裏返る
「……はっ!?」
「なっ…!!」
雑誌コーナーで立ち読みしていた男子中学生が、ミウたんの姿を見て固まる
その背後を大股で闊歩し、お弁当コーナーへ
「きゃぁっ!?」
「なんだ!?」
お弁当を物色していたカップルがどよめく
そのままレジの前に立ち、見切り品の一口羊羮をアルバイト男性に突き出す
「……に、に、に、20円に… な、なります……」
「ありません 」
そう言うと一口羊羮をテーブルに戻し、ミウたんは颯爽と自動ドアから表へと出て行く
程無くして先程のガードレール脇に戻って来たミウたん
無言でおパンツとミニスカートを再装着する
既に少女の姿は無かった 予想はしていた
ただ、どうしても少女に見せたかった
大人が全て綺麗事と体裁を気にする嘘つきでは無いという事を…
断じて露出が癖になった訳ではない
ただ、もしもこれが、少女の氷の様な心を溶かす切っ掛けとなれば…
その思いがミウたんを突き動かしたのだ
ミウたんは心の奥底から少女の幸を祈らずには居られなかった
「私… ばにら……」
「!? 」
側の電柱の影から少女が姿を現した
少女は逃げていなかった
俯き加減で自己紹介した彼女は、何処にでもいる普通の女の子
もうあの殺気を漂わせる事は無かった