ミウたん伝説、第3章
帰ってきたミウたん (1)
「十三… 十四… 十五… はい、確かに十五万円頂きました… それでは鍵はお渡しします…」
不動産屋を出て商店街を抜ける
夏の日射しが照りつける丘の坂道 そこから見下ろす懐かしい風景
ほんの少し、大きくなった様な気がする躑躅の木陰に、それは変わらぬ姿を佇ませていた
(……帰ってきた… 遂に帰って来ました…)
ミウたんの胸に熱い何かが込み上げる
『お帰りなさい… 』
確かにそんな声が聞こえた気がした
「ただいま!」
ミウたんの凛とした声が響いた…
「今どき高校位出なければ、まともな就職先なんて無いぞ…」
担任は親身になって何度もミウたんを諭した
そもそもおつむの出来はイマサン位な生徒ではあるが、出来の悪い子程なんとやら… な思いであったのだろう
幼い頃に母を亡くし、父の男手1つで育て上げられたミウたん
その父も、彼女が中学に上がる頃に突如失踪する
身寄りの無い今のミウたんにとって、頼れる大人は保護者代わりの民生員のおばさんと、この担任位な物である
「先生、私、夢があるんです! その夢を叶える為に東京へ行くんです!」
卒業式の明くる日、ミウたんは見送りに来たその親代わりとも言うべき担任と民生員のおばさんに、何度も何度もお礼を述べ、東京行きの鈍行電車へと飛び乗った
住み慣れた街が遠くなって行く
雄大な日本海に沈む大きな太陽…
記憶の奥に虚ろな姿を残す母、大好きだった父…
2人との想い出の背景にも幾度となく現れたそれは、今も変わらず美しくも猛々しい姿を見せていた
結局、乗る電車を間違えていて、到着したのは夜の大阪…
途方に暮れ、疲労と不安から独り新大阪駅前で号泣し、警察に保護され、担任が遥々車で四時間駆けて迎えに来てくれ、翌朝改めて旅立ちの仕切り直しになったのも、今となってはいい想い出だ
そんなミウたんの東京での暮らしを支えた、ボロくとも愛おしい、一軒のあばら家…
『ギィィィィッ…… 』
元々、立て付けの悪かった玄関の板戸
今、改めて見て見てみれば、ただのベニヤ板を打ち付けただけの様にも見えるそれは、数ヶ月ぶりの使命の重責に耐えかねたかの様に悲鳴を上げた
埃… カビ… 湿気… 古い家屋独特のすえた匂い… ミウたんにとっては母親の香りにも似た、懐かしき芳香が鼻を突く
何もかもあの日のままだ…
主を失ってから時の止まったあばら家
古い家屋にしては広いリビングと高い天井 奥にはキッチンと浴室
西欧風でモダンな造り
きっと建てられた頃は衆目を集める立派な邸宅だったのだろう
そんな面影を残す個性的な外観と、自分のライフカラーであるピンク色の外壁に一目惚れし、ミウたんはこのあばら家を住み家とした
無論、タダでは無い
月々、五万五千円…
田舎から出て来たばかりの小娘には、決して楽な出費では無かった
それでも、自分という名のサクセスストーリーの主人公には相応しい舞台だと、初めて見た時からそう感じていたのだ
リビングを抜けた短い廊下の先
明らかに後から付けられたと分かる、そこだけ重厚なチークドア
ミウたんは弾む鼓動を抑え切れずに、飛び付く様にそれを押し開ける
ミウたんの右手が躊躇無く探り当てたスイッチ
蛍光灯の明かりが数瞬の瞬きの後、そこを支配していた薄闇を払う
「……ただいま………」
ミウたんは既に涙声
そこは母屋に隣接したガレージ
それもアメリカ映画に出て来る様な、それ自体が小さな家とも形容出来る、広大なスペースを有していた
"制作舞台(ステージ) "
ミウたんはそのガレージをそう呼んでいた
様々な物品が煩雑に散らばる空間
木箱にドラム缶、備え付けの棚には本人も経緯不明なガラクタが並ぶ
そんなカオスの中央に鎮座する、1台のクラシックカー…… に似せた軽自動車
色褪せたピンクの奇抜なボディ
大きなドアの打痕を隠す為に、自分で描いたディフォルメ自画像…
"ピンクミウたん号 "
中古ながら五万円という奇跡のリーズナブルで巡り会った、ミウたんの青春の相棒
いくら洗っても消えない手形と、いく取っても無くならない誰かの髪の毛
時々ルームミラーに写り込む髪の長い女性の姿がほんのちょっぴり気になるが、ミウたんの東京ライフを語る上には欠かせない、正に人生のパートナーだった
短い階段を降りてガレージに降り立つ
悪い足場に気を付けながら、数ヶ月ぶりに相棒の脇に立った
「ゴメンね、寂しかったでしょ…? 」
ミウたんはうっすらと埃の積もったピンクミウたん号のボディを撫でる
その時、まるで再会の喜びを表したかの様に、ピンクミウたん号のヘッドライトが
静かに瞬いた事をミウたんは果たして気付いただろか?
ミウたんは相棒との再会に一頻り心を震わせた後、その更に奥、麻布ので仕切られた一角に向かう
分厚い麻布をカーテンの様にワイヤーで
吊るしたそれを、ミウたんはゆっくり開帳していく
畳一畳もある大きな作業テーブルと木棚
煩雑なガレージの中にあって、そこだけは明らかに空気の違う、異様な雰囲気を醸し出す領域だった
初めてその光景を目にする者があれば、恐らくは恐怖に慄き、驚愕の叫びを上げた事だろう
その異様な雰囲気の正体、それは木棚に整然と陳列された大量のこけしであった
「うぅ… ゴメンね… ゴメンね…」
ミウたんは鼻を啜る事すら忘れたかの様に、無様に鼻水を垂れ流しながらそのこけし達に語り掛けた…