『ピンポ~ン』
「こんにちは~ 須内さん ガス局です…」
『ピンポ~ン』
『ピンポ~ン』
「水道局で~す こんにちは~ 」
『ピンポ~ン』
「こんにちは~ 東京電力で~す 須内さ~ん?」
『ドンドン!』
「こぉら須内! 出てこんかい! 居るのは分かっとんぞぉ!」
『ドンドンドン!』
昼間だというのにカーテンを閉めきった薄暗い部屋で、布団を頭から被りじっと息を潜めるミウたん
「本名を呼ぶのはヤメテ……」
太陽が燦々と降り注ぐ真夏でも、全てを白い絨毯が覆う真冬でも、 月末はやって来る
そして今月も支払いと返済に追われる月末がやって来た
あと2日… あと2日凌げば状況は改善する
2日後にはバイトのお給金が支給されるのだ
それまでは何とか居留守でやり過ごす ミウたんにとっては月末恒例行事
慣れたもので、電気、水道、ガスのライフラインが切断されるのを見越し、空のペットボトルに給水し、バスタブには満面と水を張り、マッチ、ローソク、携帯電話まで一所に準備されていた
さながら大規模災害に備えるが如き対策
ただ危険なのは外出時だ 籠城を決め込んでもどうしても外出しなければならない時もある
お給金の受け取りもそうだし、Amazonに注目したBLコミックの受け取り先は、当然自宅には出来ないのでバイト先のファーストフード店にして貰っている
それらの為の外出時が、月末最大の危機なのだ
徴収人との遭遇する機会が嫌がおうにも増える
公共料金の徴収人ならまだよい
お給金の受け取りなら、その日のうちに支払う旨を伝えれば良いし、
それ以外の用事の時は、かわいいミウたんが真珠の様な涙を浮かべ、チラリと太ももを見せつければ、約1/3の確率でその日は見逃してくれる
厄介なのはやはりヤミ金の取り立てだ
ミウたんの愛車、ピンクミウたん号の購入の際、ミウたんはやむにやまれずヤミ金から五万円を借りた…
それから毎月一万五千円の返済を半年続けている 利息が十三なのでなかなか元金が減らない
この取り立てが強烈だ 1日でも期日が遅れれば直ぐに家まで押し掛けて来る
余りの理不尽さに一度抗議した事もあったが、逆に風俗に売り飛ばされそうになる始末…
可能な限りこの取り立て人のチンピラには出会したくない
さっさと返済を済ませて関わらないのが一番だ
今日もベッドの上で息を殺し、お手玉をしながら集金人達が居なくなるのをまつミウたんだった
だが、今日はいつもとは展開が違った
『ガシャン!』
突如、寝室の窓ガラスが音を立てて砕け散る
「おらぁ 須内~ 金返さんか~い!」
その割れた窓から、黒いスーツにパンチパーマの厳ついの男が入り込んで来る!
(そ、そんなまさか…! こ… ここまでやるの!? )
ミウたんの目論みは脆くも崩れ去った
利息さえ払っていれば満足する筈… そんな思い込みは結局、ミウたんの願望でしかなかった…
ベッドの上で身動ぎ1つ出来ず固まるミウたんの元へ、パンチパーマがゆっくりと近付いて行った…
木枯らしが吹き抜ける銀杏並木の長い坂道
白いコートを纏い、長い髪と青いマフラーを風に靡かせ颯爽と歩む1人の女性
キャリアウーマン… まさにそんな言葉がぴったり似合う、頭のキレそうな美女…
彼女の名前はマ…アミヤ 現役バリバリのNHK受信料徴収人だ
彼女の手にかかれば、例えどんなアナーキストであっても、受信料の徴収を逃れる事はできない
ネットの知識で幾ら理論武装しようとも、頭脳明晰百戦錬磨の彼女の前では赤子も同然
その受信料徴収率は実に22.4%にも登り、この数字は地区事務所に属する13人の同輩の中で、実に11番目にあたる圧倒的実績なのである
本来休日である今日も、事務所長のたっての要望により、臨時で滞納者への訪問活動を実施しているのだ
『コンコン…… 』
「こんにちは~○△さん…」
『 コンコン……… 』
「相手にならないわ~」
不在者通知をポストにねじ込むと、直ぐさま次なる標的に狙いを定める
類い稀なフットワークで、次々と狙った獲物に襲いかかる様を、同輩はこう表現する
『残念な女豹』と…
そんな彼女に狙われた次なる不幸な犠牲者は、住宅街から少し離れた丘の上に立つ一軒のあばら家の住人…
初めアミヤは、そのあばら家を道路工事の資材置場か何かと勘違いし、その前を三度往復、最後はスマホのナビで漸くそこが目的の人家だと気付いた
無理もない 徴収人歴半年のベテランである彼女ですら初めて見る、圧倒的ボロ屋…
スレート葺きの屋根に、下品なピンクのモルタル壁、それらを包む様に伸びる蔦…
それは荒れ放題の庭の風景と相まって、打ち捨てられた廃墟の趣さえ醸し出す
一階部分はガレージなのだろうか、錆びてくたびれたシャッターが殺伐とした風景に拍車をかける
庭先に立てられた、棒の先に空缶を付けた物に至っては、最後までそれが何なのか理解出来なかった
こんな所に本当に人が住んでいるのだろうか…
得体の知れない恐怖を感じながらも、これも仕事とゴクリと唾を飲んで、彼女は一歩をその魔境に踏み出
した
「ヒィ~~~、何て言わないわよ…」
腰の高さまで伸びた雑草を掻き分け、なんとか玄関に辿り着いたアミヤ
『トントン……』
「す、須内さん… こんにちは……」
このあばら家に暮らす住人とは、一体どんな人物なのだろうか?
気になる半面、出てきて欲しくはない… という思いもある
少なくともまともな人間の筈はないのだ 正直怖い…
その数秒はとても長く感じた
「お留守の様ね……」
基本的解釈も含めてそう断言すると、そそくさと踵を返すアミヤ
だがその時、彼女の目に意外な物が飛び込んで来た
正確には振り向き様、玄関の隙間から見えたピンク色の物体…
(女性物の靴!)
彼女は再びボロい玄関に近づくと、その隙間を覗き込む
間違いない、ピンクのスニーカーが1足、土間に並んでいる
まさか… こんなボロ屋に……? それも若い女性が…… ?
アミヤは仕事の事を忘れ、この奇妙な住人の存在がとても気になり出した
一体どんな女性がこんな廃墟に住んでいるのか…? 何故…?
気が付くとアミヤは玄関脇のガレージを回り、家の正面が見える裏庭に来ていた
玄関先とは対照的に裏庭はある程度、手入れがなされていた
よく見ると一階の部屋の一つの窓が完全に割れている
アミヤは恐る恐るその窓に近づいた
「須内さん……?」
返事はない そのまま窓を開け、中の様子を窺う
暗くてよく分からない… が、何か異様な悪臭が鼻をついた
恐怖と好奇心の狭間で、アミヤの心臓が激しく鼓動する
やがて部屋の暗さに目が馴れて来ると、そこがどうやら寝室である事が分かった
部屋の中央に位置するシングルベッド 全身鏡やクローゼットも見える
部屋の造りはやはり女性的だ
(!?)
アミヤはその時、自分が覗く窓際の床に何かが転がっている事に気付く
それはシーツらしき布に覆われた不自然な膨らみだった
未だ慣れない強烈な悪臭と、シーツにくるまれた何か……
アミヤはとてつもなく嫌な予感を感じた
それでも最早引き返す訳にはいかない
勇気を振り絞り窓の桟によじ登るとシーツに手を伸ばし…… 一気に引き剥がした!
「ヒィィィィィィィィィィィッ!!」
アミヤの悲鳴が木霊する!
シーツの下から現れた物… それは大量のBL同人誌の山であった…
一方、その頃ミウたんは、金融業の男性に全治2ヶ月の重症を負わせ、警察に身柄を拘束をされていた…