制作舞台(ステージ )……
それはミウたんの切なる想いを具現化する
魂の闘技場…
こけし職人、ジャパニーズクラシカルオブジェアーティストとしての夢の始発駅…
ミウたんは木棚の最上段、それだけが明らかに特別扱いされた一体を手に取る
"花笠ぼんぼり側位付け 〜富士の段〜"
まだ始まったばかりの、ミウたんのこけし職人としてのキャリア
その短いキャリアの中でも最高の傑作を上げろ、と言われれば、やはりこのこけしに
なるであろう
現時点でのミウたんの代表作
山形の花笠祭りの踊り娘が、東海道から富士山を見上げているという、難解なモチーフに果敢に挑んだ力作
すみれ色のボディに赤い花笠がよく映える
こけしアーティスト界のラジカルマガジン、"月刊こけし世界"主催の"こけし界期待のニューエイジ賞"に於いて、見事佳作に食い込んだ自慢の一品だ
自分では大賞作との力量差は全く感じなかった
自分にはこけし界の天下を取れる天賦の才がある筈なのだ
ミウたんは花笠側位付けを作業テーブルに置くと、傍らに投げ出したままだったミズキの木塊を手に取る
そして同じくテーブルの上に放り投げたままだった彫刻刀を握り、その木塊に押し当てる
ミズキの表層を滑る刃先が、まるで生き物の様に木切れを産み落としていく
よし、イケる…
数ヶ月のブランクを経ても、ミウたんのこけし表現者としての腕には些かの曇りもなかった
また再びこの場所でこけしに打ち込める喜び…
ミウたんの脳裏に、この数ヶ月に味わった辛酸な日々が過る
若くてそこそこ可愛い…
それだけの条件があればマイナーファストフード店でバイト職を得る事位は可能である
中卒のミウたんも一応は人の子
小生意気にも乙女の端くれにはカテゴライズされる彼女は、そこで時給850円の職を得た
廃棄される予定の残飯でたまに迎える味気のないディナーを我慢出来れば、この世知辛い都会での1人暮らしを何とか人並みにこなしていく事が出来た
だからその職を失った時、ミウたんの人生設計は大きく狂う事となった
都会に来ての初めての挫折だった
再就職の壁にぶち当たった時、初めて自分が幸運のレールに乗れていた事に気付く
そのレールを外れてから谷底に転落する迄は、あっという間だった
滞る家賃と光熱費、飢えと渇きはミウたんを極限に追い込む
止むに止まれず、初めて手を出した消費者金融…
震える手で受け取った十万円…
支払いを済まして、3日振りの食事を取った
直ぐに返そう… でも、返せる当てもない…
心がやさぐれ始めていたのかも知れない
余った三万円を手に、その日また初めてパチンコ屋に入った
見様見真似で座ったパチンコ台
閉店を迎える頃、ミウたんの三万円は十万円に化けていた
神様ありがとう… ミウたんは背中に神の息吹きを感じた
だがそれは悪魔の吐息だった
一ヶ月を過ぎる頃、ミウたんの負債は貸出し限度額に達する
闇金の存在をパチンコ屋の顔見知りから知ったミウたんに、もう心のブレーキは無かった
一発逆転を狙いFXに手を出す
ハイレバで大敗し、更なるハイレバに挑む
毒々しいピンクの外壁、ミウたんハウスの暗い一室
嗚咽と怨嗟の呻きをあげながらキーボードを叩く彼女の姿が其処にあった…
何もかも失ったミウたんは、街外れを流れる川の畔をとぼとぼと歩く
死に場所を探していた
実際、何度も冷たい川の流れに身を任せた
でも死に切れない
夜空を埋め尽くす星空の様に、ついこの間まで自分を輝かせていた夢達…
あの日、こけし越しに母に誓った約束… 伝え切れない父への想い…
それらがミウたんの短い後ろ髪を引くのだった
数週間後、河川敷に住まう女ホームレスの噂が街に流れる
土手に空いた洞穴 新しいミウたんハウス
犯罪以外なら、否、凶悪犯罪以外なら何でもやった
幾多の死線を掻い潜り、垢と日焼けですっかり肌の黒ずんだミウたん
涙を捨て少しだけ逞しくなった彼女が、そこで出会った自由人達に支えられ人生を取り戻すのは、それから暫く経ってからだった
「ただいま……」
ミウたんはもう一度、彼女の帰りをずっと待っていてくれた仲間達に帰還の挨拶をする
盛夏の日差しに照らされたスレート葺きのガレージ
その空気は既に噎せ返る程の熱気を帯びていた
ミウたんの尖った顎から汗の滴が垂れる
だが彼女はそれを拭わない
ミウたんには分からないのだ
自分の身体を火照らせる熱源の由来が…
今、ミウたんの心の中で、確かに真っ赤な炎が立ち昇っていた
一度は消えかかった情熱の炎… 血をたぎらせる灼熱の炎…
新進こけしアーティスト、須内ミウ
通称ミウたん
東京での四度目の夏を迎えようとしていた