崖の縁のミウたん   作:新六毛

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ミウたんは肉抜きハンバーグの夢を見るか? (1)

コーナーポストの最上階から高く舞い上がるルチャドーラ

ライトに照らし上げられた汗の飛沫が、彼女の体をオーラの様に神々しく包み込む

「ぐわぁぁぁっ!! 」

 

必殺のプランチャ

ルチャドーラとしてはかなり小柄な体躯

ハンディとも言えるその軽さを逆手に取った高空からの肉弾爆撃

そのまま押さえ込んだ対戦相手には、最早逃れる体力は無かった

 

『ワン… ツー… スリー!』

 

決して多いとは言えない観客だが、この瞬間ばかりはその歓声が空気を大きく震わす

「ハァ… ハァ… ハァ…」

大きく肩で息をするルチャドーラの左手をレフェリーが掲げる

リングを照らすスポットライトの中、激闘の故か、魂が抜けた様にただ拍手を受ける彼女の姿かそこにあった

 

 

 

選手控え室である体育館の用具室

切れかかった蛍光灯が瞬く中、ルチャドーラは後頭部に手を回し、ゆっくりとその頭部を覆う真っ赤なマスクを外していく

長い髪が滝の様に溢れる

 

「ハァァ… フゥ…」

 

大きく深呼吸して未だ落ち着かぬ息を何とか整え様とする彼女

ペットボトルの蓋を開け中の水を飲み込む

彼女の顔にはまだ少女と言うべき幼さが残り、そして病的なまでに青ざめていた

「ゲホッ ゲボッ… ブハッ!? 」

気管に誤飲したか激しく咳き込む少女

口を押さえた掌を外した時、彼女は目を見開いた

掌にべっとりとまとわり付く鮮血

 

(……お願い、神様…… まだ… まだ……)

 

少女は胸の前で手を握ると、用具室の小窓から覗く明星に祈りを捧げた

 

 

 

 

 

「ただいま〜!」

「お帰りなさ〜い!」

「ママ先生、お帰りなさい!」

玄関に現れた少女の姿を認めて飛び出して来る更に幼い少女達

少女の両手にぶら下がる買い物袋を受け取り、楽しそうに奥に駆けて行く

「お疲れ様…」

1人その場に残った長い黒髪の少女が彼女の労をねぎらう

彼女だけはその"苦労"の意味を知っているのだ

「ザクロもご苦労様… 何か変わった事はあった?」

靴を脱ぎながら折り返し労いの言葉を掛ける

「ううん… ただ、お米屋さんが… そろそろ先々月のお代が欲しいって…」

ザクロと呼ばれた少女が僅かに顔を曇らせながら答えた

「そう… すっかり… 忘れてたわ… ふふっ…」

努めて平静を装うその姿に、ザクロの胸は一層強く締め付けらるのだった

 

 

 

「ザクロ〜 ママ先生は大丈夫なんですか〜?」

戦場の様な慌ただしい夕食を終え、栗色の髪の少女が不安の払拭を求めて尋ねる

何時もはその戦場のど真ん中に鎮座し、恰もベテラン兵士の小銃捌きの如く、配膳、配給を巧みにこなすママ先生…

その不在が与える場の損失感は、華奢なその体躯の何倍もの大きさで夕食の卓に影を落としていた

「大丈夫よ! ちょっと疲れているだけみたい あたしが様子を見て来るから!」

その場に居合わす者の全ての視線を感じとったザクロが、今度は努めて明るく答えを返す

ママ先生… と呼ばれる彼女の分の夕食をトレイに乗せると、何とも言えない空気の立ち込める食堂を後にした

 

「イチゴ、入るわよ…」

暗い廊下の突き当たり、襖の奥がママ先生イチゴの私室である

この家で私室を持つ者は彼女だけ

身寄りのない子供達が肩を寄せ合い生活する元養護施設"人形館"

元、と言うのは、大分前にこの施設の責任者達が失踪した為である

今現在、驚くべき事にこの施設は、本来養護されるべき児童達の手によって運営されているのである

年端もいかぬ少女ばかり9人、その中で最年長であるイチゴ

1月5日に施設の玄関前に置き去りにされていた事にちなんでそう命名された彼女が、ママ先生としてみんなを纏め、施設を切り盛りしていたのだ

(………?)

返事が無い事に胸騒ぎを感じた、石榴柄の毛布にくるまれ捨てられていた彼女が慌てて襖を開く

 

「!!?… イチゴ!!」

 

そこには畳の上で踞るイチゴの姿があった

咄嗟にその傍らに駆け寄るザクロ

「いやっ! しっかり! だ、誰か…!」

「だ、大丈夫… よ… 少し休めば… みんなを… 心配させないで…」

助けを呼ぼうとしたザクロの左手をイチゴが引く

もたげられた彼女の顔は蒼白だったが、心配をかけまいと必死に笑顔を向けてくる

血の気の無い唇が微かに震えている

「お願い…… ねっ…」

「…………」

ザクロは何も言えなかった

イチゴの想いが彼女には痛い程理解できた

誰もが口には出せぬ不安や悲しみを抱いて生きる人形館の少女達

そのママであり先生 頼る事の出来る最大にして無二の存在…

もしザクロがその立場なら、きっと同じ想いを抱いたであろう

ザクロはイチゴの意を汲んだ

常々イチゴの右腕として人形館の切り盛りに貢献してきた彼女だからこそ理解出来る、頼られる者の悲壮な決意…

ザクロは返事を返す代わりに、未だ畳の上から起きられぬイチゴの上半身を優しく抱き抱えた

「イチゴ… お願いだから、もう無理はしないで… お金は… 私も働いて…!」

彼女の白磁の様な頬を一滴の涙が流れた

今度はイチゴの左手が、そんなザクロの頭を優しく撫でた

「ふふ… お金の事なんて心配しなくていいのよ… ザクロにはみんなを… ねっ」

幾分血の気の戻ったイチゴの微笑みがザクロへと向けられる

お母さんって、きっとこんな優しい笑顔をくれるんだよね…

涙に歪むその笑顔を、まだ見ぬ母の姿に被せるザクロだった

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