「意識を失っただけよ… まだ大丈夫、横にして休ませてあげて 」
「「!?」」
突如聞きなれぬ声が庭先から向けられた
ギョッとする少女達
幾つもの視線が集中するその割れた窓の向こうから、あのピンクマスクが姿を現した
「キャァッ!!」
「怖いです〜!」
「まだ居たのじゃぁ!!」
冷静になれば当然の展開
まだ年端も行かぬ小娘達相手とは言え、あれ程までの力量の差を見せつけた侵入者が、イチゴの一撃で易々と退散するとは思えなかった
「くぅぅ… そんな…」
少女達はイチゴを庇う為、殆ど無意識にザクロを中心にその周囲にスクラムを組む
だが、少女達の心には恐怖と共に不可思議な蟠りも広がっていた
それはピンクマスクの発した、恰もイチゴを思いやるかの様な台詞…
それも事の全てを見透かした様な、落ち着き払った穏やかな口調…
事実、今目の前に立つピンクマスクに、先程の様な殺気を孕む危険なオーラは感じなかった
微かな混乱、その波紋はやがて大きなうねりとなって少女達の思考を翻弄した
「その娘はね… 骨癌なの… もう殆ど時間が無いの…」
そんな少女達の心を見透かした様にピンクマスクはゆっくりと言葉を紡いだ
「う、嘘よ! 貴女が何を知っているの!?」
ザクロが発したその言葉には、そうであって欲しいという願いが多分に含まれていた
そして恐らく今からそれが否定されようとしている事も予期していた
賢いザクロにはもう分かっていた
目の前のピンクマスクが、イチゴと深い関わりを持つという事を…
「ねぇ… 彼女を助けたい…?」
予想外なピンクマスクのその言葉が少女達の胸に突き刺さった
助けたいのは当然 でも手段が無いのだ 助けたいけど助けられない…!
それとも目の前のピンクマスクは自分を頼れとでも言うのか…?
散々自分達に暴力を振るった存在に、助けを求めろと…?
「助けたいのかって聞いてるのよ!!」
ピンクマスクの突然の怒号
暴力の記憶が生々しい少女達は思わず身をすくます
「た、助けたいわよ! でもどうすれば…! お金が… 身寄りが無いのよ……」
ザクロの発したその言葉は、人形館の全ての少女達の代弁であり、悲鳴であった
その言葉の悲し過ぎる意味を噛みしめ、少女達は皆、込み上げてくる何かを必死に押さえ込もうとしていた
「どんな事でもする覚悟はある?」
「「!?」」
「彼女の為に… イチゴの為に、どんな事でもする覚悟があるのかって聞いているの」
再び穏やかな口調でピンクマスクは語った
「イチゴが貴女達の為に何でもしてきた様に、貴女達もイチゴ為に何でもする事が出来るのか、聞きたいの…」
少女達の透明な視線がピンクマスクに集中する
「な、何でもするです〜! ママ先生が… イチゴが助かるなら何でもするです〜!」
「私も頑張るよ〜 何をすればいいの〜?」
「ママ先生を助けられるなら、何だってやりますよ〜!」
「私も!!」
「あたしも!!」
競い合う様に少女達は誓いを立てる
その言葉には一辺の偽りも無い
「貴女は…?」
ピンクマスクの視線がザクロに向けられる
イチゴの倒れた今、彼女の決意が"家族"の総意となるのだ
「………お願い… お願いします! イチゴを… 私達を… 助けて下さぁーいっ!! 私達にはイチゴが… ママ先生が必要なんですぅっ!!」
その日一番の絶叫が人形館に響き渡った
「……イチゴは幸せ者ね…… こんな家族に囲まれて…… 命を張るだけの価値がある訳よね……」
すすり泣きが方々で上がり、やがてそれは一つの合唱となった
だがそれは悲しみとはまた違う、温もりと心地良さを織り込む物だった
「貴女達の想い、確かに受け取ったわ」
そう言うピンクマスクはゆっくりとその頭部を覆うそれを脱ぎ始めた
ぱっつん前髪の下、円らな瞳と通った鼻筋
予想よりずっと若く、それでいて自信に溢れた彼女の表情は、白い肌と相まってとても美しく見えた
「今夜一晩祈りなさい… 明日、朝日がこの窓から差し込む頃… きっと奇跡は起こるでしょう…」
それだけを言うと彼女は踵を返し、その割れた窓の隙間を潜る
「待って! 貴女は… 貴女は一体? どうして…? どうしてこんな事を…?」
ザクロはその背中に向けて叫んだ
その声に元ピンクマスクは足を止める
「私の名はルチャロサード 世を忍ぶ仮の名を、須内ミウ…」
そう言うと再び歩を進め、漆黒の闇の中に消えて行った
東の空が白む頃、イチゴの顔色も心無しか血色を取り戻した
あれから皆で看病した
濡れタオルで汗を拭い、身体の節々をマッサージした
改めて見る彼女の身体は無数の古傷や痣にまみれていた
それが彼女が己に課してきた十字架の重さを物語っている気がして、少女達のはその小さな胸を更に強く締め付けるのだった
「イチゴ… きっと助かるからね…」
何が起こるのか、起こらないのか分からない
そもそもあの女を信じて良いのか…
ザクロは思わず頭を振った 信じるしかない… 信じるしかないのだ
「お早うございま〜〜す!」
その能天気な迄にド明るい声が玄関先で響いたのは、徹夜の疲労が睡魔となって少女達を微睡みの世界へ誘い始めた時だった
人形館を訪れる者と言えば、滞納する各種料金の催促か市の依頼を受けたやる気の無い民生員位な物…
こんな垢抜けた挨拶など、そう言えば久しぶりに聞いた気がする
「は…… はい……」
訝しがりながらザクロが出迎える
玄関の引き戸を用心深く開いていく
「あ〜! 昨日はどうも〜!」
「あっ…… 貴女は…!」
能天気な声の主、それは凛々しくレディーススーツに身を包んだ、あのピンクマスク事、我等がミウたんであった
「あ〜 イチゴさんのお具合は〜」
「あっ… はい… 何とか落ち着いてる… みたいです…」
昨日との余りの印象の違い
何が起きてるか分からず、目を屡叩かせるザクロ
異変を感じ取った少女達も三々五々、玄関に集まって来る
「あ〜 それは良かった〜 間に合ったです〜!」
さらっと物騒な事を口走りながら、ミウたんは小脇に抱えた鞄から大きな封書を取り出し、それをザクロの眼前に差し出す
「アブラック… ガン保険… days……」
デカデカと書かれたその一文を反射的に読み上げる
「いや〜 お客様は運がよろしい! 今なら医師の診断無しでご加入頂けます!」
「………いや… あの……」
「はいはい、死後保険金ですが月額五千円のコースでなんと一千万円!」
「………ちょ… ちょっと…」
「お金ですか? 大丈夫〜 せいぜいお支払は1ヶ月でしょ〜 大切なのは、この契約はわたくしとお客様の間のヒ・ミ・ツ って事です 流石に余命幾ばくも無い方とのご契約は会社が認めませんので〜」
「………あの… ちょっと…」
「いえいえ、お気になさらずに〜 此方は契約を取ればオッケー、お客様は保険に加入出来てハッピー 完全にWin-Winの関係ですね!」
「ちょっと! いい加減に…!」
「ん〜〜? お客様〜 昨日仰いましたよね〜? 何でもするって〜 保険に入ればちゃんと治療も受けられますし、もしかしたら奇跡も起こるかも〜 それでは署名、捺印の後、最寄りのポストに〜 お邪魔しました〜!」
それだけを捲し立てる様に言うと、何かを叫ぶザクロ達の絶叫を背に、軽やかなスキップ人形館を後にする
「いっつまいら〜 きっと大丈夫〜♪ ホニャララ〜 ヘニャララ〜♪」
ちょっと古いユーキャンのCMソングをご機嫌に口ずさむミウたん
ファーストフード店に代わるミウたんの新しいライフメイクワーク、それが保険外交員だった
ファーストフード店の売り子同様、女で若くてそこそこ可愛ければ誰でも出来る職業シリーズ(本人談)第2弾
今、初めての契約をゲット(予定)した喜びに自分の未来が開けて行くのを感じ、人目も憚らず小躍りするのだった
数ヶ月に渡る川原暮らしの最中、とある因縁で偶習得したルチャの技が、まさかこんな所で役に立つとは…!
「奇跡もルチャもあるんだよ! 私と契約してガン保険に入ってね!」
ミウたんの今年一番のの笑顔が、日本晴れの秋空の下に炸裂した
因みにイチゴの病はヤブ医師の誤診であり、実際は過度の過労と胃潰瘍であった
1ヶ月の静養の後、無事に健康を取り戻し、再びママ先生として多忙ながらも幸せな日々を送る事になる
そしてミウたんは相変わらずの底辺貧困暮らしを続ける事になるのだった