「最先端のテクノロジー、新進のイノベーション… それが生み出す、夢のハイクオリティライフ… 今、このテクノステージIZUMIが造り出しているのは『未来』なのです…!」
「ほぇ〜〜〜!!」
ガラスチューブの中、緩やかな勾配を進むエスカレーター
その流れに身を任せるミウたんの口はずっと半開きのままだった
広がっていく視界に、群立するプラントや前衛的なデザインの建造物が幾つも飛び込んで来る
日光を反射して宝石の様に輝くフルハイトガラス
遠近感の喪失を誘う、入り組んだ廻廊や無数のパイプライン
それらの間には管理が行き届いた緑地帯や公園が箱庭の様に敷き詰められている
エスカレーターの終着点は中空に突き出したテラスだった
まさに未来都市ーーー
遥か天空を覆うガラスドームが無ければ、誰しもそこが工場の内部であると事を失念してしまうだろう
「ひぇぇ…… こりゃ凄い……」
テラスの隅の手摺に身を委ねて、そのSF幻想的な風景に感嘆の声をあげるミウたん
(日本一の噂通り… 今年は1発目から大成功だな )
テラスにはミウたん同様満足気な表情を湛えた人々が、思い思いに目の前の荘厳な光景に想いを巡らし、心を踊らせ、感嘆の声を上げていた
ーーーーー『工場萌え』
インターネットの急速な発達は、それまで個人の独創的感性の範疇に過ぎなかった極めて狭義的な嗜好を、その特殊性故にそれまで交流の機会に乏しかった同輩を結び付ける事によって、1つの"趣味"へとクラスチェンジさせた
工場の風景にときめく・・・
嘗ては言葉として表現する事も困難だったその嗜好
『工場萌え』という文言をディスプレイの中に見つけた日の感動を、ミウたんは昨日の様に覚えている
『工場ガール』
それはミウたんが2ヶ月に一度催される、この工場萌え見学会に参加する己を指して、"森ガール"的なおしゃま度をイメージして創作した造語である
何せ女性が自分しか居ないサークルである
アイドル的存在なのは悪い気はしないが、出来れば同年代の女性が来て欲しい
造語にはそんな願いが込められていた
調律された美しいアナウンスが不意にテラスに流れた
「工場萌え見学会の皆様にご連絡致します〜 只今より、一階多目的ホールにおきまして、当工場副長よりご挨拶と細やかな歓迎レセプションを開催致します〜 一階多目的ホールまでお越し下さいませ」
「やった〜!」
景気の良い企業には儘あるサプライズ
正直、城塞都市の様なその正門を潜った時から手応えは感じていた
ミウたんにとっては工場見学の大事な目的の1つ
昨年のお菓子工場の時は予想に違わず、大きな菓子福袋が振る舞われた
普通の製造工場でもお茶にお茶受け位は期待できる
こんな未来都市の様な巨大工場なら尚更、その期待に胸が高鳴る
(お寿司… は流石に無いか… でもショートケーキは硬いでしょ! )
思わず綻ぶ表情を何とか引き締め、今来たエスカレーターに向かうミウたん
「!? 」
ふと立ち止まると、何事かを思いついた様にテラスの奥に駆けて行く
「ミウ姫、先に頂きますぞ〜」
「ふふっ… ちょっとお手洗いに…」
ミウ姫とは、この"工場萌え同好会"に於けるミウたんの愛称である
別にミウたんが言わせた訳では無い
唯一の女性である彼女は姫扱いなのである
所謂、オタサーの姫と言う奴である
尤も、面食いなミウたんにとって家臣達は恋愛の対象にはなり得なかった
何よりミウたんにとって大事なのは色気より食い気である
せっかくのお呼ばれ、少しでも多く新鮮な栄養を吸収出来る様に、老廃物は出来るだけ絞り出しておきたかった
『ジョバババババ…… 』
「遥か〜 望み〜 叶え〜 たまえ〜… 」
今日の善き日をミウたんなりに神に感謝しながら、ハンカチをくわえ手を洗う
軽やかなステップでトイレを出たミウたんは、広いエントランスのフルハイトガラスに写る自分の姿を凝視した
「ふふん… 姫か… 確かに可愛いもんね!」
生来の自惚れ屋であるミウたんは辺りに人気の無いの確認すると、右腕を後頭部に回し腰を突き出し、左手を拳銃の要領で前方に"パンッ!" とやる、"とびきりカワイイアイキャッチ"と称する謎の決めポーズを披露する
「…………ん……?」
同時に自称"とびきりカワイイウインク"を決めたミウたんは、直後に違和感に固まる
「………あれ?」
違和感の正体は直ぐ分かった
ガラスに写るもう一人の自分
ピンクのぱっつん前髪、ピンクのベストの一張羅
そこに写る自分は"とびきりカワイイアイキャッチ"を返さないのだ
「えぇぇっ!?」
ミウたんは血の気が引いて行くのを感じた
ガラスに写るもう一人の自分は、ただ寂しげな笑みを浮かべて立ち尽くしている
「そ、そんな……!? 」
状況が理解出来ない
目の前に写る自分は…… 誰?
「キ…… キャァァ!!」
込み上げる恐怖と混乱が悲鳴となって口から飛び出た
それが彼女の身体を動かした
一目散に駆け出し、エスカレーターを跳ね下り、案内板の矢印が指す多目的ホールに飛び込んだ
「……で、ありまして、当工場では……」
副工場長の挨拶の最中、乱暴に扉を開け放ち、崩れる様に転がり込むミウたん
その余りにおてんば姫な姿に"家臣"達の何人かが苦い表情を向ける
「まだティータイムは始まってはございませんぞ…」
そんな冷やかしの後に静かな含み笑いの輪が広がった
家臣達は当然、姫の最大の楽しみが何なのかを理解しているのだ
「……それでは当工場の紹介ビデオ等を御覧頂きながら、暫く御寛ぎ下さい」
漸く息が収まって来た頃、お茶とお菓子の観交会となった
「……姫、顔色が悪いですぞ……?」
同好会の重鎮の1人が、ミウたんの目の前にカップケーキの乗った皿を差しながら声を掛けた
「う、うん… ちょっと気分が悪くて……」
「えぇ!? 姫がケーキに食いつかないとは… 重症ですじゃ!」
別の1人が心配そうにミウたんの顔を覗き込む
「ううん… ちょっと休めば大丈夫よ……」
これまで食べる事に於いて他の追随を許さぬ情熱を見せてきた姫の異変に、同好会の面々が心配顔で集まってくる
まさかいい歳をして"トイレでお化けを見た"とは言えない…
ミウたんは努めて明るい表情を作り、アイスティーに口を着けた
「医務室で少しお休みにならると良いでしょう」
「!?」
品のある女性の声が聞こえた
「私、当工場の秘書課に属します雛豆と申します」
声の主は黒いレディーススーツに身を包んだ美しい女性だった
「広い構内でお疲れになる方も多いのですよ」
「い、いえ… 大丈夫です… ちょっと休めば…」
「いえ、お客様に万が一の事があっては一大事です」
雛豆と名乗った女性は強い力でミウたんの腕を掴んだ
「そうだよ姫、ケーキは取っておいてあげるから少し横になってきなさい」
同好会の面々も言葉で後押しをする
「は、はい… それじゃ、お言葉に甘えて…」
そこまで迫られれば断るのも困難である
ミウたん自身、先程の出来事が疲労による幻覚の可能性を否定できなかった
(少しだけ休んでバスに戻ろう… )
ミウたんは雛豆に背中を押されながら、多目的ホールを後にした