美しい緑の中庭
それに面した長い廊下を行く二人
辺りに人影は無い
どれだけの距離を歩いただろう、道中雛豆は一言も言葉を発しなかった
体調の不良を訴えている者にこれ程の距離を歩かせるのか…
ミウたんはほんの少し不愉快になっていた
突き当たりに壁が見え、程無く建屋の中央方向へ続く曲がり角に差し掛かる
「………………」
そこは今までのデザイン的明るさが微塵も感じられない、狭く薄暗い工場の通路だった
「どうした? 歩け」
「えっ……?」
確かに雛豆の声だった
先程とは別人の様な冷たく無愛想な声
ミウたんは思わず雛豆の顔を見遣るが、彼女は何事も無い様にじっと前を見据えている
「早くしろ!」
数瞬の沈黙の後、雛豆はミウたんの背中をグイと押した
「ちょ… ちょっと!」
流石にミウたんが抗議の声を上げようとする
「痛ッ!」
それに対する雛豆の反応は、ミウたんのブラウスの襟首を掴んで強引に引きずる事だった
「きゃっ!? ちょっと! 放して!!」
その華奢な見掛けに寄らず、雛豆の腕力は強大だった
いや、手慣れていた、と言った方が正しいかも知れない
間もなく目の前に重厚な金属の扉が見えてきた
どう考えても医務室のそれでは無い
二人が近付くと大きな軋みを上げて扉が左右に割れる
「やだ! やだ! 放して!」
事此処に至り、漸く身の危険を感じ始めたミウたんは激しく抵抗する
だがそんな必死の足掻きも虚しく、ミウたんと彼女を引きずる雛豆は、その扉の中に吸い込まれて行くのだった
水蒸気の噴出音とピストンの摩擦音が交互に木霊する
噎せ返る熱気と湿度
赤いハロゲンランプが毒々しく辺りを照らす
あの近未来的でハイセンスな外界とはまるで真逆な暗く薄汚れた世界
不粋なプラント群の中央に鎮座する小さな作業テーブル
その側まで暴れるミウたんは引きずられてきた
「放せぇ! 放してぇぇ!」
ミウたんの悲鳴は金属が擦れ合う騒音に掻き消された
雛豆が顎をしゃくると、プラントの影から白衣に身を包んだ人影がわらわらと現れた
「放し…… ぶふぇ!?」
唐突に突き放されるミウたん
床に転がる彼女の元に白衣達が殺到する
たちまち手足を押さえられ、作業テーブルの上に拘束された
「やめて! 変態! 何をする気!?」
エロ妄想には人一倍造詣が深いミウたんは早くも最悪のシナリオを想定して鼻息を荒くする
「黙れイレギュラーが! 故郷の情景も忘れたか!」
雛豆の凛とした声がミウたんの足掻きを制した
「イレギュラー…? 故郷…?」
雛豆がゆっくりとミウたんの側に歩み寄る
「自分の使命も忘れて、のこのこ工場行脚か…!?」
「!?……な、何言ってるの? 人違いでしょ!?」
当然の反抗、投げ掛けられる言葉の意味が分からない
「相当重症だな… 早速オーバーホールを実施する!」
雛豆はそう言うと、勢い良くミウたんのブラウスを胸元まで捲り上げた
「ひゃぁっ!?」
ミウたんの白い肌、臍穴と平なお胸がハロゲンランプに赤く染まる
「ひゃぁっ…じゃない!! 『店員さ〜ん、扉が開いてるよ〜』…だろ!!」
ミウたんにはもう訳が分からなかった
萌える工場を見に来ただけなのに…! なんでこんな事に…!
「左停止ボタン確認!」
動揺するミウたんを他所に、雛豆はいきなりミウたんの右乳首をつねる
「きゃぁぁぁぁぁっ!!?」
「中停止、確認!」
「ぎょぇぇぇぇぇっ!!」
今度は臍穴に指を入れて来た
「右停止確認!」
「いゃぁぁぁぁぁっ!?」
間髪入れずに左の乳首がつねられる
「レスポンスは正常の様だな…」
雛豆は満足そうな表情を浮かべた顔を、ミウたんの顔のずき側に近づけて来た
「うぅ…… ヒック…… もう… もうやめて… うぅぅ……」
余りの恐怖と恥辱に、遂に啜り泣きを始めるミウたん
「………少しは思い出したか……?」
「………?」
その雛豆の声は優しかった
「………お前は2年前、此処で産まれたのだ……」
「はっ………? ち、違うよ…! 私は能登半島の付け根の………」
「それはお前の嫁ぎ先だ」
雛豆の手が優しくミウたんの前髪を掻き上げる
「…………? 嫁ぎ………先?」
「お前の使命は、嫁ぎ先の○ハンで、養分達の諭吉と精液を絞り取る事だった筈だ…」
「…………諭吉………?」
ミウたんの頭の中に黒いモヤモヤが広がって行った
なんだろう、この感覚… 何かが… 何かを… 思い出しそうな………
「姉妹には会わなかったか…? 役目を終え、返品され、処分される、お前の姉達に…… 新しい命を与えられ、再び使命を果たしに行く妹達に……」
「………姉…妹………………!?」
ミウたんの脳裏に、あのトイレの先のエントランスでの恐怖体験が甦る
同時に頭が割れそうな激痛、そして何処かの見知らぬ光景がフラッシュバックの様に目の奥に浮かび上がった
「……うぅ……わぁぁ………あぁ…!?」
流れる天井… 通り過ぎる水銀灯の数を無意識に数えていた
ベルトコンベアーの上に自分が居ると気付いたのは暫く後だった
気配を感じた
いつの間にか隣に誰かが寝ていた
いや、ずっと前からそこに居たかも知れない
それが誰かなどという興味は無い どうせ大した驚きは無い
何故かそう思った
やがて暗い小部屋に飲まれて行った
そこで誰かに歌を教わった気がする
優しい歌声だった 良い歌だった
数字の羅列も覚えさせられた 意味は分からなかった
テーブルの回し方も習った 遠隔通信の仕方も学習した
小部屋を出ると狭い段ボール箱に入れられた
とても寒かった 寂しかった
膝を抱えて踞る私を誰かが覗き込んだ
「さぁ… たっぷり絞り取って来い……」
雛豆だった
「いゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
作業テーブルの上で激しく身を捩るミウたん
「思い出した様ね…」
「……そんな…! 私は… ワタシハ……!」
「そう… お前は…… スナイパイ… スナイパイのミウ!」
「ワタシハ…… ワタシハ…… スナイ…… スナイ…… うぅぅぅぅ!!」
再び激しい頭痛がミウたんを襲う
自分が自分でなくなる様な得体の知れない恐怖
(嫌だ! 私は私! 何者にも成りたくない! 助けて…! 誰か!!)
その時、誰かの声が聞こえた… 様な気がする…
その時、誰かの顔が浮かんだ… 様な気がする…
「お父さん…… お母さん…… 先輩…… 先生…… ゲンさん……」
白濁していく意識の中、確かに誰かの気配を側に感じた
大事な、大事な存在… これまでの自分を支えてくれた愛しい人々…
そう、私は…… 私は……!
「……私は…… 須内ミウ! こけし職人の須内ミウ!! 私は私! 私が何者かは私が決める!! 私は須内ミウ!!」
ミウたんの叫びがプラントの中を木霊した
「どうやら強烈なゴト行為をされていたみたいね…」
雛豆は眉間にシワを寄せて口角を吊り上げる
「ハーネスか裏ロムでも仕込まれたか…… 下皿から!」
そう言うと、力任せにミウたんのミニスカートを引き摺り下ろす
「キャァァァァァッッ!!」
しまむらの三枚500円、白無地パンティが露になる
「なぁに、心配要らない… 今すぐ下皿から指を突っ込んで、中を丹念に調べてやる…」
雛豆は顔を近付けると、長い舌でペロリとミウたんの頬を舐めた
「い、いゃぁぁぁぁっ!!」
雛豆の指がミウたんのパンティの中に滑り込んでくる
「だ、駄目ぇ!! 誰かぁぁぁぁぁっ!!」
「姫!? 姫!!」
「ああんっ! ダメェェェェ!!」
「姫!? ミウちゃん!?」
身体が強く揺さぶられる
「うぅん…… 姫……? ミウちゃん……? うぅ… うん?」
「大丈夫かい? なんか…… 凄くうなされてたけど……」
「ふぇ…… ? あれ……? 此処…… は……?」
目の前には見慣れた同好会の"家臣"達の顔があった
「もう直ぐ姫の家ですぞ」
「あ、あれぇぇ……?」
遠心力がミウたんの身体をシートに押し付ける
バスがカーブを曲がり、フロントガラスの向こうにピンクのミウたんハウスが見えて来た
「な、なんだ…… 夢かぁ……」
「ハハハッ 随分うなされてたけど、大丈夫?」
「酔っぱらったでござるか〜」
姫の身をを案じていた家臣達 その安堵の声が方々で響く
バスがブレーキを掛け、ドアがエアーを吐いて開いた
「また再来月ね〜」
「ブログアップするからね〜」
「お疲れ様でした〜」
窓越しに手を振りあって別れの挨拶を交わす
なんだか色々あったが今回も楽しかった
「ふぅぅぅん……」
大きな伸びをして天を仰ぐミウたん
変な夢を見ちゃた…
工場に萌えるのも程々にしないとね…
そんな呟きを胸に、首と肩を回しながら玄関を潜る
『チャリン… 』
「ん!?」
ミウたんの反応は早かった
地面に転がる小銭の音
ミウたんがこの世で大好きな音の1つである
素早く足元を探す
ポケットに小銭でも入っていたか…
今のミウたんには10円も無駄には出来ない
「ターゲット確認! そこね!!」
伸び放題の庭草に浮かぶ敷き石 その影に見える鈍い光沢
ミウたんはそれに手を伸ばした
「……ん…… あれ? なんだこれ……?」
それは想像した物では無かった
大きなMの字が刻まれたコイン
「なんだこれ…… どこから落ちて……?」
不思議そうに繁々と手にしたコインを見詰めミウたん
西の山嶺にのし掛かる太陽が、彼女の長い影をミウたんハウスの外壁に投げ掛けた
それはまるで、天に祈りを捧げる聖女の様に見えた