食材サンプルが並ぶショーウインドーにへばりつき、満面の笑みを浮かべる幼女
街に住む野良ラムネだ
一般にミント目に属する幼女の、外見上の区別は着きにくい
ただ日頃かこの種の幼女と戯れ、拉致り、注意深くprprする事を心がけている者なら、このラムネがあのゴミ捨て場の主だった個体だと判断出来るだろう
あの時は何とか僅かな糧にありつけたラムネだったが、当然それだけで飢えを凌げる筈はない
野良ラムネにとっては睡眠時以外は常にエサ探しと言ってよい
このラムネもランチを得る為、繁華街へとやって来たのだ
通りを行き交う人々は、まるで汚い物でも見るかの様な眼差しで彼女を避ける
「!!」
遠くで鳴ったクラクション
ショーウインドーから飛びすさり、細い路地裏に駆け込むラムネ
あの時の清掃車がトラウマなのだろうか、彼女は不安そうな顔で一度振り向くと 、小さな身体を物陰へ滑り混ませた
「…………?」
「…ちょっといいみたぁい……」
人気の無い路地裏の突き当たり、煉瓦作りの廃倉庫の中から、ラムネの鳴き声が聞こえる
ラムネ種の生態に幾らか精通した者なら、その倉庫内の光景に驚愕したかもしれない
埃を被った木箱が無造作に並ぶ広い構内の隅、薄汚れたタオルの様な布切れを纏い、一人のラムネが横たわる
枕のつもりか、頭の下には土嚢袋
その様子は傍目にも病を患っているのが見て取れる
驚くべきはその隣だ
病身のラムネを心配そうに覗き込む、もう一人のラムネの姿がそこにあった
ミント目に属する幼女達は基本的に群れや家族を築く事は無い
激しい生存競争の中、自分以外の全てはライバルであり、それは例え同じ親から産まれた姉妹だとしても例外ではない
生涯を孤独に過ごし、他人と交わるのは変質者に拉致され種付けされる生殖時のみとされる
とりわけラムネ種は食欲旺盛で独占欲が強いとされる
だがどうだ、今、目の前では元気な方のラムネ… そう、あのゴミ捨て場の主だった彼女が、
病身のラムネの口許に、ポケットから取り出したソフトクリームのコーンの欠片をあてがっている
おそらくは其が、彼女が今日手にしたランチフードの全てなのであろう
なんという事だろう…
彼女は自分の飢えを我慢し、弱った仲間を助けるという、人間ですら忘れた自己犠牲の精神を持っていたのだ
「ゴメンなさ~い… ゴメンなさ~い…」
全く誠意のない様に聞こえる謝罪を繰り返すラムネ
その顔面に、鍛え上げられた鳶オヤジの鉄塊の様な拳がめり込む
「ぶひぇぁ!!」
独楽の様にくるくる舞いながら、5メートル吹き飛んだラムネの顔面は鮮血に染まる
「何度言ったら解るんだ!? 俺は『70』って書かれた箱を持って来いと言ったんだ! 『ビー玉を8個』じゃねぇ!」
「ぐぁぁぁっ……!?」
必死に起き上がろうとするラムネの脇腹に、容赦のないケンカキックが炸裂する
「…ったく、働かしてくれって言ったのはテメーだろ? そんなんじゃ給料はやれねぇよ! とっとと失せろ!」
泥まみれで呻き声をあげるラムネを置いて、鳶オヤジは休憩所のプレハブ小屋に歩いて行った
暫くして、漸く痛みの引いたラムネがヨロヨロと立ち上がる
左の頬は赤黒く腫れ上がり、口角と鼻穴からは未だ、ぽたぽたと鮮血が垂れる
蹴られた脇腹を庇いながら、ふらふらと頼りない足どりで、その就労先であった建設現場を後にする
現場の出入口の鉄柵の一つに、自分が被っていた黄色い安全メットをそっと懸けると、作業員達が休憩するプレハブ小屋に向かって小さくお辞儀をし、夕闇の街へと消えて行った
彼女は決して不真面目な訳ではなかった
だが所詮、ミント目の中でも知性の低いラムネ、到底人間の仕事をこなせる筈など無かったのだ
すっかり陽が落ち、刺す様な寒風が通り過ぎる街角…
道行く人々が足早に家路を急ぐ中、一人ラムネは、痛む身体を引き摺ってさ迷い歩く
彼女にはこのまま帰る訳にはいかない理由がある
本当なら… 今日のお仕事のお給料で手に入れる筈だったディナーを、今は自力で獲得しなければならないのだ
「いらっしゃいませ~!」
能天気で加虐心を擽る女店員の声が響くファーストフード店
その裏でラムネは凍える
両手に息を吹き掛けてじっとその時を待つ
彼女は知っているのだ
もう間もなく、産廃となったファーストフード… だった物が、この裏口から捨てられるのを…
「君はいぇ~す! 愛をいぇ~す! た~ららら~…」
バイト上がりでご機嫌な女店員が鼻唄を交えながら、生ゴミの入ったごみ袋を無造作に集積所に放り投げ、ケンケンパーをかまして去って行く
その姿が見えなくなったのを確認してから、ラムネはごみ袋に飛び付く
すっかり冷たくなり、油と飲み残しの飲料でぐちゃぐちゃになったフライドポテト… だった物を、二掴みしてポケットにねじ込むと、ラムネは痛みを忘れたかの様に一目散に闇の中へと駆けて行った
ラムネなりに辺りを警戒し、ラムネなりに安全を確認すると、彼女は再び廃倉庫の崩れた壁の隙間に身を滑らす
そう、彼女はあのラムネだ
殺風景が広がる空間、その隅に横たわる一つの影…
ラムネは息を切らせて、その影に駆け寄る
「……!?」
それに気付いた影が、迎える様に上半身を起こす
そう… それは病を得たもう1人のラムネ…
彼女はまだ息が落ち着かぬ元気ラムネの顔が、アザと血にまみれてる事に気付き、手を差し伸べる
「ふ… 普通だよっ!」
努めて明るく振る舞っているのが傍目にも分かる
「…これ~~……」
元気ラムネはポケットとまさぐると、先程ゲットした残飯を病ラムネの前に差し出す
「……ゴメンなさ~い………」
その顔には、残飯しか得られなかった事に対する自責の念が満ち満ちていた
「…………だぁ~い好きだよ~!」
病ラムネは、元気ラムネの身に起きた全てを察したのだろう、満面の笑みで彼女を優しく抱きしめるのだった……
小さなタオルケットの中で抱き合い、微かな寝息を聞かせて、束の間の安息を得るラムネ達…
朽ちた屋根の隙間から覗く月だけが、彼女達を優しく照らしていた…