冬の澄み渡る夜の空…
宝石箱をぶちまけたかの様な、満天の星の空…
その幻想的輝きに心奪われるのは人間だけではない
「こんな星の綺麗な夜は激チャンスにゃん 」
遠く街の明かりが一望できる丘の展望台
茂みの中から姿を現したのは、お下げ髪が特徴のプリシラ
ミント目に属する野生の幼女、この丘陵を根城にする野良である
「チャンス… かも……?」
その後を追う様に、同じ様な小さな影が2つ現れた
緑色の頭髪からそれが同じミント目に属するラムネ種だと分かる
3匹の野良幼女は展望台のベンチの1つに仲良く居並ぶ
中央に陣取るプリシラが、手にした長い竹竿を星の瞬く夜空に向け高く掲げた
「右にゃん! 左にゃん! 中にゃん!」
鳴き声に合わせて竹竿が揺れる
「若干、右みた〜い!」
「チャンスだよ〜」
今度は左右のラムネ達がプリシラを励ます様に鳴き声をあげる…
良く晴れた新月の夜、野良幼女達が時折見せる謎の集団行動
ーーーーー"星狩り"
低知能故にその非合理的な活動が散見される彼女達
そんな中でもとりわけ見る者に加虐心を抱かせるのが、この"星狩り"である
野良幼女愛好家達の研究によれば、この"星狩り"と呼ばれる行動は、中途半端な知性故に貨幣経済の最底辺に組み込まれた彼女達が極度の貧困から這い出様と一僂の望みを託し、一攫千金を夢見る姿なのだという
宝石の様に輝く夜空の星を我が物にし、BOOK・OFF辺りに持ち込んで大枚を得る…
それが人に似て人に在らざる生物、野良幼女か夢見る、余りに荒唐な処世術
だが果たして誰が彼女達のその姿を滑稽と笑う事が出来ようか?
人も皆、いつか起こると期待する何かの奇跡を心の支えに、日々道化の如き哀れな生き様を晒し続けているのではなかろうか?
彼女達の吐く白い息が深夜の刺す様な冷気の中に溶けて行く
熱気を帯びた6つの瞳が濃紺の星空の中に瞬いている
『キラッ☆』
「「!!」」
"奇跡"とはその発生が極めて稀な事を意味し、決して起こり得ぬ事を指すのではない
まさに彼女達は今、そんな奇跡を引き起こしたのかも知れない
「げ、激熱にゃん!!」
「うわぁぁぁ…!」
「だ、だ、大好きだよぉぉぉ!!」
今、確かに1つの瞬きが、プリシラの突いた竿の先で夜空からこぼれ落ちた
それは明るく大きな軌跡を描きながら展望台から伸びる丘陵の向こうに落ち行った
「い、急ぐにゃん!」
「取られたらダメみたぁ〜い!」
弾かれた様にベンチから飛び降り駆け出す3つの影
彼女達の脳裏には夢にまで見た小倉マーガリンパンを口一杯に頬張る己の姿が、キラキラエフェクトの中に浮かんでいたに違いない
湿気を含んだ生ぬるい風が甘ったるい花の香りを運んで来る
明かり取りの隙間から流れて来るその気だるい空気がびん娘は大嫌いだった
決して寝心地の良く無い、固く広いだけのベッド…
沐浴場とそれを隠すカーテン…
僅かな雑貨が無造作に収まる小さな棚…
それがびん娘の世界の全てだった
後は懐かしくも朧気な幼き日の思い出と大きな重い首輪
それだけが彼女の所有物
毎日決まった時間に豪華で栄養に富んだ食事を与えられる
無造作にフォークを突き立て口に運ぶ
感慨は無い
死なない為に食べる
だが果たして生きている意味があるのか?
嘗ては彼女にも食卓を囲む家族が居た様な気がする
それを思い出そうとすると頭が痛む
自分の中の何かが、記憶をなぞる事を強烈に拒否する
『ブゥゥゥゥゥ…』
石壁に仕掛けられたブザーがなる
日が暮れる頃、びん娘は外界へと召される
ブザーの脇にはカメラが付いており、きちんと品定め出来るシステムになっている
びん娘は最高ランクである"カーニバル"に位置付けされている
彼女の指名料は支配階層にとっても決して安い物ではない
それでも彼女の指名は途切れる事は無い
既に沐浴を済ませていたびん娘は、彼女の住む世界とその外とを隔てる鉄格子の前に立つ
『どっきどきゾーン!』
スピーカーから流れる脳天気な声に合わせて、それがゆっくり開いていく
びん娘はまるで人形の様な魂の所在を感じさせない形相で、その先を照らすスポットライトの中を進む
前方にぼんやりと、でっぷりと脂肪を蓄えた初老の男の姿が浮かび上がる
これから二時間、望まぬ快楽に身を任せれてばびん娘の1日は終えるのだ
「はぁ… はぁ… はぁ…」
背丈程もある大きな草の葉が鞭の様に全身を打つ
だが二人は走る速度を緩める事はしない
ここを抜ければ発射場は目と鼻の先
「うわぁっ!?」
地を這う木の根に足を取られてびん娘は豪快に前転する
この日4回目の転倒
無理も無い 走る事自体、数年ぶりである
「だ、大丈夫!?」
びん娘の手を引く形で先行していた彼女は、慌て泥まみれのびん娘の顔を覗き込む
「大丈夫だよ!」
「少し… 休もうか…?」
「平気だよ!」
「ここまで来れば… きっと逃げ切れるよ…」
びん娘を励ます彼女の顔にも疲労が浮かぶ
朝から走り通しの二人
「少しだけ休もう…」
びん娘の呼び掛けに彼女は笑顔で頷く
銀色の長い髪を2つに結わえた彼女達
傍目には区別も困難な程の瓜二つ
それが寄り添い合って大きな広葉樹の根元で休息を取る
「ねぇ びん娘は自由になったら何がしたい…?」
「…………自由に…… なったら……?」
びん娘は困惑した
物心付いた時から今まで、そんな事は夢想した事もない
「お…… べる娘は……?」
「……………」
びん娘の逆問いに、べる娘と呼ばれた彼女も言葉を詰まらす
同じ境遇を生きてきたのだ
漸く手に入れる自由への戸惑いも同じであろう
「びん娘といっしょに… 幸せになりたい……」
絞り出す様な声でべる娘は答えた
疲労と緊張が幾らか癒されてきたびん娘は、前方に咲く大きな赤い花に気付いた
甘ったるいあの匂い
びん娘の嫌いだったあの香りは、その花が嗅ぐわす物だった
だけど何故だろう
あんなに嫌ったその花の匂いが、今はとても心地よく感じられた
「そろそろ行こうか…?」
今度はびん娘がべる娘の手を引いた
幸せになる… びん娘の生きる目標ができた
偶発なのか、何者かの故意なのか、それは今日も変わらぬ筈のびん娘の1日を激変させた
夜明けと共に突然立ち込めた煙
何時もは脳天気な音声を響かすスピーカーが、緊張を孕んだ声で火災の発生と何かの伝達を繰り返す
何かの焦げる臭いの中で、びん娘は朝食に出されたウインナーにフォークを突き刺していた
外界に興味を持ちたくなかった
あの嫌いな甘い香りが打ち消されている事に喜びさえ感じていた
だが、運命の方はびん娘に興味を持っていた様だった
『ギギギギィ…… 』
普段は決して勝手に開く事の無い鉄格子
それがゆっくりと開いて行く
「…………?」
自然と熱くなる己の下腹部
悲しき条件反射を努めて無視する
視線の先、薄い煙の中を走り抜けて行く幾つもの影
『緊急的避難処置である 各自各体、施設敷地内に限り避難を許す!』
スピーカーが野太い声を響かす
『繰り返す、避難は施設敷地内に限る! 敷地外への移動は逃走と見なし、処分する! 』
びん娘にも何となく分かる
自分は… 自分達は"商品"なのだろう
そしてもうすぐそこまで"死"が迫っているのだろう
大事な商品が使い物に無くなるのを避ける為の、避難という名の資産保全…
びん娘は他人事の様にぼんやりと檻の外を眺めていた
こんなに居たのか…?
煙の中を駆けて行く自分と同じ境遇にある"商品"達
逃げた先に何があるのか…? 何から逃げるというのか…?
もうすぐ来るという"死"だけが、永遠の自由を与えてくれる事をびん娘は無意識に感じ取っていた
「びん娘!? びん娘!!」
煙の中から自分の名を誰かが呼ぶ
びん娘はハッとなった
"びん娘"…
自分の名である筈のそれが呼ばれたのは何年ぶりだろうか?
そう"びん娘" 私は"びん娘"……
ここではずっと"フリー嬢113号"と呼ばれていた
「びん娘!! 会いたかったよ!」
煙の中から姿を現したのは、長い銀髪を束ねた自分の生き写し…
「……………お……… お姉………… ちゃん………?」
『繰り返す! 自分達の首に付けられた物の意味を忘れるな!』
そんな警告の音声を背中に受けながら、二人は施設を囲う高い塀の一角、腰の高さ程の植え込みの中に飛び込む
「言われた通りだよぉ!」
姉は… ずっと昔、一緒に連行された双子の姉は、泣き出しそうな歓喜の声を上げると、その先の塀を構成するレンガの中の色の違う1つを手で崩した
その向こうにぽっかり、人1人が潜れるだけの穴が口を開けた
「行こう!」
姉の声に無言で頷いた
まだ録に会話も交わしていない
懐かしい筈なのにどこか他人行儀が抜けない
無理も無い
一緒に暮らしていた時間よりもずっと長い時間を、この施設で別々に過ごしてきたのだ
その存在を決して忘れていた訳ではない
悲しくて思い出したくなかったのだ…
姉… べる娘の客だった
その男はべる娘に脱走をけしかけた
曰く、可哀想な君達を救いたい、仲間が秘密の脱出口を築いている、別の仲間がその日この施設に火をかける、宇宙港から電波の届かぬ他の星へ逃げろ…
半信半疑だった
否、信じるつもりは毛頭無かった
それまでもべる娘達に同情を寄せる者が皆無な訳では無かった
だが、そいつらの同情は上部だけの
べる娘により良いサービスを求める為の出汁であった
大人は… 男は皆鬼畜…!!
それがべる娘の… 否、この施設で暮らすフリー嬢の総意であろう
だがその男は何度も何度もべる娘を諭した
その男はべる娘の身体を求める事もしなかった
ただただ自由の素晴らしさと、べる娘達の不遇な境遇を悲しんだ
(この男だけは違うのかも…… )
べる娘の心を覆う巨大な氷の壁が、ほんの少し溶け始めていた
そして何度目かの訪問でべる娘は脱出を決意した
生き別れの双子の妹がまだこの施設で生きている事を知ったのも大きな理由だった
物心付いてから鬼畜どもの性欲を満たす事以外何もしてこなかった彼女でなくとも、それがこの施設の長の座を狙った権力闘争の末の陰謀だったと気付くのは不可能であったろう…
結果的に自由に手を掛ける事が出来るのも事実ではあったのだ
「あれだ!」
べる娘の声が弾む
森を抜けた丘の上から見下ろす宇宙港
果てしなく広いその施設の一角に、今にも飛び立たんとエンジンに火を灯す貨物船
「急ごう!」
二人は頷合うと丘を一気に駆けて行く
あの輸送船のコンテナに紛れ込み、星の海原に飛び出すのだ
行く先が何処かなど分からない
それでもよい そんな事はどうでもよい
これから二人で生きて行くのだ
生まれ変わるのだ 幸せになるのだ
反重力エンジンが独特の高鳴りを始める
離陸は近い
二人は硬い滑走路を蹴る足裏にいよいよ力を込める
もう少し… もう少し…!
その時の姉の顔を、びん娘は決して忘れる事は出来ないだろう
『シャンランララン……… 』
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」
べる娘の首輪の甲高いメロディと彼女の上げる悲鳴はほぼ同時に聞こえた
「お…… お姉……! べる娘!!」
「わぁぁぁ…… 何でぇ!? 後少しぃぃぃ! 後少しなのにぃぃぃぃっ!!」
腹の底から絞り出す様なべる娘の絶叫
重い首輪に付けられた大きなデジタルセグ、それが勢い良く回転を始めた
それが何なのか、フリー嬢だった二人には良く分かる