「いい事? 何があってもここから出ちゃ駄目よ!」
普段はただただ優しい母が初めて見せた厳しい表情
幼い二人はそれだけで既に涙が込み上げて来る
「来たぞ!」
普段は頼もしい父親の声は明らかに上擦っていた
びん娘とべる娘はクローゼットの中で得体の知れない恐怖に震え、互いの身体を千切れんばかりにきつく抱き合っていた
「!!?」
玄関先で父親が誰かと言い争っている
『ドンッ!』
「嫌ぁぁぁっ! 何故です!? 何故…!」
何かが弾ける音と母の悲鳴が聞こえた
「下賤民の分際で…!」
知らない男の怒号が足音と共に部屋の中に響く
(こ、怖い!!)
二人は更に互いを強く抱き締める
「娘達は何処だ? お前も死にたいのか?」
(死ぬ……!? )
「お願いします! 娘達だけは!!」
(お母さん!?)
「ババァに用はねーんだよ!」
「ぎやっ!?」
「お、お母さん!!」
母の悲鳴に遂に二人はクローゼットの中から飛び出す
「そんな所に居たのか〜 よしよし、上玉だな」
「あぁ…! お願いします! 娘達は…!」
『ドンッ!』
さっきと同じ嫌な音が聞こえた
母が二人の前でゆっくりと崩れ落ちた
「お母……… さん……?」
「フンッ 無礼打ちだ! 手間を掛けさせやがって! おい、娘達を連れて行け!」
「や、やだぁ!! お母さん!! お母さん!? お父さん!!」
「いいか? お前達の仕事は高貴なる指導階層の方々の日々の労を慰める事だ」
(お母さん… お父さん… )
其処には大勢の、まだ少女と呼ぶにも幼なすぎる少女達が集められていた
べる娘とは入り口で引き離されてしまった
裸にされ身体検査をされた後、
「なんだよ! "カジノ"かよ!!」
そう毒突いて検査員の男は荒々しくべる娘を別の部屋に引き摺って行った
「べ、べる娘!!」
「びん娘!!」
幼い二人に互いの運命を変える力などある筈が無かった
「これからお前達はフリー嬢だ フリー嬢はだなぁ…」
下卑た笑みを貼り付けて、教官という男はおぞましい文言をまだ年端も行かぬ彼女達に吐き掛けた
「やだぁ! やだよ、そんなの!!」
明朗なある娘が反抗した
その場にいる全ての少女達の想いの代弁だった
「……逆らう者はこうなる」
そう言うと教官は合図をした
二人の男がその娘に無理矢理大きな首輪を取り付け、そして少し離れた所に立つ柱に彼女の身体を縛り付ける
『シャンランララン〜……』
取り付けられた彼女の首輪から唐突にメロディが流れる
同時にその首輪に付けられたデジタルセグが変動を始める
3つの数字が順番に変動して行く
「や、いやぁ…!? 怖い! 怖いよぉ!」
不吉な何かを感じ取った娘は悲痛な叫びを上げる
7… 7……… 7
デジタルセグの数字が3つ揃った
『ふぅぅわぁっ!!』
『ドーーーーーン!!』
強烈な閃光と衝撃 耳をつんざく炸裂音
「「きゃぁぁぁぁっ!?」」
煙と衝撃に晒された少女達の悲鳴が収まった後、あの娘が縛り付けられていた柱にはどす黒い血糊と由来不明の肉片がこびり付いていた
「これからお前達全員に、この素敵な首輪をプレゼントしてやる 逆らう者、逃走する者はさっきの娘の様になる! 一生懸命働けよ〜 指名が取れなくなるまで働けば必ず自由にしてやる! グッハッハッハッ〜!」
明くる日、びん娘は初めての指名を受ける
そして三年後には最上ランクフリー嬢、"カーニバル"に昇格するのだった
びん娘は幾度となく死のメロディを聞いてきた
自由を求め逃走を謀るフリー嬢を、首輪は確実に仕留めて来た
そしてそれは今、再会したばかりの姉の首元でけたたましく狂気の旋律を奏でているのだ
「べる娘! べる娘!?」
びん娘は姉の首輪に力一杯爪を立てる
両腕に人生で最大の力を込めた
それが無意味な事である事は分かっていた 決して外れる事は無い
だがそれをせずには居られ無かった
後少し… そう、後少し…!
この星さえ脱出すれば… 遠隔操作の電波も届かない宇宙の彼方に行けば…
「……いいよ、びん娘……」
「!?」
べる娘はもう落ち着きを取り戻していた
うっすらと笑みを浮かべながら、爪の間から血を流すびん娘の手を首輪から引き離した
「気付かれたよ 時間は無いよ びん娘は絶対に逃げ切って…」
べる娘の首輪のデジタルセグがリーチを賭けた
ほんの一瞬の沈黙 べる娘の瞳は優しかった
あの幼き日の様に…
次の瞬間べる娘はくるりと踵を返し、勢い良く駆け出して行った
彼女が振り返った瞬間、何かの飛沫がびん娘の頬に冷たい刺激を与えた
「べる娘ぉぉっ!?」
「びん娘ぉ… 絶対に… 絶対に幸せ『ふぅぅわぁっ!』
姉の後ろ姿が閃光の中に消えた
「きゃぁっ!?」
強烈な衝撃波にびん娘は吹き飛ばされ、硬い滑走路の上を転がった
「べる娘ぉ…… お姉ちゃん…… 何で……!」
よろよろと起き上がったびん娘は人生で最大の絶叫を張り上げた
「私も殺せぇぇぇ!! 何でぇぇぇ!? 何でべる娘だけぇぇぇっ!!」
叩き付けられた衝撃で節々が痛む身体を引き摺って、目の前のコンテナの隙間に潜り込む
「…………私が…… 私が… "カーニバル"だから…………? べる娘は…… お姉ちゃんは…… "カジノ"だから………?」
フリー嬢生活の中でも少しずつ大人になっていったびん娘は何となく理解していた
フリー嬢のランキングが容姿だけに拠らない事を…
瓜二つの姉が最下位に区分けされた理由…
べる娘は性器に先天性の変形があったのだ
それは人並みの恋愛、結婚、性生活、そして出産をするのには特に障害では無かった
だがフリー嬢として支配階層の慰み者になるには粗悪品と分類された
フリー嬢ランクを上げより高い指名料を取る事が、唯一とも言うべきフリー嬢達の生きる縁だった
フリー嬢に与えられる住環境や食事はランキングに拠って決められており、確約の無い何時の日かの"自由"も、より高い指名料を取る高ランク嬢がより近い位置に居ると思われた
だが姉のべる娘はそんな悲しい縁にすらすがれず、ただただ代わりの直ぐきく最下層のフリー嬢として、乱雑に汚され続けて居たのだ
びん娘はコンテナの冷たい外壁に背中を滑らせ、力無く崩れ落ちた
「殺せ…… 殺して……」
"カーニバル"だから容赦する訳では無いだろう
だが些かの躊躇は有ったのかも知れない
びん娘の首輪は沈黙を続ける
コンテナがふわりと持ち上げられる感覚がびん娘の身体に伝わる
漸く取り戻せる筈だった自由
だが、奇跡の再会を果たした最後の家族を
目の前で失い、びん娘の瞳の輝きが失せていく
一体何の為に生きるのか…
昨日までと同じ疑問が再び頭を過る
(幸せになってね…)
その時、べる娘の最後の言葉が頭の中に反芻した
「べる娘ぉ………」
びん娘の号泣は反重力エンジンの高鳴りに掻き消されていった
「この先に間違い無いにゃん!」
「ふつうじゃないんだよ〜 」
雑木林の中を遮二無二駆けて行く野良幼女達
未だ興奮覚めやらず、機関車の様に白い息を弾ませて隊列は疾走して行く
目指す林の奥はほんのりと淡い光を湛え、恰も最終列車の到着を待つターミナル駅の様…
もうすぐ眼前に広が筈の奇跡の光景に想いを寄せる野良幼女達
困窮に喘ぐ日常に漸く訪れた非日常 待ち焦がれた昨日とは違う日
だがそれは本来、野生に生きる者として研ぎ澄まされている筈の野良の本能を鈍らせ、感性を曇らせた
そしてそれは大自然に於ける普遍的な営みの中の敗北者になる事を意味していた
彼女達は林の奥から己らを凝視する、野蛮な肉食獣の赤く光る両眸に気付く事が出来なかった
「にゃん!!?」
突如、先頭を行くプリシラの身体が宙を舞った
高い杉の木立の中を小さな身体が飛んで行く
「す〜ご〜い〜〜」
「若干、高いみたい〜?」
後に続いていたラムネ達は、同輩が突如見せたアクロバティックパフォーマンスにただただ純粋で呑気な感嘆の声をあげる
そもそも彼女らの野生の本能など大した物ではないのかも知れない
「大物ゲット〜〜! ピロロロロ〜〜!」
「!?」
だが然しもの彼女達も、直後に木立の闇の中から姿を現した肉食獣の姿に、漸く自分達が"獲物"に成らんとしている事に気付く
「久しぶりのお肉〜 この時期にしては良い型ね〜」
幸いと言うべきか獣はラムネ達には目をくれず、宙を漂うプリシラに舌舐めずりをする
賢いこの獣は余計なターゲットには興味を示さなかった
ラムネ達は逃げ出したい衝動に駆られるが身体が恐怖に凍り付き、身動ぎ一つする事が出来ない
ただ互いの震える腕を引き合うのが精一杯であった
「お、下ろしてにゃん… 助けてにゃん…」
頭上の同輩の力無い声
知能の低い野良幼女にも、先程同輩が披露したアクロバットがこの獣の罠による物だと理解出来た
「やっぱりプリシラか〜 これは尻肉の叩きか魔女鍋だなぁ〜?」
獣は物騒な独り言を呟きながら傍らの木に結び付けられたロープを解く
するすると網に絡まれたプリシラが降りて来る
あれが地上に降りた時が同輩の最後である事はラムネ達にも理解出来た
ラムネ達の脳裏に、キラキラと目を輝かせ、今夜は激チャンスにゃん!、とラムネ達の塒まで誘いに来たプリシラの姿が浮かぶ
生き馬の目を抜く野良生活
全てが生存競争の強敵という過酷な環境の中でいつも何かとつるむ事の多かった3匹
馴れ初めはもう覚えていないが、紛れもない"家族"だった3匹
その家族の1匹が今、肉食獣の餌食に成らんとしている
ラムネ達はどうしても彼女を見殺しにする事が出来なかった
「あ、あう〜〜…」
「ん?」
恐怖を振り払い、恐るべき獣が纏うスカートの裾を引くラムネ
「プ、プリシラを食べたらダメみた〜い」
そこで漸くその小さな存在に気付いた肉食獣
「食べないでくれたら… あれ〜…」
「ん?」
少ない語彙で必死に思いを伝える野良幼女達
彼女達の指差す先は、先程まで目指していたあの林の奥の淡い光
恐らくは自分達の見つけた宝物と同輩を交換しようという提案なのだろう
相手の同意もなく先に宝の所在を明かす辺りは低い知能の限界なのかも知れない
「ん……? なんだろ〜… あれ……」
だが彼女達はツキには恵まれていた様だ
恐るべき肉食獣は目の前の小さな獲物より、その指差す先の朧な輝きに見事に興味を引かれた
「げ… 激チャンスにゃん…?」
「若干、いいみたい…」
吸い寄せられる様に林の奥に足を進める肉食獣の背後で、野良幼女達は互いに抱き合い、小さな声で危機が去るのを祈るのだった