崖の縁のミウたん   作:新六毛

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ミウたんは何故彼を殺めたか? (3)

また、あの日の夢を見た…

頬を伝う涙の不快な感触

皮肉にもそれが今夜もびん娘を悪夢から解き放つ

寝室に漂う深夜の空気は張り詰める程冷たい筈なのに、びん娘の身体は激しく脈打つ心臓によって汗ばむ程に火照っていた

「グスン……」

小さく鼻を啜って硬いソファーベッドからゆっくりと上半身をもたげる

私はあれから少しでも"幸せ"になれただろうか?

これが私達の望んだ"幸せ"だろうか?

そんな筈は無い

毎夜の様に悪夢にうなされ、運命を呪い、後悔を続ける…

それが更なる罪悪感をもたらし、びん娘の心の中を掻きむしる

(やはり一人では…… )

 

 

 

びん娘の旅は長くもあり短くもあった

放浪と呼ぶべきかも知れない

魂の放浪…  目的も目標も無く、ただ身を揺蕩わせた

誰かに声を掛けられた気もするし、肌を重ねた気もする…

全てが朧で曖昧な記憶だった

漸く得た自由…

だがそれに何の感慨も無かった

(なんの為に生きるのか……?)

またあの疑問が脳裏を過った

幾日が… 或いは幾月が過ぎただろうか、びん娘は銀河の果ての小さな惑星に辿り着いた

塩化ナトリウムと酸化水素の広い海、青色の空が特徴的なとても美しい未開の惑星だった

初めてその景色を見た時、長い間闇に閉ざされていたびん娘の心の奥に、微かな光明が射し込んだ

もしかしたら微笑んでいたかも知れない

その位この星の景観はびん娘の荒んだ心を癒したのだ

土着の支配生物は何とか意思の疎通が計れる程度の知性だったが、びん娘は此処で"幸せ"を探し求める事にしたのだ

 

『地球』

 

…… 星の支配生物は自らの惑星をそう呼んだ

"丸い地面"という意味らしい

如何にも未開な非文明的センスだと思った

だが、そんな彼らの純朴さが寧ろ、びん娘の荒んだ心を慰めるには好都合だった

彼らと歌を唄ったり、踊りを躍ったり、地酒を酌み交わしたり…

時にはパチスロなる原始遊戯に興じたりもした

だが、びん娘の心の中の黒い霞みが完全に消える事は無かった

一見、幸せの様に見える明るく楽しそうなその振る舞いは、ともすればびん娘の豊満な胸板を張り裂いて姿を現そうとする、黒いモヤモヤを押し込める為の無意識な作為の側面があったのだ

 

自分は幸せに成らねばならない…

 

その思いが常にびん娘を支配した

あの宇宙港に響いた姉の絶叫

それは片時もびん娘の耳から離れる事は無かった

夜の戸張が降りて一人、町外れに佇む住家の玄関を潜るびん娘

明かりも点けず、玄関のドアに凭れかかる

自然と溢れてくる涙を拭ったのは幾日になるだろうか…

「……何でお姉ちゃんはあの時、私の前に現れたの………?」

地球に来てから無数に繰り返されてきたびん娘の呟き

「お姉ゃんと出会わなければ…… びん娘は幸せなんか探す事も無かったのに……」

すすり泣きが暗く静かな室内に響く

「一人では…… 幸せになんかなれないよ…… 」

 

 

 

ソファーベッドから起き上がったびん娘は洗面台の蛇口を捻る

涙に濡れた顔を両手に掬った水で洗う

冷たい感触が心地良かった

顔を上げ、大きく深呼吸をする

夜の孤独と静寂は、唯でさえ弱ったびん娘の心を更に繊細で傷付き易い物にする

強く成らねば…

そう思わなければびん娘の心は、この星の重力に押し潰されてしまいそうだった

 

その時だったーーーーー

 

 

 

『シャンランララン… 』

 

「ヒッ!!?」

 

突如静寂を打ち破り、大音量で室内に木霊する聞き覚えのあるメロディ

自分の立てるそれ以外、聞こえる音などある筈のない空間

そこにけたたましく響く怪音

びん娘は驚きの余り、文字通り飛び上がった

思わず暗い室内を見回し音の源を探す そしてその己の滑稽さを噛み締めた

幾度となく耳にしたそのメロディ

 

それは勿論、己の首元から流れてきているのだ

 

だか何故? もう遠隔操作の電波は届かない筈…

 

『ナナセグチャンス…!』

 

びん娘の動揺とは裏腹な能天気なボイスが儀式の始まりを告げた

首輪のデジタルセグが変動を始める

「……!? ………!??」

それはあの日、自分達の運命を弄ぶ悪魔達に叫び、望んだ物だった

その筈だった

だか、宇宙の果てでの束の間の安寧と命の洗濯は、そんな彼女に当時の覚悟を忘れ去らせていた

自分は生き延びた そして姉の分まで生きる

それが今のびん娘を動かす原動力になっていたのだ

 

『7…… 』

 

最初のセグが停止した

びん娘の背筋に悪寒が走る

死を恐れる訳ではない ただ、心の準備が出来ていないのだ

 

『7…… 7…… 』

 

2つ目のセグが停止する

びん娘の歯がカタカタ音を立てた

震えていた 怖くない筈なのに…

お姉ちゃんの所に行きたい筈なのに…

 

『プルプルプルプル… 』

 

3つ目のセグが長い変動を続ける

心臓が掴まれた様に痛い

「……た、助けて…… お母さん…… お姉ちゃん……」

びん娘の震える唇から溢れた微かな悲鳴

 

そんな… そんな筈は… 怖い……? 怖いよ……! 怖い!! 死ぬのはイヤ!!

 

びん娘は祈っていた

救いを求め、母に姉に神に…

最早びん娘には、あの日の気丈な心は片鱗も無かった

そこに居るのは恐怖に戦く、か弱い1人の少女

生への執着を取り戻した、ごく普通のどこにでも居る少女だった

 

『7…… 7…… ……6』

 

静寂が再び辺りを支配した

何秒か何分か、びん娘は彫像の様に固まったまま動かなかった

動けなかった

ゆっくりと瞼を開け、己の首元を見遣る

数字は揃わなかった そんな事もあるのか?

何かが彼女の爪先に垂れた

それが顎からしたる膨大な汗だと気付くのに時間は掛からなかった

「…………ふぅ…… はぁぁ……」

破裂せんばかりに膨らんだ肺から漸く息が吐き出された

同時にびん娘の身体から力も抜けて、その場にゆっくりと崩れ落ちた

助かった……の? 誤作動……なの? だとしたら、やはりこの首輪がある限り…

 

『シャンランララン…!』

 

「きゃゃぁっ!?」

びん娘の巡らす様々な考察は一瞬で吹き飛ぶ

再び流れる死のメロディ

「な、なんなのぉ!?」

彼女の動揺を他所に、勢い良く変動を再開するデジタルセグ

助かった… のではないのか? 誤作動… ではなかったのか?

では一体、一体何が私の身に… この首輪に何か…!?

 

『7…… 』

 

「い、嫌……」

『7…… 7…… 』

 

「もうやだよ! 止まってぇ! 止まってぇぇっ!!」

 

『7…… 7…… 8』

 

「うぅ…… もうイヤ…… 何なの… 何なのよぉ!!」

 

頭を抱えて絶叫するびん娘

(お願い、夢なら醒めて…… こんな… 今更こんな事って……)

だが、びん娘に訪れた悲劇は悪夢では無く、更には始まりに過ぎなかった

「!?」

突如、曇りガラスから射し込む強烈な光

部屋の中は一瞬で昼間の様に明るくなる

咄嗟に眩い光の中に細めた視線を向ける

そこには金色に輝く物体があり、強い光はそれから発されていた

それはゆっくりと揺蕩いながら、恰も部屋の中を物色するかの様に隅々まで光の帯を走らせる

「な… 何……?」

立て続ける恐怖に、既に声を荒げる気力も失せたびん娘

その蒼白な顔を金色の光が撫でる

怪物に頬を舐め上げられた様な不快感が、びん娘の背筋に悪寒を走らす

不意に静寂を意識した

それまで低いハミング音が響いていた様な気がする

同時に射し込む光がその力を失っていき、窓の外で小さな点に収縮すると、次の瞬間には再び闇が辺りを支配した

 

「…………………」

 

びん娘はじっと窓の外を凝視した

何者かの来訪を察した

恐らくは望まぬ客人であろう

 

『ガチャガチャ… 』

「!?」

玄関のドアノブが激しく捻れ、そして止めれた筈の鍵を造作も無く外した

軋みを上げてゆっくりとドアが開いていく

びん娘は喉の渇きを覚えた

 

 

 

「ビン娘… アイタカッタヨ…」

「!!? 」

 

懐かしい声と共にその主がドアの向こうからか細いシルエットを現した

「お…… お姉…… べる娘ぉ!!?」

びん娘の声は完全に裏返っていた

そこには紛れもないその人の姿があった

そんな馬鹿な!? べる娘は… お姉ちゃんはあの時確かに…!

「ビン娘… イッショニカエロウ… マタ、フタリデクラソウ…」

「べ、べる娘…… べる娘なの!? 本当に!? 生きて居たの!?」

死んだと思っていた姉との奇跡の再会

つい先刻までのおぞましい出来事など、一瞬で頭の中から掻き消えていた

「べ、べる娘〜〜〜!!」

否、本当は消えてはいなかったのだろう

だからこそ、懐かしいその姿に心の箍が外れたのだった

何年ぶりかの歓声を上げ、飛び跳ねる様にべる娘に抱き付くびん娘

「あ、あ、あ、会いたかった… 会いたかったよ…… べる… 娘……!?」

だが、見詰め合うべきべる娘の瞳には光が無かった

生気が無かった

漆黒のガラス玉… それは比喩では無く、実際の質感としてそうであった

 

「べる…… 娘……?」

 

混乱が不安を呼び戻す

びん娘は目の前の彼女に姉の息吹きを感じる事が出来なかった

 

「ハッハッハッハッ…」

「ヒッ!?」

 

開いたままのドアの向こうから突如響いた笑い声

べる娘は無意識に飛び退る

「感動の姉妹の再会… 堪能させて頂きましたよ」

闇の中から姿を現したのは1人の中年の男だった

細い身体に高い上背、そこに濃紺のロングコートを纏わせる優男

長い前髪の間から覗く鋭い眼光と歪な笑顔

べる娘の背中越しに向けられたその不気味な表情に、びん娘は思わず身震いした

「初めまして… でよろしいのかな? 貴女のお話はお姉さんから伺っていましたよ」

「…………?」

びん娘は必死に状況を飲み込もうと努力した

だが、目の前の人形の様な生気の無い姉の姿と不敵な男の存在、続けざまに起こる怪異を結び付ける事が出来なかった

「申し遅れました 私、フリー嬢飼育施設長のクニモトと申します」

「!!!」

「伝説のカーニバルランク、びん娘嬢… 遥々お迎えに上がりましたよ…!」

「い、いゃぁぁぁぁぁっ!!」

その言葉でびん娘の中で点と線が繋がった

心の何処か奥底では、首輪が鳴ったその時から繋がっていたのかも知れない

多分、それに気付きたく無かったのだろう

男の浮かべる不気味な笑みはびん娘には悪魔のそれに見えた

「さぁ… 私達と帰りましょう 貴女の身体の予約は3年先まで埋まっているのですよ」

「嫌… 嫌、イヤイヤイヤッ!!」

こんな日が来る可能性を全く否定していた訳ではない

ただ例えその日が来ても、精一杯逃げて、力一杯抵抗して、そして最後は潔く死を選ぼう そんな覚悟を胸に秘めていた

それが生き延びた自分の務めだと…

だが実際にその日が来てみれば、自分は死に怯え、ただ震える事しか出来ない情けのない存在でしかなかった

ただ1日でも長生きして、少しでも幸せにありつきたいと願う、鈍愚な恥さらしでしかなかった

そう自分を責めるしかなかった

男が手にした小さなスイッチを押した

 

『シャンランララン… 』

「ひぃぃぃぃぃっ!!?」

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