崖の縁のミウたん   作:新六毛

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ミウたんは何故彼を殺めたか? (4)

 

首元のデジタルセグが三度変動を始めた

「使えないなら殺すだけですよ 」

男が歪んだ口角を更に歪に吊り上げて見せた

「お、お姉ちゃん…! た、助けて…!」

震える声で未だ玄関口に佇むべる娘に助けを求めた

だが、べる娘の生気のない瞳はびん娘を捉えず、中空をただぼんやりと見詰めるのみ

「残念ですがお姉さんに自我は存在していません… それなりに努力はしましたが、脳梁と前頭葉の一部しか再利用出来ませんでしたよ 一応、同情はしていますよ… 起爆させた当人としてね フハハ…!」

「………………お姉…… ちゃん……」

びん娘は再び己の無様を激しく嫌悪した

冷静に考えれば分かる

あの閃光の中に消えたべる娘が生きてる筈などないのだ

あのガラスの様な瞳はまさに作り物だったのだ

 

「こ、殺せぇぇぇ…! 早く… もう殺してぇぇぇっ!!」

 

絶望がびん娘の心をほんの少し強くした 否、更に弱くしたとも言える

死だけがこの狂気の現実から逃れる唯一の術だと理解したのだ

「ふふっ 死にたい者を殺すなど何の面白味も無い…」

 

『7…7…5… 』

 

呆気なくセグは外れて停止した

びん娘の魂の叫びにも男は顔色1つ変えず、コートのポケットからもう1つのボタンを取り出す

「では、貴女の代わりに… 」

 

『シャンランララン… 』

 

再び流れる死の調べ

その源は今回も探す必用がなかった

目の前に佇むべる娘の首元で、かつて彼女の命を奪ったそれが、あの日と同じ様に旋律を奏で始めた

「……べる娘!」

目の前の彼女は魂を持たない人形…

それを理解しても尚、再び閃光の中に姉を見殺しにしたあの恐怖が甦る

更にそんなびん娘の心を見透かした様な男の残忍な言葉が、びん娘の弱った心を完全に打ち砕く

「お姉さんに自我はありませんが、ちゃんと生きてますよ! お姉さんの脳の残骸はキチンと貴女の声に反応している筈です 見殺しにするのですか? あの日、黒焦げでボロボロだったお姉さんは必至に生きたい、死にたくないと願っていましたよ! ハッハッハッ!」

「やめろぉぉぉっ!! やめてぇぇぇぇっ!! お願いぃぃ… やめてよぉぉぉ……」

 

「やめて欲しけりゃ大人しくフリー嬢に戻れよ糞アマ!!!」

 

耳をつんざく男の怒号 まさに鬼の形相

先刻までの紳士ぶった姿はもうそこに無かった

全て理解できた

この男が姉の欠片を集めて残酷な人形を造った理由…

所詮、自分などが幸せになれる筈など無かったのだ

勝てる筈などない相手

一度フリー嬢となった者に自由も権利もある筈が無いのだ

「う…… うぅ…… うぅぅ……」

両瞼から零れた出た涙を追う様に、びん娘はその場に崩れ落ちた

「理解はできたか、ズベ公? 血を吐かされなかっただけ感謝しろよ」

吐き掛けられる男の侮蔑にも、最早反応を示さないびん娘

「どぉれ… それじゃ、検品といきますかね…」

そう言うと男はコートを脱ぎ捨て、ズボンのベルトを緩めた

「!?」

「半年…… ぶり位だからな… きちんと『商品』としての価値が保ててるかを確かめるのは、責任者として当然の務め…… 」

「痛いっ!?」

男は、その突然の行動に戸惑うびん娘のツインテールの片房を乱暴に掴み上げる

無理矢理立たせられるびん娘

空いた男の片手が、びん娘の形の良い顎をしゃくり上げる

「さぁ やって見せなさい カーニバルランクのサービスを…!」

ゾッとする程の冷たい笑顔でびん娘の顔を覗き込む男

びん娘は男の要求を理解し、全てを観念し

てゆっくりと自らの纏うネグリジェの肩紐をずらして行った

 

 

 

ーーーーーその時だった

 

 

 

「ぐわっ!?」

鈍い衝撃音の後に男の顔が歪んだ

そのまま崩れ落ちる男の背後に彼女が居た

「えっ……!?」

スツールの足を掴んで佇む彼女…

男の背後から脳天に強烈な一撃を食らわせたのは、魂の無い人形の筈だった彼女… べる娘だった

「お… お姉…… ちゃん…!?」

「ビンコ…… ニゲテ……」

相変わらず感情の無い無機質な表情

だが彼女の口から出た言葉は、紛れも無い妹の身を案ずる姉のそれであった

思考機能は失われた… 男の言葉を信じ無くとも、あの閃光と衝撃の中に消えた彼女の運命を冷静に思えば、いくら無学なびん娘でも理解せざるを得なかった

だから今度はべる娘の取った行動と、彼女の口を突いて出た言葉の意味を咄嗟に理解する事が出来なかった

無理も無い

何せ全ての元凶とも言うべきこの男ですら、不意を打たれた訳なのだから…

 

無機質な漆黒のガラス玉と、熱い涙に潤む灰色の瞳…

それでも姉妹は確かに視線を交わした

それで全てが通じた… そんな気がした

少なくとも、びん娘はそう思った

「お姉ちゃん……」

首輪の下品な光の点滅に、べる娘の白い頬が色鮮やかに染まる

不思議と悲しみも絶望も無かった

寧ろ姉と再び巡り会う事が出来た、この歪で悪意に満ちた奇跡に感謝すらしていた

何故直ぐに足元に踞る男に止めを刺さなかったのか、という問いは余りに過酷であろう

今、びん娘の頭にあるのは姉に掛けるべき次の言葉を見つける事だけだった

だがそれはやはり最善な判断では無かった

「……の野郎!!」

「!?」

突如びん娘の視野を黒い影が覆う

そして次の瞬間、鈍い衝撃音と共に文字通り人形の様に吹き飛ぶべる娘の姿

「なんで勝手に動きやがる!? ふざけた真似を!」

後頭部を擦りながら毒付く男

所詮は小娘の与えられるダメージでしかなかった

壁際まで飛ばされ、力無く横たわるべる娘に男は歩み寄る

「まさか妹を助けようと…? お前に思考能力など無いはず…!」

そう言うと腰に巻いたホルダーから銃を抜き、その先をべる娘に向ける

「だが俺に歯向かう奴は…! どのみちお前はもう用済みだ…!」

男にとって此処にいる二人は、自分に逆らう筈の無い従順な存在の筈だった

だからべる娘の行動に衝撃を受けたし、背後のびん娘の存在にも警戒など配らなかった

「ぐわっ!?」

今度は男が吹き飛んだ

渾身の体当たり

そのままびん娘は倒れたべる娘を肩に抱き、開いたままの玄関を抜けて行く

 

「はぁ、はぁ!」

 

疾走とは程遠い

時期に追いつかれるだろう

それで構わなかった

びん娘は笑っていた

気が触れたのではない 嬉しかったのだ

もう1人で逃げたりしない これで良い こうしたかった

一緒に死のう…! 自由に向かって死んで行けば、きっと来世は自由に生きる事が出来る筈…!

願わくば、べる娘… また貴女と姉妹として生まれたい!

 

「あははっ あ〜〜あ 情けねぇな俺… 面倒くせぇ! もういい…! お望み通り、姉妹仲良くミンチにしてやらぁ ! はははっ!」

背後から男の嘲りが聞こえる

起爆装置を高々と掲げる男の姿が脳裏に浮かんだ

べる娘の腰に回したびん娘の手に、べる娘の手が触れた

握られた気がした

びん娘も握り返した

「お姉ちゃん… ありがとう…」

その場に立ち止まり、べる娘を包容した

彼女の首のデジタルセグに今、"7"がテンパイし、一際大きな煽りを辺りに響かせた…

 

 

 

(ターゲット確認…!)

 

 

 

『ドンッ!』

「ぐわぁぁぁぁぁっ…………」

 

「宇宙人ゲット〜〜〜!!」

「!!?」

炸裂音と閃光の代わりに響いた鈍い銃声

男の断末魔と女の絶叫

思わず向けた視線の先で、胸から鮮血を噴く男が虚空を掻きむしり、苦悶の表情で膝から崩れ落ちた

 

「地球の平和はこのスナイパイ、ミウが守る! 大勝利〜!」

 

闇の中から小柄な土着生物の雌が現れた

手にした原始的な火薬銃

どうやらこの雌が男を背後から狙撃したようだ

びん娘は呆気に取られたまま立ち尽くす

この星の土着生物は大抵びん娘に友好的だったが、この個体とはとてもそうとは思えない

"宇宙人"に対する激しい敵意 ハンターに親でも殺されたか…

次は私達の番だろう それでも良い

あの憎い男を葬ってくれたのだ 心残りも無くなった

今度こそ、2人で一緒に天国に…

 

「これがユーホーなの…!? 凄い…! 私、歴史の現場に立ち会っている…!」

 

野蛮で獰猛な固体が興奮の声を上げて近づいてくる

生まれ変わってもこんな原始人には成りたくないな…

そんなたわいも無い事を想像して、びん娘の口元が少し緩んだ

 

「……ひぃっ!? う、嘘でしょ…!?」

 

突如女が取り乱した

そんなに自分達の存在が意外だったのか…

憎い宇宙人に自分と同じ様な"雌"がいて動揺でもしたのか…

 

「……ちょっとこれ…… 人間じゃない!?」

 

女が動揺した原因は倒れて事切れた男の存在だった

 

「嘘でしょ…!? 私… ひ、人を殺しちゃった…!! 何で…!? てっきり宇宙人かと……!」

どうやらこの雌は倒れた男を自分の仲間と誤認している様だ

 

「や、やややや… 嫌…! 刑務所になんて入りたく無い!!」

 

そう言うと雌はずるずると後退りを始め、数瞬後には振り返り、全力疾走で闇の中に消えて行った

一体何者だったのか… 何がしたかったのか…

夜の森に静けさが戻り、倒れた男と姉妹だけが残された

 

「………ねぇ べる娘… どうしようか…?」

腕の中の姉に頬を寄せて呟いた

本当にどうしてよいか分からなかった

唐突に予期せぬ形で訪れた自由…

 

「……ほんの少しだけ…… 一緒に"幸せ"を探して見ようか……?」

 

べる娘は何も答えない

ただ満天の星空だけが、2人を優しく静かにいつまでも照らすのだった

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