崖の縁のミウたん   作:新六毛

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ミウたんにできる事 (2)

パチパチと炎が薪を砕いていく

戦いすんで日が暮れて…

夜の帳の降りた河川敷の一角 その炎に照らし出される幾つもの影

仕留めたクロコダイルをぶつ切りにして網で炙り、みなで小銭を出し合って購入した大五郎を煽る

大川の河川敷に平和が戻ったのだ、ミウたん達はその喜びを自分達だけの物になどしない

普段はライバルであるハンター達を招いての祝勝会

明日をも知れぬフリーランサー暮らし

夜が明ければまた、僅かな糧を巡って生き馬の目を抜く様な厳しい生存競争が始まるのだ

一夜限りの儚い安らぎ

それでも… いや、だからこそ… 3人は… 河原に生きるハンター達は、今夜のこの宴を大いに楽しんだ

ある者は黙々と不足したカロリーを補う

その陰でゲンさんは、自らが放った止めの一撃を身振り手振りで大袈裟に再現して見せる

嘗て一世風靡の二軍だったと嘯く向こう岸に住まう男は、陽気なコサックダンスを披露して皆を沸かせる

長年ハンターコンビを組んだという相方をこの化け物に因って失ったという男は、皆に背を向け、一人夜空に杯を捧げていた

 

そんな思い思いの宴の姿を少し離れた所から見ていたミウたんは、一人慣れた手つきでクロコダイルを捌くドンさんの背中にそっと近付く

「ドンさん、あたし、もう行くね…」

「!? ……お、おう……」

もう一晩位ゆっくりしていけ… それが自然に口に出せる人生なら、どんなに素晴らしかっただろう……

「……おい、ミウ………」

ドンは昨夜掻き消された決別の言葉を改めて伝える事にした

それだけが… ただそれだけが… 可愛い『娘』の為にしてやれるただ一つの事…

「ドンさん! あたし、ハンター辞めないからね! また絶対来るからね!!」

ミウたんはいたずらっ子の様な不敵な笑みを浮かべて、そのドンの機制を制した

「ミウ…… おめぇ………」

ドンはもう何も言わなかった

ミウたんも何も言わなかった

堤防を駆け上がった頂でミウたんは大きく手を振る

漸く気付いたハンター達が各々ミウたんに手を振り返し、再びの別れを惜しんだ

一筋の流れ星が夜空で一瞬煌めき、河原に生きる者達を仄かに仄かに照らしあげた

 

 

 

『ぽこぽん……』

 

その小さな影は、闇の中から遠ざかるミウたんの背中をじっと見詰めていた

 

 

 

 

 

「……という感じで、貴方の様な方にオススメなんですよ~ 月々僅か3千円で、1ヶ月2回までおは天の損失を完全補填致するんですぅ~……」

 

ピンクのベストにピンクのミニスカート

文字通りの一張羅に身を包んだミウたんが夜の街を行く

底の磨り減ったピンクのスニーカー

ミウたんのお気に入りのそれが、鈍い音を立ててアスファルトを叩く

今日も獲物を捕らえる事が出来なかった

街に生きるミウたんの今の生業、保険外交員

聞いた事もないどマイナーな保険会社だったが、面接も無く、書類審査だけで誰でも入社可能というネット求人の触れ込みに引かれ応募し、早3ヶ月…

未だ契約の一つも取れず、当然給料も得られない

それどころか、インセンティブなんたらという名目で毎月会社に5千円を納めさせられる

そう言えば面接も無かったので、自分の勤めるその会社の場所も知らない…

私は本当に保険外交員なのか…? 本当に会社員なのか…?

人生再起を賭け、空き缶集めと自販機の小銭漁りで何とか蓄えた貯金も間もなく尽きる

1日歩き回って草臥れた重い足を引き摺り、ミウたんは帰宅の途に着く

自動改札を抜け、ホームに滑り込んで来た列車のドアに吸い込まれる

客の疎らな車内、そのシートに腰掛け、ミウたんは対面のガラス窓に写る己の姿を見詰める

このままでは再び河原での狩り暮らしに戻らざる得まい

だが、それで良いのかも知れない

ミウたんはつい先日の出来事を思い出す

ドンさん、ゲンさん、ハンターのみんな…

貧しくはあったが、生きている実感に溢れていた狩り暮らし…

 

私が戻りたい所は一体……

 

込み上げて来る何かから逃れるかの様に、ミウたんは肩掛け鞄の中から今日の夕食、ハムチーズのランチパックを取り出す

河原に居た頃はあんなに焦がれたその味

だが、車内で貪る今はそれに何の感慨も得られない

何故かクロコダイルの肉が焼ける匂いを微かに感じながらそれを平らげたミウたんは、疲れからか何時しか手刷りに寄りかかり、静かに夢の中へと引き込まれてて行った…

 

 

 

"ドアを開けたら冷たい空気~♪ し~ろい 息、広がった~♪"

 

朝日を浴びてキラキラと輝く大海原

それを助手席の向こうに眺めながら、ミウたんは大きなハンドルを握る

漁港で仕入れた鮮魚を満載して、目指すは街の魚市場

女だてらに颯爽と4トントラックを操るミウたんはみんなのアイドル、人気者だ

 

"さぁ 走り出そう、夜明けの街へ~♪ 朝が始まる、朝がはじま~る~♪"

 

港から並走していたカモメがミウたんに別れを告げ、大きく空へと舞い上がった

仕事はキツいけれども充実した毎日

自分を待っててくれる人、喜んでくれる人がいる幸せ…

人生ってこんなに素晴らしい物だったのね…!

 

"い~つぅまでも~ どこ~までも~♪ は~しれ、走れ…… 『次は… 扶桑…』 ……のトラック~♪"

 

(………んん……?)

 

は~しれ、走れ…… 『扶桑… 扶桑…』 ……のトラック~♪

 

(違う… そこは違……)

 

 

 

「!!」

夢の世界から引き戻されたミウたん跳び上がり、慌て辺りを見回す

まずい、寝過ごした

薄暗い車内には既に自分以外の客は居ない

 

『プルルルルル……』

 

発車ベルの音

ミウたんは反射的にドアから飛び出る

直後にそのドアは閉まり、列車はスルスルとホームを去って行く

 

 

 

 

 

「…………ここは…… 何処……?」

 

 

 

 

 

そこはミウたんの見知らぬ小さな駅だった

暗いハロゲン灯が弱々しい光でホームを照らす

そこにミウたん以外の人影はない

何も見えない 何も聞こえない

駅の外は闇の世界 静寂が支配する世界

暗い森と細い道路が星明かりにうっすらと浮かび上がる

 

「何処なの…? ここ……?」

 

どれ程寝過ごしたのか、ミウたんはスマホを取りだし時間を確認する

時刻は7時半… 列車に乗って30分程しか立っていない…

それなのにスマホの電波は圏外…

そんな時間でこんな僻地に……?

列車を間違えた……? いやそんな…… それにしたって……

ミウたんは軽いパニックに陥る

とにかくここが何処だか確認しなければ…

ミウたんはホームの中央に佇むする小さな駅舎に向かう

 

「扶桑…… 駅……?」

 

聞いた事もない駅名だった

駅舎は待合室に切符入れが置いてあるだけの無人駅だった

 

「そ、そうだ…… 折り返しの列車……」

 

ミウたんは待合室の壁に貼られた時刻表に飛び付く

 

「………? ………!?」

 

それは長い年月に晒されたか如く茶色に変色していた

文字は剥げ、所々に穴が空き、判読が不能

その前に到底最新版のそれには思えない

いくら無人駅とは言え、時刻表も更新しないなどという事があり得るだろうか?

 

「……………………」

 

ミウたんはいよいよ自分の置かれた状況に不安になっていく

とりあえず駅を出よう 流石に民家位はある筈 そこでタクシーでも呼んで貰おう

出費は痛いが早くここから逃げ出したい

何故かは分からないが、自分は此処に居てはいけない気がする

ミウたんは何かに追われるかの様に足早に駅舎を飛び出し、其処から伸びる細い道路の上を宛も無く駆け出した

 

宵闇の世界を何処までも続く細い道

ポツリポツリと立つ、暗くか弱い防犯灯の光が道標の様にでミウたんを誘う

その淡い光に照らし出される黒い森と深い道草の茂み

そこから聞こえる微かな虫の声

恐らくミウたんの人生に於いて、防犯灯の光と虫の声にここまで心を励まされた事は、後にも先にも無い事だろう

それだけミウたんの心は不安と緊張に押し潰されそうになっていたのだ

 

「ハァ… ハァ… ハァ…」

 

小走りだった歩調は何時しか全力疾走になっていた

行けども行けども民家はおろか、人の暮らす気配すらない

暗い灯火が照らす黒い森と細い道、それが何処までも何処までも遥かに続く

 

「何処なのここ… 何なのこれ…」

 

いよいよ不安は恐怖に、そして恐慌へと着実ステップアップしていく

悲鳴を張り上げたい衝動を徐々に押さえられなくなる

目に見えない恐ろしい何かが牙を剥いて、己の背中のずきそこまで迫って来ている

そんな錯覚を覚える

怖い… 誰か… 助けて…!!

 

 

 

「!!」

 

 

 

それはどれ程の距離を走った頃だろうか

ミウたんの視界のずっと先、細い道の連なる先に、防犯灯とは明らかに違う種類の光の粒が現れた

 

「お家だ! 人家だ! 助かったぁ!!」

 

緊張と疲労でカラカラの喉とは対照的に、ミウたんの瞳は溢れる涙に潤む

地面を蹴るスピードが増す

不意に周りの黒い森が開け、田園が広がり始める

間違いない、ここは人の住む土地だ

考えて見れば当たり前のその状況判断も、幾分生まれた心の余裕に因るものだ

見る間に光は大きくなり、田んぼに囲まれた数軒の民家が浮かび上がってくる

道はその直中に真っ直ぐ続き、遂にミウたんはその道沿い、一際大きい民家の門先へと辿り着いた

「ハァ… ヒィ… フゥ……」

両手を膝について大きく肩で息をするミウたん

もう大丈夫だ

何とか息を整え、改めてその民家に目を向ける

 

典型的な昔の庄屋様、といった貫禄ある門構え

農具類を納める大きな納屋、穀物を納める白壁の土蔵、手入れの行き届いた庭畑、それらを内包する広い敷地の奥に合掌造りの趣のある母屋があった

その格子窓からぼんやりと明かりが漏れている

ミウたんは小さく咳払いすると、その母屋へ向かい庭に一歩を踏み出した

 

「あ… あの… 夜分すいません…! 道に迷った者ですが…!」

呼鈴的な物を発見できなかったミウたんはその玄関先で声を上げ、ガラスの引戸を軽くノックした

 

「…………はい……」

 

若い女性の澄んだ声がして、程無く引戸が音をたてた

「あの、すいません! 電車に乗り過ごして、道に迷いまして…… 申し訳ないんですけど、タクシーを呼んでは貰えないでしょうか…?」

そこに姿を現したのは、長い黒髪を後ろに束ねた美しい女性だった

年の頃はミウたんと幾らも変わるまい

ただ怪我でもしたのか、右目を覆う眼帯が痛々しかった

「それは難儀だったな… だが残念ながら、この村にタクシー会社はない…」

気の強そうな口調だったが、ミウたんは悪い印象は受けなかった

芯の強そうな落ち着きからは頼もしさをも感じた

「あの… この際、遠くても構いません あっ もし電車が… 上り方面の電車がまだあるなら、そちらを教えてくれませんか?」

あの暗い道を引き返すのは気が引けるが、遠方からタクシーを呼ぶ出費は流石に痛い

最悪、駅までタクシーで引き返すという手も…

何時如何なる時でも下衆い金勘定は忘れないミウたん

だが黒髪の女性の返答はそんなミウたんの想像の斜め上を行った

「タクシーを呼ぶにも電話がない 電車はもう走っていない」

電話が無い…? 幾ら田舎とは言え、そんな所帯が未だこの日本にあったのか…

「あの… でしたら、電話のあるお家を教えて貰えませんか?」

そうは見えないが、経済的な理由なのかも知れない

ミウたんは極力失礼の無い様にイントネーションに気配りをして返した

「この村には電話はない」

「……………………」

さしものミウたんも、心にもたげたる一抹の疑心を無視する事が出来なくなってきた

ひょっとして私を馬鹿にしているのか…?

余所者に冷たい閉塞した村のあれか…?

吉幾三でもあるまいに、電話の無い村など存在するものか…!?

取るべきリアクションに躊躇するミウたん

ここでブチギレても問題の解決にはならないし、かと言ってここまで塩対応の相手にこれ以上へつらうのも…

そんな刹那なミウたんの気の迷いは、女性の取った次の行動によって打ち消された

「今宵はうちへ泊まるがいい 大した持て成しは出来んが、米と布団ぐらいは余分がある」

「……へっ? あぁ いや、でも……」

てっきり余所者の自分を厄介払いしていると思い込んでいたミウたんは面食らう

「遠慮は要らん」

そう言うと女性は背を向け引戸の向こうへ消えていった

「………………」

貧しき星の元に生まれたが故、清く正しく図々しく育ったミウたんとは言え、流石に見ず知らずの人の家にお泊まりするのは気が引けた

しかし電話も無く、電車も無く、携帯の電波も届かないこの辺鄙な田舎では、他にすがるべき物も見出だせ無かった

(はっ!? もしかしてこの女性は同性愛的な嗜好の持ち主で、可愛い私を百合乱暴する目的で…!?)

一瞬もたげた何時もの統失的被害妄想…

だが鼻腔を擽る何かの甘い匂いと、再び背中に感じ始めた何者かの気配にそれは打ち消された

「お、お邪魔… します……」

意を決して恩義に預かる事にし、女性の後を追って引戸を潜った

 

広い土間とその上がり口の向こうに、小さな炎が踊る囲炉裏が見えた

その煙が登っていく藁葺き屋根とそれ支える古く太い梁

壁にはこれまた年代物の農具が並べられており、それらを梁から垂れた白熱電球がぼんやりと照らし上げていた

飾り気も無いが見苦しい物も無い

まさに日本昔ばなしの世界…

成る程、電話が無いという話も頷ける

「夕飯はまだなのだろう? 私も今からなのだ」

女性はそう言うとミウたんに囲炉裏端の席を進め、そのまま奥へと姿を消した

「ど、どぞ… お構い無く……」

柄にも無く恐縮しながら座布団の一つにお座りするミウたん

温かい…

囲炉裏の火がこんなんにも温かい物だったなんて……

お構い無く、とは言ったものの、その火の上で湯気を吹く鍋の香りに思わず腹の虫が鳴く

想定外の激しい運動と極度の緊張、そしてそこからの解放を経たミウたんの胃の中に、電車内で食したランチパックなど微塵も残ってはいなかった

女性が盆の上に二組の椀と湯飲みを乗せて現れた

「口に合うかは分からぬが、身体は温まるぞ…」

そう言って鍋の中身を椀に注ぎ、ミウたんへと差し出した

「あ、ありがとう… ございます!」

大根、人参、葱に白菜… 様々な野菜が出汁中でとろとろと絡み合う

長い時間を懸けてゆっくりと煮詰まれた事が一目に分かるその雑炊

ミウたんはそれに二度小さく息を吹き掛け、口へと運ぶ

「お、美味しい!」

生意気にも料理には一家言あり、野菜の切れ端ソムリエを自認するミウたんは、初めて食する囲炉裏料理に感嘆の声を上げた

あんな野菜の切れ端(ミウたん談)からここまで甘味を引き出すとは…

世辞抜きに素直な感想が口を突いた

「すまんな… 客など来る土地ではないのでな…」

女性はそう言うと自ら椀に口を着けた

ミウたんはその言葉に頭を振ると、改めて家の中を見回した

古い農具の一式を除けば、これと言って生活臭のする物は無い

そう言えば彼女以外に人の気配もしない

「あの… ここに1人で住んでるんですか?」

「ん? …あぁ 妹が居る 今日は外出していてな… そろそろ帰って来ても良い頃だが……」

若い姉妹で2人暮し…

流石に無神経なミウたんも何か複雑な事情を察し、それ以上身の上を尋ねるのを止める事にした

「あっ いっけない!!」

ミウたんか突然上げた大声に女性も少しだけ仰け反った

「自己紹介がまだでしたね! ごめんなさい、ご飯まで頂いちゃてから…… 私、ミウです 須内ミウ こけしアーティストなんです!」

椀を置き、姿勢を正してミウたんは女性に向き直った

「ミウ…… ミウか…… 良い名だな」

それだけ言うと、女性は再び椀の中身を啜り始めた

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