崖の縁のミウたん   作:新六毛

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ミウたんにできる事 (3)

朝の光がが杉の木立の中を差し込んでくる

森の粒子がその中を妖精の様に踊る

アミヤは車体の下に潜り込み、組んでおいた枯れ枝の束にライターで火を着けた

小さな炎が立ち上ぼり、周りの空気を温める

夏が過ぎ、朝晩の気温は大分下がった

速度戦に於いては暖気の時間でさえ惜しまねばならない

「主任? 早いですね」

寝癖でボサボサの頭を掻きながら若い男が顔を覗かせた

「総員起床! 出撃だ!」

車体の下から這い出たアミヤはそのまま愛車のドアハッチを上げ、運転席の後ろ、彼女の座である司令長席に陣取る

「はっ!? 今日の業務は八時からの予定では?」

「向かい風に変わった この機を逃すな」

「は、はい!」

「それと伍長…」

「?」

アミヤは隊の宿舎であるプレハブ小屋に駆け出そとした若い男を呼び止めた

「大尉だ… 主任では無く、大尉と呼べ!」

「は… はい、大尉! 直ちに召集をかけます!」

アミヤは走り去るその背中から遥か前方、丘陵の頂きを包む今尚暗い森へと視線を向けた

嘗てはしがない受信料金収集人だった自分

流れ流れて今は訳あり武闘派集団の頭

ただ狩りの標的が個人から組織へと変わっただけ

(運命とは皮肉なものね……)

アミヤは不敵な笑みを、その森の中の何者かに向けた

 

 

 

「青鷺、準備良し!」

「こちら水楢1、異常無し!」

「水楢2、感度良好!」

無線機に次々飛び込む僚車の声

運転席の男が軽く首を捻り、肩越しに後部座席に視線を送る

「………主は見返りを求むぬ、永遠と悠久のアルマジロ………」

その視線を感じたエマは、膝の上に広げ読み入っていた書物をやや不機嫌そうに閉じた

「マルヨンイチゴー… ゲルプチーム、地獄の中華鍋の油落としの為、粛々と前進開始します… パンツァーフォー…」

「赤狐、パンツァーフォー!」

「「パンツァーフォー!!」」

運転手が復唱し、無線の向こうで僚車が答えた

四台の重機が黒煙を上げて前進を開始する

ディーゼルエンジンの高鳴りとキャタピラが軋み合う音が、早朝の森に木霊する

一昨日までの進撃で自らが切り開いた森の中

その中の道とも呼べぬ荒れ地の間隙を、今日再び四台のマシーンが唸りを上げて突き進む

「直ぐにばれますよ 各車に周囲を警戒させて下さいね」

前方の運転手にそう伝えると、エマは狭い座席の背凭れに寄りかかり、装甲板の隙間から見える外の景色に目を移した

風向きの変化を利用した奇襲

ディーゼルの匂いは誤魔化せても、ドラム缶を叩いて歩く様な騒音を撒き散らしていては大した意味もあるまい

僅か一週間前、ここは針葉樹が生い茂る美しい森だった

それが今は爆撃を受けたかの様な無惨な荒野が広がるのみ

空だけを少しだけ広く感じる様になった

無粋だ… この醜い金属の獣の轍が、嘗て此処に存在した調和の全てを踏み潰した

だがそれがいい…

(美しい物を見ると、壊したくなるんですよね……)

そんな呟きに反応したかの様に、エマの乗する重機が杉の倒木をガクンと乗り越える

 

『ピピピピピッ ピピピピピッ』

 

エマの膝元にある指揮官用の無線機が鳴る

そのレシーバーを取ると、何時にも増して自信に溢れたあの女の声が聞こえてきた

「こちらブラウチーム、アミヤ 予定通り進撃開始 連中の体制が整う前に決着を付ける!」

 

アンタの知能と腕を買いたい

車載電装部品の製造工場の一角、はんだ滓を産廃用ドラム缶に放っていたエマに掛けられた声

長い蒼髪の生意気そうな女

一週間前に派遣会社からやって来た不器用な手直し検査要員

貴女は何者? 私の何を知っているの?

それまでの人生、誰一人として興味を持つ事の無かった自分に関心を寄せる怪しい女…

誰にも負けないと心の内で自負していた、エンジニアとしての腕と明晰な頭脳…

それを初めて見抜いた貴女は何者…?

いいですよ… どうせ先の見えたつまらない人生…

私を知る者の為に捧げましょう…

 

『カコンッ!』

 

装甲板が何かを弾いた

先頭の青鷺が進路を変える

「聞こえているの? エマ中尉!?」

「聞こえていますよ 接敵開始です できるだけこちらで引き付けますよ」

そう言って無線を切ると、直ぐ様自身の配下に指示を飛ばす

「あれは陽動です 無視させて下さいね 敵の主力はあの丘陵の先ですよ」

伐採整地用のブルトーザーが二台、クローラダンプを改造した放水車が二台

それが根潤井建設土木作業部、特別業務課所属請負実務班、一個小隊の編成である

放水車は現場の土埃を押さえる散水の他に、重要な任務がある

それが妨害工作の排除である

全ての車両は改装され、窓やエンジン周りを装甲板で覆われている

さらに放水車には高圧ポンプと改造放水銃が搭載され、作業車両の護衛にあたるのだ

特別業務課とはそういう極めて特殊でデリケートな案件を扱う部署であり、そして今まさにエマ達はその只中に居た

 

『カキンッ!』

 

再び装甲板が金属音をあげる

石礫… 敵のポピュラーな妨害手段である

通常の重機なら窓ガラスにひびが入ってもおかしくは無い

だが、小隊の重機を囲む装甲板の前にはほとんど無力である

「先頭に出ますよ あの稜線を薙ぎます」

そう言うとエマは頭上のハッチを開け、立ち上がる

その脇には改造放水銃が鎮座する

エマの意見と知識が取り入れられた強力な排除兵器である

有効射程、約五十メートル

直撃されれば大人とて吹き飛ばされ、無事には済むまい

高圧ポンプのスイッチを入れ、コックを開く

エマは銃に掛かったゴーグルを装着すると、その先を前方に連なるなだらかな丘陵へと向けた

エマの乗する"赤狐"と、もう一台の放水車"青鷺"が速度を上げる

丘陵の向こうから石礫が降り注ぐ

全てはエマの予想通り

部隊を散らして足止めして、後はキャタピラに石や倒木を差し込んで擱座を狙う、連中の常套手段

事実、これまで似た様な手段で何両もの重機が走行不能に陥れられた

工期の延滞による損害は計り知れない

幾つかの至近弾がエマの顔をかすめる

「無駄ですよ」

次の一瞬、ガラス玉の様に無垢で精気の無かったエマの瞳が怪しく光った

「バラしますね…!」

 

『ボンッ!』

 

大砲にも似た衝撃音

エマの構える銃の先から白い水線が排出された

それは見事に丘陵の頂きを捉え、その付近の土塊を大量の落ち葉や枯れ枝と共に宙空に舞い散らした

「隠れても無駄ですよ」

そのまま銃口を振り、稜線を薙いでいく

青鷺も放水を開始する

二本の水線が丘陵上を行き来し、忽ちそこは猛々と煙の様に湧き立つ水飛沫に包まれた

それが収まり、木葉が再び舞い降りる頃には、稜線の向こうは完全に沈黙していた

これまで飲まされてきた煮え湯のお返しとばかりに、逃げる敵を追わんとアクセルを踏み込む運転手をエマは制した

「一度引きますよ 私達の任務は陽動です」

戦いの醍醐味は敵を屠る瞬間では無く、己の手のひらで踊らす時なのだ

少なくともエマはそう思う

「あちらに美しい白樺の群生がありました あれを滅茶苦茶に犯します」

再びハッチに潜り込み冷酷に言い放つと、エマは読み掛けの書物を取り出し、その栞をまさぐった

「ゆっくり、時間を賭けて辱しめてあげてくださいね 今日中に読み終わりたいんで…」

 

 

 

「間も無く最頂点を越えます」

運転席の伍長が告げる

「このまま速度を維持、一気に突っ切わよ」

ぺリスコープを覗きながらアミヤは答える

「最後尾の二両が遅れています 一旦、進軍を停止すべきでは?」

「落伍は捨て置きな 速度が命よ この先の渓谷に奴らの拠点が必ずある 奴らも直ぐに陽動に気付くわ それまでが勝負よ!」

重心が前に移り、丘陵を越えた事が体感出来た

鬱蒼と繁る針葉樹の森の中、その狭間の山道を4つの重機が爆走する

全てが改造放水車で構成されたブラウチーム

その目的はただ一つ この一ヶ月に渡り開拓工事の邪魔をしてきた敵の排除である

自然保護団体か、はたまたライバル企業の手先か、その素性は知らぬ

知る必要も無いし、知りたくも無い

それが何者であっても、この "土嚢上の雌豹"の異名をとる凄腕武闘派ネゴシエーターアミヤ様の面子を、一ヶ月にも渡って潰し続けた代償は利息を付けて払って貰う

アミヤには夢が、野望があるのだ

この様な所で足踏みしている場合では無い

 

『ガコッ!』

『ガツン! カキン!』

 

石礫が先頭を行くアミヤの乗車に降り注いだ

「ほら、お出ましよ!」

アミヤは勢い良くハッチから身を乗り出し、そして間髪入れずに放水銃を木陰に放つ

強烈な水流が辺りの杉を揺らす

ここまで進入を許せば最早身を隠す場所は乏しい

明らかに抵抗も軽微、手薄、そして混乱の様相を見せる

 

「あれよ! 二時の方向!」

アミヤの視線の先、森の少し開けたポイントに小さな掘っ立て小屋が見えた

不器用に細い丸太を組み上げただけの、みすぼらしい山小屋 奴らのアジトだ

伍長が車体をそれに向ける

(ジ・エンドね!)

勝利を確信したアミヤ その視線が閃光を捉えた

「当たらないわよ!!」

反射的に首を傾げたアミヤ

その白い頬をかすめたのはロケット花火

最後の取って置きだったのだろう

宜しい、そちらがその気なら…!

頬から流れる真紅の一条をそのままに、アミヤは放水銃をその掘っ立て小屋の開口窓に向ける

アミヤを仕留め損ねたそいつと目が合った… 気がした

「堕ちなっ!!」

魂を乗せた一撃が掘っ立て小屋に吸い込まれ、そしてそれを爆散させた

遅れた僚車が戦場に殺到し、掃討戦が開始された

方々で放水に晒された杉の木立が悲鳴の様な軋みを上げる

アミヤは車内から取り出しエアライフルを構えて下車すると、ゆっくりと掘っ立て小屋だった残骸に近付く

爪先で崩れた丸太の一つを蹴り退ける

「フンッ」

そこに奴の姿は無かった

アミヤはブラウチームの象徴、己の乱れた青いマフラーの一方を肩に巻き直すと、再び車上の人となった

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