崖の縁のミウたん   作:新六毛

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ミウたんにできる事 (5)

『ピ~ヒャララ… ピピ~ピヒャララ… ピ~ヒャララ……』

 

何処からか祭囃子が聞こえてくる

「う……ん?」

遠くで人の声がする 賑やかな喧騒がする

 

「…………はっ!!」

 

ミウたんは囲炉裏端で飛び起きた

(あちゃちゃ… 居眠りしちゃった… 留守番にならないよ…)

頭をポリポリ掻きながらミウたんは立ち上がる

あれから干し芋を拝借したミウたんは新たな一食一芋の恩義として、家の床磨きとミオとその妹の為のご飯を炊いていたのだ

その疲れもあっていつしか囲炉裏端で居眠りしてしまった

(今、何時だろ…?)

いつの間にか辺りは薄暗くなっていた

祭囃子が近付いて来る

ミウたんは土間に降りると玄関の引戸から外に出た

「うわぁ~ すご~い」

丁度ミオの家の前をきらびやかな神輿が通り過ぎて行く所だった

垣根の向こうで殆ど沈みかけた夕日を浴びて、金色の屋根とその上の鳳凰が踊っていた

「おぉ ミウ、丁度良い所に来たな」

「あっ ミオさん!」

いつの間にか帰って来ていたのか、ミオが庭先から声を掛けてきた

「お祭りなんですか~?」

ミウたんはミオの側に歩み寄る

「…の練習だ 祭は来週末に開かれる予定だ」

二人の視線の先で神輿が一際高く舞い踊る

澄んだ掛け声が夕暮れの空に木霊する

寂しい集落だと思っていたが、意外と人がいた様だ

そこでミウたんは思い出す

「はっ! そう言えば妹さんは?」

「あぁ あそこで神輿を担いでいる 心配を掛けたな」

ミウたんは頭を振った

良かった どうやらプチ家出は終了した様だ

「あっ それと……」

ミウたんは神妙な表情になって言葉を紡いだ

「ごめんなさい あの… 今日… 猪を退治しようとして……」

「話は聞いている 気にする事は無い 当人も気にしてはいない」

ミウたんはほっと胸を撫で下ろす

「米まで炊いてくれた様だな すまない さぁ 夕食にしようか」

神輿が遠ざかり、ミオはそれを見送ると玄関へと歩き出す

「い、いえ 流石にもう帰ります 今度、改めて遊びに来ますよ!」

「まぁ そう言うな ゆっくりしていけ」

ミオは振り向きもせず引戸の向こうに消えて行く

ミウたんはミオの厚意に心から感謝しながらも、改めて暇を願う事にした

誰も待っている者は居ないが、道に迷った者が二日も宿を得る訳にはいかない

その位の常識は弁えているつもりだ

今度は友人としてきちんと遊びに来たいのだ

「いえ、ミオさん 私はやっぱり帰ります 上りの電車、何時頃ですかね?」

ミオの後を追い、白熱電球に明かりを灯すその背中にミウたんは語り掛けた

「電車はもう走っていないと言ったであろう」

「えっ? いくらなんでも終電、早すぎますよね?」

昨夜ミウたんが此処に迷い込んだ時は今よりずっと遅い時間だった また終電の筈が無い

そこまでして私を引き留めたいのか

ミウたんはミオのお誘いが本心である事に、心の中が温かくなっていくのを感じた

これまでの人生で、ここまで私を好いてくれた人は三人位しかいない…!

だが、次のミオの言葉にミウたんは凝固する

「電車はもう三十年走っていない 詳しくは無いが、多分廃線というものだろう」

 

「…………はい?」

 

初めはミオの悪ふざけと口元が緩み掛けたミウたんだったが、その脳裏に昨夜あの寂れた駅舎で見た時刻表がフラッシュバックする

「いや… だって昨日私… 確かに…」

そこまで言ってミウたんは、はたと手を打つ

「そうだ、隣町の駅ですよ! 昨日は随分走っちゃたんで~! 隣町の駅から帰ります! なんだ~ 私勘違いしちゃってた~ ほんとは昨日帰れたのかも~」

小さく舌を出して苦笑いするミウたん

ミウたんの中の三大可愛いジェスチャーの一つである

「まぁ とにかく今日は泊まっていけ 妹もお前にお礼がしたいそうだ」

「……お礼?」

その時、背後の引戸が開いて誰かが飛び込んで来る気配がした

「改めて紹介しよう 私の妹の…… そうだな…… ヨシカだ」

振り向いたミウたんの目の前に佇む少女

彼女は笑顔を浮かべてお辞儀をして見せた

 

「…………あれ? 貴女は何処かで……?」

 

 

 

 

 

「ふざけないでよ! 話が違うわ!」

アミヤはスチールテーブルに両拳を叩き突ける

「ソレハ、お前達と前の雇用者とのケイヤクでゴザル 某に履行義務はゴサラヌ」

紅毛碧眼の女は凭れた椅子を横に向けると足を組み直した

「職務をスイコウすればケイヤクは延長、成功ホウシュウもオシマヌ… 何がフマンでゴザル?」

長い髪を指で弄びながら、鋭い視線をアミヤに向けて句を次いだ

「あたし達がこれまで汚い仕事をこなしてきたのは、その日が来れば必ず一部上場企業、根潤井建設に正規雇用されるとの約束があってこそよっ 少なくともそう言ってあたしは部下達を集めて来たわ それを今更…!」

「フンッ 世迷い言を… セイシャインなどに拘るのは東洋のサルどもだけでゴザル!」

女は立ち上がると腕を背中に組み、広くは無いその室内を闊歩し始めた

「部下達は納得しない! 離れる者も出てくるわよ!」

アミヤはその後ろ姿に尚も食い下がる

恫喝では無い 文字通り危険な最前線でリスクを被る実務班員は、ただ金欲しさの為に集まった者ばかりでは無い

その言葉に立ち止まった女は踵を返し、アミヤの前へと歩み寄ると、その端正な顔をアミヤの鼻先へグイと近付けた

高い鼻頭がアミヤのそれをかすめる

「ソレヲ纏めるのがヌシの仕事でゴザル デキヌと言うなら他にやらせるダケでゴザル! お前達の嘗ての上司のようにな!」

刺す様な視線を数瞬アミヤと交じり会わせると、女は再び深い背凭れの椅子に腰を降ろして背を向けた

何かを言い掛けたアミヤだったがその言葉をぐっと飲み込み、黙ってドアのノブに手を掛けた

 

 

 

「早かったですね」

事務棟のプレハブから出て来たアミヤが後部座席に乗り込むのを待って、運転席の伍長が声を掛ける

適当な反応を返すアミヤの暗い表情を読み取ってか、伍長はそれ以上は何も話さなかった

一ヶ月前に開墾した森林には既に大量の建築資材が運び込まれ、何台もの本物の重機が唸り声を上げていた

その合間を縫って、二人の乗るジープは再び最前線へ戻って行く

新しい高速道路の建設だそうだ

アミヤにはどうでも良い話である

国内最大手のゼネコンの根潤井建設が外資に買収されたのは今年の初めだった

公共事業の削減で青息吐息であるとは聞いていたが、外資の傘下に収まるのは予想外だった

末端のそれまた請負であるアミヤ達には影響の無い話であると思っていた

寧ろ外資系の実力主義的社風になれば、アミヤ達無頼の傭兵集団が日の目を見れる時が早まるかも知れない、そうとさえ思っていた

事実、社内の意思伝達のスピードと業務遂行への圧力は前にも増した

ミラという若い女が買収先から派遣され、アミヤ達の直属の上司となり、実務班を酷使した強行開発を押し進める

自分達が重宝されている… アミヤはそう考え、期待に応えようと奮戦してきた

今日も件の妨害工作の排除を報告に訪れた

激励と見返りの保証を求めたアミヤだったが、その期待は裏切られた

作戦遅延の叱責と更なる強行進軍の命令…

ミラとその派遣元の言う実力主義とは、力で全てを解決せよ、という意味であった

 

「………………」

 

何時の日か一流企業の正社員になれる…

その為に今は汚い仕事を黙ってこなす…

そう言ってアミヤは部下達を集めて来た

そういう言葉に乗る連中だからこそ、どんな仕事でも非情に徹しこなしてこれた

アミヤは彼等に同情している訳ではない

連中はただ、己が社会の底辺からのし上がる為の駒に過ぎない

同じ境遇にある連中ならば、アミヤの言葉に耳を傾け忠誠を誓う、そう思ったのだ

アミヤは彼等に同情はしていない

ただ強い連帯感は抱いていたのだ

その薔薇の花片の様な美しい唇は、どうしても彼等に抱かせた希望を裏切る言葉を紡ぐ事が出来なかった

 

 

 

 

 

「どうぞ、納豆です」

ヨシカが盆の上の小鉢をミウたんの膳に乗せる

「ありがとう」

ミウたんのお礼に笑顔を返すと、ヨシカも囲炉裏端の一方に腰を降ろす

昨夜よりちょっぴり賑やかな今夜の夕げ

白熱電球より明るい囲炉裏の炎が、三人の頬に紅をさす

「まさかミウがヨシカの命の恩人だったとはな… 改めて礼を言わせてくれ」

ミオは膳の前で膝に手を乗せ、恭しく頭を下げた

釣られる様に傍らのヨシカも深々と頭を下げる

「お礼はもう十分ですよ! 結局二日もご厄介になっちゃったし… でも、こんな運命の巡り合わせもあるんですね!」

ミウたんは興奮を抑えられなかった

電車を乗り過ごし、道に迷って何とか辿り着いた先が、まさかあの河原で出会った少女の家だったとは!

こんな偶然があるものか?

あるとすれば偶然そのものに意思があるとしか思えない

偶然がその意思でミウたんをここに導いたとしか思えない

ミウたんでなくとも、こんな奇跡の再会を体験すれば興奮せずには居られまい

是非ともお礼をさせてくれ、というミオの言葉が無くても、ミウたんはこの奇跡の再会を通り過ぎるそよ風の様なただの思い出にはしたくなかった

当然の事をしたまで、ミウたんはミオとヨシカの厚礼にそう言って答えた

嘘では無い あれは自分の戦いだったのだ

ミウたんが欲したのは決して報酬や見返りでは無く、この運命の巡り合わせが起こした奇跡を今暫く味わう事だったのだ

だから今晩もう一晩、ミオとヨシカの家に世話になる事にしたのだ

恩人として礼せよ、という意味ではない

今夜は友達として泊めてくれと

 

「ミウがそれ程までの弓の使い手だったとはな… 差し出がましい事をして恥ずかしい限りだ」

「そ、そんな事無いですよ! 私のは我流ですし…」

そう言ってミウたんは土間の奥の闇に目を凝らした

「あの立派な弓はミオさんの物でしょ? しっかり手入れがされているし、きっと私なんかよりお上手な筈ですよ!」

「実は一度も引いた事が無いのだ」

ミオは苦笑いを浮かべながら湯飲みを口に運んだ

「えっ でも、いつも猪を追い払ってるんですよね」

「んん? あぁ 私のは格好だけだ」

「は… はぁ…?」

そんな二人のやり取りを見ていたヨシカがクスクスと笑い出した

それに釣られてミウたんとミオもクスクスと笑い出した

何がおかしい訳ではないが、そんな雰囲気に和やかさを感じたのだ

「ご馳走様でした~!」

贅沢ではないが、心の籠った夕げはそんな暖かな空気の中で終了した

 

 

 

「ふぅ~ いい湯加減でした~」

お風呂もご馳走になったミウたんは、バスタオルを頭から被り、寝所である奥の間の襖を開ける

丁度ヨシカがミウたんの為に布団を敷いている所だった

「ありがとうヨシカちゃん 今夜は眠らせないよ! いっぱいお喋りしようね!」

ふざけた口調のミウたんの言葉に、はにかむヨシカ

どちらかと言うと引っ込み思案で大人しそうな印象の彼女

それがミウたんには可愛い妹の理想像に映った

「ヨシカちゃんは中学生なのかな?」

布団を敷き終わり、その傍らにちょこんと正座するヨシカは、そのミウたんの言葉にも恥ずかしそうに微笑むばかり

「そう言えばヨシカちゃんはあの河原で何をして居たのかな?」

「……………………」

またしても言葉を返さないヨシカ

じっと俯き、膝の上に置いた己の拳を見詰めている

些かミウたんも扱いに困り出した

ひょっとして余計な気を使わせてしまったのか?

対人恐怖症だが命の恩人の願いには逆らえず、必死に笑顔を作ってるとか…?

はっ まさか… 私が百合的趣味の持ち主で、命の御代を身体で返せ的なニュアンスと勘違いして……!?

得意の統失的妄想全開で独り頬を染めるミウたん

まぁ でもこんな可愛い女の子なら一度位、倫理に背く非生産的行為があっても……

「あの、ミウさん!」

唐突にヨシカに名を呼ばれたのは、そんなレディコミチックなエロ妄想に浸ろうとした矢先だった

「は、はい!?」

そう言えばヨシカに出会って名前を呼ばれたのは初めてだった

ミウたんは若干面食らって返事の声が上擦る

顔を上げたヨシカの顔は上気し、その瞳は潤んでいた

(ごくり……)

ミウたんは唾を飲む

この雰囲気は…… 本当にやるのか、須内ミウ… もう堅気には戻れないぞ…

現実になりつつある妄想の中で、ミウたんの理性と好奇心が葛藤する

やるならやるでやはりここは年上、しっかりヨシカをエスコートしなければ…

少しずつ覚悟を固めたミウたんは言葉を選んで紡いだ

「だ、大丈夫… 大丈夫だよ、ヨシカちゃん… 優しく… 優しくするから……」

その言葉に安心したのか、ヨシカも覚悟を決めた様に後ろに退り、その場で額を畳みに擦り着けた

「どうか…! どうか、私達の村を救って下さい!!」

ミウたんは己の呼吸と脈動が荒くなっていくのを感じた

「いいよ、ヨシカちゃん ヨシカちゃんは何もしなくていいからね…! 痛かったら言ってね…!」

そっと膝立ちし、畳の上に踞るヨシカの肩に手を置いた

「いいえ! 私も… 私達も戦います! 力を貸して下さい!」

「責め…? タチの方が良いの? べ、別に構わないよ…… ハァハァ…… 私達…?」

頭に血が登っていく 顔が火の着いた様に熱い

「あ、ありがとうございます! 私、ミウさんなら絶対にあの悪い人間さん達をやっつけてくれると思ってました!」

「ハァハァ… 人間さん…? やっつける? …………ん?」

聞き慣れないワードの連続に、漸く素面に戻り始めたミウたん

なんだか展開が飲み込めない……

 

「ヨシカ!」

 

その時、勢いよく襖が開け放たれた

 

「「!!?」」

 

そこに立っていたのは仁王立ちのミオだった

鋭い眼光がヨシカに向けられる

ミウたんは慌てて弁明する

「ち、違うのミオかさん! まだ、まだ何もしてないの! ホントよ! そ、それに私、決して遊び心では…!」

流石に妹に手を出されては心中穏やかではないだろう

ましてやその妹の方から攻めさせて、などと口走られては姉の面目もあるまい

一時のエロ妄想で、また取り返しの着かない騒動が勃発してしまった

ミウたんは己の色んな意味での緩さを恥じた

「ヨシカ… この方が言い伝えの弓取りかどうかを見極める事、そして里を代表して救いを乞うのは私の役目だと言った筈…」

そんなミウたんをガン無視してミオは項垂れるヨシカの元に歩み寄る

そしてその前に屈むと、その肩にそっと手を置いた

「ふふ… すまなかった… お前に余計な気を使わせたな…」

その優しい声にヨシカは顔を上げる

「本来ならもっと早く私が決断すべきだった ただ、可能なら自分達の手だけで守り通したかったのだ 分かってくれ」

頭を振るヨシカの目は溢れんばかりの涙に潤んでいた

完全に置いてきぼりのミウたんは状況が全く飲めず、よく分からないが何となく感動的な気がする美しい姉妹のやり取りを、ただポカンと眺めるだけだった

「では、改めて己の役を果たそう… お前の目に狂いは無い様だ…」

そう言うと、今度はミオが畳の上に正座をし、ミウたんに向き直った

「ミウ… いや、ミウどの…… 里を代表してお頼み致す どうかこの村を救ってくだされ」

深々と頭を畳の上に擦り着けるミオ

「…………えっ? …………救う?」

先程から全く展開に着いていけないミウたんは、つぶらな瞳をただただ屡叩かせる

ミオはゆっくりと頭を上げて真っ直ぐにミウたんを見詰める

「申し訳ない 順を追って話そう 今、この村… 扶桑村は、悪どい人間達によって滅ぼされようとしている」

ミオの真剣な表情と話の内容に、ちょっぴり緊張感が芽生えたミウたんが今度は居直り、背筋を伸ばして頷いて見せる

相変わらず話の展開には着いていけないが、今は友となった彼女の真剣さには向き合わざるを得なかった

「我々は何とか抵抗を続けているが、多勢に無勢… 怪我を負って戦列を離れる者も少なくない」

「け、怪我?」

ミウたんの反芻にミオの表情が曇った

ただ事ではない話である そして当然の反応を示す

「み、ミオさん、あの… 私にもできる事ならなんでも手伝ってあげるけど…… それは警察とか、役所の人とかに相談した方が……」

その言葉にミオの表情が更に曇る

「我らの味方にはなってくれないのだ…」

「どうして? 怪我までさせられたら立派な犯罪じゃない! だいたいなんでこんな平和で美しい村を…!?」

未だ完全に飲み込めないが、煮え切らない話の展開に憤りを覚え始めたミウたん

訳も無く虐げられる善良な市民を放置する司法や行政などあって良いものか!?

おつむの弱いミウたんでも、そんな不合理が許されない事は理解出来る

「高速道路とやらの建設にこの村が邪魔らしい 既に村の直ぐ外まで普請が迫っている 昔は美しい野山だったのだが…」

そう言って力無く俯くミオ 友が初めて見せた弱さ…

 

「……つまり…… 政治家とか…… みんなグルって事なのね……」

 

おつむの弱いミウたんとて童では無い

この国の深い病巣が垣間見れぬ訳ではない

政治家、行政、土建業界… 巨大な利権が絡む公共事業ならば、黒も白になるのがこの国の習わしである

彼等にしてみれば、頑なに土地の明け渡しを拒むこの村の人々こそが悪の存在なのだろう

ミウたんはそのドス黒く醜い利権者達のやり取りを想像して、その全身に悪寒走らせた

それでも尚、ミオの願いを受け入れるには躊躇せざるを得なかった

「ミオさん 私、力になりたいけど… でも私に何ができるかな…? 」

ミウたんにしては極めて理性的な反応だった

プラカードでデモをする? マスコミに訴える?

相手は警察や行政さえ動かす、強大な権力者達である

無意味だとは言わないが、それが状況を激変させるとも思えない

寧ろしっかりとした保証を勝ち取り、新しい土地で新しい暮らしを考えても…

ミオ達の気持ちを考えれば口には出せなかったが、ミウたんの彼女達を思う気持ちに偽りはなかった

「我らは先祖代々、この土地を守ってきたのだ…」

利発そうなミオは、そんなミウたんの心を読んだかの様に口を開いた

「先祖が血と涙を流して守ってきた土地を、我々だけがそれを避けて捨て去る事は出来ない……」

「うん……」

ミオの深い想いに触れ、ミウたんも素直に頷いた

「……でも…」

それでも彼女達を真に思い遣り、嫌われる事も覚悟で言葉を絞り出す

だがそれを遮り、ミオは続けた

「この村には古い伝承がある… 嘗てこの村を襲った鬼を退治したという英雄の話…」

ミオは視線を土間の奥へと走らす

ミウたんの視線もそれに釣られる

「その英雄が使ったと伝わるのがあの弓… 凡人には決して引く事が出来ないあの弓…」

二人の視線の先で、壁に飾られた弓が鈍く浮かび上がる

「再び村に危機が訪れた時、あの弓を引く英雄が現れ村を救ってくれるという…」

「ちょ、ちょっと待ってミオさん!」

視線を戻したミウたんは慌てる

「あんな弓、ちょっとかじった事がある人なら…!」

「ヨシカはずっと探し歩いていたのだ そしてミウ、お前が現れた」

ミオも視線を戻し、そしてゆっくりとミウたんのそれに交じり合わせる

「ミオさん!? 私、英雄なんかじゃ…!」

「村に今必要なのは"希望"なのだ…」

ミオの言わんとしている事がミウたんにも分かった

押し潰されそうな村人の敢闘精神を保つ為、道化を演じろと言うのだろう

それでも尚、余りに唐突で突飛すぎる願いに戸惑うミウたん

「私が引ける事なら、どんなに嬉しかった事だろう……」

ミオは再び視線を反らし、畳の上へとそれを落とす

「いや、たとえ引けたとしても…… 私はもう戦えんのだ……」

ミオゆっくりと右手を己の右目を覆う眼帯へと伸ばす

それを押さえた掌の隙間から一粒の滴が頬を伝い、ミオの膝頭に落ちた

「…………も、もしかしてミオさん…… その目は……?」

出会った時からずっと気になってはいたが、敢えて気付かない振りをしていたそれ

若く美しいミオの右目を覆う無粋な眼帯と、ミオの言葉がゆっくりと繋がり、ミウたんの心の奥底で小さな炎を燻らせ始めた

「お姉ちゃんの目だけじゃない…」

ミオの登場以来口を閉ざしていたヨシカは涙声を振り絞った

「お父さんも… お母さんも… 叔父さんも、叔母さんも…… みんな… みんな…!!」

涙声は嗚咽になり、ついには肩を震わせての号泣となった

押さえつけてきた物が堰を切って溢れる様に…

 

「嘘でしょ……? いくらなんでも… いくらなんでもそんな事……」

 

泣きじゃくるヨシカと必死に唇を噛み感情を圧し殺すミオ

その姿を目の当たりにすれば、その言葉に嘘が無い事など直ぐ分かる

ただ嘘であって欲しかったのだ

「ミウ… 改めて頼み申す! 私に代わりに村を率いてくれ! 皆の希望になってくれ!」

姿勢を正し、再度深々と額を畳に押し付けるミオ

その姿を前に、ミウたんの心に灯った小さな炎は勢いを増し、メラメラと火勢を盛らせ始める

それは忽ちその心の内を焼き尽くし、身体を巡る血液を沸騰させた

ミウたんは肩を震わせ、唇を噛み締めた

ミウたんは沸き立つ怒りを抑える事が出来なかった

誰に対する物でも無い、自分自身に対する怒りである

取り戻す事の叶わぬ多くを失いながら尚、勝ち目の無い過酷な戦いを続けてきたミオとヨシカ

彼女達はどんな想いで自分に助勢を求めたのか…

どんな想いで自分に伝承の英雄の姿を重ねたのか…

それを自分は… 彼女達の身を案じてと言いつつ、大した思案もせずにつまらぬ常識を振りかざし……

面倒な事に巻き込まれたくは無い… そんな想いが全く無かったと胸を張って言えるだろうか…?

自分が恥ずかしいかった… 許せ無かった…

 

『バッシィィィィ!!』

 

ミウたんは渾身の力で己の両頬を張った

乾いた音が室内に木霊する

ミオとヨシカが驚き顔を上げる

「ミオさん… ヨシカちゃん… 一つだけ確認させて……」

ミオはミウたんの瞳を覗き込み、ゆっくりと頷いた

「私は英雄なんかじゃ無い… だから、この村を救える保証は出来ない… それでも… それでも良いなら一緒に戦わせて…!」

その言葉に何かを口にしようとしたミオをミウたんの絶叫が遮った

「いや、戦う! 戦わせて貰う!! 須内ミウ十八歳、完全にブチギレ申した!! この村を枕に… この命散らさせて頂く!!」

生まれてこの方、常に何かの運命の導きを感じてきたミウたん

こけし職人、上京、挫折、借金、逃走、河原でのハンターデビュー…

何者かに操られるかの様に、転がされる様にさ迷い歩いた人生…

その意味が漸く分かった

自分はこの義の為に生きてきたのだ

此処で命を散らす為に導かれてきたのだ

己を導いた宿命の輪がゆっくりと閉じていくのを肌で感じた

「ありがとうミウ……」

「ミウさん……」

ミオとヨシカはミウたんの手を取り、それぞれの頬に押し付けた

涙に濡れた二人の肌の感触が、例えようも無く心地良かった

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