崖の縁のミウたん   作:新六毛

89 / 96
ミウたんにできる事 (6)

「サーチします…」

小高い嶺の頂から赤外線スコープで辺りの周囲の様子を伺うエマ

その側でエアライフルを抱いたアミヤは杉の枯葉に埋もれかけた何かを爪先で蹴りだす

鈍い金属音を響かせて踊り出たのは錆び付いたブリキの水筒だった

傾いた飲み口から水がトポトポと溢れ出す

「……チャンスみたいですね… 敵影は見えませんよ…」

スコープから目を離したエマが呟く

山野の日没は早い

既に闇が支配しつつある森の中、将校斥候に出た二人

そこは昨日まで敵の拠点の張られていた小屋のずき近く

急激な気温の低下を覚えたアミヤはマフラーを口元までたくし上げる

「中尉はどう思う?」

「どう? ……敵さんの動向ですか?」

「いや… 連中の正体よ」

エマはずれた眼鏡を人差し指で整えながらアミヤの背中に近付く

「そんな事を気にするなんて貴女らしくないですね… 上からの指令ですか…?」

アミヤが見抜いた通り、今や彼女の片腕として欠く事の出来ない存在となったエマ

作戦の立案や隊の編成など、重要な案件はほぼ二人で決定していると言ってよい

そんな参謀役はアミヤの言動を訝しがる

「いや… 個人的に気になってね… これ程迄に頑なで組織的な抵抗をする相手は今まで居なかった…」

水を吐き出し終えた水筒を手持ち無沙汰に爪先で弄ぶアミヤ

「何の為に連中は戦うのかしら…? この戦いの先に何を得ると言うの…?」

敵の姿が見えない事に不思議は無かった

文字通りの痛撃を与えたのである

あの戦闘の様相からして怪我人が出たかもしれない 或いはそれ以上のケースさえも…

当然この汚れ仕事に手を染めた時からそんな事は想定の範囲であり、今更それを厭いはしない

会社からも気にする必要は無いと伝えられていた

司法もマスメディアも自由に操れるそうだ

流石に本物の銃火器や軍用車両の使用はマズいが、あくまで"業務遂行の過程の不幸な事故"という体なら全てを都合良く揉み消す事が出来るらしい

身の毛のよだつ下衆

アミヤはそう言ってよく自分達の存在を下卑し自嘲した

敵がどれ程純粋で無知な連中なのかは分からない

それでも一ヶ月以上にも渡り交戦を続ければ、自分達が相手をしている連中が如何に常軌を逸した超法規集団である事には気付きそうなものだ

或いは気付いているのかも知れない

それでも激しい妨害工作を止めぬ理由…

ライバル企業の線はほぼ無い

最早払ったリスクにリターンが見合わない

環境団体の線も薄い

排除された敵がそれを逆手にマスコミや警察に訴えたという報告が無い

姿を見せず、要求も出さず、多大なリスクと損害を払いながら、それすら利用しようとしない敵…

突破されても突破されても防御線を築き直す敵…

百戦錬磨のアミヤをしても、その敵の正体と目的に薄気味悪さを感じずにはいられなかった

それが"恐怖"という感情なら、紛うことなく

この仕事を始めて感じるそれであった

「人が何を考え、何を成そうとし、何を捨て去るのか… 余人には及びもつかない事ですよ…」

アミヤを数歩追い越したエマが再び赤外線スコープに目を当て、森の奥の闇を見遣る

冷血を自認するアミヤでさえ、時として薄ら寒さを感じる程冷静沈着な眼鏡娘

彼女はスコープを覗いたまま続けた

「大尉さん… 貴女は何の為に戦うんです…?」

「? ……そ、それは…………」

不意の質問に言葉を詰まらすアミヤ

「……それは、根潤井建設の正社員になって……」

「……何の為に… です?」

何の為? 唐突に突き付けられたその問の答えを無意識に探す自分に気付いてアミヤは苛ついた

この女のこういう所だけが苦手なのだ

「中尉、あんたは何の為に戦うのさ?」

悔しさを誤魔化す様にアミヤは質問を投げ返した

「さぁ…? 何の為で…きゃっ!?」

その答えは珍しい彼女の悲鳴で帰ってきた

「何よ!?」

アミヤは手首に下げたLEDライトを握り、エマの側に投光する

「……タヌキ…… みたいですね……」

エマは足元のそれを光の輪の中に蹴りだした

小さな獣の亡骸が、糸の切れた操り人形の様にその中を転がった

「可哀想に… 中尉に踏まれては一溜まりも無かったわね」

「止めてくださいな… 私に踏み潰される様なノロマな野生動物なんて居ませんよ」

靴の底に貼り着いた何かを擦り取る様に靴底を地面に擦らしながら、エマは不機嫌そうに撤収を開始した

アミヤはそんな上官無視の規律違反を犯した部下の背中を、笑いを堪えながら追従するのだった

 

 

 

 

 

『ストンッ!!』

 

ミウたんの放った矢が黒松の幹に刺さる

 

「「わぁ!」」

 

ギャラリーから黄色い歓声が上がる

それに気分を良くしたミウたんは鼻腔を広げ、二の矢、三の矢と番えて、黒松に新たに生まれた篠芽竹の標的に向け放つ

 

『ストッ! ストンッ!』

 

小気味良い音を響かせて、見事にそれが刺さっていた標的を粉砕すると、更に甲高い歓声が辺りに響く

「さぁ みんなもやってみて!」

ミウたんの声に少女達はぎこちない手つきで思い思いに弓を引く

ミウたんの得物、Mー16と彼女が称して譲らない例のアレを模した手作り弓

明くる日、それを人数分自作させる所からミウたん流弓道の手解きは始まった

ミウたんの手にする和弓とは射程も威力も桁違いに乏しいが、寧ろ素人にはその方が扱い易いだろう

決戦の時は目前まで迫っている

限られた時間で急造の弓部隊を戦力にするには極限まで妥協せざるを得ない

 

『ヒュン! パラッ パタッ』

 

少女達の放つ矢は狙いも勢いもバラバラに黒松の周囲に注がれるが、一本も幹に鏃を突き立てる事は出来なかった

 

こんな女の子達に…

伝承の英雄役を志願し、村に殉じる事を誓ったたミウたんではあったが、ミオから手勢として預けられたまだ年端もいかない彼女達の姿を目の当たりにして胸を詰まらせた

村の大人や男達は全て主力として前線に駆り出され、そして数日前から連絡も途絶えたそうだ

最早村を守れる手勢はミウたんの他にはミオとヨシカと目の前の彼女達だけである

何とか大人や男達が戻るまで堪えなければ…

プチ家出だと思っていたヨシカの外泊も、実を言えば夜通し主力部隊との接触と捜索に奔走しての事だった

何とかこの娘達は巻き込みたく無い…

弓の手解きをしながらも、ミウたんはある決意を胸に秘めていた

弓の訓練はあくまで自衛の為であり、いざとなればミウたん一人が前線に立ち、命と引き換えに大立ち回りを演じるつもりなのだ

悪の手先の土建業者を何人も病院送りにさせれば、流石に大事になり計画の見直しに繋がるかもしれない

可能性は低いが、最早それ位しか縋れる物もない

ミオやヨシカの村を思う気持ち、親族を失った怒りには共感するが、同時にこの娘達が命を賭けてまで戦う必要は無いとミウたんは考えていたのだ

「ダメダメ! もっと竹輪の穴に明太マヨネーズを通す様な気持ちで!!」

具体的過ぎるミウたんの指導にも素直に頷き、何度も何度も弓を引き矢を放つ少女達

そんないたいけな姿を見詰めるミウたんの前に、不意に手拭いが差し出された

「!? …あっ 貴女は!?」

見れば昨日、生垣の向こうで危うく射殺しかけたあの少女が、微笑みながら両手を差し出していた

「あ、ありがとう き、昨日はごめんね!」

改めて昨日の非礼を詫び、差し出された手拭いを受け取るミウたん

少女は頭を振って更に明るい笑顔を向けてくる

「私が噂のミウよ お名前は?」

「名前…? えっと…… アー… カー… サー… サーニャ… です…」

「? ふふっ 面白い子だね ハーフさんかな?」

そのミウたんの問いに、身を捩りながらはにかむというよく分からないリアクションを返すサーニャ

「でも昨日は死んだと思いました……」

そう呟く彼女の白い頬に貼られた絆創膏

「弓を引く時は気をつけなきゃ駄目よ」

急に教官の顔に戻るミウたん 初心者がやりがちなミス

身を守る為の術で己を傷付けては意味はないのだ

ミウたんの言葉にサーニャはちょっぴり真顔になって敬礼すると、仲間達の訓練の輪へと飛び込んで行った

受け取った手拭いで滲む汗を拭うミウたんの視線の先に、索敵と情報収集から帰還したヨシカの姿が現れた

小柄だが運動神経抜群の彼女はそういう役目にうってつけの存在だった

ミウたんは可愛い部下達に訓練の続行を命じると、今から始まる筈の作戦会議の為、ヨシカの足音を背に母屋へと歩を向けた

 

 

 

薄暗い奥の間に備えられた小さな仏壇

その前に座したミオは傍らの鈴を優しく打つと、目を閉じ静かに手を合わせた

その背中の先で、ミウたんとヨシカもやはり目を瞑り手を合わせる

数十秒の沈黙の後、ミオは二人に向き直る

先祖代々村長を勤めてきたというミオの家系

その歴々の御霊が見詰める前で、村の運命を賭けた最終決戦の軍義が始まった

敵情を視察したヨシカの口から語られたのは、村の先一キロまで迫った開拓団の威容と荒廃した山野の惨状だった

それに対峙している筈の大人達の安否を問うミオに対し、ヨシカは俯いて首を振った

一人の姿も確認できなかったらしい

ミオも表情を沈めて沈黙する

「ここの大将はミオさんでしょ!? 大将が沈んでては駄目よ! みんなきっと無事な筈よ! 私達が信じなきゃ!!」

努めて大声を張り上げるミウたん

何の根拠も無いが、戦うと決めた以上、出来る限り前を見なければならないのだ

生き馬の目を抜く河原暮らしがミウたんを一人前の戦士に変えていた事を、本人ですら自覚してはいなかった

ミウたんの励ましにミオも顔を上げ、コクりと頷いてみせる

その表情はもう頼もしい何時ものミオだ

「今までの行動パターンから言って、相手は週明けの明日朝には進軍を開始してくるだろう この距離では正午前にはこの村に殺到してくる」

ミオは皆の前に広げた地図に位置関係を大まかに印していく

「あの巨大な普請車輌を前面に押し出されては我等に勝ち目は無い 」

今度はミウたんがコクりと頷く

「敵の前線と村の中間… この小川を挟んだ丘陵に陣を引いて迎え討つ ここならあの鉄の獣も動きを緩めざる得ない そこで可能な限り痛撃を与えるのだ」

「最終防衛ラインって事ね…」

戦力差は余りに膨大で取れる手段は限り無く少ない

最早作戦の是非を問う段階ではない やるしかないのだ

三人は互いに顔を見合わせると力強く頷いた

「明日、早朝に立つ 今宵は早めに休んでおけ!」

大将ミオの言葉で最初で最後の軍義は散会となった

 

 

 

 

 

「ふぁ~ やっぱり一汗流した後のお風呂は気持ちいいわね~」

「ミウ… お主を巻き込んでしまった事… 改めて詫びさせてくれ…」

あれから部隊の訓練の総仕上げに入ったミウたん

何とか弓を真っ直ぐ飛ばせる迄になった教え子達に明日朝までの休息を命じ、今、ミオと同じ湯船に浸かる

到底戦力にはならないだろうが、それで良い

自分の村の為に戦おうとした記憶だけを留めておいて貰いたいのだ

「お詫び? どうして? これは私が自分で決めた事よ」

「ふふ… ミウ、お前は気持ちの良い奴だな さぞや友も多かろう 良い男も居るのであろうな」

ミオが自分の肩を撫でると湯船に波紋が広がった

「ふふん 良い男か… まぁ尊敬する男の人は二人ほどいるけどね~」

ミウたんは今頃焚き火を囲んでいるだろうその二人の姿を夢想した

「なんと二人もか… まぁ 尊敬できる者が居るのは良い事だな」

「ミオさんだって誰か良い人が居るんでしょ?」

自分が出会った女性の中でも、例の先輩に匹敵する程美しいミオを、男達が放って置く筈がない

「……あぁ そうだな… 年の暮れに夫婦の契りを交わした許嫁が居る…」

「わぁ 素敵~! 羨ま…………」

途中まで口にして、ミウたんは己という生き物の軽薄さを改めて憎悪した

何故に私はここまで無神経で知性の乏しい生き物なのだろうか?

気まずい沈黙が湯気と共に浴室に漂う

「……生きて居ればの「絶対に生きてるよ!!」

聞きたくないミオの言葉を遮って発したミウたんの絶叫が浴室に木霊した

「……ふふ そうだな… 信じねばな……」

そのやり取りで幾らか解けたが、依然流れる重い空気

そんな二人に助け船を出すかの様に、窓の外から賑やかなお囃子が聞こえてきた

「始まった様だな 」

ミオが呟いた

「あれ? お祭りは来週の筈じゃぁ?」

「ふふ… 繰り上げたのだ 来週まで村が無事な保証も無いしな それに……」

言葉途中でミオが一足先に湯船から上がる

湯に火照られても尚神々しい迄に白い裸体がミウたんの視界を遮る

釣られる様にミウたんもミオの後を追い湯船を出る

「ヨシカがどうしてもミウに参加して欲しいと言ってな…」

「私に…?」

「ヨシカなりにせめてもの恩返しのつもりなのだろう 戦勝祈願とでも思って参加してやってくれ…」

タオルを身に巻いたミオが髪の湿気を拭いながらミウたんに向き直った

「うん! 喜んで!」

「ミウさん! お迎えに参りました!」

「ヒィッ!?」

ミウたんのその返事を待っていたかの様に唐突に脱衣所の引戸が開かれ、そこに捻り鉢巻に法被姿のヨシカが現れた

あられもない姿のミウたんは、取り分け隠す必要も感じない貧相なその身体を小生意気にも腕で包む

「どうぞ、祭装束です! こちらをお召し下さい!」

一片の邪心も感じないに和やかな笑顔で自身が纏うそれと同じ法被を差し出すヨシカ

「あ、あ、ありがとう… 楽しみ… だな…」

もう嬉しくて楽しくしょうがない、そんなヨシカのオーラに完全に気を呑まれたミウたんは片手にそれを受け取ると、そそくさと袖を通す

濡れた身体に纏わり付く法被 その丈は明らかに短い

脱衣所の全身鏡に写る自分の姿は、下半身を露出した法被姿の間抜けな痴女…

下品なアダルトビデオのパッケージのそれ宛ら…

「あぁ… あれ……?」

困惑したミウたんが法被の裾を伸ばしながらヨシカに目をやると、これまた屈託の無い笑顔で2本の帯を差し出した

1つは鉢巻で… もう1つは……

そこでミウたんはヨシカの下半身の格好に気が付いた

「これって… もしかして……」

困惑するミウたんに着替えを終えたミオが声を掛けた

「褌は初めてか? 神輿を担ぐには法被に褌が古来からの習わし… 私が身に付けてやろう」

(あぁ やっぱり…)

ミオはミウたんの代わりに褌を受け取るとミウたんの背後に回り、慣れた手付きでそれをミウたんの下半身に巻き付ける

未経験の強烈な束縛感がミウたんの恥ずかしい部分を刺激する

エロ妄想には人一倍造詣深いミウたんだが、今流石にそれに浸る心理的余裕は無かった

「ヨ、ヨシカちゃんは… 恥ずかしく… ないの…? この格好……?」

目の前で背伸びをし、ミウたんの頭に一生懸命鉢巻を巻いていたヨシカはそれを終え、一歩飛び退ってニコニコと答えた

「パンツじゃ無いから恥ずかしく無いもん!」

「……そ、そうなんだ……」

「ほらっ 出来たぞ!」

ミオはミウたんの背中をぱんっと叩いた

再び全身鏡に写る己を見遣るミウたん

そこには素人盗撮ハプニング企画ビデオのパッケージにも似た自分の姿が写っていた

「ミウさん素敵!」

「なかなか似合ってるぞ、ミウ」

二人の朗らかな笑顔とは対照的に、ミウたんの額には無数の縦縞が描かれるのであった

 

 

 

『ピ~ ピ~ ピ~ヒャララ~』

 

締太鼓と篠笛を先頭に神輿はゆっくりとミオ宅の庭を出立する

当然奏者も担ぎ手も、残された少女達ばかり

ヨシカとミウたんとその可愛い部下達である

最早見送る者も存在しない村中の一本道を、丘の頂きにあるという神社まで奉納しに行くのだ

ヨシカと共に担ぎ手の先頭を努めるミウたん

頭一つ分背の低い彼女達に合わせながら、腰を屈めて無人の村道を練り歩く

まるでこびり付いた厄を削ぎ落としていくかの様に、ミウたんの記憶のライブラリーも走馬灯の様に様々な過去の情景を浮かばせては押し流す

 

瞼の母… 父の失踪… こけし職人の夢… 上京と望郷… 出逢い… 別れ… 挫折…

流れ流れ、墜ちに墜ちて、何時しか河原の狩り暮らし…

豬と戯れ、鰐と格闘し、何とか現世に泳ぎ戻れば、いつの間にか跡形も無く消え去った夢の欠片達…

時に追われ、人に追われ、金に追われ、現実に追われ、辿り着いた先は見知らぬ山奥の無人駅…

数奇な運命、悟った天命、契りを交わして修羅へと踏み込み今、褌姿で神輿を担ぐ…

 

「ミオさんはやらないんですか?」

ミウたんのその問にミオは笑って答えた

「良い年した女がそんなはしたないな格好ができるか」

 

 

(いったい何やってんだろ、私……)

 

 

一番星がその神社の遥か天空に輝く頃、村一番の神事は滞りなく終了した

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。