崖の縁のミウたん   作:新六毛

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ミウたんにできる事 (7)

「出撃は翌朝六時! 本社は明日の諸君の活躍を殊更注視しているぞ! 必ずやその功に報いる事だろう! 本日は終業、明日に備え英気を養え!」

アミヤの号令に隊員達は銘々その場を離れて行く

最前線に程近いベースキャンプ

その中で一際大きい指揮所兼用のアミヤのテント

そのシェードの下、一人残ったエマが頬杖をついてテーブルに広げた地図を眺める

「最終目的地の旧扶桑駅までは直線で五キロ 五百メートル先の小川を越えれば後は平坦な道のり、日没迄には到達できそうですね… 」

「成る程、仕掛けて来るならその川縁ね」

アミヤはエマの対面に腰掛け、魔法瓶からカップにコーヒーを注ぐ

「いえ、けっこうです… 結局、妨害工作の主は旧大泉鉄道の関係者って事で確定なんですかね…」

差し出されたコーヒーを断り、エマは眼鏡の位置を整える

「それ以外には考えられないでしょ? 何れ本社の調査部が全容を明らかにする筈よ」

小さな甲虫が吊るされたランタンに当たりテーブルへと落ちた

「愚かですね… 高速道路の建設を阻害した所で、もう誰も住んでいない土地の潰れたローカル鉄道なんて…」

「知ってる? 大泉鉄道の敷設って、根潤井建設の最初の主管事業だったそうよ」

アミヤはカップを手に立ち上がると、旧大泉鉄道の廃駅があるという北の空を支配する宵闇を睨んだ

根潤井建設が担当する施工エリアの北限

そこはアミヤ達の戦いの最終目的地でもある

「虚しいものね こうして苦労を重ねて作り上げる高速道路も、いつの日かきっと役目を終え、人の記憶からも消えていく… 人の世は忘却という名の塵の積み重ねね…」

「忘れ去られていく者の精一杯の抗い… なんですかね…」

エマはアミヤに肩を並べて同じ闇の空を見詰める

二人の目にはそこに見えない筈の廃駅が見えていたのかも知れない

「名もない雇われ掃除屋達が、時代に取り残された者達の悲鳴を聞く… 滑稽な人の世の縮図といった所ですかね…」

「…………明日は長い一日になりそうね」

アミヤはコーヒーを飲み干すとエマを残し、テントの中へと身を潜り込ませる

 

「あらっ?」

 

「!?」

背中の向こうで突如上がったエマの声

普段は滅多に聞かせない調子外れなその声にアミヤの動きは止まる

「どうしたの?」

肩越しに振り向いた視線の先で、宵闇を見詰めたままのエマが答えた

「……いえ… 今… 遠くで祭囃子が聞こえた様な……」

「ふふ… 敵さん、祝勝の前祝いでもやってるつもりなんでしょ 生意気ね …或いは今生の別れを悼む惜別会かしら…」

アミヤも無意識に耳を澄ますが、彼女の耳にその音色は聞こえなかった

「……小川の向こうに扶桑村という、今は誰も住んで居ない廃村があるらしいですね… 神輿祭が有名だったらしいです……」

「もう、やめてよそういうのは!」

アミヤは急に語気を荒げ、不機嫌そうにテントに潜り込んだ

 

 

 

「青鷺、準備良し!」

「黄玉、発進準備完了!」

無線機から飛び込む僚車の声

「さぁ我等も神のパンプキンパイをバラしに行きますよ… パンツァーフォー」

ハッチから身を乗り出していたエマは司令車に向かい小さく敬礼すると運転席の真後ろ、車長席に潜り込んだ

「赤狐、パンツァーフォー!」

運転手が復唱し、無限軌道が軋みを上げながらのたうち始める

エマ率いる三台の装甲散水車が先陣を努め、その後を装甲作業車が続く

 

「うちらも行くわよ!」

それを見送ったアミヤの声が狭い戦闘室に凛と響く

「紺蛍、パンツァーフォー!」

アミヤの乗車両と二両の僚車は、赤茶けた粘土質の土壌に描かれた先行部隊の轍を斜めに横切り、一足先に杉の木立の中に突入していく

槌と金床… 今回も敵の動きを的確に読んだ二人の必勝戦術

エマ達が囮を務め敵の注意を引き付け、アミヤ達が背側を突くのだ

「大尉、この戦いが終われば本社は我々を本採用してくれるのでしょうか?」

操縦舵を握る伍長がペリスコープを除きながら声を上げる

「そういうのは死亡フラグというのよ、伍長… 先ずは任務をこなす事だけを考えなさい」

アミヤには微かな希望があった

アミヤの上げた敵に関する報告書により、本社の上層も実務班の激闘と貢献の事実に気が付いた筈だ

少なくとも一定の配慮はなされる筈…

契約社員の地位程度ならありつけるかも知れない

それをステップアップに……

そこまで考えてアミヤは頭を振った

死亡フラグだ… 先ずは戦いを勝利のうちに終わらせるのだ

アミヤはハッチから頭を出すと、双眼鏡を昨夜見た北の空の下へと向けるのだった

 

「見えましたよ あの斜面の下が小川です その対岸の稜線に間違いなく潜んでいますよ」

エマは落ち着いた声で無線を飛ばす

部隊は杉林の外れ、小川の流れる土手を手前に戦列をゆっくりと組み直す

目的は敵を釣り出す事である

出来るだけ大袈裟に目立つ様に攻撃体制を整える

「あれで隠れてるつもりなんですかねぇ」

ペリスコープを覗くエマはその中央で木陰から此方を覗く人影を捉えていた

 

 

 

杉の木立の間を小動物の様に縫ってヨシカが飛び込んで来た

「来ました! 五台! こっちに大砲を向けてます!」

息を切らせながら捲し立てる

小川から少し離れた林の中、幾つかの椅子が並べられただけの、形だけの本陣

「よしっ…!」

明らかに緊張を孕んだミオの声を合図に、その椅子に腰を掛けていた三人は立ち上がる

ミウたんは和弓の弦を弦輪に通し指で弾く

ミウたんにより弓部隊の副長に任じられたサーニャは、一足先に後方に控える部隊の元に走る

ミオは金細工の美しい鍔を備えた日本刀を左手に握る

村長の家に代々伝わる名刀らしい

刀の心得は無いが、村長の名代として大将を努める今、その意気地だけでも示さんと持参したのだ

「ミオさん、前線の指揮は私に任せて!」

「いや、ミウだけに危険に晒す訳にはいかない お主の盾になるのが私にできるせめてもの事だ」

ミウたんは自身が先を行こうとするミオの肩を掴み制した

「ううん 大将はあくまでミオさんなんだから! 大将はどっしり構えてなきゃ!」

「しかし…! 」

「ミオさん、私、負け戦をするつもりはないわよ!」

その言葉に漸くミオは静かに頷く

ミウたんの言うことが尤もだと思ったし、何より戦えぬ自分がミウの足手まといになる事が嫌だった

ちょうどミウたんの可愛い弟子達が量産型M-16を手に三人の脇を前線と向かう

「ミウ… 皆を… 頼む!!」

ミオの叫びに今度はミウたんが黙って頷き、

少女達の背中を追って走り出した

 

ミウたんは小川を望む丘陵の頂きを目指して走る

やがて金属の獣達が上げる咆哮と倒される樹木の悲鳴が聞こえてきた

追い抜いた少女達を途中の木陰に待機させると、ミウたんは一人、頂上付近の木の根元に飛び付き、そこからみえる小川の対岸を視察した

二台のブルトーザーが手当たり次第に樹木を押し倒す

三台の見慣れぬ工事車両がその間を動き回り、草木の茂みを踏み均す

その車両の上部にはヨシカの言う"大砲"らしき物が見えた

瞬く間に均されていく雑木林

ウたんの目にはそれが渡河の為の足場作りに映った

手慣れた素早い整地作業もそうだが、それ以上にミウたんを驚かせたのが各車両を隙間無く覆う金属板の存在だった

 

「くっ……」

 

ミウたんは思わず唇を噛む

如何に和弓が強力であると言っても、到底金属板を射抜ける程のものではない

襲撃に対する備えは万全の様だ

ミウたんの刺し違えの覚悟は変更を余儀無くされる

そうこうする内にブルトーザーが大量の土砂と倒木を土手へと押し出してきた

スロープだ 渡河が始める

ミウたんは下方に合図をし、サーニャを呼ぶ

そして駆け寄って来た彼女に、事前に準備させておいた麻布を部隊に配布するよう命じた

「火を… 点けるんですか…? 火事になりますよ!」

ミウたんのその目的を聞き、おっとりとした印象の彼女も流石に声を荒げた

「大丈夫よ 生木は燃やそうとしたって燃えないわ バリケードができれば良いのよ!」

河原でのフリーランサー暮らしで得た知識

どれだけ火起こしに苦労した事か…

あの手の建設重機にもゴムや配線が随所に用いられている事ぐらい、ミウたんにも分かる

無理して炎に突っ込めば無事には済むまい

躊躇させれば幾らかの時間稼ぎにはなる筈

そして時間はミウたん達の味方だ

サーニャの指揮の元、稜線の影に一列になって矢をつがえる少女達

ミウたんはその一人一人の元に寄り、矢に巻かれた麻布に火を突けていく

麻布には蝋が擦り着けられてあり、瞬く間に青い炎が上がる

「……よしっ 今よっ!」

稜線の頂きから身を乗り出したミウたんは、今まさに急造のスロープを下らんとする重機群を認めて号令を発する

 

『ヒュン! ヒュヒュン!』

 

少女達の放つ矢はやはり勢いに不足し、対岸に辿り着く事無く、小川のながれる谷の中に落ちていく

だがそれで良い

小川の縁には落葉が堆積していた それに火矢が次々と飛び込む

忽ちあちこちで白い煙が上がり、次いでメラメラと炎が立ち登る

瞬く間に小川を挟む炎のカーテンが産み出された

 

 

 

「ずいぶんと荒い手を使うんですね? それだけ後が無いという事ですね…」

先頭を行くエマの乗車両が炎のカーテンに阻まれる

「でも、学習はできないんですね…」

そう言うとハッチを開け身を乗り出し、放水砲のコックを捻る

「当然本来の使い方も出来ますよ…」

放水砲から放たれた水塊は、あの日稜線を薙いだそれとは異質な物だった

極局地的集中豪雨… そう形容できる様な拡散散布であった

忽ち炎のカーテンは本体の落葉ごと文字通り消し飛ばされる

「或いは無駄水を使わせる算段ですかね…?」

ずれた眼鏡を整えながらコックを逆に向ける

それまでの豪雨が一瞬にして集約し、一条の白線に姿を変える

今度はあの時のそれだ

「無駄弾を使わせられてるのは、あなた方ですけどね…」

エマはハッチの奥に身を沈めながら放水砲の砲口を対岸の稜線に向ける

後に続く僚車も放水を開始する

 

『ドドドドドッ!』

 

頂きの腐葉土が一瞬にして剥ぎ取られる

凄まじい水流が轟音と風圧を伴って駆け抜ける

「危ないっ!」

ミウたんの掛け声に身を屈める少女達

一同の頭上に大量の泥水が降り注ぐ

「やったな~……」

河原生活に於いてさえも記憶に無い程泥まみれになったミウたんは、何とか顔を拭って視界を確保する

「みんな、大丈夫?」

眼下の部下達を見渡すミウたん

怪我こそ無かろうが、皆一様に泥にまみれ、それを拭おうと呻きながら格闘している

まだ少女の彼女達には十分過ぎる精神的ダメージだろう

まさかあんな武器があったとは…

守りは固く、攻めは鋭く、付け入る隙を見つけられない…

やはり人間はこれまで対戦したどんな猛獣よりも強敵であった

放水の止んだタイミングで再び小川の流れる谷底を覗くミウたんは、そこで蠢く五台の重機の姿に無力感に苛まされていった

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