ミオは椅子に腰掛け目を瞑り、日本刀を杖の様に身体の前で支えていた
その前でヨシカが落ち着かない様子で行ったり来たりを繰り返す
二人の耳にも前線の喧騒が聞こえていた
「お、お姉ちゃん… 私も…!」
「伝令と偵察がお前の仕事だ 自分の役目を全うするのだ」
ミオは目を閉じたまま静かにヨシカを制した
彼女の瞼には忸怩たる思いに身を焦がす妹の姿が浮かんでいた
見ずとも分かる ミオとて同じ気持ちなのだから
「ミウは負ける戦はしないと言った 今はそれを信じるのだ」
その言葉にヨシカが口惜しそう頷くのをミオは感じ取った
「「!?」」
その時、木立の向こうから微かに響く異音に二人は気付いた
明らかに前線とは違う方向から響く、金属の擦れ合う汚ない音と、灌木を踏み潰す乾いた音…
「お、お姉ちゃん?」
ミオはヨシカの手を引くと、近くで最も太い杉の幹の影に身を隠した
カラスが黒い羽根を散らしながら林のなかを乱舞し始めた
「よし… そろそろ後背を取るわね…」
激しく振動する車内でGPS端末機を手に地図を睨むアミヤ
頃合い良しと見て膝元の無線機のトランスミッターを取る
「緑月、白雉、転身右九十度! 奴らの背後を突くのよっ!」
「!? 我等は…?」
運転手の伍長が首を少しだけ捻りアミヤに尋ねた
「私達はこのまま直進よ! もう戦争ごっこは終わり 一気にタッチダウンするわよ!」
その声が聞こえたかの様に、後続の僚車が同時に回頭する
金床にへばり着いた塵 それを潰す槌は二本もあれば十分だろう
後はエマが抜かり無くやる筈
アミヤの狙いは奴らの尻尾を掴む事
本社の調査チームが訪れる前に、連中の素性を暴くのだ
それが自分達の作業単価的存在価値を本社にアピールする事になる筈なのだ…
少しでも"使える奴ら"と思わせるのだ…
アミヤが睨む旧大泉鉄道関係者説 それを立証する鍵がこの奥にある筈…
連中が必死になって守るそこに、連中の根拠地があるとアミヤは踏んだのだ
「まずい… 別動隊があったとは…」
木陰から覗く二人の先で、三両の重機は二手に別れる
「お姉ちゃん!」
青ざめた表情のヨシカがミオの顔を覗き込む
「このままではミウ達が挟み撃ちだ… ヨシカ!走れるか?」
ヨシカは風を起こす程の勢いで頷く
「敏捷なお前なら先回り出来る筈! ミウ達を逃すのだ! 急げ!!」
「お姉ちゃんは?」
早くも一歩を駆け出し掛けたヨシカは慌てて踏み止まり、心配そうにミオを振り返る
ヨシカはミオが早まる気がしてならなかった
「あの一台を追う あれは村に向かうに違いない!」
「そんな…! 無茶よっ!」
「心配するな 自分の実力は分かっているつもりだ お前達が来るまで何とか時間を稼ぐ! だから急ぐのだ!」
再び頭で風を切り、ヨシカは灌木の中へと飛び込んで行った
「………………」
その後ろ姿を見送ったミオは視線を前に戻すと日本刀の鯉口を握り、大分先行を許した一両の後を追った
浅い小川を難無く渡り切った五台の重機は、その圧倒的暴力性を誇示するかの如く丘陵の裾を無秩序に往復する
ミウたんにはそれが、角度の浅い登坂ポイントを探している様に見えた
「えいっ!」
駄目元で放った矢はやはりその車体に突き刺さる事無く、爪楊枝の様に弾かれ、金属の軌道の下に飲み込まれていった
(斯くなる上は…)
ミウたんは悲壮な覚悟を決めた
背後に控える泥だらけのサーニャを呼び指令を与える
「残念だけど、ここを抜かれるのは時間の問題だわ サーニャちゃんは皆を連れてミオさんの所に戻って 絶対に落ち延びるのよ!」
「そ、そんなっ! 隊長は!?」
「私は今から肉弾戦闘を挑むわ 可能な限り時間を稼ぐ 大丈夫、あんなのクロコダイルに比べれば可愛い物よ!」
精一杯の笑顔でウインクをし、強がって見せるミウたん
はっきり言って勝算は無い 何か妙案がある訳でも無い
遠距離攻撃が効かないなら間合いを詰める、というドンさん仕込みの戦いの技
それを実践する以外にやれる事が思い付かない
ミウたんは逃げる訳にはいかないのだ
どうしてミオに顔を合わせる事ができようか?
相手は想像を超える戦いのプロだった
だからと言って伝承の弓取りがおめおめと尻尾を巻いて逃げ帰る理由にはならない
死地に活路を見出す、という言葉もある
もしかしたら、美少女である自分の姿を直近で見た敵が戦意を喪失するかも知れない
そう思ったら何となくそうなりそうな気がしてきた
そうだ! これ、凄いナイスアイデアだ!
ミウたんも追い詰められていたのだ…
だが、当然サーニャは納得しなかった
「隊長一人を置いて逃げるなんて出来ません! 私達も村の為に戦います!」
二人のやり取りを聞いていた少女達がサーニャの後ろに終結する
皆、その目に強い決意の光を湛えていた
「だったら逃げて生き延びるのよ! 生きていれば、何処にでも何度でも村は作り直せるわ… そこでまたみんなで新しい御輿を担ぐのよ!」
負けじと目を見開き、そう言い放って少女達を諌めるミウたんは思った
今、私は最高に格好いいと……
「……この村じゃなきゃ… 駄目なんです……」
サーニャは俯いてポツリと呟いた
「ずっと約束してきたんです この村を守るって… ずっと守ってきたんです……」
何処からか漏れ始めた啜り泣き
やがてそれは合唱となって無粋な金属獣の咆哮の合間に流れ始めた
流れる涙が少女達のその泥だらけの頬を拭った
「……みんなは良く戦ったわ… 誰も貴女達を責めたりしない……」
ミウたんは両手を目一杯広げて可愛い部下達を抱き込んだ
彼女達も四方からミウたんに抱き付く
「それに…… 私は最後の最後まで希望は捨てないよ… だから、みんなも早まらないで… ここは… ここは一旦引くのよ…… ねっ?」
『プシャャャャッ!!』
その時、谷底から再び放水攻撃が開始された
水の剣が杉の枝を薙ぎ払い、飛沫と供にミウたん達の頭上に降り掛かった
「さぁ! 行くのよ! サーニャちゃん、みんなをお願い!」
そう言うとミウたんは彼女達を降りほどき、崖下へと身を踊らせた
「隊長ーーー!!」
サーニャの絶叫を背に受け、ミウたんは一気に丘陵を駆け降りる
水線がミウたんを捉えんと集中するが、余りの速度に追い付く事が出来ない
「とりゃっ!!」
最後の一歩は助走をつけての大跳躍
あのクロコダイル戦で見せたそれより遥かに高い飛翔でミウたんは谷底の小川の畔に舞い降りる
そのまま前転で勢いを殺すと、起き上がる拍子に右手の和弓に矢をつがえる
『ピュン!』
一台の重機が放水砲をミウたんに向けるのと、和弓の弦が風を切るのは同時だった
ハッチから不用意に身を乗り出していた射手はその速度と精密さを完全に見誤った
「ひぃっ!?」
首筋を霞める篠竹が紅の一条をそこに刻む
慌てた彼は崩れれる様に車内に身を沈めた
ミウたんは一所に留まらない
突然の乱入者を轢き潰さんと必死に回頭する二台のブルトーザーの間を駆け抜ける
ミウたんを追う二台はそのままお互いをブレードで激しく打ち合う
この狭い谷底で、この間合いなら、イニシアチブはミウたんの物だ
鈍重な重機達は常時動き回るミウたんを捉える事が出来ない
だかミウたんも手を拱いていた
この凶大な化け物を仕留める術が思いつかなかった
先程の一矢で取り敢えずあの厄介な放水砲は沈黙させる事はできた
だがあの様な好機はそうそう訪れまい
鉄の装甲板の中に潜られては手も足も出ない
どうやらこの自分の可愛さに平伏す気配も感じられない
軈て疲労に足が止まるその時が、抵抗の終わる時になるだろう
それまで1分1秒でも……
「まるで"ランボー"ですね…」
ペリスコープから一連の様を見ていたエマは感心して呟いた
「"ごっこ"にお付き合いしてあげるのも、その位にしておきなさい…」
そして味方の不甲斐ない立ち回りに失望して呟いた
「各車、ターゲットを中心に扇状に後退… 間合いを取りますよ…」
慌てる事を知らないエマはトランスミッターを手に冷静な指示を下す
見えない糸が操るかの様に、重機群は一斉に散開する
「青鷺、黄玉、砲撃準備… 射線にターゲットを収めて下さいね…」
放水車のハッチが開き、射手が砲口を離れたミウたんに向ける
「水楢1、水楢2、両翼を迂回して土手沿いにターゲットに接近して下さい… ゆっくりでいいですよ…」
2台のブルトーザーが放水車の後背を回り込む
「それじゃあ、私達が踏み潰しますよ…」
その声に運転手がアクセルを踏み込む
エマの乗車がスルスルと散開陣を抜け出しミウたんに迫る
まさに手足の如く部隊を自在に操るエマ
彼女にとってはミウたん捨て身の肉弾戦も、イレギュラー要素にすらならなかった
スリットからターゲットを覗くその眼鏡の奥底が怪しい光を放った
「くぅ~……」
弓を構えたミウたんは周囲を伺いながら歯ぎしりをする
一旦は混乱に落とし入れたと思った重機群は突如統制を取り戻し、ミウたんと間合いを取り始める
離れられてはダメ… 必死に乱戦に持ち込もうとするが、ミウたんが近付く端から加速をつけて離れていく
鳥籠の中の鳥…
必死にもがいても重機群の形成する見えない籠から出る事が出来ない自分の姿を、ミウたんはそうイメージした
十分な間合いから放水砲が此方に向けれるとイニシアチブは完全に移行し、疲労もあってミウたんの動きは守備的に、そして緩慢になっていく
いつの間にか背後に回り込むブルトーザー
ミウたん完璧に包囲され、ジリジリと今し方跳び落ちて来た土手際にまで追い詰められる
(ダメだぁ……)
いつになく弱気となったミウたんに向かって一台の放水車が前進して来る
キャタピラが谷底の丸石を踏み拉く
金属の身体が鳴らす関節音が谷間に響く
何故だろう、その時ミウたんの脳裏にふと懐かしい光景が浮かんだ
(そう言えばここ… あの河原にそっくりだなぁ……)
ジリジリと迫り来る放水車を前にミウたんは胸の中で呟いた
あの河原にも、こんな丸石が沢山あったな…
そんな事を思いながら、その中の大きめの一つにどっかりと腰を下ろす
(ドンさん達、元気かなぁ…?)
宛も無くぼんやりと向けた視線の先で、器用に火を起こすドンさんの姿が見えた気がした
その先では無許可で釣り上げた鮎を誇らしげに掲げるゲンさんの姿も見えた気がした
貧しく辛かったが、それでも常に何かワクワクする事が起きていた退屈の無い日々…
楽しい毎日… そう呼んでも良かったかも知れない
ミウたんの表情には笑顔があった
貧困と孤独に苛まされた幼い日々…
こけし職人を目指し出て来た東京での悪戦苦闘…
様々な出会いと別れ…
天命を知り、得る事のできた死に場所……
自分の人生は意外と悪く無かったのかも知れない
その時、一陣の風が谷間を駆け抜け、ミウたんのぱっつん前髪を揺らした
願わくば、次も"自分"として生まれたい
ミウたんは背筋を伸ばし迫る放水車に向き直った