「隊長~!!」
丘の上からサーニャの絶叫が響き、次いで無数の石礫が降り注いできた
その幾つかが放水車の装甲を叩き、軽い打音を響かせる
ミウたんの可愛い部下達は未だその場を離れていなかった
彼女らなりの精一杯の助勢のつもりなのだろう
ミウたんはそんな彼女達に向けて左手を伸ばすと、拳を握りその親指を立てた
そしてきっと見えないだろうがウインクをして見せた
心意気は伝わった筈
こんなにも自分を慕う可愛い部下達…
ミオ、ヨシカ、そして彼女達に出会えて本当に良かった
彼女達の未来の礎になるなら、この命惜しくはない
金属の軌道が迫る
間もなくあの下に己の肉体は踏み躙られるだろう
痛みや苦しみはほんの一瞬である
せめて彼女達に見苦しく無く、堂々とした最後を見せてやりたい
古の伝承に伝わる弓取り、須内ミウの死に様、とくと御覧あれ…!
目を瞑り、息を止めれば1秒位な筈だ…
あの無限軌道に肉が挟まれ引き千切られ、あの重量の下で骨がバラバラになるのだ…
下手に動いて中途半端に轢かれればかえって苦しむ事になる…
身体の中心で軌道を受け止めなければ…
もしちょっとでも動いて身体の芯を外れれば最悪だ…
下半身だけ潰されて死ぬに死ねないとかは避けたい…
苦しみ抜いてゆっくり死ぬだけとかは流石に勘弁…
肉だけ持っていかれて骨が剥き出しとか…
逆に骨だけ折れてゴム人形になるとか嫌だ…
そもそも本当に一瞬で死ねるのか…?
もし運転手がサイコパスで途中でブレーキを掛けたら…?
きっと痛い事は痛いんだよね…?
いや痛いでしょう… 潰れんだよ…!? 身体が潰れるんだよ…!?
きっと悲鳴が出ちゃう… 内臓も出ちゃう… ゲーも出ちゃう… ウンチもきっと出ちゃう…
痛い痛いってなっちゃう…… 苦しい苦しいってなっちゃう……
うわぁぁぁぁぁ…… どうすれば良いの……?
怖いよ~…… 痛いのヤダよ~…… 痛いの無理ぃ~………!
「や、や、や…… やっぱり無理~~~!!」
ミウたんのその動きは速かった
まさにスリッパの下から逃れるゴキブリの様に、四つん這いでキャタピラの寸前から遁走する
「痛いのヤダァァァァァッ!!」
そのままの勢いで一気に丘の斜面を駆け登る
放水車からその背中目掛け攻撃が開始されるが、余りの速度に至近弾にすらならない
そのスピードはこの日ミウたんが見せた、紛れも無い最速であった
「ハァ… ハァ… ハァ…」
見事、降りる時間とほぼ同等で丘を登り切ったミウたんは肩で大きく息をつく
「隊長………!」
「…………………」
そんなミウたんにサーニャは渾身の力で抱き付いた
部隊の少女達もそれに続く
ミウたんを中心に築かれたスクラム
ほんのりと温かい湿り気を服越しに感じた
「…………………」
ミウたんはそんな彼女達に発すべき言葉を見つける事が出来なかった
ただただ気まずかった 会わせる顔が無かった
あれだけ大言壮語で見得を切って、よもやおめおめ尻尾を巻いて、しかも鮮やかなゴキブリスタンスで帰ってくるとは……
きっと彼女達も内心笑っているに違い無い…
これからもう何を言っても説得力なんて無いわこれ…
何が隊長だよ… 何が礎だよ… 何が死に様だよ……
あぁ 恥ずかしい…
最初からあんなデカイ口叩くんじゃ無かった…
やっぱ素直に死んだ方が良かったなこれ… 今からもう一回死にに行くかな……
理想に描くカッコいい自分と無様な現実の自分…
そのギャップに居た堪れず、ただ遠い目で過ぎる筈もない、その気まずい空気が過ぎ去るのを待つミウたん
「ミウさん!!」
だが幸いな事に、意外な乱入者の登場によってその気まずい空気は運良く取り除かれた
「ヨシカちゃん!?」
しかしそれは別の意味で空気が変わる事を意味していた
伝令役の彼女が息を切らせてやって来た理由…
それは彼女の口を通さずとも、その肩越し向こうから迫り来る、2台の無粋な鐵の化け物の姿で理解できた
「時間を稼がれてたのは私達の方だったんだ…」
その呟きに答えるかの様に、今度は谷底の化け物達が咆哮を上げ、一斉に登坂を開始する
「隊長!?」
「ミウさん!?」
居合わせる少女達の幾つもの視線がミウたんに注がれる
「ヨシカちゃん、ミオさんは!?」
「林の出口に向かったもう一台を追って行きました! 多分、村に向かってるって!」
ミウたんは唇を噛む
朝から幾度も噛み続けた唇の端は既に赤く腫れ上がっていた
全ては相手の術中通り これが戦いの玄人と素人の違いなのか…?
だがそれに感心し、手を拱いている訳にはいかない
「みんなで一度村に戻ろう! ミオさんも危ない!」
一つを除いて少女達の首が一斉に縦に振られた
「でも…」
その一つの主、サーニャが何かをいい掛ける
既に退路は塞がれ、包囲に陥りつつあるのだ
無傷で全員が撤退出来る保障はない
ミウたんは勿論、彼女の言わんとする事を理解していた
「遠回りでも峰伝いに逃げるわよ! 木立の間を縫って行けば接近はされない筈!」
今度は全員が首を縦に振る
「サーニャちゃん、私と火矢を放ってあいつらの目を眩ませるわよ! ヨシカちゃん、みんなを先導して!」
そこにいるミウたんはもう、あの無様なゴキブリスタンスのミウたんでは無かった
細やかで的確な指示を即座に下し、部下達に躊躇無く行動を取らせる事の出来る優秀な上官だった
どちらが本当のミウたんか… いや、きっとどちらも本当のミウたんだろう
ミウたんも村の少女達と同様、この短期間の訓練と戦闘で戸惑い、挫折し、そして成長していく最中にあったのだ
林を抜けた先は草蒸す湿地帯だった
澄みきった青空の下、セイタカアワダチソウとすすきの群生が織り成す絨毯の上を風が漣を描いて通り過ぎる
いよいよ秋も深まってくる…
そんな長閑で場違いな思いがアミヤの胸に過る程、そこは先刻までの戦場の緊張とは無縁の世界だった
人里離れた初秋の原野…
絵に書いた様なその美しい風景の中では、それ切り裂く無限軌道の唸りでさえ交響詩の一節に聞こえる…
柄にも無く乙女的情緒をほんの少し刺激されたアミヤは、それを振りほどく様に頭を振る
するとその視線の先にそれが飛び込んできた
(!?)
アミヤは直ぐ様、操縦舵を握る伍長に指示を出す
湿地に刻まれた二本の轍は向きを変え、その先に広がる低木の茂みの中へと吸い込まれて行った
「こんな所に村が……」
訪問者を迎えるかの様に左右に居並ぶ朽ち果てた木造住居
その直中をハッチから半身を乗り出したアミヤと、その乗車が進む
昨夜のエマの言葉をアミヤは思い出した
(これが… 扶桑村……?)
明晰な彼女の脳裏に鳥瞰図が浮かぶ
ここが扶桑村なら目的地の扶桑駅は目と鼻の先
予想よりも速く進撃した様だ
それと同時に、エマが聞いたという祭囃子の事が脳裏に浮かんだ
アミヤは珍しく身震いする
見る影もない廃墟と化した廃村には、長い間人の立ち入った形跡すら無く、多分アミヤの生まれるずっと前からその時を止めている様に感じた
嘗て村の中心道であったであろうそこに、車高よりも高く伸び生えたセイタカアワダチソウを無限軌道が踏み倒す
村だった物を囲む湿地帯は、もしかすると休耕田の成れの果てなのかも知れない
「ヒィ~…… なんて言わないわよ…」
この世の全ての物に命が宿り、神が宿るというのなら、そこに充満するのは紛れもない"死の匂い"だった
長居は無用…
アミヤは脳内の俯瞰図から位置関係を掴み取り、運転席の伍長に取舵を指示する
説明されなければもうそれがそうとは分からない山茶花の垣根の影から、拳大の石礫が飛来し、アミヤのこめかみを痛打したのはその時だった
「ぎやっ!?」
「大尉っ!?」
重機の軋みすら掻き消す程の短く大きな悲鳴に運転席の伍長も反応する
側頭部を押さえるアミヤの右手の隙間から鮮血が滴る
一瞬遠退く意識に車内に沈み込もうとした身体を、血に濡れたアミヤの右手が支える
「やりやがったなぁぁぁ………!!」
縮んだバネが弾ける様な勢いでアミヤは放水砲のコックを叩くと、砲口を山茶花の垣根へと向けた
「伍長! 三時に回頭! 全速!!」
アミヤの号令に放水車が回頭するのと、その放水砲が射撃を開始するのは同時だった
再びその影から放たれた石礫を飲み込んで、白い濁流は山茶花の枝葉を粉砕し舞い散らす
アミヤは逆上していた
そしてそれを自制しようとも思わなかった
怒りや憎しみ常には己の活動源だった
相手がその気なら、自分も遠慮する事も無いのだ
(……コロシテヤル!!)
放水砲が粗方山茶花の枝をもぎ取る頃、その惨めな姿を晒す裸木の列の中に放水車は踊り込んだ
殺してやる…! その思いは操縦舵を握る伍長も同じだった
伍長はアミヤに上官として以上の、特別な感情を抱いていた
アミヤの手に掛かる前に自分が必ず殺す!
アクセルペダルをベタ踏みする伍長と放水砲の射撃を止めないアミヤは、その足下の無限軌道の下で、憎むべきその相手が命を消失させた事に気付かなかった
「くそっ! 逃げ足の早い奴っ!!」
突き抜けた垣根だった物の先は、一本の古い黒松とすすきの原の湿地が広がるだけだった
毒突くアミヤは悔し紛れにハッチの裏を拳で叩く
だがもう良い 勝負は決まったのだ
今頃はエマが敵の主力を殲滅しているだろう
後は自分がタッチダウンを決めれば良いだけだ
丁度その時、膝下の無線機が呼び出しのシグナルを発した
一つ深呼吸して何時もの落ち着きを取り戻したアミヤはレシーバーを取り、エマの作戦
終了報告を受ける
「………な… なんですって!?」
しかし予想外なその内容にアミヤは再び落ち着きを失った