崖の縁のミウたん   作:新六毛

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ミウたんにできる事 (11)

辺りを包む宵闇の中、遠く篝火の灯りがミウたんを誘う

どれ程の距離を走ったか…

間違いなく人生最長の大マラソンであったろう

とかくこの山村にやって来てからと言うもの、ミウたんは良く走った

きっと少しは痩せたに違いない…

極限の疲労で義足の様に感覚の鈍くなった足を引き摺りながら、ミウたんは薄ら笑いを浮かべた

漸く笑みを浮かべられる余裕が生まれてきた

何とか帰ってきたのだ

ミウたんは胸を撫で下ろした

それは村に辿り着いた安堵と、そこがまだ無事に存在してくれたという安堵の、二重の意味があった

一矢を報いたミウたんだったが、それが敵の執拗な追撃を呼んだ

村に… 部下達に敵を近付ける訳にはいかず、道無き道を駆けずり回り、なんとかそれを凌いできた

太陽が西の地平に傾く頃、漸く敵は追撃を諦める

無くしたと思った命を今日1日は取り留める

今、仲間達が待つ本陣… ミオの邸宅の門をふらつきながら潜る

ここが無事ということは皆が無事だということ…

ただそれだけでミウたんは自分で自分を誉めたくなった

 

「ただ… い…… ま……」

 

余計な心配を掛けじと可能な限りの空元気を振り絞り、努めて明るい声を上げる

 

「……隊長!」

「ミウ隊長!」

 

庭先に所在無げに屯していたサーニャ達が、その声と姿に反応し黄色い歓声を上げる

暗い篝火の灯りの元でも彼女達の顔が明るくなって行くのが分かった

足取りの覚束なさを隠し切れないミウたんを支えるかの如く、少女達はミウたんの元に駆け寄り取り囲む

 

「みんな無事ね…!? 良かったぁ……」

 

啜り泣きが方々から聞こえ、それに釣られる様にミウたんの目頭が熱くなった

「そうだ… ミオさんは……?」

先に戦線を離脱した彼女の事だけが、ミウたんの唯一の気掛かりだった

冷静沈着な彼女なら無茶などした筈ではあるが…

ミオの名に反応して周りの少女達が息を飲んだのと、縁側にヨシカが姿を現したのはほぼ同時であった

ヨシカはミウの姿を認めて笑顔を見せるが、そこに暗い影を忍ばせているのが直ぐに分かった

ミウたんの胸が早鳴った

ミウたんの人生史上、嫌な予感の外れた事は無い…

囲みの緩くなった少女達を押し退け、ミウたんはヨシカの元に駆け寄る

「よ、ヨシカちゃん… ミオさんは…!?」

近付けばヨシカの瞳が赤く泣き腫らされているのが分かった

そんなヨシカはミウたんの問いに薄い笑顔で答えると、手の先を奥の間に向けた

 

「や… やだよ… そんなっ!?」

 

靴を投げ抜き縁側をよじ登る

そのまま襖を勢い良く開け放つ

 

そこにはあの頼もしいミオの背中があった

 

「よ… 良かった…… なんだ… ミオさん、無事…………? 」

 

肺に溜まった空気と共に吐き出した安堵の声は、ミウたんの意思によって途中で制止された

ミオの肩越し、畳みの上に白布を被せられ横たわる一人の…… 遺体……

はっとなったミウたんはあわてて振り返る

……みんな…… みんな居る… みんな… 無事よね……?

一人一人の顔を見詰めてそこに居ない誰かを探す嫌な作業…

幸いと言うべきか、だがそこに見ない顔は無かった

ではこの骸は一体……

 

「ミウ… 今日は苦労を掛けたな…… 無事で何よりだ……」

 

蝋人形の様に微動だにしなかったミオが、少し顔を傾けてミウたんに労いの声を掛けた

 

「み、ミオさん…… その方は……?」

 

生来のバカポジティブを自認するミウたんとて、遺体を前にして平然として居られる程、鈍感では無い

溜まった唾を何とか飲み込みながら言葉を紡いだ

 

「すまぬ… 本来はお前を労わねばならぬ立場なのだが……」

 

再び前を向いたミオの顎から雫が垂れるのをミウたんは見逃さなかった

 

「すまぬが…… 少し一人にしてはくれぬか……」

 

その言葉が終わる前にミウたんは襖を閉じた

程無くしてその向こうから啜り泣きが聞こえ、やかでそれは大きな嗚咽となった

ミウたんは脱ぎ捨てた靴を拾うと、庭の奥、黒松の根本に腰を掛け、膝頭の間に顔を埋めた

 

 

 

 

 

発炎筒の赤い光が大きく揺れる

ローターの音が大きくなる

やがてそれが生み出す風が辺りの草原に漣を打ち、直ぐに嵐を巻き起こす

薄暮の空に更に暗いシルエットを浮かび上がらせたヘリは、ゆっくりとランディングを開始する

 

「……やっぱり私は役立たずのゴミですね…… ゴミは解体されるべきですね……」

 

ストレッチャーの上に乗せられたエマは掠れた声を絞り出す

 

「……特別休暇よ… 少し休んで読書でもして来なさいよ……」

 

右肩を覆う包帯に血が滲む、痛々しい彼女の姿をアミヤは直視出来なかった

着陸したヘリのハッチが開き、エマはストレッチャーごとそこに吸い込まれる

 

「あのぱっつん前髪…… 油断出来ませんよ……」

 

人一倍プライドの高い彼女が己の敗けを認めてまでも紡いだ短い一言

それが参謀としてのせめてもの役を果たそうとする彼女の想いである事を、アミヤは感じ取った

 

「もう喋るな……」

 

言葉が震えるのを必死に押さえる彼女には、そう返すのが精一杯だった

アミヤと同僚達の沈痛な視線がエマを見送る

ハッチの奥から人影が現れる

遠くバルーン照明の薄明かりに真紅のコートが浮かび上がる

それを纏った女はすれ違うエマには目もくれず、つかつかと大股でアミヤの元に歩み寄る

「ケガはサセテモ負わされるなと、ナンドモ申し付けた筈でゴザル…」

高い鼻頭をアミヤの眼前に突き付けるミラの視線は完全に鼻垂れ小僧に向けるそれである

「……全ては私の責任「アタリマエでゴザル!!」

アミヤの懺悔を遮ってミラの怒号が響いた

だがアミヤは何の憤りも感じ無かった

事実、全ての責任は隊長である自分に由縁し、その責めを問われるのは当然であるからだ

「オヌシをイササカ買い被っていたヨウデゴザル…」

顔を離したミラは長い腕を組んで言葉を吐き捨てた

何も言い返せなかった

これ程の戦力差があれば、有能な上司なら部下に手傷など負わせなかった筈である

最も、ミラの怒りの原因が大事な部下に怪我を負わせた事に由来する物で無い事は分かっている

この女にはこの女なりの戦いのステージがあり、今回の一件が彼女にとってのマイナス点なるという事なのだろう

アミヤとて社畜の端ではある その程度の理は理解しているつもりである

だからと言って、当然それが己の責任の回避に繋がる理由にはならない

「しかし、敵の制圧は時間の問題… 明日には決着を着けて見せる…!」

最早敵の最終防衛ラインは抜いたのだ

組織だった抵抗は不可能であり、後は残兵を排除するだけなのだ

「その必要はナイでゴザル…」

だがミラの反応は冷たかった

「イマゴロ本社から呼び寄せた執行ブタイが扶桑駅シュウヘンをセイアツしているコロでゴザル」

「!?」

「テキの潜伏先も赤外線エイセイにてサッチズミでゴザル」

「これは…! これは私達の仕事よ! 余計な手出しは無用だわ!!」

アミヤはこの日最大級の負の感情を露にした

ここまで苦労を積み重ね、やっとの思いで手中に収めかけた勝利をみすみす横取りされて堪るものか!

この勝利にはアミヤの… エマの… 部下達の未来が懸かっているのだ!

「ダレニ向かってクチヲ利いているでゴザル…?」

ミラは再びその白磁の様な滑らか肌を持つ顔をアミヤに近付ける

「オマエハもうヨウズミでゴザル…」

侮蔑の視線が彼女の頬を舐め回す

「………………!」

アミヤ言葉にならない何かを吐き出そうとするが形にならなかった

ただ強く握りしめた拳の爪だけが、強烈な痛覚を感じさせていた

「コノサキ、5キロの距離にあるハイソン… そこがテキのネジロでゴザル…」

背中に腕を回したミラはアミヤの視線をかわすかの様に、その睨み付ける彼女の肩際に歩を進めた

視線をかわされたアミヤの脳裏に、昼間奇襲を受けた廃村の光景が浮かび上がる

馬鹿な…? 残兵以外の気配は無かった筈……

百戦錬磨を自認する自分が敵の潜伏を見逃したのか…?

やはり私は……

「ミョウチョウ、農薬サンプ用のラジコンヘリの不慮のツイラクで、ムラにヒソンダ工作員タチはアワレな中毒シをムカエル…… ソレデ全て終わりでゴザル……」

明確な冷気を感じたその言葉に、思わずミラの横顔を見遣るアミヤ

文字通り凍り付く彼女とは対照的に、ミラの表情は艶かしいまでに輝いていた

「……そ、その仕事は…… 私達に……」

彼女に抱いた得体の知れない恐怖を押し殺しながら、アミヤは今一度機会を乞うた

どうせ汚れたら手だ 今更躊躇する必要など無い

「オマエハ用済みだとイッタハズ…」

だが、くるりと背中を向けたミラの答えは冷談だった

「ホンジツ付けで実務部隊はカイタイ… 所属タイインは全員カイコでゴザル」

アミヤの背後でざわつきの波紋が起こった

「ちょっ!? ちょっと待って! 何故部下達も!? あいつらは懸命に戦った! 首にするなら私だけにしなさいよっ!」

何故か分からない

何故かは分からないが、アミヤは自分にとっては駒に過ぎない筈の部下達がぞんざいに扱かわれるのが許せなかった

「オマエハ…… オマエタチハ…… クビでゴザル!」

振り向いたらミラはそれだけを言うと、ローターの回転数を急激に上昇させていくヘリへと乗り込んだ

再び風が吹き荒み、アミヤ達だけが残された

 

 

 

 

 

通りすぎる夜風で目が覚めた

寝るつもりは無かったが、疲労と緊張の連続に身体は正直だった

途中、サーニャが肩を叩き、迎えに来た所までは覚えている

心地よいと言うべき季節は大分過ぎた 肌寒さに思わず膝を抱き締める

ふと背後に気配を感じた

傾げた首の視界の隅に白いスニーカーが見えた

「風邪をひくぞ…」

ミオが優しい声を掛けてきた

ミウたんは返事代わりにわざとらしく鼻を啜ると、膝を抱いたまま星空を見上げる

デネブとアルビレオは今日もそこに瞬いていた

「ミウ、改めて礼を言わせてくれ…」

ミオは静かにミウたんの隣に腰を下ろした

そしてまたミウたんと同じ様に秋の夜空を見上げる

「ありがとうございました……」

ミオの言葉は二人の間をそよぐ夜風に乗って満天の星空に消えて行った

「河原で見る星空も綺麗だったけど、ここから見る星空も本当に綺麗ね…」

都会を離れた里山の美しい星空はミウたんの心を強く打った

「ここは本当に良い所ね… 高速道路なんて要らないね…」

鈴虫の鳴き声が清らかな調の様に近くに遠くに流れてくる

「ミオさん… 力になれなくてごめんね……」

「何を言う… 十分過ぎる程、力をくれたではないか……」

ミウたんはミオの横顔を見遣る

コクーン星雲の電離水素の輝きの様に、ミオの瞳に淡い光が宿っていた

「明日の早朝、最後の電車が出る 皆で送ろう ミウ、お前は自分の世界に戻るのだ…」

「最後…? なんだ、やっぱり電車あったんだ」

「あぁ… 明日は特別に列車が走るのだ 最期の特別な電車だ… 遅かれ早かれ、この村の運命は決まっていたのだ」

寂しげなミオの言葉にミウたんは視線を夜空に戻す

「ミオさん達は…… これから……?」

一度は帰るべき所を失い、文字通り路頭に迷ったミウたんだからこそ、ミオ達の行く末が案じられてならなかった

「星空は何処から見ても綺麗なものだ」

その声は存外明るかった

「新しく扶桑村を作るとしよう」

ミウたんは再びミオの横顔を見詰める

その顔は憑き物が落ちたかの様に爽やかだった

「うん… 私にも手伝わせて……」

ミウたんの声にミオも視線を合わせる

そして小さく頷いた

「あやつの最期の言葉は、ミウに言われた言葉と同じだった… 新しい村を起こせと……」

今度は先にミオが視線を星空に戻す

「だが分かって欲しい… 我等の意地を見て欲しかったのだ… 決して約束を忘れてはいないという事を… 誰かに知って欲しかったのだ……」

あやつ、というのが白布で覆われていた骸の事だと直ぐに分かった

「もしかして… あの人は……」

ミウたんは外れ様の無い答えを予想し、俯いて訊ねた

「あぁ 馬鹿な奴め… たった一人で良い格好を見せ様と……」

言い終わると同時にミオは立ち上がり踵を返す

「もう休め… 身体に障るぞ……」

そう言い残して彼女の姿は再び母屋の中へと消えて行った

 

「ミオさん… 私、ケジメだけは着けてくるね……」

 

その後ろ姿にそう呟いて、ミウたんは黒松の下を後にした

 

 

 

 

 

東の空が微かに淡い乳白色を湛える頃、アミヤはそっとテントを這い出る

ベースキャンプの置かれた丘の頂

その役目を終えた重機と工具が恰も亡骸の様に黒い影を佇ませる中、それを縫う様に歩を進める

「大尉……」

仄暗い闇の中から呼び止められ、反射的に足を止める

「もう大尉じゃ無いって言ってるでしょ」

星明かりに白い息が浮かんだ気がした

「……こんな時間にどちらへ?」

草を踏む足音が二歩、背後の重機の陰から近付いた

「アンタこそ、そんな所で何をしてるの?」

姿は見えずとも声の主は分かる

「……貴女が急に居なくなる様な気がして… 此処でずっと見張っていました……」

背後の足音がアミヤを追い越して傍らの丸太木に腰を下ろした

「……というのは冗談で… あれからちっとも眠れなくて……」

昨夜はあれから細やかな酒宴が催された

別宴という訳でもない

一つの仕事を終えた後の、何時もの慰労の宴

いつの頃からか始まった班の伝統行事 打ち上げという奴だ

誰も愚痴を溢す者は居なかった アミヤを責める者も居なかった

否、正確には存在したが、それは何時もの下らない酒の席での戯言の延長線上に過ぎなかった

何時もの面々との何時もの馴れ合い…

下品で騒々しくて生産性の無い全くの無為な時間の浪費…

多分アミヤは、この集いが好きでは無かった

多分というのは、その記憶を遡るにはもう余りに膨大な蓄積を経てしまっていたからだ

昨夜のそれも、それまでの雰囲気とまるで変わらなかった

それはまだ現実を受け入れられないといった心境の現れだったかも知れないし、受け入れたく無いという願望の現れだったかも知れない

ただ一つだけ違うとすれば、アミヤの傍らでブツブツと聞いてもいない昔の思いで話を聞かせるエマの存在が無い事だった

「そう… 実は私も眠れ無くてね… ちょっと夜風を浴びに行く所よ…」

そう言って丸太木の上の影の脇をすり抜ける

「あたし… アンタからお金持でも借りてたかしら~……」

子供をあしらう様な口調でその影… 元伍長をからかうと、獣道を辿って丘を下り行く

「!?」

不意にアミヤの右手が後ろに引かれた

思わずバランスを崩した彼女の身体はしかし、強靭な反発力によって支えられる

アミヤは元伍長の腕の中に居た

「大尉…… いや… アミヤ…… 俺は…!」

暗がりの中に熱い吐息を感じた

アミヤを抱く力が強くなる

「俺はこのまま… このまま貴女と別れるなんて……!」

元伍長の顔が近付いてくるのが分かった

その鼻頭をアミヤが右手の人差し指で制する

「さっきはもう大尉じゃないって言ったわね? あれは嘘よ… 正式な辞令が来るまでは私はアンタの上官よ…?」

微かな笑いを含んだ余裕あるあしらいに、若い伍長は二の句を失う

「これから私の大事な… 最後の大仕事があるのよ… 邪魔は許さないわよ」

「待って! 俺も…! 俺も一緒に戦う!」

アミヤの言わんとする大仕事の内容を伍長は瞬時に予見した

「駄目よ… これは私のケジメ… 実務班じゃない… 私の… アミヤの戦い… 一人じゃなくちゃ、意味が無いのよ…」

「でも! でも危険だ! 無茶です! あいつら、中尉の事だって…!」

再び近付いた伍長の顔をアミヤは両掌で優しく包んだ

「私は前に進むのよ… 何度でも立ち上がる… その為には此処で逃げる訳にはいかないのよ……」

「大尉……」

アミヤの両手首を今度は伍長が優しく握った

「私は勝って帰ってくるわよ…! その時が新しいアミヤチームの誕生よ! 新しい戦いの場所に向かうのよ! その時は伍長… アンタにまた側に居て欲しい… だから… だから今は私を信じて見送って……」

白み始めた東の空が、大きく頷く伍長の顔を仄かに浮かび上がらせた

アミヤは伸びをしてその頬に軽い口付けをすると背中を向け、獣道を力強く下って行った

丘の上にはそれを見送る伍長と、アミヤの長い髪が残した淡い柑橘の薫りだけが残された

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