崖の縁のミウたん   作:新六毛

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ミウたんにできる事 (12)

芒の穂が朝日を浴び、金色に輝く

その間中を貫く畷の彼方、そこ蠢く小さな影

ミウたんはもうきちんと認識していた

それが決着を着けるべき相手であり、それが自身と同じ目的を持って迫り来る事を…

ミウたんは肩に掛けた和弓を外すと弦を張る

漸くその長い黒髪と蒼いマフラーを視認出来る距離まで近付いた時、ミウたんは歩みを止めた

それに呼応するかの様に相手も足を止める

その手に握られたエアライフルの銃身が射し込む朝日に鈍く輝く

暖められた地表の空気が上昇し、上空の乾いた空気を競り落とす

それが夜明けを告げる一陣の風となって、二人の間を流れて行った

 

「あんたっ… 名前はっ…?」

 

黒髪の女が先に口を開いた

 

「ミウよ… 須内ミウ! 貴女はっ?」

 

『バシュッ!!』

 

返答はエアライフルの発砲音だった

予備動作を極限に省略した手練れの早撃ち

咄嗟の横飛びを放ったミウたんの肩先を銃弾がかすめる

不意打ちによってイニシアティブを奪われたミウたんは、そのまま横転して畷脇の茂みへと潜り込む

後を追う様にエアライフルの弾丸が茂みに次々と撃ち込まれる

 

「やったな~!」

 

ミウたんは腰の矢筒から一本を抜き取ると、適当に狙いを定めて弦を弾く

茂みの陰から山なりの弾道で相手を襲う曲射撃

命中精度は落ちるが、こちらの姿が見えない分、相手も回避が取りづらい

 

『パシッ! パシッ!』

 

直ぐ様エアライフルの弾丸が茂みを突き抜け、ミウたん耳元をかすめる

千切られた草の葉がヒラヒラと紙吹雪の様に舞い踊る

 

(埒が明かない…)

 

発射速度と取り回しでは相手が上

このまま受け身に回っていては勝機は無い

しかし威力なら此方が上なのだ 一撃を浴びせれば勝てる!

ミウたんは冷静に状況を分析すると、覚悟を決めて行動に移る

素早く茂みの中を進み場所を変える

丁度相手の側面を取った位置まで移動すると、傍らに落ちていた礫を先程まで陣取っていた辺りに放り投げる

礫が音を立てて草を撫でる

 

『パシッ! パシッ!』

 

直ぐ様エアライフルの射出音が響く

この瞬間を待っていた

ミウたんは矢を番えると勢いよく身を起こす

視線の先に無防備な横姿を晒すターゲットがいる…… 筈であった

 

「あっ!?」

 

咄嗟の回避は今度は間に合わなかった

ミウたんの右上腕に激痛が走るのとエアライフルの射出音が聞こえるのは同時だった

 

「うぐぐぅ……」

 

押さえたブラウスの袖が血に滲む

完全に動きを読まれていた

最初の不意打ちから薄々は感じていた

あの女はただ者ではない…

自分とは違う本物の戦いのプロだ…

ミウたんは傷みと悔しさに唇を噛み締める

 

「怪我の具合はどうかしら?」

 

勝ち誇った女の声が茂みの向こうから聞こえてきた

 

「こっちに来て確かめてみたら…」

 

一際大きい芒の根株の陰に身を潜め、ミウたんは答える

 

「いや… 遠慮しておくわ…」

 

女の声に被って撃鉄を引く音が聞こえた

 

「顔を見せなさいよ… 眉間を撃ち抜いて、楽に死なせてあげるわ…」

 

右腕の焼け付く様な傷み…

女の持つ銃に十分その威力がある事は間違いなかった

 

「銃なんて棄てて掛かって来なさいよ… 私が怖いの…?」

 

ミウたんは最大限の言葉で女を挑発すると、此れ見よがしに和弓と矢筒を高々と放り投げる

そして残った矢の一本を膝で折ると、その鏃を左手に握りゆっくりと立ち上がる

女がミウたんの眉間に狙いを定める

 

「ねぇ? 引き金を引くだけで十分なの? 私を八つ裂きにしたいんでしょ?」

 

ミウたんは口角を吊り上げ、嘲る様な視線で女を睨む

 

「私は腕を怪我しているわ… 貴女なら十分勝てるでしょ?」

 

だか女は反応を示さず、ゆっくりと引き金に指を掛ける

 

「 ……そんなに私が怖いの? その大きいのは飾りなの? 大きいのがそんなに偉いの!? この千早モドキ! さぁ、掛かって来なさいよ!」

 

ミウたんの怒号が凛として原野に響く

 

「……このぉぉっ………!!」

 

女は一言唸ると銃を振り上げ、そのまま彼方に投げ捨てた

そしてコートの奥からダガーナイフを取り出すと顔前に構える

 

「アンタなんか怖く無いわよっ! ぶっ殺してやるっ!!」

 

憤怒か緊張か興奮か、震える手に握られたダガーナイフを振りかざし、女はミウたんに襲い掛かる

ミウたんに勝算がある訳では無かった

ただ、あのままの状況では100%殺られていた

 

(1%あれば……)

 

恐怖を払い、震えを抑え、縋る思いでかました挑発にまんまと乗ってきた女

だか、手負いのミウたんが圧倒的に不利である事に変わりは無かった

 

「このぉぉぉっ!」

 

女がミウたんに飛び掛かる

ダガーナイフの鋒がミウたんの鼻先をかすめる

ミウたんも左手の鏃を振るおうとするが、女はそのまま身体をぶつけてミウたんを押し倒す

ミウたんには無い、ふくよかな女の膨らみが

ミウたんの呼吸を塞ぎに掛かる

 

(だ、第三の腕が…!?)

 

片腕が使えないミウたんにとっては絶望的戦力差

私にも第三の腕があれば……

ミウたんは己の身の貧相さを改めて呪った

尤も、それを"第三の腕"と意識するのはミウたんだけであり、その女にとっては戦いに邪魔な脂肪の塊でしかなかった

鏃を握った危険な左手を押さえ付けたその女は、再び勝利を確信しナイフを振りかぶる

ミウたんは咄嗟に膝頭で腹上の女の背中を蹴り飛ばす

緩やかながら斜面だった事もあり、女はバランスを崩して前転する

その隙を見逃さず立ち上がったミウたんが、今度は伏せる女に飛び掛かる

だか突き立てた鏃は寸での所で回避され、草の根が覆う地面に突き刺さる

次の瞬間、強烈な蹴りがミウたんの脇腹を薙ぐ

無様に地面を転がるミウたんは何とか飛び退り間合いを取って追撃を逃れる

 

「はぁ… はぁ… 中々やるわね… 私の名はアミヤ!」

 

言い終わると同時にステップで一気に間合いを詰め、ナイフを横薙ぎに振るう

ミウたんのぱっつん前髪が数本、宙に舞った

 

「……アミヤ……? 貴女… 何処かで……?」

 

再び飛び退り間合いを広げるミウたんは記憶の底をなぞる

見た目と印象は大分変わったが間違いは無い、ミウたんはこの女に覚えがあった

何よりこの厚かましく此れ見よがしに揺れる"第三の腕"に覚えがあった

 

「ふんっ 昔の事は何もかも忘れたわ! 今はしがない雇われ掃除人! …それもアンタを倒して終わりよっ!!」

 

アミヤは地面を蹴り、ナイフを握った右手をミウたんの眉間目掛けて全速で突き出す

その動きは読んでいたミウたんが、華麗なハイキックでナイフを弾き飛ばす

アミヤは慌てて横転し、飛ばされたナイフを拾い上げる

 

「ねぇ、どうして? どうしてこんな事をするの?」

 

ミウたんは敢えて好機を見送り、落ち着いた声でアミヤに訊ねた

どうしても知りたかったのだ その理由が

 

「どうして?」

 

アミヤは拾い上げたナイフを手の中で踊らせながら問い返した

 

「どうして平気で人を傷付けられるの? 命を奪えるの? お金の為なら何でも出来るの?」

 

美しい自然を執念深く破壊し、歯向かう者には決して容赦はしない…

ミウたんにはどうしてもその動機が理解できなかった

悪に徹する事ができる理由が分からなかった

勿論、ミウたんとて聖人君子では無い

時には人の物をくすね、時には欲望に身を任せた

咎を責められ追われる事、一度や二度では無かった

ミウたんも人である以上、業を積む事を避ける事はできなかったのだ

いや寧ろ、こけしアーティストという修羅の道を歩んで来た彼女だからこそ、他人より殊更多くの業を積んできたかも知れない

…と言うより、見方によっては自進んで業を積みに行った、とさえその人生は表現できるかも知れない

そんな… そんなミウたんであっても、この利権事業に絡んだ彼らの開き直りとも取れる一連の暴力性を理解するのは不可能であった

一体、何が彼らをそこまでさせるのか…?

 

「どうして… ねぇ~…… それじゃあ聞くけど、アンタはなんで卵をたべるのさ?」

 

「……?」

 

「あたしは食べたいから食べる… それじゃ理由にならないかしらっ!」

 

言葉を吐き捨てると同時に、再び跳躍からの突きを繰り出すアミヤ

彼女の動きに慣れてきたミウたんは幾らか余裕を持ってそれをかわす

 

「アンタだって食われる方の身からしたら悪魔に映るのよ」

 

「何の話よっ!? 意味が分からない!」

 

間合いを広げて向き直るミウたんはキッとアミヤを睨み付ける

 

「アンタだって今まで誰かを犠牲にして… 踏み台にして生きてきたんじゃない! ただそれを意識しない様にしてきただけで!」

 

「私はお金の為に他人を傷付けたりは…… しないっ! ……してないっ! ……そんなにはっ……!」

 

「ふふっ 何の為に犠牲にされるのか… そんなの、犠牲になる方からしたらどうでもいい理屈じゃない!」

 

今度はアミヤがミウたんを睨み付ける

 

「……ち、違う! 私は……!」

 

「違わないわ」

 

冷たい言葉がミウたんの肺腑を刺す

 

「私は… 無駄になんかしないっ! 誰かの犠牲を… 命を… 卵を無駄になんかしないっ!」

 

ミウたんが絞り出したその言葉の成分は、己に効かせる物が多分だったかも知れない

 

「だからあたしも… 無駄になんかしないっ!」

 

アミヤは足元の土塊を蹴りあげた

反射的に顔を背けるミウたん

 

「あっ!?」

 

踝への痛撃の後、身体がバランスを崩して倒れる

ミウたんの見せた一瞬の隙をアミヤの足払いが捉えた

咄嗟に起き上がろうとするミウたんの上半身を、アミヤの臀部がドッシリと捉えた

必死に突き出した左手の首をアミヤの右手がガッツリと抑え、そして膝頭の下に捩じ込んだ

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