崖の縁のミウたん   作:新六毛

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ミウたんにできる事 (13)

最早これまで…

 

やはり戦いのプロ、所詮ミウたんの敵う相手ではなかった

ずき目の前に勝ち誇ったアミヤの顔があった

長い髪の先と、微かに荒い鼻息がミウたんの頬に当たる

アミヤは上半身を起こすと、両手に握ったダガーナイフを高々と振りかぶる

 

(ゴメンね… ミオさん… ヨシカちゃん… サーニャちゃん… みんな……)

 

ミウたんは静かに瞼を閉じた

 

「……私の命…… 役に立ててね……」

 

「フンッ!!」

 

ミウたんが最期の言葉を呟くのと、アミヤがナイフを振り下ろすのは同時だった

ミウたんは何故か清々しい気持ちだった

後悔はもう無かった そして傷みも感じ無かった

 

(さような…… みんな…… 大好きだよ……)

 

不意に腹上の圧力が溶けた

「……?」

薄らと瞼を開けたミウたん

その視線の先に、抜ける様な秋の青空と長い髪を靡かせるアミヤの顔があった

一瞬だけ視線が交わった気がした

「………あれ?」

アミヤは無言でミウたんを跨ぎ、背中を向けて歩き始めた

漸く上半身を起こした呆然とその後ろ姿を眺める

「急ぎな! もう直ぐ農薬散布のラジコンヘリがアンタらのアジトの村に墜落するわ 積んでるのは農薬じゃなくて毒ガスよ」

「!?」

その物騒な言葉にミウたん漸く我に帰る

慌てて起き上がると、纏わり付く草葉を払い落とす

地面に穿つ深い穴を見つけた

「……まっ… まって…!」

ミウたんは咄嗟にその後ろ姿を呼び止めた

「別に情けを掛けた訳じゃないわ… アンタより負かしたい相手が居ただけ……」

振り向きもせずそう言うと、拾い上げたエアライフルを肩に担ぎ、アミヤは再び畷の上を歩んで行く

「どうして? どうして私を… 私達を助けるの?」

後を追って茂みを抜けたミウたんは、再度その後ろ姿に問い質した

風がを切るアミヤの肩の先で青いマフラーの端がはためく

「……早くしないと手遅れになるわよ…… ホラッ」

その言葉尻と重なってヘリコプターのリズミカルなローター音が聞こえて来た

そして青空の隅に光を放つ飛翔体が現れた

「!?」

ミウたんは駆け出した

アミヤの真意は計り兼ねるが、嘘を言っていない事だけは分かった

拳で語り合ったミウたんは、彼女の人となりを感じ取っていた

数歩駆け出した所でミウたんは足を止め振り返る

「……私、お礼なんて言わないからっ! 貴女の事、絶対許さないからっ! 次に会った時は、あのマウントから再戦よっ!!」

既に大分遠くなったその後ろ姿に大声で叫ぶ

多分聞こえた筈だが、アミヤは何の反応も示さず畷の奥へと消えて行った

再びミウたんは駆け出す

もし間に合わなければ、二重の意味であの女に負けた事になる…

ミオの為、ヨシカの為、サーニャの為、みんなの為…

そして何より自分の為…!

ミウたんは大地を蹴る足裏に一際力を込めた

 

 

 

 

 

「あぁ! 隊長だ!」

「帰って来ましたぁ!」

集落の入り口に聳え立つ銀杏の巨木

その根本で二人は彼方より駆けて来るミウ隊長の姿を認めた

早朝からその姿が見えない事にミオ以下少女達は胸騒ぎを覚えた

よもや一人復讐へと向かったのではないか…

昨夜の出来事が彼女を思い詰めさせてしまったのか…

ミオは己を責め、その姿を求めて四方に斥候を放とうとした矢先、村の入り口で警戒の任に就いていた彼女達がミウたんの帰還に遭遇したのだった

流石は隊長… 偵察がてらの長い散歩だったのだ…

…程度に解釈し手を振り出迎えた彼女達だが、そのミウたんの浮かべる緊張に張り詰めた面持ちに思わず振る手を止める

 

「…急いで! みんなを村の外にっ! ここは危ないっ!!」

 

駆け抜け様、少女達に指示を与えたミウたんはそのまま村の大通りを疾走し、ミオの邸宅へと飛び込んだ

 

「「ミウ!」ミウさん!」

 

縁側の先で顔を付き合わせ、事後の策を練っていたミオとヨシカらは、その姿に驚きと安堵の入り交じった声をあげる

「何処へ行っていたのだ? 心配したぞ!」

ミオは荒れた息を必死に整えるミウたんに近付き、その肩を撫でる様に叩いた

「ミオさん! 直ぐに…! 直ぐに逃げなきゃっ!!」

苦しそうに唾を飛ばしながら何とか言葉を絞り出すミウたん

「どうした? 何があったのだ?」

ヨシカとサーニャも近寄り、ただ事ならない様子のミウたんの顔を覗き込む

「あ…… あれっ…!」

肩を大きく揺らしながら彼方天空を示す指の先に、日光を浴びて輝く飛翔体の姿が現れた

程無くして不気味なホバリング音が近付いてくる

「ヨシカ! サーニャ! 皆を村の外に! ミウは私に掴まれ!」

聡明なミオはその状況だけで迫る危険の質を見抜いた

そしてやはり賢い他の二人も状況を飲み込み、弾かれる様に門を飛び出して行く

「ミウ… 最後までお前には助けられてばかりだな…」

そう言うとミオはミウたんの腕を掴んで一気に背中に担いだ

「だ、大丈夫だよっ! 一人で走れ…」

「最後の最後ぐらい、お主を助けさせてくれ」

ミオはミウたんを背負い、山茶花の垣根の隙間に身を踊らせた

畑の畦道に繰り出すと、あちこちから同じ様に少女達が飛び出して来るのが見えた

背後のホバリング音が徐々に大きくなり、そして異様な風切り音に変わる

「みんなっ! あの丘の上にっ!」

ミオの背中でミウたんが叫ぶのと、その背後で大きな炸裂音がしたのは同時だった

「急いでぇぇぇっ!!」

ミウたんの絶叫が秋空の下に木霊した

 

 

 

 

 

「みんな無事か? 欠員は?」

這う這うの体で丘の上に転がる少女達にミオは声を掛ける

サーニャが一人一人の無事を確認して回る

ヨシカだけは眼下彼方の村… 今、一条の煙が立ち昇り、毒々しい紫色の霞に覆われたその様を眺めていた

煙の下でチロチロと燃え上がった炎は見る間に大きくなり、辺りを手当たり次第侵食していく

村が炎に包まれるのは最早時間の問題であった

 

「ヨシカちゃん……」

 

ミウたんはその側に寄り添い、彼女の肩を抱き寄せた

「全員無事です 欠員ありません」

サーニャの報告に頷くと、ミオも視線を村へと向けた

いつの間にか少女達もミウたんとヨシカの周りに集まり、燃え朽ちていく村を見送っていた

誰も何も話さなかった 何の音も聞こえなかった

ただ無限に続いていくかの様な沈黙だけがその場を支配していた

 

「これで良かったのだ… 最後の人間が去ったその時に… あの村は亡びていたのだ…… 姿だけを在りし日のまま取り繕うなど… それこそ幽鬼の所業……」

 

その沈黙を破ってミオがポツリと呟いた

「ミオさん…?」

振り向いたらミウたんと目が合うと、ミオは笑顔を浮かべて続けた

「さぁ 今度はミウ、お主を送ろう! 最後の電車の発車時刻が近付いている!」

その声に周りにの少女達も立ち上がる

「う… うん! 私も自分の大切な場所に戻るよ!」

その時、再び青空に無粋なホバリング音が響き渡り始めた

見遣ればヘリコプターが三機、日の光を跳ね返しながら彼方より近付いて来る所であった

「さぁ 追手も現れた 急ぐぞ! 競走だ!」

ミオはそう言うと再びミウたんを背負い上げ、丘の道を勢い良く駆け降り始めた

「ちょっ!? ちょっとミオさん!? もう大丈夫だって!」

背中の上で慌てるミウたんを尻目に、楽しそうな少女達がその後ろに連なり始める

「これが新しい扶桑名物のミウ神輿だ 新しい村を作ったら、お主をモデルに御神体を作ろう」

ミオは悪戯っ子の様に背中のミウたんに囁いた

「そ、そんなっ… 御神体だなんて……」

「ミウさん… 私達の事、忘れないで下さいね…!」

傍らでミウたんの尻を支えるヨシカがはにかむ

「勿論よっ! 落ち着く先が決まったら、またあの河原にやって来てね! あそこなら直ぐに会えるよ!」

「隊長直伝の弓の技… きっと受け継いでいきます!」

反対側で支えるサーニャが涙声を絞り出す

「あはは… そんな大した物じゃないわ それにもう… 役に立たない方が嬉しいな」

「ミウよ… この村に来てくれて本当にありがとう…」

再びミオが感謝の言葉を紡ぐ

「御先祖様もきっと許してくれるよ! みんなは良く戦ったわ!」

ミウたんは自分の身体に、まるで扶桑村の先祖が乗り移ったかの様な錯覚を覚えた

「お主がそう言ってくれるのなら代え難い救いだ」

ミオが呟いた時、ミウたん神輿の一行を先導し、露払い役を演じていた少女達が足を止めた

高い視点を得ていたミウたんはその理由にいち早く気付く

「あいつらだ! あいつらの仲間が居る!」

いつの間にか目前まで近付いていた扶桑駅の周辺に、見覚えのある重機群とツナギ姿の作業着達が集結していた

「なぁに、駅舎なんてただのモニュメントだ」

ミオは動じる事もなく旋回すると、線路が走る土手道の急勾配をよじ登って行く

「ミオさん下ろして! もう本当に大丈夫だよ」

ミウたんの願いは聞き入れられず、少女達に押し上げられてミウたん神輿は土手道の頂きに立った

 

「………ほぇ?」

 

そこは背の高い雑草が遥か彼方まで続く、不思議で殺風景な空間だった

所々に露出した錆ついて赤茶けたそのオブジェが無ければ、そこが電車道だとは誰も思わないだろう

社会的常識に乏しいミウたんでも、凡そそこが現役で使用される環境に無い事は直ぐに理解できた

だがしかし、つい数日前に彼方の駅に降り立ったのも紛れもない事実…

ミウたんは狐に摘ままれたかの様な表情で困惑する

「来ましたよ!」

サーニャの声が背後から響いた

ミオが振り向き、ミウたんの視界に1両の古ぼけた気道車がゆっくりと迫って来る

それは駅から離れた何もないこの場所に、滑り込む様に音も無く停車した

「さ、最終列車って……?」

思わず呟くミウたんはそこで漸くミオの背中から降ろされた

「さぁ もう発車の時刻だ… さらばだミウ…」

エアーの吹き出す音がしてドアがスライドするのが分かった

「ちょっ!? ちょっと待ってコレ… まさか貸し切り?」

ちょっと間抜けなその問いには誰も答えず、ヨシカとサーニャがミウたんの両手を取って乗り口へと誘う

今一つ状況を飲み込めぬ中、背中を押される様に乗り込むミウたん

再びエアーの噴出音がして、ドアがするするとスライドした

その古い車両は窓を開く事ができた

ミウたんは近くの席の窓を押し上げ身を乗り出す

「みんな、さようなら… 力になれなくてゴメンね…」

ミウたんの言葉に皆は銘々に穏やかに首を振った

軽い震動が伝わり、景色が動いて行く

「ありがとうミウ……」

ミオが小走りに列車に並走する 少女達も後に続いた

「ううん… こちらこそ… ありがとう… 扶桑村の人間に代わってお礼を言うよ… ずっと… 守っていてくれてたんだね…… ありがとう!」

ミウたんは窓から突き出した頭を深々と下げた

「ふふっ… なんだ… 気付いていたのか…? 何時からだ…?」

徐々に速度を上げる列車にミウたんと少女達は引き離されて行く

「お神輿を納めた神社… 珍しく狸を奉ってた…」

「ミウ…! お主が来てくれたお陰で最後の祭りができた…!」

「何時かまた、会えるよね…!」

小さくなるミオ達に大声で叫ぶ

それに手を振って応えるミオ達

 

「ミウゥゥゥ!! 列車の前に何が見えるっっっ!?」

 

ミオの絶叫が微かに響いた

 

「ほぇ!?」

 

思わず進行方向に視線を向けるミウたん

そこで迫り来る断崖絶壁の存在に気付いた

 

「ほぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!?」

 

ミウたんは奇っ怪な絶叫を上げるのと、唐突な浮遊感がその身を包むのはほぼ同時であった

 

「うぎぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 

 

 

 

「お客さん、起きて下さい! 終点です!」

誰かが肩を小突く

「う…… ううん……?」

「お客さん!」

「はいっ!?」

目の前に厳つい制服姿の男が立っていた

「こ… ここは…?」

ミウたんはハッとなって辺りを見回す

薄暗いそこにはミウたんとその男他には誰も居なかった

「ハッ!? 私に何をするつもり!? まさか… エロ同人みたいに乱暴する気…!?」

「終点ですよ! 早く降りて下さい!」

怒気を隠さぬ男に促され、ミウたんは慌てて列車のドアを飛び出す

ひんやりとした夜風がぱっつん前髪を撫でる

そこは見知らぬ山間の無人駅……では無く、ミウたんが三ヶ月に一回は寝過ごし流される、終点のターミナル駅であった

人気は乏しいが、不夜城の如き喧騒が宵闇の向こうから伝わってくる

そこは紛れもなく、ミウたんが暮らす大都会の片隅であった

 

(夢なんかじゃ無いよね……)

 

跨線橋に繋がる階段を一段抜かしで駆け上がるミウたんは、その頂きで立ち止まり後ろを振り返る

夜空に聳える高層ビル群の合間に、丸い月がぽっかりと浮かんでいた

 

 

 

 

 

「ハイ、カ~~~ット!!」

「ヒイッ!?」

向き直ったミウたんの眼前に突き出された黄色いメガホンから、何処か聞き覚えのある声が大音量で放出された

「あ、貴方は……」

「いや~~~ 相変わらずのいい演技だったよ~~~!!」

「別に何にもしてませんけど…?」

「いいの、いいの~! ナイスドキュメントタッチ! 寝過ごして辿り着いた先は不思議の村でした~! こりゃ大ヒット間違い無し!!」

「…………えっ?…………」

「勿論今回も君の先輩の紹介でね~ 早速この後、本編の撮影に入るからね!」

「…………本編?…………」

「そう、都会に降りてきた狸ちゃん達との異種百合乱交姦シーン! 今回は前後編の超大作AV! 金掛かってるよ~!!」

「…………何処から?…………」

「んっ!?」

「…………何処から撮影?…………」

「何処からって… 河原でホームレスと拉麺啜ってる所から…」

「…………しろっ…………」

「えっ!?」

「…………いい加減にしろぉぉぉおぉぉぉっっっ!!」

 

ミウたん渾身の右ストレートがチョビヒゲの顔面にめり込んだ

 

 

 

 

 

徒で我が家に帰る為、怒りに振える肩で風を切り、大股で夜の街を闊歩するミウたん

その後ろ姿を銭湯の瓦屋根から見詰める小さな影が幾数…

何故か鼻頭を小さな手で頻りに擦る一頭が合図をすると、その影達もまた、宵の闇へと紛れて行った……

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