トウコはライモンシティのポケモンセンターに設置されたパソコン端末をカタカタといじっていた。彼女が普段から親交のある馴染みの研究者に、三番道路産の孵化あまりポケモンを先日三匹ほど預けていて、そのポケモンたちの里親を探し始めた旨が書かれたメールに、ざっと目を通していた。
相棒のウルガモスには今卵を預けて温めてもらっている最中だったが、そのウルガモスが、突如きゅきゅうぅと騒ぎ始めた。がんばりやで、いつもは黙々と卵を抱えている。だからすぐに「ああ、孵るんだな」と察しがついた。
画面から顔を離して振り向くと、床に置かれた卵が今まさに激しく震え、新たなポケモンが誕生しようとしていた。その周りをぱたぱたとウルガモスが飛び回る。その様子はまるで中のポケモンへ激励を送っているようでもあった。
実際いつもはここまでうるさく騒がないのだ。卵たちの喧騒に、センターの中の幾人かもこちらに注目し始めた。
「よ、よォ……よーちゃん、どうした、そんな興奮して」
卵の中はメラルバだ。ひかえめCSベースを考えているのだが、どうしたのだろうか。ただならぬ相棒の様子に椅子から腰を浮かしたところで、見かねたのか同じくセンターに滞在していた知り合いが声をかけてきた。
「何事ですかな、トウコ氏。貴殿のウルガモスの只ならぬ騒ぎ方、これは中々ありえませんぞ? だからあれほど孵化あまりを野に放つなと申しているのです。きっとまた捨てられると思い、抗議しているのでしょう」
「いっぺんだって捨てた事ァねーよ、勘違いするな。博士に一度預かってもらって、一通りデータ採取が終わったら里親を募ってるんだからな」
――始めから対戦用としては育てられぬポケモンでもまずは論理に則って育成してみては? 我が導きますぞww
「まあ――その話はひとまず置いておきましょう」
などと男はいって、それからウルガモスへと目を戻した。
そいつの事をトウコは「ロンジャ」と呼んでいる。本人がそう呼べといってきたからだ。本名は一向に告げようとはしないのだが、悪いヤツじゃないとは思っていた。
そして。
パラパラと、殻が、弾け始める。
――でっどんでっどんでっどんでっどんでっでっでっでっでっでっでっで……テテーン。
“ぷひぃぃぃぃぃぃぃっぷ!”
感極まったかのようにウルガモスが叫び、卵の殻の残りカスからメラルバを抱え上げた。ふわりと抱えられたメラルバは始め小さく身を震わせたまま辺りの景色に戸惑った様子できょろきょろと首を振っていたが、やがて真ッ直ぐにトウコの事を見上げてきた。
「んんww……これは」
「これって……」
わけもわからぬまま、手をゆっくりと伸ばして――メラルバの頭に乗せた。
あったかい。そんなふうに思った。
「これはwwトウコ氏、貴殿にも中々運命力の素質があるようですなwww1/8192www」
燃え盛る炎と白い体毛。それは、後ろのウルガモスに見られるように、彼女らの虫・炎という複合タイプを象徴するものだった。
けれどそれは、炎と呼ぶよりも、まさしく太陽。白い体毛から幾本も伸びる角は、輝くような『金色』だった。
トウコは、隣で論者が何事かをまくし立てる中で、しばらくの間そうやって生まれた“色違いメラルバ”のぬくもりを右手に感じていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※
「スゴイじゃない、トウコ! おめでとう、みんなに伝えとくから安心して!」
「いや、おめでとうとかじゃなくてさ、アララギ博士」
トウコがラジオキャスターに向けてやや苛立ちの混じった調子でいった。
センターの食堂スペースである。
経験の無い、突然降って湧いたこの事態にトウコはすっかりテンパってしまっていたのだが、数多の卵を孵してきてすっかり貫禄のついてしまったウルガモスの「よーちゃん」と、珍しく茶化した口調でない論者とに宥められて、ようやっと落ち着いてきたところだった。孵化してすぐにあれやこれやと野次馬がやってきたのも悪かった。メラルバ―ウルガモスというポケモンたちは、イッシュチャンピオンが使用するだけあってメディアへの出演も多く、そこから一般の知名度もそこそこあった。
けれどその人気に反比例し個体数のかなり少ないポケモンでもあった。野生での捕獲事例は皆無、所持・育成しているトレーナーは極めて限られる。そんなポケモンが卵から孵った瞬間を目撃して、その上色違い個体なのだ。触りたいとか一枚でも写真を撮らせてくれ、という人や半ば強引に交換をせがんだりしてくる輩等等、それらがいっぺんにトウコたちのところへ押しかけてきて、一時センター内は騒然とした。生まれたばかりだから、生まれたばかりだから勘弁と連呼しながらトウコは一旦それら全てを拒否せざるを得なかった。
ライモンは街の発展に合わせ、センターの内装も中々に手広い。
ぐったりと疲労したトウコがアイスコーヒーを注文する頃には、押しかけた人々から向けられる視線にすっかりおびえてしまっていたメラルバも、テーブルの上でタオルに包まってうとうととしていた。論者とよーちゃんだけが未だに健在だった。
「いやはやwww異教徒のはしゃぎようも頷けるというものですなww普通、そこらのボーナスでさえ色が違えばあっという間にお茶の間の人気を勝ち取れますからなwwww」
「ぷひぃぃぃっぷ!」
「あー……」
どこか小ばかにしているような感じであるが、論者も先ほどの人だかりを捌くのに尽力していた。平素のロジカル語法とやらもどこへやら、「申し訳ない、孵化したばかりですのでシャッターの音や光も控えてください、ここは皆さん出直してトウコ氏のところへ――」と、通りのよい声で群集を誘導していた論者を「誰だコイツ」と疑問にさえ思ったほどだった。
最近のセンターには、カフェーやらフレンドリーショップやらも併設され、一所にトレーナー向けの機能を集約するような形になり始めている。軽食のついでにトレーナー同士で交流ができたりと、中々好評であるようだった。
やがてウエイトレスの女性がトレーを持って、トウコと論者とに注文を届けに来た。向こうは湯気の立ったブラックコーヒーだった。
「あのう……」
「ん?」
カップを二つテーブルに置き終わっても立ち去ろうとしない女性に、トウコがいぶかしむような目を向けると、彼女は遠慮がちに写真いいですか、と訊ねてきた。
「えっと……」
周囲はようやく人が散って、ややもすれば、閑散としていた。そもそも平日の昼も盛りを過ぎた頃だった。
「……んー、大丈夫か、構わないっすケド」
「本当ですか?」
おそらく、先ほどの騒ぎを見て、混乱が落ち着く頃合を待っていたなと苦笑する。女性はケータイを構えて、それからちょっと未練がましそうにトウコの頭にへばりついていたウルガモスを見た。意外と暑苦しいものだ。
「ああ、この子も一緒の方がいいっすかね。よーちゃん」
「ぷひぃ」
返事一つでぱたぱたとカメラの前に降りる。がんばりやはエンターテイメント精神も豊富だった。
「ありがとう! ――じゃあ、撮りまーっす!」
「業務中にこれは怠慢なのではありませんかなwwwww」
可愛らしいシャッター音が幾度か繰り返されて、その拍子にメラルバが目を覚ましたのか、のそりと首をもたげた。
「うっ。あちゃぁ、起こしちゃったかな……」
「いやいや別に、気にしないで」
うりうりうりうりうりWRYYYとトウコが体を撫でてやると、くすぐったそうにもぞもぞと身動ぎした。なんか、ひかえめっぽいなと淡くトウコが期待する傍ら、論者は論者で「不躾ですが貴殿は地元の方ですかなwww」とかやっていた。
ろんじゃは ふきょうを しかけた! ▽
「そうですけど、あの、仕事中にそういうのはちょっと……」
「んんww棚上げはアリエ……いや、失礼。ではポケモンバトルは行われますかな? 今ならば素敵な」
「そこまで……」
「ありえないwwwww」