ウルガモスのプリエール   作:ピュゼロ

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 ……人は実現しうることを夢見るという。
 夢見た色はやがて形になり、鮮明に色づくのだという。
 やがて来る未来を仮初の現に寝入る中で眺望する事。
 しかしならば、人ではない、ポケモンたちが見る、夢の色。
 それは、いったい何色なのだろうか。
 おおよそ想像の及びつくところにはないだろうが、それでも人の隣にはポケモンがいて。
 互いの見る夢さえわからないまま、共に歩んでいくだけなのである。
 ……だが人にしてみたところで、その実現がどのような形になるかは誰にもわからなくて――


AWAKEN-目醒め 前編

 

 No,244、最高に強くてカッコいい無敵のヒーローエンテイ!

 エンテイは神! エンテイこそが神! ミュウツー以上の攻撃種族値にジラーチにも並ぶすばやさ! 豊富な範囲に受け出しを許さない火力! 結晶塔の帝王エンテイ!

 エンテイ! エンテイ! エンテイ! エンテイ! エンテイ!

 エンテイ! エンテイ! エンテイ! エンテイ! エンテイ!

 エンテイ! エンテイ! エンテイ! エンテイ! エンテイ!

「エンテイ! エンテイ! エンテ……」

「横でごたごたうるせーよ」

 胡坐を掻いたままでトウコはその頭を引っぱたいた。でなければ相手が決まるまで、いつまでも自己賛美を続けそうだったからだ。

 レート戦での、対戦相手にマッチングするまで持て余すあの特有の閑暇だった。

「静かにお座りもしてらんねえの。この駄犬め」

「私をあのワンワン鳴くようなそこらの輩と一緒くたにされては困るな」

 トウコに限ってはエンテイの事を、恵まれた種族値と、それを生かせない残念なポケモンだと思っていた。それもフレドラとしんそくを覚えた今では古い話なのだが、この自信過剰でなんだか苛立たしいエンテイは、そいつらともまた違うのだという。

 技スペースを、八つ持てているのだという。

「明らかに改造です。お疲れ様。自覚ある? 準伝も落ちたなぁ」

「わかるかトウコ。そもそもスパコン並の知能も鳥頭も皆等しく四つまでしか覚えられないのが可笑しくはないか? バランス調整という名のゲーフリの洗脳なのだよあれは」

「みんな薄々わかってんだって。けど、お前以外誰もやってないし。しかもアタッカー枠四つとノイテイ技四つっつー頭悪い覚え方……お前それで通用すると思ってるワケ」

「相手がエンテイ読み降参かましてくるレベルだな」

「無茶言うなよエンテイなんだぞお前」

 言い合っている間に、ピピッと音が鳴った。回線が通じた。

「えあーお相手は……群馬のエリートトレーナー。勝利数三桁いってるんだけどオイこれ。修羅勢じゃん」

 次に相手パーティの六体が表示され、それに対応し制限時間内で自分が選出する三体を選ぶ。

 そして。

「雨パか」

「起点だな」

「ナットレイ」

「燃やし尽くしてくれる」

「ブシン」

「私より遅いぞ?」

「最後えーと……ガブリアスか」

「ああ、ガブ出てくるわ……もう駄目だわ……」

 

 ※ ※ ※

 

 ――夢から醒めたトウコが気づいた時にはまさしく夢の残骸とでもいうべき光景がそこにはあった。

 呻きつつ壁の時計を見ると、既に深夜も一時を回っていた。堪えきれずにもう一度、欠伸を噛み殺す。口を拭い、パキポキとあちこち鳴らしながら大きく背伸びをした。

 何をしていたのか。

 ……それは覚えていた。一手一手の打牌までもが脳裏にこびりついていた。最後の最後、二千点逃げ切りの場面で――ベルに振り込んだのだ。

 ――ツモォ! 四千、八千!

 顔を上げると、ベルが力なく歓声をあげるところだった。焦点の合わぬ目で宣言し、そして卓に顔から崩れ落ちた。博士とチェレンも同様に潰れている。パパラギは一足先に壁際のソファーで横になっていた。彼がベルと代わったのも覚えていた。それから、いったいどういう体調で打ち続けて、いくら分負けたのか……。

 ひとまず、こっそりと卓の上の、ベルと自分の手牌をそっくり入れ替えて、それからふぅーっと息をついた。

 ここに来る直前まで、メラルバのプリエールを伴い、シッポウやらタワーオブヘブンやらに出向いて、ガマガルやクルミルといったポケモンをせっせと倒していたのだ。

 

「プリエール、どくどく!」

「タブンネェェ!」

「……いきなしすてみタックルはねーだろ」

 

「プリエール、どくどく」

「タブンネッ」

「目が合うなりとっしんかヨ。やる気のあるタブンネだこと」

 

「うん、どくどくな」

「きゅー!」

「あっクロバットじゃん待って待って待て」

 

「どくどく」

「タブンネぇ」

「やっぱゴローニャ連れて来るわ」

 

 人の集中力には限界がある。何時間も卓について、互いの隙を虎視眈々と窺いつつ牌を倒していく事は、彼女の精神だけでなく体力もごっそりと削っていた。極度の集中は時に肉体をも痛めうるものなのだ。南二局、震える手で震える視界で十三枚の牌を手元に持ってきたトウコは、妙に頭の後ろ辺りがじくじく痛むなといぶかしんだ時に、

 鼻梁から、

 ――つうと血が滴ってきたのだ。

 慌てて鼻を摘んで眉根にぎゅっぎゅっと皺を寄せ、それでも勝負を続行した。もはやポケモントレーナーとは名ばかりのような気もしてくるような根性である。

 始めはまだ均衡を保っていたのだが、不眠が続いてくるとやがて、一度の負けが大きく響いてくるようになる。言うまでもなく、不調時には負けこんだ分を挽回しようとしても難しくなり、逆に勝っている側ならば現在のリードをそのまま保っていればよいために、じりじりと気持ちで追い込まれていく。判断力が鈍る。押し引きの基準が曖昧になる。疲労した頭を抱えていては勝てる勝負も勝てないので、普通は適宜休憩を取ろう。ギャンブルというのは大抵カモから毟り取れば収支プラスになるようにできている。

 前話から続いて今更だが日本国において賭博は犯罪である。よく雀荘で行われるピン5ピン10はお目溢しを受けているに過ぎないのでトウコたちの真似はやめておくのが無難だろう。

 法律に反する事は他意故意を問わず犯罪です。

 イッシュでは合法です。

 ――ぎし、ぎしと、強張り軋む節々の痛みを努めて無視し、トウコは奥歯であくびをかみ殺した。なんにせよ、メラルバの育成を終えてそのままなのだ。軽く汗ばみ、脇腹の辺りがべたつくような感じで、シャワーでも浴びて口の中をゆすぎたかった。

 廊下に出る。その肌一枚のところで、受けとめる空気が変わる。

「そーのー血ィの宿命ぇー」

 ふんふんと幽かに鼻歌を奏でつつ戸を閉めると、すでに研究所は真っ暗になっているのだと知った。

 壁をまさぐって、電灯のスイッチを押した。廊下に、極々薄い明かりがぼんやりと点る。夜行性のポケモンを脅かさぬように、照明は基本的に光量を絞られているのだ。ふやけた橙色の暗がりに輪郭もあやふやなポケモンたちの瞳光が音もなく浮かび上がっていた。トウコが、研究所に預けていたそれらを見つめながら、「ナニ廊下で蹲ってんだヨ」と手をひらひら振ってどこへなりと行くよう言う。言うのだが、ポケモンたちは散らず、ゲッゲッゲッなどと鳴いている。彼らなりに、久方ぶりのトレーナーの帰還を喜んでいるようであった。

 満更でもないようなトウコ。しかしふと、その顔に疑問が浮かぶ。

 タタタタ……と、小さな(あしおと)

 右手の部屋から足元をすり抜けポケモンが走っていった感覚があった。

 その後を追うかのように続くもう一体の気配。ふっと熱を感じた。

「……プリエール、か?」

 二体ともすぐに角を曲がって見えなくなる。

 そして、やや慌てたように影が一つ戻ってきた。

「ああ、プリエール。どーした? なにしてんのオマエラ」

「きゅっ。きゅっきゅー!」

「あっこれわかんねぇ」

 首を下に向けると、薄ぼんやりとしたメラルバのシルエットと暖かみがわかる。何かをわめき立てている。もちろん、何を言っているのかはさっぱりだ。

 こういう場合、普段ならば居候のルカリオに通訳させていた。けれどどうやら、今ここにはいないようである。ゲットされたくせに、時折トレーナーに断わりもなく武者修行だとかなんとか言い残しては勝手に出て行く穀潰しだ。当てもなくふらふらと廊下を見渡してからトウコは「どうしたもんか」と首をひねらせた。さすがに、無敵のトウコ先輩といえども、ポケモンの言葉なんてわかるはずがなかった。

 考え込んでふああぁとあくびを漏らすトレーナーに業を煮やしたのか、メラルバはトウコの足首に思いっきり熱い息を吹きつけてから再び角を曲がっていった。

「なんなんだろうな。反抗期? にしちゃちと遅いか」

 暗闇にのっそりと灯が点る。ふわふわと漂って顔に炎を押し付けてくるシャンデラを払い除けながら、ひとまずその小さな影を追いかける事にする。

 角を曲がる。伸びた廊下の先の中庭へちらっと目をやり、少しだけ考え込む。

 それから、右手に並んだ一室の中で、ドアがわずかに開いているものを見つけた。

 シャンデラと目配せをし、頷きあう。

 まずはトウコがそろそろと足を踏み入れ、扉を開け放った時である。暗がりの奥でうずくまる二体をトウコが目にした時、突然部屋が真昼のような明るさに覆われた。

「うおっまぶしっ」

 そんなマヌケなセリフが、最後になった。

 

 





次回、最終話。
夢コイルの厳選終ったら真面目になるよジョジョ。
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