営業部、商品開発部、経営企画部、人事部、財務部……エトセトラエトセトラ……
多種多様な部署を抱える山越商事の中にあって、
たった一つだけ陽の当たらぬ会社の闇のような部署が存在している。
それが、総務部庶務2課。
通称、ショムニ。
社内の雑務全般を請け負う部署、と銘打たれたその部署のオフィスは社内の最深部。
誰の目にも止まらぬ元は倉庫として使われていた場所に、ひっそりとそれは存在している。
辻垣内智葉はドアを前に立ち尽くしていた。
片方だけ止まった部署名を示すプレート、
閉じきったドア越しにでも伝わる埃と黴の匂い。
いかな智葉であっても、この部屋に意気揚々と入るのには些か躊躇われた。
しかし、このまま居ても埒が明かない。
決心した智葉はドアノブを捻り、あらん限りの力でドアを開け放つ。
と、同時に火災時に発生するバックドラフト現象のように流れ出す大気の本流が智葉を襲う。
黴の饐えた匂いと舞い上がる埃に口を押さえて咳き込みながら、
ポッカリと虚ろな口を開けた暗黒を智葉は見やる。
電気も居らず窓もない真っ暗な空間。
しかし、智葉は確かにそこに人の気配を感じた、
纏わり付く視線が舐め回すように身体を這い回る。
突如、闇を切り裂いて声が響いた。
「ようこそ、ショムニへ、新人さん……?」
クスクスと嘲笑う声が周囲から湧く。
智葉は口を三日月に吊り上げた。
「上等……だよ、ヨロシクな?センパイ方……?」
*****
「で、何でお前らはこんな暗い所に……」
蛍光灯が灯り明るくなった室内。
元倉庫、とは言え元〝倉庫〟である。
照明設備が備わってないことなどあり得ないのだ。
倉庫だった名残なのか埃の被った戸棚が幾つかと、申し訳程度に置かれたデスク。
窓は一枚も無く、辛気臭いことこの上ない。
そこで、智葉はそこにいた4人の顔を見渡して溜息を吐いた。
智葉のその質問に、緩く波打った紅梅色の髪をツーサイドアップに纏めた女が、
大袈裟なリアクションと共に答えた。
「ちゃちゃのんは暗くて怖いって言ったんじゃが、照ちゃんがその方が雰囲気が出るからって電気を消したんじゃー」
「そんなこと……もぐ、言ってバリ、ない……むしゃ」
何かを咀嚼しながら答えたのは、
その隣で煎餅とクッキーを握り締めて齧歯類のように頬を膨らませている女。
口元に付いた食べカスを見るに、あの頬に何が詰め込まれているのかは想像に難くない。
「でも、何で私を待ってたんだ?」
智葉は、己のことを『ちゃちゃのん』と呼んだ女の方向に視線を向ける。
「まるで、私が来るのが分かっていた、ような言い方じゃないか」
「それは……」
すると、それまでデスクに足を組んで座っていた燕脂の髪の毛の持ち主が揺れ動く。
その彼女が、口籠る『ちゃちゃのん』の言葉を遮るように躍り出た。
「あら?知らないのかしら、山越商事の〝鹿児島の母〟を」
その燕脂髪が不敵に笑いながら指刺す方を智葉が見ると、
何やらデスクに透明な球体を置き、
それに向かって怪しい呪文のようなものをブツブツと呟く——
——おっぱいお化けがいた
「おっぱいお化けではありません、私は歴としたニンゲンですよ」
「考えを読まれた……!?」
「森羅万象、私に読めないものなどありませんから」
智葉は戦慄した。
確かに全員、掛け値なしの問題児であろう。
一般人のカテゴリーの枠から外されたアウトロー達。
ここは間違いなく〝ショムニ〟であった。
*****
「5人か……これで全員ってワケだな……?」
顎に手を当てたまま智葉が1人ずつ数えていると、
『ちゃちゃのん』が思い出したように声を上げる。
「あ、でもーショムニは全部で6人って霞ちゃん言っとったのう?」
もし本当に霞ちゃんと呼ばれたおっぱいお化けの言うことが本当ならば、
後1人足りない計算である。
すると、入り口から蚊の鳴くような声がした。
「あ、あのー」
皆一様に頭を抱える、後1人一体どんな問題児が増えるのか。
「えっと……あのー?」
ショムニに転属になるとなれば、負けず劣らずの変人に違いない。
5人は同時に顔を見合わせ、溜息を吐いた。
「お前らぁっ!聞こえとるんやろうが!あぁ!?人が呼んどんのや、返事くらいせんかい!」
空気を劈く怒号が部屋に響く。
一拍置いて、ゆったりとスローモーションのように5人はその声の方を向いた。
「「「「「あ?」」」」」
後に、この時の状況を怒号の主である末原恭子はこう語ってる。
——あの時のウチはゴジラに睨まれたカエルやった
と。