リリカル・デビル・サーガ   作:ロウルス

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「……そのあとはよく覚えてないわ。気がつくと、駆けつけた警備員に病院に連れて行かれてたみたいね」

 話し終えた私は自分の声が震えているのが分かった。あの時のことは今でもはっきりと思い出せる。あれから23年。本当に長かった。終わらないんじゃないかとも思った。

でも、それは目の前にいる少年によってあっけなく終わりを告げた。

――――――――――――プレシア/時の庭園



第8話 異界の帰路

 孔は黙ってプレシアの話を聞いていた。話を聞く限り、間違いなくプレシアは被害者だろう。家族を失った痛みは孔自身も経験していた。うつむいてかける言葉を考える。しかし、次の一言はその思考を中断させた。

 

「アリシアは死んでいたわ。でも、私はそんな事は受け入れられなかった。だから……アリシアを生き返らせる事にしたのよ」

 

「っ?!」

 

 思わず顔をあげる孔。死んだら終わり、諦めるしかない。その常識を無視した、ぶっ飛んだ発想だった。

 

「意外だったかしら? でも、私にとってアリシアはすべてだったの。あらゆる方法を試したわ。それこそ倫理を外れた科学的な手法から、他次元世界の秘術やオカルトにまで手を出した。アリシアを取り戻せれば、あとはどうでもよかったのよ」

 

「そんな時だね。私と出会ったのは」

 

 今まで黙っていたスティーヴンが続ける。

 

「私は医師をやっていたのだが、患者の中にA1のオリジナルがいてね。彼女は異常な魔力を持っていて、そのせいで身体のバランスを崩し、生まれながらに生命の危機を抱えていたんだ。だがリンカーコアそのものはそこまで発達していなかった。原因が分からなかったから、手の施しようもなかったのだが、そんなときに起こったのがヒュードラ事件でね。魔力炉自体は暴走した際に破壊され、A1もAkも発見できなかったが、暴走時のデータそのものは残っていた。私はプレシア女史からそのデータの提供を受けてね。異常な魔力量の原因を掴むことが出来たんだ。A1も私の患者も、なんと次元世界の外側から魔力を引き出し続けていたのだよ!」

 

「……次元世界の外側とは?」

 

 興奮して叫ぶスティーヴンに孔はあくまで冷静に説明を促す。後をプレシアが続けた。

 

「そうね、コウ君の住む地球の外は宇宙でしょう? その外側に別次元の世界があるのはいいかしら?」

 

「……まあ、未だに信じられない気もしますが、一応は分かりました」

 

「なら、1つの次元世界を星のようなものと考えて頂戴。宇宙にたくさんの星があるように、多次元宇宙にはたくさんの次元世界があるの。でも、実は多次元宇宙にもさらに外側があって、A1はそこから魔力を得ていたのよ」

 

「そして、その外側の世界――我々はアマラ宇宙と呼んでいるが、そこにレアスキルによらず人工的にアクセスする装置が君を呼び出したターミナル・システムなのだよ!」

 

 話は分かったのだが、スケールが大きすぎて今一つ実感がわかない。このままではらちが明かないと思った孔は、最も気になる点を聞いてみた。

 

「それが俺を呼び出した理由とどう関係してるんです?」

 

「君はここへ至る途中、人魂のような悪魔を見なかったかね?」

 

「ええ、大量に見ましたが……まさか?!」

 

 そこまで来て孔もようやく気付く。

 

「そう、君が通ってきた空間こそがアマラ宇宙であり、そこには天使や悪魔、そして死者の魂が満ちているのだよ。我々はそこからアリシア君の魂をこちらへ呼び出そうとしたというわけだ」

 

「じゃあ、俺がここへ来たのは……」

 

「アリシア君の魂の近くにいたからだね。まさか我々も人間が出てくるとは思わなかったよ。君はどうやってアマラ宇宙へ入り込んだんだい?」

 

「俺はドウマンの持っていたあの装置に引き摺り込まれて……」

 

 ここへ来る事になった時の様子を説明する孔。質問したときはさりげなさを装いつつも目を輝かせていたスティーヴンは、孔の説明を聞いて落胆したような声を出した。

 

「……ああ、それは恐らくターミナルのコアになっているアマラ輪転鼓だろう。念のため2つ用意しておいたんだが、片方を悪魔に盗まれてしまってね。こんなこともあろうかと、起動と同時に此方へ移転するよう設定しておいたのだが、それに巻き込まれたのだろう。ついでにデータをとるためアラマ宇宙を通るようにしたのだが、我々が送り込んだアリシア君の位置情報を得るプログラムがノイズになって途中で放り出されたと言った所だな」

 

「しかし、あのとき貴方の声が聞こえましたが?」

 

「手元に戻ったターミナルのおかげで、アリシア君がアマラ宇宙のどこにいるかを特定するデータが揃ったのさ。それで、時の庭園の設備を借りて、本格的にアリシア君の魂に呼び掛けを行ったんだ。此方だと呼び掛けたのは、君ではなくアリシア君だったのだよ。まあ、他に悪魔も呼び寄せてしまったから、聞こえていたとしても不思議はない」

 

 なんだそれは。孔は自分が巻き込まれただけと知り、緊張を解いた。スティーヴンも孔がアマラ宇宙に偶然迷い込んだ存在でしかないと知り、少し残念な様子だ。わずかながら微妙な空気が漂ったその時、プレシアが口を開いた。

 

「コウ君、アリシア以外にアマラ宇宙で人は見なかったかしら?」

 

「いえ、見ませんでしたが?」

 

「そう、ならいいの……」

 

 プレシアは目を伏せる。アリシアの近くに夫がいれば話を聞きたかったのだが、孔は出会っていないようだ。プレシアは夫の蘇生は望まなかった。アリシアと違ってその死に理不尽なところがなく、死に際も安らかだった。その上、アリシアを遺してくれたこともあって、夫の死でそこまで取り乱すことはなかったのだ。娘が戻ってきたのだから、今はそれで我慢しよう。そう思い、質問を切り上げるプレシア。それを見てスティーヴンも質問を再開する。

 

「私の方も聞きたい事があるのだがいいかね?」

 

「……構いませんが」

 

 スティーヴンの質問は多岐に及んだ。アラマ宇宙はどんなものだったかから始まり、あの骸骨の悪魔に使ったゲートオブバビロンや反魂神珠まで。といっても孔に答えられる事は少なかった。アマラ宇宙は赤い通路のような所としか表現のしようがなかったし、後ろ2つは記憶喪失なのでよく解らないが、恐らくそちらで言うレアスキルに近いのではないかとだけ言っておいた。さすがに反魂神珠のことを細かく話す気にはなれない。

 

「他言無用に願います。自分でも制御出来ていない上に、悪用できそうなので」

 

「勿論、研究者として知識の使い方は分かっているつもりだ。他に漏らす気はないよ」

 

「私も、恩人を売る気はないわ」

 

 孔の願いにスティーヴン、プレシアの順に答える。少々不安ではあったが、力を知られてしまった以上、孔は2人の言葉を信用するしかない。

 

「ありがとうございます。ついでといってはなんですが、地球まで帰る方法を……っ!」

 

 しかし、孔が話を切り上げようとしたとき、部屋にサイレンが響いた。

 

「何事かね?」

 

「制御室から警告です。内容は……船の発着場に異常? あそこはそうそう使わないから異常なんて起きないはずだけど……とにかく、制御室へ向かいます」

 

「ふむ、悪魔がらみかもしれない。私も行こう。コウ君もよいかね?」

 

 悪魔と聞いて孔も頷く。スティーヴンは孔に車椅子を押させ、メイン制御室へ移った。

 

 

 † † † †

 

 

 時は僅かに遡り、時の庭園の一室。そこではリニスがアリシア、フェイト、アルフにプレシアのやろうとしていたことを説明していた。

 

「まず、お帰りなさい。アリシアお嬢様。私もプレシアも、ずっと貴女と会いたかったんですよ?」

 

「うん、ただいま。リニス。ええと、何でお姉さんになっちゃったの? それに、このお姉ちゃんだあれ?」

 

 素直に返事をしつつも、やはり素直に疑問を口にするアリシア。フェイトとアルフも不安そうにリニスを見ている。

 

「ええ、順番に説明すると、私がこの姿になったのはプレシアと使い魔の契約をしたためです」

 

「使い魔って?」

 

「『魔導師が死の直前または直後の動物に自身の魔力を送ることで使役する魔法生命体』のことです。まあ、プレシアの魔法で人間の姿になったと思ってください。こちらのアルフも、そこにいるフェイトの使い魔なんですよ」

 

 ほへ~っと妙な声を上げて感心するアリシア。リニスの方も細かい技術を説明してもアリシアには分からないと思ったのか相当適当な解説をしたのだが、アリシアは「プレシアの魔法」で納得したようだ。

 

「それと、フェイトは貴女の妹です」

 

「ええっ! 妹?!」

 

「……え?」

 

「……なんだって?」

 

 アリシア、フェイト、アルフが一様に驚く。中でもアリシアの衝撃は大きかった。

 

「前にお母さんに妹が欲しいって言ったけど……。でも、でも、私の方が背低いよ?」

 

「実は、アリシアお嬢様は大分前に事故で大怪我を負ったんです。本当はもう死んでもおかしくない状態だったんですが、プレシアがギリギリの所でカプセルに保護したんですよ」

 

 まさか本当は死んでいたとは言えない。死者蘇生の術でアリシアが蘇った等と知れたら、何処かの研究所へ連れていかれ、実験材料に使われかねない。この点はプレシアから届いた念話で釘を刺されていたし、リニスも承知していた。

 

「それで、アリシアお嬢様は成長出来ないまま過ごして、フェイトに追い抜かれたんです」

 

「あう。なんか不公平だよぉ」

 

 成長出来ないに反応してフェイトを見るアリシア。フェイトは自分にそっくりな顔に驚いて固まっていた。

 

「でも、アリシアお嬢様を救うためにフェイトは色々頑張って来たんですよ? きっと、貴女の自慢の妹になります」

 

「そうなんだ。ありがとう! ええっと……フェイトちゃん?」

 

「え、ああ……うん」

 

 とりなすように言うリニスに、素直にフェイトに向かってお礼を言うアリシア。しかし、フェイトの反応は淡泊だった。急に現れた人物が姉だと言って紹介されても、そう簡単に受け入れないのだろう。フェイトは今まで母親に認めてもらうため努力してきたのであり、決して見たこともない姉のためではない。アルフも何やら納得いかないのかウンウン唸っている。2人の様子からそうと悟ったリニスは労るように言った。

 

「大丈夫ですよ、フェイト。間違いなく貴女の力でプレシアはアリシアお嬢様を取り返せたんです。きっと、フェイトのことだってプレシアは認めてくれます」

 

「……本当?」

 

「ええ、しばらくはゆっくり家族で過ごせると思いますよ?」

 

 不安そうにしながらも、ようやく笑顔を見せるフェイト。それから緊張が緩んだのか、4人は色々な話を始めた。そんなとき、

 

 部屋にサイレンが響いた。

 

「えっ?! 何?」

 

 けたたましく鳴り響く音に怯えたようにリニスにひっつくアリシア。リニスは安心させる様にアリシアを抱き締めた。同時、プレシアから念話が届く。

 

(リニス、聞こえるかしら?)

 

(ええ……何が起こったんですか?)

 

(さっき見逃した悪魔――グレムリンだったかしら。それが、ここのコンピューターに浸入していたのよ。船の発着場で異常が起きてるわ)

 

(コンピューターに浸入って……悪魔にはそんなことが出来るんですか?!)

 

(スティーヴン博士によると、ね。私達で対処するから、アリシアを守っていて頂戴)

 

(ええ、分かりました。ちゃんとアリシア「達」は守りますから、プレシアも無理はしないで下さいね?)

 

 敢えて「達」の部分を強調して念話を返し、3人に向き直る。

 

「どうも、船の発着場にさっき逃がした悪魔が出たみたいですね」

 

「えっ?! あ、悪魔?」

 

「リニス、それって……」

 

「私も詳しいことは分かりませんが、凶悪な魔法生物のようなものです。さっき出てきた紫色の人魂みたいなのや骸骨みたいなのがそうですね」

 

 魔法生物とは魔力を持った動物のことで、ミッドチルダをはじめとした魔法世界ではよく見受けられた。中には人を襲うものもいるため、リニスは異形の悪魔をそれに例えたのだ。

 

「大丈夫なのかい?」

 

「今、プレシア達が向かっていますから、ここで待って……」

 

「私、行ってくる!」

 

 リニスの言葉の途中で、船の発着場に向かって走り出すフェイト。リニスはそんなフェイトに危機感を覚えた。おそらく、フェイトは骸骨の悪魔と聞いて血を流すプレシアを思い浮かべたのだろう。

 

「フェイトッ?! アルフ! フェイトを追って下さい!」

 

「っ! 分かったよ!」

 

 アルフに追いかけるよう急かす。リニスはフェイトの後を追うその背中を見ながら、ようやく得られた家族を守るべくプレシアに念話を送り始めた。

 

 

 † † † †

 

 

 こちらはプレシア達3人。スティーヴンは孔に車椅子を押させ、時の庭園の制御室へ来ていた。スティーヴンは車椅子の端末を時の庭園のメインコンピューターと繋ぎ、悪魔の反応を調べようというのだ。何でも、端末に悪魔の情報が表示されるANS(Auto Navigation System)なるソフトウェアが入っているらしく、どのくらいの力を持った悪魔が何処にどれだけいるかが分かるのだという。

 

「ふむ、やはり船の発着場に集中しているな。そこから動こうとしない」

 

「船を奪って何処かの次元世界に逃げるつもりでしょうか?」

 

「いや、恐らくは契約した人間のもとへ向かおうとしているのだろう。此方へ仕掛けてくる気配がない上に、逃げるにしては統率がとれすぎている」

 

 パネルを見ながら意見を言うスティーヴンとプレシア。流石に悪魔との付き合いは長いだけあって冷静に反応する。孔はそこに疑問をはさむ。

 

「契約した人間、ですか?」

 

「ふむ、コウ君はドウマンとやらが悪魔を呼び出そうとしたと言っていたね?」

 

「その様子でした」

 

「つまり、何らかの意思を持った人間が悪魔を使って事を成そうとしているのだよ」

 

「そんなことが可能なんですか?!」

 

「うむ。古来より様々な次元世界で悪魔と契約するという逸話は残っている。複雑な手順を踏めば可能な筈だ。おそらくアマラ輪転鼓を無理にこちらへ移転した際、ドウマンに呼び出されつつあった魂が君と一緒に巻き込まれたのだろう」

 

「じゃあ、俺が今まで戦ってきた悪魔も?」

 

「ああ、誰かの契約のもとで動いていた可能性はあるな」

 

 孔は手を握りしめた。どういう目的かは知らないが、アリサや杏子が人の意思で殺されたなど考えもしなかった。

 

(もし、そんな人間がいるのなら……っ!)

 

「なんですって?」

 

 しかし、その思考はプレシアの声に遮られた。突然の声に目を向ける孔とスティーヴン。プレシアはまるで携帯で話をしているように横を向いている。が、直ぐに2人に向き直って言った。

 

「リニスからの念話です。どうもフェイトが悪魔を止めに行ったみたいね」

 

「大丈夫なんですか?」

 

「ふむ、船の中にいる悪魔を除くと、相手はグレムリンが数十体。一体一体は大したことはないが、こう数が多いと難しいだろう。後、別に一つ大きな反応がある。これは訓練を受けた魔導師でも厳しいだろうな」

 

 プレシアの言葉に反応する孔。一方、科学者であるスティーヴンははっきりと事実を述べる。それを聞いて、今度は孔が声を上げた。

 

「なら助けに行かないと!」

 

「まあ、待ちたまえ。プレシア女史、確か予備のデバイスがあったね?」

 

「ええ、一応。S2Uの量産型ですけど……では、コウ君は?」

 

「ああ、魔力を持っているようだ。取り敢えず、それを渡してもらってもいいかね?」

 

「私は構いません」

 

 自分も魔法が使えるとは思っていなかった孔は驚いた。

 

「待ってください。俺は魔法なんて使えませんし、魔力なんて……」

 

「いや、間違いないよ。車椅子を押してもらったとき、僅かだが反応があったからね。それに、デバイスさえあれば知識がなくともある程度の魔法は使える」

 

 そんな孔をよそに、スティーヴンは続ける。

 

「対抗手段は多い方がいいだろう。即席だが、基本的な魔法と念話の使い方を説明しよう。それと、何の対策も無しに悪魔と戦うのは危険だ。幸い、両者とも私の知識にある悪魔だ。対処法は……」

 

 

 † † † †

 

 

「っ! さっきの!」

 

「あ、あんた達は!」

 

 船の発着場についたフェイトとアルフは同時に声をあげた。目の前には、絵本の中から出てきたような悪魔、グレムリンが何十体も宙を舞っている。

 

「ヒーホー! さっきの人間だホー!」

「お話の余裕は無くなったから、用済みだホー!」

「そんでもって、ここは通行止めだホー!」

「帰れホー!」

 

 一斉に騒ぎ始めるグレムリン達。相変わらず軽薄なしゃべり方だが、母親を殺した悪魔と同類だと思うと、始めて見た時と違い強い憎しみが込み上げてきた。容赦なくバルディッシュを構えるフェイト。

 

「母さんのところへは行かせない……!」

 

《Photon Lancer》

 

 槍状の砲撃がグレムリンを撃ち抜く。大した手応えもなく、グレムリンは地面に墜落、染みになって消えた。

 

「うわー! ほんとに撃ってきたホー!」

「悪魔を殺して平気なのかホー!」

「酷いホー!」

「オイラ、まだ出てきたばかりで何にもしてないホー!」

 

 一斉にフェイトを批難するグレムリン。浴びせかけられた罵声にフェイトはたじろぐ。それは一瞬とはいえ隙となり、

 

「そんなにやりたいんならやってやるホー!」

 

――ジオ

 

 グレムリンが放つ無数の雷にさらされた。数十体のグレムリンが放つその雷は、フェイトに逃げ場を与えず襲いかかる。

 

「フェイト!」

 

《Round Shield》

 

 すかさずアルフが前に出て、魔力のシールドを展開する。しかし、一発一発は大したことなくとも、何十発も絶え間なく打たれると流石にきつい。シールドは軋みを上げ始めた。

 

「くぅっ!」

 

「アルフ!」

 

 数の暴力に歯噛みするフェイト。シールドから飛び出して反撃に移る隙もない。フェイトはスピード重視で防御を軽くしている自身の戦闘スタイルを悔やんだ。だが無情にもフェイトの感情をよそに、アルフの張ったシールドに皹が入り、

 

 同時に雷の嵐が止まった。

 

 フェイトが目を開けると、剣やら槍やらで串刺しにされたグレムリン。

 

「……ぁ?」

 

 そして目の前には、母親を助けた少年がいた。

 

「大丈夫か?」

 

「……えっ?! あ、はい……」

 

 しかし、フェイトの方は孔を見て目があった途端顔を背けた。あの骸骨の悪魔と戦っていた時は悲しみと怒りで、プレシアを生き返らせた時は安堵と喜びで気が付かなかったが、改めて見ると何やら不快な印象を受ける。突然時の庭園に現れた始めて見る同い年位の少年であり、色々と聞きたい事もあったのだが、この不快感でそれは消え去ってしまった。今回も間違いなく自分の窮地を救ってくれたのだが、何故かありがとうの言葉は出てこなかった。

 

「? どうしました?」

 

 そんな感情に気付かないのか、少年は近づいてくる。実際には怪我でもしたのかと思っての行動なのだが、フェイトからすれば気持ちの悪い虫が寄ってくるようなものだ。思わず後退りする。アルフもそれを察したのか前に出た。

 

「ちょっと、フェイトに近寄らないでくれるかい!」

 

「……ああ、すみませんでした」

 

 一瞬戸惑ったものの、素直に2人から離れる孔。フェイトとアルフはそれを見てやはり戸惑った。邪険に扱われて怒るかと思ったのだが拍子抜けだ。これだけ嫌な感じがするのに、向こうは此方を気遣っているようにさえ思えた。

 

「2人とも、制御室へ向かって下さい。プレシアさんもそこで待っています」

 

「えっ? あ、はい」

 

 そこへ母親からの命令が伝えられる。普通なら母親の「命令」とは取らないのだが、フェイトは幼い頃から母親の研究のために兵士として育てられた。事実、孔も命令ではなく、「待っている」と伝えている。しかし、フェイトの持つここ最近の記憶では、こなすべき任務を与えられ、それを忠実に実行する事こそが親子のコミュニケーションだったのだ。そして、他に頼るべきものがないフェイトにとって、唯一の肉親であるプレシアの命令は絶対だった。だから、幾ら不快な相手から言われたとしても従った。アルフも無言でそれに続く。2人は孔から逃げるようにして母親の方へと走り出した。

 

 

 † † † †

 

 

「……それで、いつまで隠れてるんだ?」

 

「ほう? 気付いたか」

 

 フェイトとアルフが居なくなったのを確認し、隠れている悪魔に声をかける孔。それを聞いて船の影から馬に跨がった騎士のような悪魔が表れた。それを見据え、孔は先程プレシアから譲り受けたカード型のデバイスを取り出す。

 

「……S2U、セットアップ」

 

――計測不能魔力覚醒〈ランクEx〉

 

 瞬間、膨大な量の魔力が孔からあふれ出した。先ほど簡単なレクチャーをしたプレシアが驚くほどの異常な魔力量だ。

 

「何?! その魔力、貴様ただの人間では無いな!」

 

「……スティンガーブレイド・エクスキューションシフト」

 

《Stinger Blade Execution Shift》

 

 驚く悪魔の声を無視し、孔は次々と空中に剣を作り出す。魔法をはじめて使う孔は、S2Uに初めから記録されていた魔法の中で、ゲートオブバビロンと近いイメージで使えるこの魔法を選んだ。

 

「行け!」

 

 数千におよぶ魔力の剣を飛ばす。悪魔は馬を操作しそれを避け、避けられないものは槍で切り落とした。その動きには余裕が感じられる。

 

「ふむ、魔力量にしては大した事がない。こちら側の魔法に慣れていないようだな!」

 

 事実、孔はぶっつけ本番に近い感覚で魔法を使っている。だが悪魔の嘲笑を聞きながら、孔は相手から目を反らさずに剣を放ち続けた。

 

「ふん、幾ら出しても同じだ」

 

 そう言いながら、槍を構え直す悪魔。剣の飛ぶ起動を見極め、

 

「その魔力、我が糧としてやろう!」

 

 孔に殺到した。槍が心臓目掛けて殺到する。

 

(今よ!)

 

「チェーンバインド!」

 

《Chain Bind》

 

 が、その前に悪魔を鎖が絡め取った。

 

「何?!」

 

「残念だったな」

 

 念話で指事を出したのはプレシア。悪魔は丁度船の動力部分の前で固定されていた。孔は冷静に剣を操作し、悪魔をこの位置に誘導したのだ。孔が悪魔と戦うに当たって、敢えて使い慣れていない魔法を使ったのは、何も実験の為だけではない。ゲートオブバビロンのおかげで精密操作の経験があった孔は、敢えて剣の量を押さえることで習熟度が低いように見せ、相手からバインドに対する警戒心を奪ったのだ。そして、プレシアの使える中でも最高威力の一撃で悪魔を抹消すると共に、船を停止させるという筋書きだった。

 

(後を頼みます)

 

 孔からの念話を受け、プレシアが制御室から魔法を放つ。

 

「ええ、船ごと動けないようにしてあげるわ」

 

《Thunder Rage Occurs of Dimension Jumped》

 

 巨大な雷が悪魔と船を襲う。次元跳躍魔法という部類に属すこの魔法は、例え次元世界を跨いでいても強力な攻撃を加える事ができる。個人の所有する小型船など、当たればひとたまりもないだろう。

 

 魔力で構築された雷の光が晴れる。そこには、

 

「フ、ハハハハハ! 見事ではないか、人間!」

 

 ボロボロになりながらも立ち続ける悪魔がいた。

 

「だが、残念だったな! 我らが主にむかう船は、我が力で守護しておるわ!」

 

――電撃ブレイク

 

 悪魔の前に魔力で出来た盾が張られる。それと同時に、船が光始めた。

 

「ッチ!」

 

 孔は舌打ちするとゲートオブバビロンを起動させる。狙いは船の動力部分。出来れば破壊は避けたかったのだが、こうなれば仕方がない。

 

「させんっ!」

 

 しかし、悪魔が立ちはだかる。槍で宝具を切り落とす。切り落とし切れない宝具は、自らの身と乗馬を犠牲にして止る。

 

「ハハハハ! 我と契約を結びし者は混沌を呼ばんとするぞ! ハハハハ……!」

 

 笑いながら黒い染みになって消える悪魔。その後ろで、悪魔を乗せた船は光と共に消え去った。他の次元世界へと跳んだのだろう。

 

 

 † † † †

 

 

 悪魔が船を奪って逃げてから、孔は制御室に戻っていた。アリシアが駆け寄ってくる。

 

「コウ~! 大丈夫?」

 

「俺は平気だ。しかし……」

 

 部屋に揃っているプレシアとスティーヴンに向かって言う。

 

「すいません。逃がしてしまいました」

 

「いや、まさか悪魔がシールドを使うとは思わなかった。それも、あの規模の砲撃から船を守りきるものを。今後データを取ってよく調べてみたいものだ」

 

 微妙にズレている感想を言うスティーヴンに溜め息をついて、プレシアが続けた。

 

「私の方は構わないわ。船もどうせ緊急時の脱出用でしかないし、そう惜しくもないのよ」

 

「すいません。そう言っていただけると助かります」

 

「悪魔の向かった先だけど、どうやらミッドチルダに向かったようね。雷は防がれたけど、コウ君の飛ばした剣のダメージがしっかり残ってて、何個も次元世界を越えられなかったみたいね」

 

「そうですか……」

 

 孔としては微妙な所だ。地球に向かわなくて一安心といきたいが、ミッドチルダ出身の人々も最早他人ではない。

 

「まあ、相手も召喚しようとした悪魔の大部分を失っている。しばらくは何もしてこないだろう。この間に、私は悪魔への対抗手段を作る事にする。プレシア女史はどうするかね?」

 

「……そうですね。取り敢えず他の世界に移る事にします。この時の庭園も一端悪魔が入った以上、住んでていい気持ちじゃないものね」

 

「出来れば悪魔の研究を手伝って貰いたかったのだが?」

 

「流石に娘がいるのに危険な事は続けられません。まあ、対抗手段であればある程度の協力はしますけど」

 

 気落ちする孔に希望的要素を見せつつ、今後について考える2人。それに孔も反応した。

 

「その対抗手段が出来れば、俺にもいただきたいんですが?」

 

「勿論構わない。むしろ、此方からテスターを頼むつもりだったよ。出来上がったらデバイスに連絡を入れよう。他にもデータや実験を頼むかもしれないがね」

 

「ありがとうございます」

 

 これで少しは悪魔の被害が防げればいいのだが。少なくとも、アリス達を守れるようにはしたい。アリス……すっかり忘れていたが、早く帰らないとマズい。次元世界間で時間を共有しているかどうかは分からないが、時計を見るともう門限をとっくにすぎて夜だ。

 

「すみませんが、そろそろ海鳴へ戻りたいのですが?」

 

 果たして戻る手段があるのだろうか。不安になりながらもプレシアに声をかける孔。しかし、プレシアはあっさりとそれを認めた。

 

「ええ、そうね。転送ポートまで案内するわ」

 

 立ち上がるプレシア。どうやら一家で送ってくれるようだ。それについて歩こうとすると、服を引っ張られるのを感じた。視線を落とすと、アリシアが孔の服を掴んでいる。

 

「コウ、行っちゃうの?」

 

 不安そうに問いかけるアリシア。死者の溢れかえる空間で何年も迷子を続けていたためか、少しでも人と別れるのが不安なのだろう。それを拭い去るようにプレシアが声をかける。

 

「大丈夫よ、アリシア。コウ君とはいつでも会えるわ」

 

「本当?」

 

「ええ。コウ君、S2Uを貸してくれるかしら?」

 

「あ、はい」

 

 プレシアは孔からデバイスを受け取ると、自分のデバイスから移転魔法のプログラムとこの時の庭園の座標を書き写した。その表情には、どこか暖かな――施設の先生がアリスや孔に向ける視線と似たものが感じられる。

 

「はい。これで、移転魔法が使えるわ。いつでも時の庭園へ来れるわよ?」

 

「ありがとうございます。何から何まですみません」

 

「いいのよ。助けられたのはこっちなんだし。でも、出来ればアリシアの遊び相手になって貰いたいのだけど?」

 

「それは勿論構いませんが」

 

「お願いね。時の庭園から出る先が決まったらまた別に伝えるわ」

 

 そんなやり取りに笑顔になるアリシア。ようやく家族の元に戻れたアリシアに、孔はどこか羨ましさを感じていた。

 

 

 † † † †

 

 

「では、私は先に失礼するよ」

 

「はい。スティーヴン博士。この度は大変お世話になりました」

 

「いや、なに。私も今回はいい経験になったよ」

 

 礼を言うプレシアにスティーヴンが答える。研究者であるスティーヴンにとって、アリシアの魂を呼び出すというのは魅力的な実験だった。どこかギブアンドテイクを感じさせるやり取りに不安を感じたのか、アリシアは孔の手を握りしめる。

 

「では、いつも通り研究室までお送りしますね」

 

 リニスは転送ポートを操作しつつ、やはり事務的に質問する。何度も行ったやり取りなのだろう。スティーヴンが軽く頷くと、転送ポートは忠実に彼を研究所まで送り届けた。

 

(しかし、立っているだけで地球に帰れるとは予想外だったな)

 

 アリシアの手を握り返しながら、孔は呆気なく転送が終わったことに驚いていた。あの巨大な船や赤い通路を見てきたため、もっと複雑な手順が必要だとばかり思っていたのだが、拍子抜けもいいところだ。こんなに簡単に移転できるのなら船なんていらない気さえしてくる。なお、実際には使い分けがなされており、転送ポートは知っている座標に移転するためのもので、次元航行船は座標のはっきりしない場所への移動やステルス機能を活かした偵察等に使われているのだが、孔は知る由もない。

 

「じゃあ、次はコウ君の番ですね。そこに立って下さい」

 

 リニスが孔を転送ポートへ誘導する。孔はアリシアの手を放した。

 

「……あっ」

 

 小さく声をあげるアリシア。そんなアリシアに孔は話しかける。

 

「また来る」

 

「うん、待ってるね?」

 

 名残惜しそうにするアリシア。孔は転送ポートに向かおうとしたが、途中で足を止めて聞いた。

 

「ところで、アリシア。いつまで俺の上着を着てるんだ?」

 

「えっ? 返さなきゃダメ?」

 

 当然のように聞き返してくるアリシアに、孔は苦笑する。別にあげた訳ではなく、今まで返してもらうタイミングがなかっただけなのだが、アリシアはもう自分の物にしてしまっているようだ。

 

(そういえばアリスも施設の絵本をよく自分の物みたいにしていたな)

 

 この年代のこどもにはよくあることなのだろうか? まあ、無理に取り上げるのも何だし、制服には予備がある。渡しても特に問題ないだろう。

 

「いや、まあ、別に構わな」「あ、そうだ!」

 

 孔が渡しても問題ないと言おうとするその前に、アリシアは何か思い付いたのか声をあげる。

 

「汚れちゃったから、今度遊びに来た時に洗って返すね? だから、早く取りに来てね?」

 

 どこか悪戯っぽい笑顔を浮かべて言う。明らかに後半の方に力が入っているのだが、孔は気付かない振りをすることにした。この時の庭園は次元の狭間に位置する、いってみれば閉鎖空間のようなものらしい。どこか世間と隔離された児童保護施設と似ている。こうやって遊ぶ相手をねだるのも、仕方のない事だろう。少なくとも、強引に断っていい結果が出るものじゃない。

 

「ああ、じゃあ、預かっていてくれ」

 

「うん!」

 

 嬉しそうに返事をするアリシア。孔は改めて転送ポートに向かう。

 

「はい。じゃあ、海鳴まで転送しますね」

 

 孔とアリシアのやり取りを楽しそうに見ていたリニスが誘導を再開する。孔は当然魔法で移転することなどはじめてなので、勝手が分からなかったのだ。

 

「コウ君、私からもお礼を言わせてもらいます。今回は本当にありがとうございました」

 

「いえ、気にしないで下さい。どうも助けたのは勘違いと偶然の産物のようですし」

 

「それでも、助けて貰ったのは事実ですから」

 

 そう言ってもう一度礼をするリニスに苦笑しながら、孔はプレシア達に別れを告げる。

 

「それでは、これで失礼します」

 

「ええ、またいつでも遊びに来て頂戴」

 

「お待ちしてます」

 

「コウ、またね~!」

 

 プレシアとリニスが答え、アリシアは孔が見えなくなるまで手を振り続けた。

 

 

 † † † †

 

 

「行ってしまいましたね」

 

 完全に姿が見えなくなってから、リニスが呟いた。思えば不思議な男の子だった。勿論、死者を蘇生させるあの力もそうだが、何より雰囲気だ。歳はフェイトやアリシアとそう変わらないだろうに、むやみと落ち着いていて、下手をすると自分より歳上に感じる。

 

(まあ、私はそれほど喋ったりしてませんけどね)

 

 自分の主であるプレシアと、未だに転送ポートを見つめ続けるアリシアに目を向ける。

 

「また会えるよね?」

 

「ええ、すぐ会えるわ」

 

 孔から借りた上着の裾を握りしめて呟くアリシアに、プレシアが答えていた。リニスはそんな2人を嬉しそうに見つめ続ける。

 

「ねえ? お母さんは、ずっと一緒に暮らせるんだよね?」

 

「ええ、勿論よ、アリシア」

 

 プレシアはアリシアを抱き締める。また会えるとは言え、やはりアリシアはまだ人の温もりに触れていたかったのだろう。気の遠くなるような年月を訳のわからない空間でひとり過ごしたのだから当然だ。

 

「……ぐすっ……えへへ、ただいま、お母さん」

 

「ええ、お帰りなさい、アリシア」

 

 ようやく家族だけになり、感情を抑えきれず強く母親を求めるアリシアとそれを受け止めるプレシア。リニスはようやく実現した家族を、溢れる激情に身を任せながらいつまでも眺め続けていた。

 

 

 

 涙を流して抱き合う親子2人。フェイトはそれを、しかし無表情で見続けていた。彼女の中には強い疑問が渦巻いていた。どうしてあの嫌な感じのする男の子が感謝されるんだろう? どうして顔も知らない女の子が抱きしめられているんだろう? それは自分の役目では無かったか? アリシアという名は夢の中で何度か聞いたような気がするので、姉だというのは分かる。しかし、母親のために頑張ってきたのは自分だった筈だ。

 

(私、何のために我慢してきたんだろ?)

 

 勿論、母親のためだ。しかし、それと同時に母親に誉めてもらうためでもあった。やってきたことは、無駄な努力だったのだろうか? そんな想いが頭の中で駆け巡る。フェイトは言い様のない不安と恐怖を、幸せそうにする2人から感じていた。

 

 

 † † † †

 

 

「ここは……公園か」

 

 孔はあの事件があった公園へ転送されていた。杏子を思いだし、思わず反魂神珠を握りしめる。周りに人の気配はない。封鎖はとっくに解かれていたが、やはり殺人事件が起こった夜の公園ともなると人は寄り付かないもののようだ。出口に向かう途中、花が見えた。数日前、アリスと置いたものだ。献花台はとっくに撤去されていたが、未だに孔達は花を贈っている。

 

(……一応、花屋へ寄っておくか)

 

 本来なら遅くなったと施設に連絡をいれるべきなのだが、学校に携帯電話は御法度なので通信手段を持っていない。まどかの花屋へ行けば、電話ぐらいは貸してくれるだろう。まあアリスがまだ残っているとは思えないが。そんな事を考えながら花屋へ向かおうとすると、視界の隅に段ボールが見えた。アリスと置いた花の横に、ひっそりと置いてある。

 

(花を持ってきた時は無かったが……?)

 

 覗きこむと、中には傷ついた仔犬がうずくまっていた。捨て犬のようだ。

 

 

 † † † †

 

 

「アリスちゃん、もう遅いから、ね?」

 

 慰めるように言うまどかにぶんぶん首を振るアリス。その目は涙で濡れていた。

 

「はあ、困ったわね」

 

 ほむらも溜め息をつく。いつまでたってもこない孔に痺れを切らし、一度巡回へ出ていたのだが、婦警である彼女は施設から門限を過ぎても戻らないこどもがいると連絡を受けていた。それが孔とアリスだと分かると、ほむらは急いで花屋へ引き返した。果たして泣きじゃくっているアリスはいたのだが、孔の方は依然として行方が知れない。因みに、なのははまだ孔が来ないのが冗談ですむ時間帯に帰っている。というか、まどかが帰るよう説得した。まどかとしても、夜も遅い時間にずっと幼いこども達を置いておく訳にはいかなかったのだ。なのははアリスを気遣いながらも、素直に帰ったのだが、

 

「アリスちゃん、孔くんも施設へ行ってるかもしれないから……」

 

「やっ! 絶対来るもん!」

 

 アリスはずっと待ち続けるといってきかず、動こうとしない。なのはの借りてきた本も投げ出し、頑なに椅子にしがみついている。いよいよまどかが今日は店に泊めるかと考え始めた時、店のドアが開いて、

 

「すいません、遅くなりまして……」

 

 孔が入ってきた。聖祥の上着は身に付けておらず、何故か包帯をした犬を抱えている。

 

「こ、孔お兄ちゃ~ん!」

 

「っ?! ア、アリス?」

 

 そんな事は構わず、アリスは孔に抱きついた。

 

「……もう、遅い! ……っ……遅い、よぉ!」

 

 しゃくりあげながら文句を言うアリス。孔はまだ残っていたアリスに驚きながらも、必死に泣き止むよう慰め続けた。

 

 

 

「それで、その怪我した犬の手当てをしてる内に遅くなったの?」

 

「ええ、まあ、そうなります」

 

 泣き疲れたアリスをおぶり、犬を抱えながら施設へ向かう孔とほむら。仔犬を理由にするのは微妙に抵抗があったのだが、背に腹は代えられない。

 

(ゲートオブバビロンに医療キットを入れといて正解だったな)

 

 以前、アリスがゾンビに襲われたときに入れておいたのが、こんな形で役に立つとは思わなかった。なんとか3人を誤魔化せたようだ。もっとも、大人2人のお説教までは止められなかったのだが。

 

「もう、そういうのを見つけた時こそ警察か病院じゃないかしら」

 

「すみません。おっしゃる通りで」

 

 まさか次元を超えて魔法使いと会ってきた等といえない孔は、嵐のようなほむらの説教に平謝りしていた。因みに、制服の上着は服を破いた友達に貸したと言って誤魔化している。矛盾がないように頭を働かせる孔。しかし、同時に施設についている灯りを見て思う。ようやく自分も家族の元へ帰って来れたのだ、と。

 

 

 † † † †

 

 

「孔……」

 

「すいません。迷惑をかけて」

 

 施設の食堂。しがみつくアリスを寝かせ、犬を腕に抱きながら、孔は先生に謝っていた。こういった場合、先生は孔に対して特に長々とお説教をすることはないが、じっと感情をこめて見つめられる。孔はこの「無言のお説教」が苦手だった。帰りがけに娘を失ったというプレシアを見てきたので、尚更それは心に響く。

 

「まあ、無事だったらいいわ。今日も聖祥の生徒さんが何人か行方不明だから、変なことに巻き込まれたんじゃないかと心配したのよ?」

 

「行方不明、ですか?」

 

「ええ、化学部だったかしら? 皆帰ってきてないらしいわ」

 

 ようやく孔から視線を外し、テレビに目をやる先生。調度そのニュースをやっていた。顔写真が映る。

 

(……ドウマンに焼き殺された生徒か)

 

 実際には焼死体しか見ていないので顔までは知らないのだが、化学部という言葉で直感した。ポケットの反魂神珠を握りしめる。もし死体が残っていれば生き返らせることも出来そうなのだが、

 

「理科室には居なかったんですか?」

 

「ええ、さっきの婦警さん――明智さん、だっけ? 彼女とも喋ってたけど、警察が真っ先に確認したら、誰も居なかったそうよ?」

 

 貴方みたいにどうでもいい理由で戻ってくればいいけど。そう付け加える先生。それが叶わないと知っている孔は、ただ苦しそうに呻き声をあげる仔犬を撫でるだけだった。

 




――Result―――――――
・邪鬼 グレムリン 宝剣による刺殺
・堕天使 ベリス  宝剣による刺殺

――悪魔全書――――――

堕天使 ベリス
 イスラエル王国のソロモン王が封じた72柱の魔神の1柱。序列28番の地獄の公爵。26軍団を率いる。紅い馬に跨り、金の王冠、深紅の兵装で現れ、顔は古傷の跡でおおわれている。残虐公として知られ、虐殺や拷問を楽しむ。その言葉は虚偽におおわれているが、過去と未来の知識に通じ、錬金術の秘法を持つという。

魔導師 プレシア
※本作独自設定
 時の庭園の主にして、元アレクトロ社技術開発部開発主任。高い魔力保有量と研究実績により大魔導師と呼ばれるほどの人物。過去にヒュードラ暴走事故にかかわり、娘を失うがそれを受け入れられず、蘇生方法を探していた。スティーヴンと出会うことでその思いは遂に形を為し、実現することになる。

――元ネタ全書―――――
ヒーホー!
 真・女神転生Ⅰのグレムリン。メガテンでヒーホーといえば今やジャックフロストorランタンですが、同作ではレベルの関係上先にコイツらが登場します。集団で現れるのもお約束。そしてマシンガンでバタバタなぎ倒すのもお約束……?

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