「ようやく着いたか」
窓の外に傷だらけの船が転送されてきたのを見て呟く。あの男は悪魔を手に入れた。多少足止めに消費したようだが、ドウマンを使った計画は概ね上手くいったようだ。ドウマン自身は死んでしまったが、まあ仕方のない投資と言えよう。
だが、あの古い世界に固執する考えは受け入れられない。世界は根本からやり直されるべきなのだ。こちらも計画を進めるとしよう。
――――――――――――スーツの男/???
平日の昼間。孔は児童保護施設でゆったりとした時間を過ごしていた。化学部行方不明事件以来、学校は休校となっている。新作RPGゲームのCMを流すテレビの横では、パスカル――言い訳も兼ねて怪我の治療をしたあの犬――と昼寝をするアリス。そんな時間を断ち切るように、孔は立ち上がった。数日前に、悪魔への対抗策が完成したから来てほしいとスティーヴンから連絡を受けたのだ。本来ならすぐに行きたかったのだが、アリスが四六時中くっついて離れないため、今日まで時の庭園には行けなかった。孔の帰りが遅くなった事が余程不安にさせたらしい。因みに、パスカルは公営である施設の経費で飼う訳にもいかなかったので、先生個人のペットとして登録されている。
「悪いな、アリス」
夜遅くまで本を読んだりしている孔に付き合ったりしていたため、平日の昼間から眠り始めたアリスにそう言うと、孔はS2Uの転送魔法で時の庭園へ跳んだ。
† † † †
「いらっしゃ」「コウ、遅いよ~!」「……もう。落ち着いて下さい、アリシアお嬢様」
時の庭園の転送ポートで、孔を出迎えたのはリニスとアリシアだった。奥には2人の様子を見つめて楽しそうに笑うプレシアも一緒だ。孔は3人に挨拶を交わす。
「お邪魔します。すいません、なかなか来られなくて」
「ほんとだよ~! もうとっくに服は綺麗になってたのに!」
文句を言うアリシア。プレシアは苦笑しつつも、先に立って歩きながら話し始める。
「じゃあ、スティーヴン博士が来るまで、アリシアと遊んでいてくれないかしら?」
「やった! じゃ、コウ、ゲームしよ?」
孔の手を取り、リビングらしき部屋へと引っ張るアリシア。孔は抵抗せずそれについて行った。
「……ゲームもなかなか面白いな」
「でしょ! 家にゲームがないとか損だよ!」
ゲームを始めて1時間。公共施設である児童保護施設にはゲーム機などなかった事もあり、始めは操作に戸惑っていた孔も次第に慣れを見せていた。ちなみにゲーム機は地球製で、魔法世界で流通しているものではない。プレシアが孔と遊べるようにと配慮したのだろう。
「コウ君、スティーヴン博士がいらっしゃいましたので、ついて来てくれませんか?」
「分かりました」
2人して「シエロシューティング」というシューティングゲームに興じていると、リニスが入ってきた。コントローラーを置いて立ち上がる孔。
「ああっ! 今手ぇ放しちゃダメ! あっ! あ~! 堕ちちゃったじゃない! 最高得点だったのにぃ!」
そのとたんゲームオーバーになり、アリシアが喚き始める。
「ほら、アリシアお嬢様。コウ君も困ってますし」
「……わかったよぉ。ひとりでゲームして待ってるよぉ」
リニスの一言でむくれながらも大人しくなるアリシア。孔は「ひとりで」という所に疑問を持った。
「そういえば、フェイトさんやアルフさんは? 一緒に遊んだりしないのか?」
普段妹の代わりのアリスと過ごしている孔としては、姉妹一緒に遊ぶのが常識となっており、2人がいないのは疑問だった。が、アリシアはつまらなさそうに答える。
「だって、フェイトちゃん、訓練ばっかりで遊んでくれないんだもん。アルフさんはなんか怖いし……。妹ができたらいっぱい遊ぼうって決めてたのに」
どうやらフェイトは魔導師としての訓練を行っているようだ。プレシアがアリシアを復活させるという目的を果たしたためもうそんな必要はないのだが、フェイトは何かに焦っているように今も戦闘訓練を続けている。魔力のないアリシアは、たまに見に行ってもアルフに邪魔だと言って追い返されていた。
「アリシアお嬢様、いつかフェイトも遊んでくれるようになりますよ」
「そうかなぁ」
(……地雷を踏んでしまったか?)
いかにも不満げな顔で呟くアリシアとは何処か哀しそうに窘めるリニス。孔自身、フェイトにはアリシアとは対照的な冷静さと余裕のなさを感じている。
(アリシアとは反りが合わないのか? いや、フェイトさんとはそんなに喋ったわけじゃない……知らない人間がどうこう言うべきじゃないな)
そう思いなおし、孔は話の切り上げを図る。
「アリシア、スティーブン博士の用事が終わったらもう1回やろう」
「もう。絶対だからね?」
念を押すアリシアを背に、リニスと孔はプレシアたちが待つ研究室へと向かった。
「おお、久しぶりだね、コウ君」
「お久しぶりです。対抗策が完成したそうで……」
リニスが扉を開けると、スティーヴンが出迎えた。孔は挨拶もそこそこに本題に入る。
「うむ。と言っても完成したわけではなく、主要部分が出来上がったというところだがね。まあ、このチップを見てほしい」
スティーヴンはケースに入ったコンピューターの集積回路のようなものを指して言う。
「これこそが生体供給マグネタイト制御型コンピューター――COMPuter Operating Magnetite Provided by life すなわち COMP だ。正確にはCOMPが扱うプログラムが悪魔への対抗策となる」
「これが、ですか?」
興味深そうにチップを眺める孔に、スティーヴンは説明を続ける。
「ふむ、まず対抗すべき悪魔とは何かだが、私はこれを『アマラ宇宙にアストラル体として存在するもの』と定義している。アストラル体、すなわち精神体だが、これは……まあ誤解を恐れずに言うと実体を持たない魂の様なものと考えてくれればいい。普段、悪魔はこの状態でアマラ宇宙に存在しているため、此方の宇宙に干渉することはないのだが、彼らの食糧である霊的磁場をもたらす生命エネルギー――マグネタイトを求めて、まれに此方にやって来る事がある」
「マグネタイト、ですか」
その単語は何回か聞き覚えがあった。ドウマンも口にしていたし、記憶をさかのぼれば病院で見たガキもかすんだ声で似た言葉を叫んでいた。
「そう。まあ、平たく言うと人間をはじめとした生命体のもつ生きる力とでも言うべきものだ。悪魔はマグネタイトがないとその存在を維持できない。アラマ宇宙では大気に漂うようにして潤沢に存在しているのだが、地上ではそんなものはないから、人間から得ようというわけだ」
「潤沢にあるのに何故わざわざこっちに来るんです?」
「力が弱いものが強いものにマグネタイトをとられ、やむを得ず出てくるケースが多い。まあ、力を持っていても、未練のある死者が現世に留まってアマラ宇宙へ行かなかったり、目的を持った人間が自分のマグネタイトを餌に呼び出したり、あとは自分を信奉する人間を助けたりと色々だな」
「悪魔を信奉、ですか?」
ドウマンも同じような事を言っていた。あのときは意味が分からなかったが、ここで疑問を解消しようと孔は質問する。
「ああ、アマラ宇宙には魂を導く存在や気に入った人間を護ろうとする者もいる。よく夢で神のビジョンを見たというのがそれだな。それが神として崇められたりするのだよ。ただ、こういった存在も結局マグネタイトを糧としているから、定義上は悪魔だ。まあ、歴史上ある民俗の神は他の民俗では悪魔とされることも多いから、私としては一括りに悪魔として問題ないと考えているが?」
「いえ、俺の方も、よく分かりました」
少し強引な気もしないではないが、悪意のある者もいる以上、全部を神や天使として心を許すよりはましだろう。かといって、悪意の有無では基準が曖昧すぎる。
「さて、その悪魔に対抗する手段だが、まず、直接戦って倒す方法。もう経験済みだろうが、多少なりとも実体化している以上、通常兵器は有効だ。次に、マグネタイトの供給を絶つ方法がある。これは人間に呼び出された悪魔が対象だな。普通、呼び出した術者からマグネタイトを吸収している筈だから、それを倒せばいい」
至って普通な方法を挙げるスティーヴン。だが、次の一言は孔を驚かせた。
「最後に、まあこれが本題だが、こちらも悪魔を使役して戦わせる方法がある」
「っ! そんなことが可能なのですか?」
今まで黙っていたプレシアも声をあげる。スティーヴンはさも当然のように続けた。
「驚く事はない。何せ実際に呼び出した人間がいるくらいだからな。それに、悪魔に対抗するには悪魔が一番だろう?」
まるで道具でも扱うように気軽に言うスティーヴン。孔は兵器に兵器で対応するような、ある種の無理さを感じた。
「しかし、悪魔は今まですぐに襲いかかってきました。それを使役するのは、かなり無理があるのでは?」
スライムをはじめとした言葉が通じそうにない悪魔を思い浮かべる孔。スティーヴンはCOMPの入ったケースを指差して説明を続ける。
「そこで登場するのがそのCOMPだよ。これにはDevil Communication System――DCSというプログラムが入っている。本来必要となる複雑な手順や儀式を省略し、悪魔との意思疏通を可能とするものだ。まあ、一部思考が合わない者や強いレゾンデートルをもった者は無理だが、これで悪魔と交渉ができる」
「でも、悪魔はマグネタイト、つまり生きる力を吸っているのでしょう? 危険じゃないかしら?」
疑問を挟むプレシア。彼女も悪魔の危険性は身をもって知っていた。
「その点は問題ない。COMPは内部にマグネタイトを蓄積すると同時に、契約した悪魔に供給するようになっている。蓄積されたマグネタイトが無くなれば当然召喚出来ないが、使用者のマグネタイトが直接吸われるということはまずない」
「そのマグネタイトはどうやって手に入れるのです?」
「倒した悪魔から自動的に収集される。死んだ悪魔は人間と同じく、再びアマラ宇宙に戻るのだが、マグネタイトを使って現界している分、余った物を放出するため、それを収集するのだ」
「悪魔が裏切って襲いかかって来る可能性は無いのですか?」
「それは大丈夫だ。悪魔との交渉はCOMPを通すことで口約束程度に済んでしまっているが、実際には契約をすることで術式が組まれ、強力な盟約が組まれる。この盟約は悪魔にとって強い楔となって打ち込まれ、破られれば術式が崩壊、魂もろとも消滅する事になる。この辺りは使い魔と魔導師の関係と似ているな」
「でも、普段から悪魔を連れて歩くことになるわけでしょう? 術者はともかく、他の人に危害は及ばないのかしら?」
「うむ、その辺は契約内容に含まれているから大丈夫だ。それと、COMPにはDigital Devil Summoner――DDSを実装してある。これは、悪魔をアストラル体の状態で情報単位にまで分解し、それをデジタルデータ化して保存するものだ。普段は契約した悪魔をアストラル体の状態でCOMPに入れておき、必要なときに召喚する事になるだろう」
プレシアの説明に答えていくスティーヴン。最後に、孔がやや曖昧な質問をした。
「……本当にデメリットは無いんですか?」
スティーヴンは少し考えた後、
「無いな。元々、通常悪魔と契約する上での考え得るデメリットを全て廃したのがDDSだ。術者にかかる負担はない」
言い切ったスティーヴンに驚くプレシア。スティーヴンは学者であり、孔の抽象的な質問には絶対に確言することはないと思っていたのだ。相当な自信が伺える。が、やはり最後に一言を付け加えた。
「まあ、最大の問題はこの世界で悪魔と出会う確率が異常に低い事だな」
「……会わないならそれに越した事はないと思いますけど」
置いてきぼりだったリニスの呟きには誰もが同意した。
「コウ、帰っちゃうの?」
「ああ、用事が済んだからな」
まだ遊び足りないのか、むう~っと、どこか不満げな唸り声をあげるアリシア。孔は簡単にCOMPに登録するマグネタイトを調べるための検査を受けた後、アリシアとゲームを続け、クリアしたところで帰ることになったのだ。
「まあ、ゲームもクリア出来たんだから、今日はこの辺で、だ」
「じゃあ、次来るときは新しいゲーム見つけとくね?」
どうにも遊び足りないのか、アリシアはそんな提案をしてきた。
(そんな事をしなくとも何回かここには来ることになりそうだが)
あの後、悪魔と契約するのは取り敢えず保留になり、魔法の訓練をプレシアから直接受ける約束を交わしていた。ただ、来る目的が魔法の訓練だと言うと、アリシアがフェイトを連想して、もう遊べないと誤解するかと思い、孔は何も言わなかった。
「じゃあ、今度はRPGでも見つけといてくれ」
「うん!」
2人でやるにはRPGは今一つなのだが、ゲーム自体をよく知らない孔は、朝見たCMを思い出して言う。それを別れの言葉として、以前のようにアリシア達に見送られながら、孔は転送ポートから地球へと戻って行った。
† † † †
翌日。孔はアリスと一緒にパスカルと散歩に出ていた。あの後、転送されて戻ってきた孔はアリスに散々泣かれ、一日公園でパスカルと遊ぶことを約束させられていたのだ。「友達に制服の上着を返して貰いに行ってたんだ。もうすぐ、学校も始まるだろうし……」という言い訳もしたのだが、当然のごとく通用しなかった。先生は誤魔化せたのだが、こどものアリスに頭で理解するような説得は無力だ。
「あ~! ほむらさんだぁ!」
知った顔を見つけて駆け寄るアリス。パスカルもそれを追いかける。
「あら、アリス。今日は孔も一緒ね」
最後の言葉をやけに強調するほむらに苦笑しながら、孔も挨拶を交わす。
「どうも。今日はお2人で巡回ですか?」
ほむらから少し離れたところにいるショートカットの婦警を見る孔。その婦警は孔とアリスに気づいたのか、こちらへ近づいてきた。
「貴方がほむらが言ってた孔くん? 噂通りって感じね」
「……どんな噂ですか?」
「そうね~。落ち着いてるとか、可愛くないとか、生意気とか。後は……女の子をよく泣かせてるとか」
「……最後は訂正して頂きたい」
すらすらと出てくる酷評に抗議する孔。しかし、それはほむらによって脚下された。
「でも、この間アリス泣かしてたでしょ? ねえ、アリス、孔にもう酷いことされなかった?」
「それがね、酷いんだよ?! 孔お兄ちゃん、昨日もアリス置いて遊びに行っちゃったんだよ!」
「いやだからそれは」「それは酷いわね」「でしょ!」
息ぴったりに孔を責める2人。もっとも、アリスもほむらも笑っているあたり、孔で遊んでいるつもりなのだろう。孔は機嫌を直したアリスにほっとしつつ、遊ばれる側に回る事にした。
「それで、なぜ今日は2人なんです?」
「例の行方不明事件のせいよ。このところ、貴方たちぐらいのこどもを狙った犯罪が増えてるから、警察でも巡回の要員を増やす事にしたの」
走り回るアリスとパスカル、そして先ほどの婦警・さやかを見ながら、ほむらと孔はベンチに座って話していた。孔を弄るのに飽きたのか、アリスは初対面のさやかの方に好奇心を向け、パスカルと遊んでいる。さやかが投げたブーメランをパスカルがキャッチ。
「本当なら、貴方もあんまり外に出ちゃいけないのよ?」
「そうなんですが、アリスに泣きつかれたもので」
今度はアリスがブーメランを投げている。が、まっすぐ飛ばず、孔とは別のベンチに座り携帯ゲームで遊んでいた女の子に当たる。慌てて謝りに行く2人と1匹。
「そういう時こそ、アリスを止めないといけないんじゃないかしら?」
「……仰せの通りで」
女の子は笑って、ゲーム機の画面をアリスに見せ始めた。アリスがせがんだのだろうか。
「お兄ちゃんでしょ? 甘やかしてばかりじゃなくて、ちゃんと面倒見ないと」
「それはそうです……がっ!?」
そして、ゲームを眺めていたアリスとさやかが消えた。
「なっ?!」
「えっ?! どういうこと?」
慌てて女性がいたベンチに駆け寄る2人。後には電源が切れた携帯ゲーム機と吠えるパスカルだけが残っていた。落とした衝撃か、ゲーム機の画面はヒビが入っている。
「……消えた?」
「そんな馬鹿なこと……近くに居るかもしれないわ。探しましょう」
ほむらは目の前で起こったら怪奇現象を孔の言葉ごと否定し、手分けしてアリスと同僚を探し始めた。
† † † †
「まったく、お嬢様は呑気だねえ。一日中ゲームばっかりやってさ」
時の庭園のリビング。ゲームに興じるアリシアを見ながら、アルフが呟いた。フェイトは無言でスポーツドリンクを飲んでいる。2人は今しがた戦闘訓練を終え、シャワーで汗を流して出てきた所だった。なお、アリシアは決して一日中ゲームをやっている訳ではなく、勉強や読書もしているのだが、フェイト達が訓練を終える時間にはいつもゲームをする時間と決めていたため、アルフにはゲームばっかりと映っていた。アリシアからすれば、フェイトが訓練を終えれば一緒にゲームで遊べると思っての事だったのだが、それは2人の知るところではない。
「……姉さんは魔力が無いから仕方ないよ」
少し間があった後、フェイトはアリシアをフォローする。そうだ。自分は姉さんと仲良くしなきゃいけない。母さんがそう命令したんだ。それを守れば、今度こそ私を見てくれる。あんな魔力のない役立たずでも、あの嫌な男の子でもなく、私を。
(……でも、仲良くするってどうすればいいんだろ?)
フェイトは今まで戦闘訓練ばかりだったため、仲良くするというのが分からなかった。実際にはいつの間にか仲良くなっているものであり、意識的に仲良くしようとすると大抵は失敗するのだが、親しい友人もいないフェイトは今までと同じくミッションとしてそれをこなそうとしている。
「ねえ、フェイトちゃん。新しいゲームだよ? 一緒にやろ?」
「……姉さん、ゲームは目に悪いよ?」
だから、こうして誘われても、本に正しいと書いてあった対応をしてしまう。フェイトが読んだ道徳を扱うような本は、ゲームは悪影響を及ぼすものであり、本当に仲の良いもの同士はそんなもので遊ばないのだと雄弁に語っていた。
「う~。またそんなつまんないこと言う。せっかくコウに言われたRPGなのに」
「……っ」
孔の名前が出て嫌そうな顔をするフェイト。少なくとも、あんな嫌な奴と一緒にやるようなものをやって、仲が良いといえるはずがない。やはり本に書いてあった事は正しかったのだ。
「ほらぁ、もうすぐボスだよ? クライマックスだよ?」
しかし、アリシアはゲームの面白さをアピールする。アリシアからすれば孔だってゲームも面白いと言ったのだから、フェイトとも一緒にプレイすれば仲良くなれると思っての事だったのだが、
「ほらほら、フェイトは訓練で疲れてるんだから、一人で大人しく遊んでてくれるかい?」
「……むう」
結局アルフが割り込んですごすごと画面の前に戻ることになる。アリシアはフェイトにちらちらと視線を送りながらもゲームを再開した。
「……」
フェイトはそんなアリシアを黙って見ていた。仲良くしろって言われてるのに、何でゲーム止めないんだろ? どうして母さんの言うことを聞かないんだろ? そんな疑問を浮かべて、自分の姉だという人物を見続ける。すると、
「……えっ?」
画面が光ったと同時に、アリシアが消えた。
† † † †
「……やはり悪魔か?」
パスカルを連れて公園を歩きながら、孔はさっきの光景を思い出していた。ほむらは見失ったものと思っていたが、いくらなんでもさやかの携帯にまで通じないのはおかしい。そういえばドウマンも人を認識できなくなるような結界を使っていた。
(一度、プレシアさんに連絡を取ってみるか)
そう思って、S2Uを取り出す。が、孔が通信を入れようとしたとき、先にリニスから連絡があった。
「コウくん、すぐに来てください! アリシアお嬢様がいなくなりましたっ!」
孔はそれを聞いて、時の庭園へパスカルごと移転を開始した。
「ふむ、アリシア君もコウ君の妹のアリス君も、ゲームをしている最中に居なくなった。つまり、原因はそのゲームだな」
時の庭園の制御室。引っ越し準備が進んでいるのか、以前来たときよりかなり片付いた印象を受ける。が、そんな近況を語ることなく、孔達は緊張した面持ちでスティーヴンの話を聞いていた。
「このゲーム、『デビルバスター』だったか。一応解析は成功した」
「対策は、対策は有るんですか?!」
叫ぶプレシア。ようやく娘を取り戻したというのに、またも巻き込まれたせいでかなり荒れている。
「落ち着きたまえ。対策はある。このゲームはある程度進めるとプログラムが起動、画面を見ていた相手を対称に空間移転を実行するというものだ。座標はもう割れている」
「ではすぐにそこへ……」
「まあ、待ちたまえ。どうも座標が示す移転先はアマラ宇宙のようだ。相手は悪魔の可能性が高い。デバイスでも何でもないゲーム機でここまでの事が出来るのも、悪魔か何かが起動時のプログラムの補填をしているせいだろう。そして、現状唯一の悪魔対抗策であるCOMPはコウ君のマグネタイトを登録してしまっている」
「……では、俺の出番ですか?」
皆からの視線を受けて、孔が名乗り出る。
「ああ、すでにCOMPを組み込んだデバイスは完成している。例えアマラ宇宙にいても、我々とそれを通じて通信が可能だ」
「私達もついていくわけにはいかないのかしら?」
そんなやり取りを聞いて、プレシアが前に出る。魔導師でも一応は悪魔と戦える事は実証済みだ。
「いや、COMPがなければ、アマラ宇宙で位置の特定が難しくなってしまう。移転魔法が使えない。以前のアリシア君のようにターミナルを使って上手く経絡を繋げられればいいが、今はその時間もない。最悪、アマラ宇宙に放り出され、行方不明になりかねない状況だ。コウ君とマグネタイトや魔力のような個人に依存するエネルギーを共有している存在ならともかく、プレシア女史やフェイト君では難しいな」
「それでは、私が行きます」
それを聞いたリニスが声を出す。驚く一同をよそに、リニスは続けた。
「コウ君、私と使い魔の契約をしてください」
「えっ?! ダメだよ、リニス!」
「そ、そうだよ! そんな奴となんて……!」
フェイトとアルフが反対する。2人からすれば、自分が尊敬する相手が気に入らない相手の従者になるのは納得がいかなかった。
「リニスさん、俺は構いませんが、貴方はプレシアさんの使い魔でしょう? 2人もこう言ってるし……」
当の本人も否定的な意見を述べる。しかし、リニスはそれを潰していく。
「一応、フェイトを一人前の魔導師にするという契約は済んでいます。これ以上いてもプレシアに負担をかけるだけなんですよ。それにアルフ、前も言いましたが、コウ君は信用できると思いますよ?」
リニスがいう通り、一般的な使い魔は、術者の魔力を食い続ける以上、存在しているだけで負担になるため、契約時に設定した目的を達したと同時に契約を解除、消滅するのが普通だ。とくに、リニスのように人格を有し、魔導師としても優秀な者は負担が大きい。プレシアとも消滅の時期を相談していた所だった。
「コウ君、私からもお願い出来るかしら?」
名前が出たプレシアも口をはさむ。
「良いんですか?」
「ええ、アリシアを助けられる可能性が少しでも上がればそれに超したことはないわ。それに、リニスは元々契約が済めば消滅するはずだったのよ? このまま契約の更新をしても良いけれど、維持するのも楽じゃないし。かといって、アリシアも懐いているでしょう?」
「……では、『リニスさんが必要と判断した場合に俺を助ける事』を条件に契約します」
「えっ? それで良いんですか?」
リニスは少し驚いた様に言う。使い魔の契約としてまるで拘束力がない条件だからだ。しかし、孔にとってリニスはテスタロッサ家の一員だった。そこから引き離すつもりはなかったし、自由意思を奪うつもりもなかったのだ。
「まあ、契約目的も思い付きませんし、そういった事情なら長期に渡る目的の方がいいでしょう?」
「ええ、此方としては助かるのですが……」
だがリニスとしては、自らを厄介者として押し付けた様で嫌だった。主の負担にしかならないのはリニスも気にしているところだ。
「まあ、まずはアリスとアリシアを助け出す事を考えましょう。終わった後に何か思い付くかもしれませんし」
言いよどむリニスに先送りを提案する孔。リニスは苦笑した。こんなに遠慮して、相手の立場ばかり考えるなんて、アリシアやフェイトでは絶対にしないだろう。
「話は決まったようだね。例のデバイスに使い魔の契約術式は記録してある。テストも兼ねてやってみると良いだろう」
そんなリニスをよそに、スティーヴンが話をまとめる。リニスは制御室のパネルを操作し、ペンダントの形をしたデバイスが入ったガラスケースを取り出した。
「……『例のデバイス』、ですか?」
「ええ、COMPを組み込んだデバイス、arm terminal devaice , Internal comp Installed anti devil program Instead of Initiation to access the Universe of amara(儀式代行対悪魔プログラム内蔵アームターミナル型デバイス)――I4Uです」
時の庭園の訓練室。孔はそこで新たなデバイス――I4Uを身に着けて立っていた。前に立つリニスから声がかかる。
「コウ君、リラックスして、デバイスに意識を集中させてください。起動ワードが聞こえるはずです」
「分かりました」
孔は首にかけたデバイスに意識を移す。すると、どこからか女性の声が聞こえた。
――おお、我が愛しい狩人よ。お前は我に応え、我を手にしたか……。しかし、我が元を去ろうとするならば、我はお前を生かしてはおけぬ
そんな声とともに、呪文が頭に浮かぶ。孔は何かに導かれるようにして、それを唱え始めた。
「永遠なる主、サバオトの神」
――EL ELOHIM ELOHO ELOHIM SEBAOTH
「栄光に満ちたるアドナイの神の名において」
――ELION EIECH ADIER EIECH ADONAI
「さらに口にできぬ名、4文字の神の名において」
――JAH SADAI TETRAGRAMMATON SADAI
「オ・テオス、イクトオス、アタナトスにおいて」
――AGIOS O THEOS ISCHIROS ATHANATON
「秘密の名アグラの名において、アーメン」
――AGLA AMEN
「……! I4U、セットアップ!」
《Yes, My Dear!》
スティーヴンが理論を組み上げ、プレシアが設計し、リニスが作製したデバイスが起動する。孔が光に包まれるとともに、すさまじい魔力があたりに満ちる。それはS2Uを起動させた時とは比較にならない魔力量だった。制御室から見ていたプレシアは、慌てて時の庭園のシールドを作動させる。このままでは魔力は次元世界の境界を突き抜け、他の多次元世界に影響を与えかねない。これは次元災害と呼ばれる現象で、本来なら兵器やロストロギアと呼ばれる魔法世界で確認された過去の高度な文明の遺産によってしか起きないはずだが、今まさに個人の力でそれが起きようとしていた。
「見給え! プレシア女史! この魔力、そして霊的磁場! 素晴らしい……おお、素晴らしい! これはもはや単なる力ではない! 魂だ!」
目の前で引き起こされた力の爆発に興奮したように叫ぶスティーヴン。
(……どうやら、私はまたとんでもないものを造ってしまったみたいね)
プレシアは不安になりながらも、リニスと孔のバイタルを示すモニターを注意深く観察していた。画面の数値を見て胸をなでおろす。大丈夫だ。2人は無事だ。あの時とは違う。
孔はアリシアがデザインした魔力で生成した服――バリアジャケットをまとって立っていた。腕全体を覆う銀の篭手に、白を基調とした鎧、背には剣、腰には銃。皮肉なことに、それはアリシアが孔の希望で用意したゲーム、「デビルバスター」のイメージとして使用されていたキャラクターが纏う鎧と似たデザインだった。
「コウ君、大丈夫ですか?」
「ええ、むしろ調子がいいくらいです」
気遣うように言うリニスに、孔が答える。体が軽い。リニスにとってもそれは同じだった。先ほど使い魔の契約を行ったところだが、大魔導師と呼ばれたプレシアですら比較にならないほどの濃密な魔力がリニスに流れ込んでいる。全身に力が漲っているのがはっきりと自覚できた。
「……?」
しかし、リニスは首をかしげる。使い魔の契約を行えば、契約者の感情を共有できる精神リンクが発生するのが普通だ。実際に孔との間に精神リンクは確認できたのだが、そこから流れ込んでくる感情はプレシアと比較にならないほど希薄だったのだ。
「どうしました?」
「い、いえ。なんでもありません」
まあ、まだあって間もないし、そこまで頻繁に会話をしたという訳ではない。彼はいろいろと規格外だ。無意識に精神リンクをセーブしていても不思議ではない。この辺は徐々に信頼してもらえばいいだろう。それより今はアリシアだ。そう思い直して、リニスは孔と転送ポートへと向かった。
† † † †
孔が新たにデバイスを手に入れた頃、アリサ・バニングスは月村すずかの家へと遊びに来ていた。雨降って地固まるというのか、2人はあの喧嘩の後逆に仲良くなり、下校途中、家で遊ぼうと約束していたのだ。なお、なのはも2人とそれなりに仲良くなったのだが、アリスのいる公園へ向かったため、そこには参加していない。
「あ、これ新作のゲーム?」
「そうだよ? RPG『デビルバスター』。朝コマーシャルでやってたかな?」
ゲームソフト置き場になっている棚を物色していたアリサが、やはりCMで見て知っていたゲームを見つけ反応する。文学少女な見た目とは裏腹に、すずかはゲーム好きだった。姉である月村忍がゲームを趣味としているのも手伝って、気に入ったゲームを見つけては相当にやり込んでいたし、新作もよくチェックしていた。
「これ、面白いの?」
「う~ん? まだやったことないから分からないや」
対するアリサはさほどゲーム好きというわけではない。初心者のアリサでは対戦型についていけないため、こういったRPGを2人で一緒に攻略するというのが多かった。
「ねえ、ちょっとやってみましょう?」
「うん、いいよ。私も気になってたし」
テレビに繋いだゲーム機を起動するすずか。タイトルが表示される。
――Caution For Devil Busters!
――これからゲームの中で体験することは、その全てが本当のことになるでしょう。
タイトルコールとともに始まるゲーム。すずかは感想を漏らす。
「ふーん、ダンジョンRPGなんて珍しいね」
「そうなの? まあ確かにこんな迷路なんてはじめて見るわね」
お互いに感想を言いながらゲームをする2人。
――もう少し骨のある奴だと思っていたが、口ほどにも無い奴め!
「あ、やられちゃった」
「ふふん。すずか、“シンデシマウトハナニゴトダ”ってやつね。交代よ」
3Dダンジョンが珍しいのか、時々交代しながら順調にゲームを進めるアリサとすずか。数十分ほどで、ボスの部屋らしき仰々しい装飾の扉にたどり着く。
――パズス『私は神の使い。この扉に封印されていたのです。それをあなたが救ってくれたのです。あなた達は私たちの世界で歓迎します』
扉を開くとメッセージ。強く光る画面。ボスかと身構える2人だが、やや背景は変わったものの、目の前には同じダンジョンが広がっている。
「なんだ。ボスじゃないんだ。すずか、そろそろ代わってくれる?」
「うん、いいよ……あれ?」
気がつくと、さっきまで握っていたコントローラーがなくなっていた。慌てて床を見回すが見つからない。それどころか、カーペットもなくなっていた。恐る恐る顔をあげると、
「っ?!」
そこにはゲームで見たのと同じ光景が画面の外側まで広がっていた。
「何? 何なの!?」
アリサもそれに気付き、叫び声をあげる。その声は果てなく続くダンジョンの闇に吸い込まれていった。
「……ずっと同じ廊下ばっかね」
「……ま、まあ、きっと出口もあるよ」
アリサとすずかはゲームのダンジョンを歩いていた。助けをじっと待っているのも不安になり、意を決して先に進む事にしたのだ。ゲームの中では当然モンスターとのエンカウントもある。が、今まで歩いた限りでは全く襲われる気配がない。始めはおっかなびっくりという感じで歩いていた2人の警戒は、いつの間にか弱まっていた。
「あ、あれ。出口じゃないかしら?」
「だ、大丈夫かなぁ?」
目の前に光が漏れるドアを見つけ、歩みを速める2人。戸惑うことなくその扉を開く。
「えっ?!」「きゃぁ!」
その瞬間、吸い込まれるように扉の奥へと引きずり込まれた。
「おお、ようやくお姫様がご到着だ」
そこはさっきのダンジョンよりも薄汚い、ビルの一室とおぼしき場所だった。かなりの台数のPCがあり、床にはコードが不規則な図形を描いている。そのコードは円筒形の水槽につながっていた。水槽の中には黒い泥のような液体が満ち、赤い球のようなものが浮いている。3つあるそれは、人の顔のようにも見えた。そして、PCの前には、緑のスーツの男と白いスーツの男。すずかは緑のスーツの男に見覚えがあった。
「や、安次郎さん……?!」
「すずか、知ってるの?!」
「おお、俺を覚えているとは光栄だなぁ、すずかお嬢さま」
厭らしい笑みを浮かべるヤクザのような男・安次郎に、すずかは顔を歪めた。
「ど、どうして貴方がここに……?!」
「どうしてぇ? お前を本物の吸血鬼にするためだろ!」
「……っ?!」
その言葉を聞いて、すずかはビクッと肩を震わせた。アリサは変な者を見るような目で言う。
「はあ? 吸血鬼って……バカじゃないの?」
「ふん、元気のいいお嬢さんだな!」
それを聞くや、安次郎はアリサを蹴っ飛ばした。よほど力を込めたのか、肉をえぐるような音が響く。
「……いっ!」
痛いという苦悶の声を最後まで続けることも許されず、アリサは壁に激突し気を失う。
「やめて! 酷いことしないで!」
慌ててアリサに駆け寄り叫ぶすずか。そこへ、横の白いスーツの男が立ち上がった。
「おい、そっちも俺達の方が使うんだ。まだ殺すなよ?」
「はっ! うるさかったから気を失わせただけだ!」
「なら、もっといたぶって、恐怖を与えてからにしろ。呆気なく気を失われては利用価値が減る」
悪魔のような言葉に分かった分かったと頷く安次郎。すずかは背筋が凍る思いでそれを見ていた。そんなすずかを無視し、安次郎は近づいてくる。
「……ひっ!」
「ふん、そんなに恐がる事はない。まだ死なれても困るからな!」
そう言うと、安次郎は2人を縛り上げ、部屋を出ていった。
「……夜の一族、バンピールか。せいぜい総統閣下の現界に役立ってくれよ?」
そんな事を呟く白いスーツの男を残して。
→To Be Continued!
――悪魔全書――――――
愚者 月村安次郎
※本作独自設定
すずかと忍の親類。ヤクザのような風体をした小太りの中年男性。過去に月村家の遺産を狙い、忍とすずかの殺害を企てた。その際に一族の失われた技術で作り出した自動人形を持ち出すも、感情を発露させたその自動人形に裏切られ大怪我を負う。以降、月村の遺産を正式に引き継いだ忍を目の敵にし、復讐の機会をうかがっていた。
愚者 三木谷さやか
海鳴市の交番に勤務する婦警。聖祥大学附属小学校卒。ほむらと同期の婦警。ほむらと勤務地は違うのだが、担当する地区は隣接しているためよく連絡を取り合ったり、2人で仕事にあたったりすることが多い。
――元ネタ全書―――――
シエロシューティング
デジタル・デビル・サーガのミニゲームより。ゲーム中では謎の必殺技、シエロビームを撃つことができます。が、ハントアタック(いわゆる特殊近接攻撃)を積極的に使わないとゲーム終了後「ぜんぜんだめじゃん! なんだよなんだよ おとなのくせに!」と怒られることに。
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※マグネタイト等の説明については本作独自設定となります。メガテンをやっていて「違うぞ」という方もいらっしゃるかと思いますが、どうかご容赦ください。
※フェイトとアルフのキャラが劣化していますね。決して嫌いという訳ではないのですが、設定上今回はやや歪めた描写となっております。不快に感じられた方は申し訳ありません。
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