リリカル・デビル・サーガ   作:ロウルス

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――――――――――――

 怖い。あの人は私を吸血鬼にすると言おうとした。それもアリサちゃんの前で。

――化け物!

 あの時の声を思い出して、私は震えていた。

「よお、目が覚めたか、お嬢さん?」

 アリサちゃんが目を覚ました。思わず目を背ける。

「ひっ!」

 目が覚めた瞬間に安次郎さんの顔を見て、アリサちゃんの短い悲鳴が聞こえた。その人は、狂ったように笑いながら目の前のテレビのスイッチを押した。

――――――――――――すずか/廃ビル



第9話b 吸血鬼のゲーム《弐》

「えっ? 何?」

 

 さやかは目前に広がるダンジョンを見て声を上げた。

 

「ここは……ゲームで見た? あれ? アリスちゃん?」

 

 思わず周りを見渡すも、直前まで一緒だったアリスの姿はない。

 

「何がどうなって……っ! ああ、いや、落ち着け、私」

 

 パニックに陥りかけるも、深呼吸して自分を取り戻す。携帯を取り出して、GPSを起動した。だが、画面には圏外の文字が表示されている。試しにほむらへ連絡をいれてみたが、やはり繋がらない。

 

「ここでじっとしてても仕方ないし……しょうがない」

 

 もしかしたらアリスも同じ目にあっているかもしれない。さやかはダンジョンを歩き始めた。静かすぎて不気味な廊下を歩く。ゲームではない、リアルとして得体のしれない場所をさ迷う恐怖。それは、突然響いた地鳴りで膨れ上がった。

 

「っ! な、なに!?」

 

 しゃがみ込んで体を支えながら、あたりを見回すさやか。しかし、突然目の前に走った雷光にすぐに視線を落とす。静かになった前方に目を向けると、

 

 そこにはモンスターがいた。

 

 ゲームの中ではワームと表示されていた、ダンジョン内で当たり前に出てくる「敵」。

 

「っ! ゲームっぽいから覚悟はしてたけど……!」

 

 一瞬戸惑ったものの、慌てて逃げ出すさやか。来た道を走り始める。しかし、

 

「なっ!」

 

 背後からもう一体、否、先ほど目の前に現れたのは尻尾で、頭の部分が背後に回り込んでいたのだ。大きく口を開け、さやかを飲み込もうと突っ込んでくる。体の奥にまで巨大な牙が何層も見えた。慌てて避けるさやか。しかし、大きく波打つワームの体にはじかれ、飛ばされてしまう。その先には、豚の頭に斧や剣で武装した悪魔、オークの大群がいた。

 

「……あ、ぁぁ……」

 

 恐怖に声を漏らすさやか。しかし、オークはそれを無視するように雄叫びをあげて、さやかに斧を振り下ろした。

 

「い、嫌ぁぁぁあああ!」

 

 その光景を見せられて、すずかとアリサは絶叫を上げた。2人とも縄で椅子に固定され、目の前に置かれたモニターには先程の惨劇がゲームではないリアルな映像として写しだされていた。画面はおびただしい血で染まっている。

 

「ひとり死んだな。おい、ガギソン、あの女の死体をここに転送してくれ」

 

「ふん、良いだろう」

 

 安次郎の言葉に白いスーツの男――ガギソンがうなずき、モニターに繋がるPCを操作する。すると、アリサとすずかの前に、真っ二つになった血まみれの肉塊が出現した。内蔵や腸が露出し、骨も見える。

 

「……ひっ!」

 

 悲鳴をあげるアリサ。顔を真っ青にして、ガクガクと震えている。

 

「どうだ? 旨そうな血の臭いがするだろう?」

 

 そんなアリサを横に、安次郎がすずかに問いかけてきた。すずかは必死に顔を振って否定する。

 

「いやっ! 私、知らない!」

 

「ふん、ウソはいかんな。今も血を貪りたくて堪らないだろう?」

 

 そう言うと、死体の腕を持ち上げる安次郎。ぐちゃぐちゃっと音を立てて、断面から内蔵が飛び散った。

 

「……っうぇ……うぉぇ……」

 

 あまりにも壮絶な光景に、アリサは嘔吐した。顔を背けたため横を向いていたので幸い吐瀉物は服にかからなかったが、目眩と頭痛で息を荒くする。

 

「ああ、う……」

 

 一方のすずかは顔を真っ青にしていたものの、もどしたりはしなかった。アリサよりは落ち着いた反応だ。それは、すずかが「夜の一族」と呼ばれる、いわゆる吸血鬼である事に由来する。この世界には孔が触れた魔法という異常がない代わりに、吸血鬼や人狼といった種族が存在していた。ただ、人間より身体能力面で優れた力を持つことで人間から迫害を受けたため、いつしか人間社会から遠ざかり、別のコミュニティを形成、一般的には知られていない存在となっている。こうした血を糧とする夜の一族の遺伝子が、すずかに人間の血の匂いに嫌悪感を抱かなかったのだ。

 

「ほら、飲めよ?」

 

 安次郎は死体からドクドクと流れる血をグラスに集めてすずかに突きつけた。

 

(……い、嫌だ! 嫌ぁ……)

 

 心の中で叫ぶ。人間の肉塊から今まさに流れ出ている血だ。アリサほど血に抵抗がないとはいえ、とても飲めたものではない。だがその一方、すずかは心のどこかで自分が流れる血を食料と認識している事がはっきりと分かった。まるでテレビで面白半分に中継されるゲテモノ料理のように、見た目から生理的嫌悪感を抱きながら「食べられるもの」として認識している。

 

「……い、嫌ぁ」

 

 しかし、すずかはなおも否定する。

 人間から隠匿して暮らすという一族の方針は、現代もなお受け継がれ、吸血鬼や人狼の意識を束縛していた。自分が吸血鬼と知られれば人間に否定される。恐怖の対象として攻撃される。そんな意識がコンプレックスとなり、今までずっとひとりだったすずかは、せっかくできた友達であるアリサに嫌われたくなかった。だから、すずかは「普通の」人間であるアリサと認識を異にする自分を拒もうとしたのだ。

 

「ちょっと、す、すずかから、は、離れなさいよ!」

 

 そこへ、アリサの声が響いた。しかし、その身体は蒼白になって震えている。安次郎は笑い声をあげた。

 

「クククッ! 随分気丈な事だな。お前はこの女が吸血……」

 

「嫌ぁ、やめて、言わないで!」

 

「なら、さっさと欲望に任せ血を飲むんだな!」

 

 正体を言おうとした安次郎を必死に叫んで止めるすずか。これ以上、自分を友人だと認めてくれるアリサを怖がらせる訳にはいかない。意を決して赤黒い血が注がれたグラスに口をつけようとしたとき、再びアリサが恐怖を振り払うように叫んだ。

 

「どうして! 何でっ! こんな事するの!」

 

「どうしてだぁ! 復讐のためだろうが!」

 

 すずかはグラスから口を遠ざけ、思わず安次郎を見る。安次郎は興奮したように話し始めた。

 

「俺はなぁ、本当は大金を手にして一族のトップになるはずだったんだ。それがそこの餓鬼の姉に邪魔されてなぁ! 今じゃあ一族から追われる立場だ! だから、復讐してやるのさ! あいつら全員になぁ!」

 

「す、すずかは関係無いでしょう?」

 

 言っている事は全く理解できないが、どうも目標はすずかではなく、すずかの姉のようだ。それを悟ったのか、未だ残る吐き気と恐怖を抑え必死に噛みつくアリサ。しかし、安次郎は何でもないように続ける。

 

「はっ! 妹を殺せばあいつらもちょっとは苦しむだろ!」

 

「……!」

 

 明確に殺すと言われ、すずかは目を見開いた。安次郎は更に続ける。

 

「……でも、直ぐには殺さねぇ! 吸血鬼にして、じわじわとなぶり殺してやる! それが悪魔との契約だしなぁ! クククッ! ハーハッハッハッ!」

 

(く、狂ってる……)

 

 大声で壊れたように笑い始めた安次郎を見て、すずかの僅かに残った冷静な部分がそう告げる。その狂気の叫びのような笑い声は急速に恐怖を呼び起こし、

 

「おお、また2人ほど送られてきたぞ」

 

 ガギソンの声で中断した。モニターが切り替わる。画面に映ったダンジョンを歩く人物を見て、すずかとアリサは顔を歪めた。

 

「……あ、あいつ!」「う、卯月君……」

 

 それを見て、ニヤリと笑う安次郎。

 

「ほう? お友達か?」

 

「違うわよ! あんな奴っ!」

 

 反射的に否定するアリサ。勿論、アリサは本心から違うと叫んだのだが、安次郎はそうとらず、友達を庇っていると思い込んだようだ。

 

「ふん。美しい友情か。おい、ガギソン。先にそいつから殺せ!」

 

「バンピールが命令するな……と言いたい所だが、我等が目的のため従ってやろう」

 

 ガギソンがPCを操作する。モニターには、2人に襲いかかる悪魔が写されていた。

 

 

 † † † †

 

 

 時は僅かに遡る。孔はリニスとともに、時の庭園の転送ポートに立っていた。転送ポートにはターミナルが繋がれており、アマラ宇宙の指定した場所へ跳べるようになっている。

 

「では、転送を始める」

 

「2人とも、くれぐれもアリシアをお願いね?」

 

「ええ、必ず連れて帰ります」

 

「そちらこそ、アリスの救出サポートをお願いします。それともう一人、さやかさんという婦警さんも巻き込まれているかもしれない」

 

 念を押すプレシアに応えるリニスと補助を頼む孔。それに頷いて、スティーヴンはターミナルを起動させた。アマラ輪転鼓が回り始める。そんなとき、

 

「バウッ! ワウッ! バウッ! ワウッ!」

 

 急にプレシアの足元にいたパスカルが吠え始めたかと思うと、起動中の転送ポートへ飛び込んだ。

 

「なっ! おいパスカル!」

 

 止める間もなく、アマラ宇宙への転送が始まる。

 

 孔はリニスと手を繋いだまま、例の赤い通路――スティーヴンによるとアマラ経絡と言うらしい――を流されていった。そして、いつかと同じように着地する。優しい衝撃とともに響く着地音。だが、視界に広がっているのはあの赤い通路ではなく、ゲームのダンジョンのような作り物の外壁が続いている。だが、パスカルの姿はない。

 

「スティーヴン博士は俺と繋がりがないと上手く転送できないかもしれないといっていたが……」

 

「コウ、気持ちは分かりますが、今はアリシアとアリスちゃん、さやかさんに集中しましょう」

 

「……分かってる」

 

 気遣うリニスにうなずく孔。2人は使い魔の契約をしたことで、互いに名前を敬称なしで呼びあい、孔もリニスの要望で敬語を控えている。自然に変わった関係をこなしながら、孔はデバイスの通信をつなげた。

 

「スティーヴン博士、聞こえますか?」

 

「……聞こえる。どうやら……転送出来たようだね」

 

「ええ、ゲームのようなダンジョンが広がっています」

 

 ややノイズが混じってはいるももの、無事に繋がった事に安堵する孔。スティーヴンの声が告げる。

 

「今確認したが、その空間はアマラ宇宙に張られた結界のようなものだ。何処からか制御されている。今逆探知をかけているが、割り出すには少し時間がかかるな」

 

「アリシアとアリスちゃんは何処にいるんですか?」

 

 横からリニスが口を出す。焦らないようにと思いながらも、やはり気になるようだ。

 

「うむ。見つけることは出来たのだが、どうもその通路はアリシア君の下にも、アリス君の下にも繋がっていないな」

 

「なら、どうするんです?」

 

「問題ない。結界といっても、マグネタイトの流れを利用したものだ。ターミナルシステムを使えば、道を繋げる事くらいは出来る。取り敢えず真っ直ぐ進んでくれたまえ」

 

 

 2人は指示に従い道なりに進んでいく。警戒しながら進んでいると、突然地面が揺れ始めた。

 

「悪魔の反応だ。気を付けたまえ」

 

 構える孔にスティーヴンの冷静な声が響く。それと同時に、地響きを立ててワームが現れた。全長は数メートルもあるだろうか。地面を突き破って出てきた悪魔は孔を見下ろし、大きく口を開ける。デバイスを構える孔。

 

「スティンガーブレイド・アンリミテッドシフト!」

 

《Stinger Blade Unlimited Shift》

 

 魔力によって生み出された無数の剣が、巨大なワームを覆い尽くす。

 

「押し切る!」

 

 その剣の牢獄は、まるで締め上げるように一斉にワームに襲い掛かかり、まるでトゲの生えた壁に押しつぶされるようにして、ワームは消滅した。

 

「相変わらず恐ろしい魔力量ですね」

 

 それを見ながら、リニスも魔法の詠唱を始めた。ワームの奥に、オークの大群が迫っている。

 

「まあ、そのコウから魔力供給を受けている私が言えたものではありませんが」

 

《Thunder Rage》

 

 まとめてバインドでからめ捕ったオークを雷が薙ぎ払う。光がひいた後には、オークの数は目で数えられるほどにまで減っていた。不利だと悟ったのか、逃げ出そうとするオークに剣が刺さる。孔がゲートオブバビロンから剣を放ったのだ。

 

「これで全部か?」

 

「いえ、あれもそうではないですか?」

 

 普通では考えられない魔力を使ったにもかかわらず、大して堪えた様子もない2人が悪魔の死体の先に目を向ける。そこには、絵本に出てくる妖精のような悪魔、ピクシーがいた。孔がCOMPを確認すると、確かに悪魔の反応がある。目があった。銃を構える孔。すると、ピクシーは震え始めた。

 

「み、みんな殺されちゃっ……! キャー! 殺人鬼! 強盗! 痴漢! 助けてぇー!」

 

「待て、最後は訂正しろ!」

 

 孔の叫びも虚しく、悪魔はおびえて逃げ出した。

 

「……ち、痴漢……」

 

「コウ、気持ちは分かりますが、今はアリシアとアリスちゃんです」

 

 リニスの言葉に納得いかないながらもうなずく孔。2人は悪魔が逃げた方とは逆方向に歩き始めた。

 

 

 † † † †

 

 

「な、そんな馬鹿な!」

 

 悪魔を呆気なく、それもとんでもない力で倒され、ガギソンは驚愕の声をあげる。ワームと言えば最下級とはいえ、竜の名を持つ種族。地力は相当に高いはずだ。安次郎も予想外の事態に語気を荒げる。

 

「おい、何だあの化け物は?」

 

「分からん。強力な英霊の転生体かも知れん。これは今のうちに潰しておかねば……」

 

「どうするつもりだ?」

 

「心配は要らん。奴等が悪魔を倒せば倒すほど、マグネタイトは結界に満ち、此方は強力な悪魔を召喚出来るようになる。ついでだ。さっき送られてきたこどもを殺して、その分も使うとしよう」

 

 まるでゲームでもするようにあれこれと作戦をたてる安次郎とガギソン。そんな2人をよそに、アリサとすずかは食い入るようにモニターを見ていた。

 

 アリサの方は助かりそうな要素が見つかってほっとしていた。助けに来た奴そのものは気に入らないが、まあ、この際それはどうでもいい。なんとかこの状況を抜け出すことが出来そうなのだ。ほんの少し、余裕を取り戻せた。それと同時に、

 

(嫌な感じがするの、あれのせい?)

 

 そう思った。アリサも金髪というだけで少なくない生徒から差別され、嫌な目で見られるのだ。あれだけ特異な力を持っていれば、嫌悪もするだろう。もっとも、アリサは始めて孔の力を目にしたのであって、初見から嫌悪する理由にならないのだが、以前修やなのはに責めるように聞かれた(2人にそんな気はないのだが、アリサはそう感じた)嫌う理由をそこに見いだす事で自分を納得させようとしていた。

 

 一方のすずかは安次郎が発した「化け物」という単語に反応した。力を持つものは排斥される。ずっと言い聞かされてきた言葉が現実となって、目の前にあるのだ。

 

(私も、化け物だってばれたら、みんなにあんな嫌な感じを……)

 

 すずかは自分が孔を見るような目で、アリサやなのは、萌生をはじめとしたクラスメートから見られるのを想像して、ただ怯え続けていた。

 

 

 † † † †

 

 

「行き止まりです」

 

「進めなくなったか、少し待ってくれ……」

 

 孔とリニスは壁を前にしてスティーヴンに連絡を入れていた。スティーヴンが応答してしばらくすると、壁は消えて道が出来る。

 

「すぐ近くに、アリシア君の反応がある。ここまで……れば……少し……」

 

「博士?」

 

 しかし、急にノイズが酷くなった。慌てて呼び掛ける孔。

 

「……気を……何者かが……いる……」

 

 ノイズで断片的にしか聞き取れず、理解できない。それっきり、声は聞こえなくなった。

 

「……急ぎましょう」

 

 どう考えても嫌な予兆にとしかとれない。急かすリニスにうなずくと、孔は走り始めた。

 

 

 † † † †

 

 

「ここって、ゲームの中?」

 

 こちらはアリシア。周りを見渡しながら、しかし素直な性質もあり、自分がゲームのなかにいる事をすぐに受け入れる。

 

「……なんか、あの赤い迷路みたい」

 

 見かけはゲームのダンジョンなのだが、アリシアは一度アマラ経絡に囚われている。今居る場所の雰囲気が、かつて永くひとり過ごした場所と似ているのを感じとっていた。

 

(また、独りぼっち……っ! だ、大丈夫。また、すぐにコウが助けてくれる! くれるんだから!)

 

 必死にネガティブな思いを振り払い、アリシアは暗いダンジョンを歩き始めた。アマラ経絡では何かに襲われるという事がなかったため、大きな警戒心ない。しばらく歩くと、

 

「あっ?」「えっ?」

 

 自分と同じくらいの、金髪の少女と出合った。アリシアも同じ金髪ではあるが、もっと癖毛のないストレートであり、肌もアリシアよりずっと白い。少女は首を傾けた。さらりと金髪が揺れる。

 

「だあれ?」

 

「うえ? ア、アリシア。アリシア・テスタロッサだよ?」

 

 話し掛けられ、普通に返事をしてしまう。あの赤い迷路では襲われる事もない代わりに、話しかけても反応がなかったのだが、目の前の少女は違うようだ。

 

「アリシアちゃんかぁ。私はね、アリス! アリスっていうのっ!」

 

 楽しそうに笑ってアリシアの手をとるアリス。アリシアもそんなアリスを見て、いつしか笑顔を浮かべていた。

 

 

「ふーん、アリスちゃんもゲームを見てて閉じ込められちゃったんだ?」

「うん。さやかさんもいたんだけど、なんかひとりになっちゃった」

「さやかさんって?」

「仲良くなったお姉さん! 公園で、犬のパスカルと遊んでたの」

 

 2人は自分達の状況も忘れ、楽しそうに喋りながらダンジョンを進む。アリシアもアリスも、同年代の同性と話すことなどはじめてに等しい。閉鎖的な空間で過ごしてきたストレスを発散するように、2人は喋り続けた。

 

「う~ん、でも、この廊下、何処まで続くんだろうね?」

 

「えっ? えーっと……」

 

 やがて話題が尽きたのか、アリスはダンジョンの方へ興味を持ち始めた。言葉を濁すアリシア。自身の不安を誤魔化しながら必死に口を動かす。

 

「だ、大丈夫だよ! きっと助けてくれるよ!」

 

「? 知ってるよ?」

 

「……はえ?」

 

 が、アリスの反応はやや予想外だった。何を当たり前のことをと言わんばかりの不思議そうな顔をして、アリシアを見つめている。

 

「危なくなったらねー、孔お兄ちゃんが助けに来てくれるの。だから、ここにも絶対来るんだから! でも、何かおんなじ景色ばっかりで、アリス飽きちゃった」

 

 早く来ないかなぁ、と呟くアリス。アリシアは良く知る名前が出てきて声をあげた。

 

「コウお兄ちゃんって、コウ? コウのこと?」

 

「えっ? 孔お兄ちゃんの事、知って……!?」

 

 アリシアの反応にアリスの声が響く。しかし、その声は突然の轟音にかき消された。青白い雷が一瞬視界を塞いだかと思うと、放電で揺らいだ空間に異形が見えた。

 

「待っておったぞ。小娘め」

 

 ソレは悪魔だった。巨大な斧を携えた牛頭を持つ大男の姿をもつその悪魔は、アリシアを突飛ばす。

 

「きゃぁぁあああ!」

 

「アリシアちゃん!」

 

 それを見たアリスはアリシアを庇うように前に立って叫んだ。

 

「アリシアちゃんを苛めるなぁ!」

 

「ア、アリスちゃん!」

 

 悪魔は雄叫びをあげてアリスに殺到する。アリシアは痛みを堪えて立ち上がり、アリスに駆け寄って引き離そうとする。が、それより先に横から影が飛び出し、悪魔に飛び掛かった。

 

「がっ!」

 

 苦悶の声を上げて仰け反る悪魔。見ると、犬が噛みついていた。

 

「パスカル!」

 

 アリスが嬉しそうな声をあげる。そんな時、アリシアに声が聞こえた。

 

「アリス! アリシア! 何処だ!」

 

「ッ! コウ!」

 

 声が聞こえた方へ走るアリシア。

 

「ええいっ! 逃げるなぁ! 小娘が!」

 

 しかし、アリシアに逃げられたと気付いた悪魔は怒り狂った。パスカルを振りほどき、壁に叩きつける。ゴポッという音とともに血を吐き出すパスカル。ズルズルと壁に血の跡を残しながら力なく地に堕ちる。

 

「パ、パスカルッ!」

 

 アリスが駆け寄る。パスカルは、もう動かない。

 

「……うぁ!」

 

 アリスは涙を流し、

 

「うわぁぁぁぁああああ!」

 

 絶叫をあげた。

 

 

 † † † †

 

 

「コウ! それにリニス!」

 

 突然通路から飛び出したアリシアに孔とリニスは驚いた。嫌な予感と裏腹に、すぐにアリシアが見つかったのだ。しかし、次の言葉でその予感はやはり当たっていたのだと思い知る。

 

「コウ、アリスちゃんが、アリスちゃんがぁ!」

 

「……っ!」

 

 孔は無言で走り出した。アリシアが飛び出してきた辺りから、光が漏れている。次第に収まっていくその光を追いかけるように角を曲がると、

 

「……アリス!」

 

 倒れ伏したアリスとパスカル、それに襲いかかろうとする悪魔がいた。

 

「っ! 貴様ぁ!」

 

 孔はほとんど反射的にゲートオブバビロンを起動させ、悪魔に無数の宝具を突き立てる。衝撃で吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる悪魔。そこに、

 

《Chain Bind》

 

「もう、ひとりで突っ走らないで下さい!」

 

 追ってきたリニスがバインドをかけた。

 

「すまなかった」

 

《Blaze Cannon》

 

 孔はそれに応えつつ、炎の砲撃を放つ。それは悪魔の腹を打ち抜き、大穴をあけた。あいた穴から燃え広がる炎。しかし、悪魔は熱で焼き尽くされながらも、一緒に消滅したバインドから解放された腕を振り上げる。孔はアロンダイトで今度こそ止めをさそうとする。が、次の瞬間、倒れていたパスカルが急に起き上がり、燃え盛る悪魔に喰らいついた。

 

「パスカルッ!?」

 

 絶叫をあげながらも、もう振りほどく力もない悪魔はその場でパスカルに喰われていく。肉を引き裂き、骨を砕く音を立てながら、パスカルは貪るようにして悪魔を喰らい続けた。まるで始めて餌を与えた時のように。それは必死に餓えから逃れようとしているようにも見える。孔はそんな異常な事態を呆然と見ていたが、やがて悪魔を喰らい終えたパスカルは、音を立てて姿を変え始めた。異常に筋肉が盛り上がり、それを突き破るように鋭い爪が伸びる。青みがかった灰色の毛並みは真っ白に変わり、巨大な牙が口から覗いていた。

 

 咆哮をあげるパスカル。

 

 それは飼い犬だった頃とはかけ離れた威圧を放っていた。COMPに目をやると、目の前のパスカルだったモノを間違いなく悪魔と認識している。

 

(パスカルが悪魔にっ! ……くっ!)

 

 無言で剣を構える孔。こうなった以上、せめて楽に最後を迎えさせてやりたい。悪魔と目が合う。孔は剣を握りしめた。しかし、

 

「ヌウ、我ガ主ヨ、何故我ニ剣ヲ向ケルノダ?」

 

「っ!? パスカル!? お前、俺が分かるのか?」

 

 パスカルの声に目を見開く孔。パスカルはもう一度雄叫びをあげると、話し始めた。

 

「例エ生マレ変ワロウト、我ヲ介抱シ、家族ヲ与エタ主ヲ忘レルコトハナイ!」

 

「……どうやら、大丈夫みたいですね」

 

 それを聞いたリニスが、横から声をかける。

 

「分かるのか?」

 

「ええ、私も元は飼い猫でしたから。主への想いが本当かどうかぐらい解ります」

 

 孔の確認にリニスが笑って答える。パスカルはグルルッとうめき声をあげると、孔に向かって言った。

 

「主ヨ。我ハソノ者ト同ジク、汝トノ契約ヲ望ム」

 

「……契約、か」

 

 使い魔の契約ではないだろう。パスカルはもう悪魔になってしまっている上、使い魔は死に瀕した動物を対象にする。となると、スティーヴンが言っていた悪魔を使役する為の契約になるが、

 

「……いいのか?」

 

「構ワヌ。寧ロ我ハ恩ヲ返スタメ、契約ヲ望ム」

 

「そうか。……分かった。I4U」

 

《Yes, My Dear. COMP System Road, DDS Program》

 

 パスカルだった悪魔の下に、魔方陣が現れる。

 

「アオーン! 魔獣ケルベロス! 今後トモ ヨ ロ シ ク!」

 

 その言葉と共に、姿を消すパスカル。

 

《Completed.》

 

 同時に処理完了の言葉が伝えられる。

 

(今のが契約の言葉か)

 

 最後の「今後トモヨロシク」に苦笑する孔。複雑な契約の術式や儀式がDDSを介してこの一言となっているのだろうが、どうにもケルベロスとなったパスカルには不釣り合いだ。いや、ここはスティーヴン博士のセンスを疑うべきか。

 

「っと、アリスは大丈夫か?」

 

「ええ、眠っているだけで、目立った外傷もありません」

 

 アリスを介抱していたリニスに確認する孔。リニスに焦った様子がなかったので予想はしていたが、やはり安堵する孔。そこへ、アリシアが角から顔を覗かせた。

 

「ねえ、リニス。もう大丈夫? そっちいっていい?」

 

「ええ、もう大丈夫ですよ? アリシアお嬢様」

 

 リニスの言葉に、隠れていたアリシアが出てくる。やはり眠るアリスを見て声をあげた。

 

「ア、アリスちゃん!?」

 

「大丈夫、気を失っているだけです」

 

 先程の孔と同じように窘めるリニス。孔はそれを横目にスティーヴンと連絡を試みる。

 

「スティーヴン博士。聞こえますか」

 

「……ああ、聞こ……る。どうやらノ……ズの原因は排除できたようだな。その周囲にもう悪魔も人間も反応はない。その空間を制御している者の座標、つまり出口もわかった。そこに向かってくれたまえ」

 

 それを聞いて、孔は通信を切る。

 

「……さやかさんの反応は……ないのか」

 

 悪い予感を必死に否定しながら。

 

 

 † † † †

 

 

「おい、何だありゃあ? 化け物が化け物を殺しやがったぞ!」

 

「ええい、落ち着け! まだだ、まだマグネタイトは残っている! もっと強力なヤツを呼べば……」

 

 此方は安次郎にガギソン。2人は焦ってPCを操作していた。まさかあの悪魔、ミノタウロスが殺られると思っていなかった。英雄に屠られたという神話上の悪魔を倒すのだから、相手は英霊クラスだろう。このままでは自分達も危ない。

 

「おい、奴等、此方に真っ直ぐ向かってくるぞ!」

 

 一直線に此方に繋がるゲートへ進む孔達を見て、安次郎は叫んだ。あったはずの壁が何故か消えている。実際にはゲームの解析を終えたスティーヴンがガギソン達の居場所を特定、孔から連絡を受け、邪魔になる壁を消しているのだが、2人は知る由もない。すずかとアリサが出てきた時と同じようにモニターが光り始める。

 

「ば、馬鹿な! ええい、こうなれば!」

 

 ベキベキと音を立ててガギソンの姿がかわる。背中からは黒い翼が生え、口が突き出たかと思うと、鳥の嘴のようになった。異様な妖気を放ちながら、横の魔方陣に繋がった別のPCを操作する。

 

「ば、化け物……!」

 

 それを見たアリサは顔を青くしておびえた声を上げる。すずかはそんなアリサの言葉にビクリと肩を震わせた。安次郎の方は以前から知っていたのか、戸惑いつつも声をかける。

 

「な、何する気だ!」

 

「今まで溜め込んだマグネタイトをすべて使い、現世に直接我らが同胞を招く! この姿ならばワシの妖気で呼び寄せられるはずだ!」

 

「何だとっ!」

 

 焦りながらPCを操作するガギソンに安次郎は驚いた。元々悪魔はそのマグネタイトなるものが目的だったはずだ。せっかく集めたそれを使おうというのだから、余程の事態なのだろう。止める術もなくその作業を唖然として見守っていると、PCの横にある不気味な赤い玉が入った水槽が光りはじめた。その光は次第に強く膨れ上がり、水槽のガラスを悲鳴のような音を立てて割った。ぶちまけられる水槽の中身。その黒い泥のようなモノは、まるで意思を持つかのように一気に宙を舞い、

 

「……ギャァァァアアア!」

 

 ガギソンに殺到した。悲鳴とともに姿を変えていくガギソン。頭部が異常に膨らんだかと思うと、耳の後ろに別の顔が現れた。背中から腕が生え……

 

「う、うわぁぁあああ?!」

 

 安次郎は恐怖のあまり逃げようとする。が、ドアにたどり着く前にモニターの光が強まり、孔達が出てきた。

 

「抜けた……! 月村さんにバニングスさん? どうして……?」

 

 孔はすずかとアリサを見て驚く。そんな孔を横に、リニスが通常空間に出ると同時にアリシアとアリスを時の庭園へ移転させた。リニスは部屋を警戒しつつ問いかける。

 

「コウ、お知り合いですか?」

 

「あ、ああ、クラスメート、だが……」

 

 怯えるように短く悲鳴を上げて目を逸らすすずかと、何処か複雑な目を向けるアリサ。戸惑っていると、後ろの悪魔が叫び始めた。

 

「カーッ! ヒヒッ……ヒヒヒヒヒッ! 合体した! ワシは合体したンだ! 強くなる! 強くなるぞぉ!」「黙れ、下郎! この仕打ち、許すまじ!」「ぎゃあ、耳の中で叫ぶな、脳に響く!」

 

 狂ったように笑うガギソンに、新たに後頭部にできた顔が叫ぶ。本来ならもっと高位の存在であろうこの悪魔は、下級悪魔と無理矢理融合されたことが余程苦痛のようだ。

 

「……醜怪だな」

 

 孔はそんな悪魔に顔をしかめる。が、それはすぐにいつもの無表情に戻った。その悪魔の足元には、さやかの死体があったのだ。

 

「……さやかさん、殺ったのか?」

 

「おお、転生体の化け物! この合体が完成すればオマエナド……」

 

「……その人、お前が殺したのかと聞いている」

 

「オマエナド……コンナフウニ……フキトバシテクレルワァ! アハハハハハハハ!」

 

――ザンマ

 

 そういって、その悪魔は狂ったような笑いを続けながら、さやかの死体を粉々に吹き飛ばした。

 

「貴様……!」

 

《Blaze Cannon Ver. Magma Axis》

 

 孔は怒りのままに両手に収束させた熱を叩きつける。それは悲鳴を上げることすら許さず、悪魔の頭を吹き飛ばした。血が噴き出し、PCを赤く染める。

 

「……それで、お前は何なんだ?」

 

「ヒィッ! く、来るなぁ!」

 

 未だ怒りが収まらないのか、孔はすさまじい殺気のまま安次郎を睨む。さやかを殺したのはこちらかもしれない。あまりの殺気にあてられ、尻餅をついて、床を這いずるようにして必死に逃げる安次郎。だが視界に入ったのだろう、すずかとアリサを見つけると、2人のもとまで走りナイフを突きつけた。

 

「く、来るんじゃねぇ! ば、化け物! ち、近寄ったら、こ、こ、この2人を殺すぞぁ?!」

 

 しかし、その手に持つナイフは小刻みに震えている。それを見た孔は顔をしかめつつCOMPを操作し、

 

《Summon……》

 

――ケルベロス

 

 安次郎の後ろにケルベロスを召喚した。

 

「……な、何だ? ヒィ!」

 

 あまりの妖気に恐る恐る振り返った安次郎は、そこにいる猛獣を見て悲鳴を上げる。ケルベロスはつまらなさそうに前足で安次郎を殴りとばした。骨が折れるような音とともに安次郎は吹っ飛ばされ、そのまま窓に激突、ガラスを突き破って外に堕ちていった。

 

 

 † † † †

 

 

「い、一応、助けてくれたみたいだから、お礼を言っとくわ」

 

「い、いや。どういたしまして」

 

「……ふん」

 

 夕暮れの帰り道。嫌々ながらも礼を言うアリサに、孔は戸惑いながら返事をしていた。

 

「……ついでに魔法の事も黙っていてくれると嬉しいんだが」

 

「っ! 言っても誰も信じないわよ!」

 

 そっぽを向いたアリサに念を押す孔。本当に嫌そうにするアリサに首をすくめつつも、孔はその言葉を肯定と受け止める。

 

「そうか、ありがとう」

 

「別に、あんたのためじゃないわよ。リニスさんのためなんだからね!」

 

 アリサは始め腰が抜けてろくに歩けなかったため、リニスがおぶっていた。触れ合ったことで親近感が湧いたのか、リニスが纏う同じ異国の雰囲気に安心感を抱いたせいか、今は手を繋いで姉妹のように歩いている。なお、孔がおぶるというのはアリサが断固として拒否した。その際に、

 

「嫌よ! 魔法で何かするんじゃないの?!」

 

 と言われている。

 

(孔、大丈夫ですか?)

 

(……まあ、いつもの事だからな)

 

 リニスは孔を気遣うように念話を送る。それに自嘲交じりの念話で返す孔。

 

(それに、今回は俺の方も2人の目の前で悪魔の頭を吹き飛ばす何てことをしているから、自業自得だ)

 

(……コウ……)

 

 リニスは何も言えなかった。魔法という異能に触れたために排斥された(とリニスは思っている)のは見ていて忍びなかったが、魔法が常識の世界で生きてきたため、かけるべき言葉が見つからなかったのだ。

 

「アリサちゃん、悪魔を殺さないと助けられなかったのですから、余り責めないであげてください。それに、私も魔法使いなんですよ?」

 

「リニスさんはあんな事しないし」

 

 わざと“殺す”という言葉を使って弁護するも、アリサの反応は冷たかった。アリサの方も、自分でも理不尽と思える嫌悪感を持つ事で罪悪感を抱えており、それに対する免罪符をそう簡単に手放す訳にはいかない。

 

「いえ、私も大切な人が危なくなったら、酷いことをするかもしれませんよ?」

 

「……でも、それは――」

 

「……もういいよ、リニス」

 

 何かいいかけたアリサを遮るように、孔が口を挟む。孔からしてみれば、同じ理由でリニスまで排斥の対象にされる訳にはいかなかったのだ。それから、無言のまま4人は歩き続けた。

 

 

「……じゃあ、私ここだから」

 

 バニングス邸の前。アリサは別れの挨拶をし、家に帰っていく。孔もそれを見送った。

 

「じゃあ、後はすずかちゃんだけ……」

 

「わ、私もここで大丈夫です!」

 

 気を取り直すように言うリニスに、今まで黙っていたすずかは怯えたようにそれだけ言って、自分の家へと走っていった。

 

「やはり、相当ショックだったみたいだな」

 

「貴方のせいではありませんよ、孔」

 

「……すまないな、リニス」

 

 逆に此方を気にする孔に、リニスは哀しげな表情を浮かべる。リニスにとって、主となった孔は家族も同然だった。それに対する理不尽な扱いには憤りと哀しみを感じる。しかし、こんなに悪意を向けられているにも拘らず、使い魔の精神リンクからは相変わらず希薄な感情しか伝わってこない。もし未だ無意識に抑え込んでいるとすれば、相当に信用されていないことになる。使い魔、いや家族として失格だ。

 

(本当に、家族と言うのは上手くいきませんね……)

 

 かつて、いや今も自分が面倒をみているフェイトとアルフを思い出す。今までの理不尽な扱いのせいで、フェイトとアルフ、そしてアリシアもプレシアもお互いの距離に戸惑い、家族としての時間を過ごせないでいる。リニスは遠ざかるすずかの後ろ姿を見ながら、自分の非力さに歯噛みしていた。

 

 

 † † † †

 

 

「嫌よ! 魔法で何かするんじゃないの?!」

 

 走りながら、すずかはアリサの言った言葉を反芻していた。未だアリサも孔も、そしてリニスも自分が吸血鬼だとは知らない。もしばれたら……

 

「……っ!」

 

 すずかは首を振ってそんな思考を追い払う。気付けば涙を流していた。

 

(……嫌! ひとりになりたくない!)

 

 すずかは自分が化け物とされ、孔のような不快感を抱かれるという恐怖から逃げるように走り続けた。屋敷が見える。そこには姉もいる。自分を可愛がってくれているし、きっと心配しているだろう。同じ夜の一族として……

 

「……ち、ちがう!」

 

 それ以上考えると自分が壊れそうな気がして、恐怖のあまり立ち止まって叫ぶ。

 

「何が違うの?」

 

「ひゃっ?!」

 

 後ろから声をかけられ飛び上がるすずか。涙を拭いて振り向くと、姉の忍が立っていた。

 

「もう、急に外へ行くんなら声をかけてくれなきゃダメでしょう? ファリンなんか凄い慌ててたわよ?」

 

 普通に急に居なくなったのを、遊びに行っていたと勘違いする忍。いつもの姉だ。すずかは努めて平静を装いつつ答える。

 

「ご、ごめんなさい。ア、アリサちゃんがゲームばっかりじゃ飽きたって……」

 

「はあ、まあいいけど。それより、そのアリサちゃんはどうしたの?」

 

「え、えっと、さっき家に帰ったよ」

 

 姉妹は喋りながら屋敷を目指す。忍は携帯電話を取りだし、すずかが見つかったと方々に連絡をいれていた。どうやら家族総出で探してくれていたらしい。そんな姉を見ても、すずかは魔法使いについて話すことが出来なかった。あるいは、夜の一族でもそれなりに名の通った月村家の跡取りとして、魔法使いという同じ異能の存在も知っているかもしれない。しかし、もし孔がそんな存在だと知ったら、きっと姉は接触を図るだろう。そしてもし、それをきっかけに孔が月村家は吸血鬼だと知ったら、アリサやなのは、萌生に伝わりかねない。

 

(絶対言わないようにしないと……!)

 

 すずかはすでに仲良くなってしまった学校の友人を思い、胸を締め付けられるような痛みを感じていた。

 

 

 † † † †

 

 

「……ああ、がぁ! 畜生、畜生、畜生、畜生、チクショウ! 月村のクソガキめ! またやりやがった!」

 

 地面を這いずるようにのたうちながら、安次郎は悪態をついていた。重症のままビルの窓から落ちたというのに、まだ生きているのは薄いとは言え夜の一族の血が流れているためだろうか。とはいえ、両足と片腕は折れ、全身を打撲、ケルベロスの爪でどこか切り裂かれたのか服は血で赤く染まっている。このままでは死んでしまうだろう。地面を這いずりながら、落ちた際に投げ出された携帯電話に手を伸ばす安次郎。しかし、それはあと少しというところでスーツの男に踏み潰された。

 

「無様なものだな」

 

「て、てめえは!」

 

 安次郎はその男を知っていた。復讐の機会を与えると言って悪魔を引き渡した男だ。

 

「おい、てめえの、ああ、悪魔なんざ、ち、ちっとも役にたたねえじゃねえか!」

 

「……そうか、失敗したか。まあ、貴様の死は無駄にしないから安心しろ」

 

 そう言って銃を取りだし、もう呂律も回っていない安次郎に向ける。

 

「な、お、おい、ま、待て! お、俺はっ……!」

 

 銃声が響く。銃弾は安次郎の心臓を撃ち抜き、その生命活動を止めた。

 

「ケットシー」

 

「はーい」

 

 その男の呼び掛けで少女が出てくる。公園でアリスにゲームを見せていた女の子だ。しかし、答えると同時に猫の頭に尻尾を持つ悪魔の姿となった。両腕にはPCに繋がれていたあの水槽を抱えている。

 

「よくやった」

 

「いえ、生餌を捕まえるのが、ケットシーの特技ですから」

 

 男は頷いて携帯端末を操作する。すると、円筒形の装置、アラマ輪転鼓が現れた。なれた手つきでそれを弄る。

 

「これだけ有れば十分だな。……地獄の総統、オセよ。我が声に答えよ!」

 

 その声と共に、安次郎の下に魔方陣が出来たかと思うと、死体がどろどろと溶け始めた。男はそこへ水槽の中にある黒い泥のような液体をぶちまけた。赤い珠を中心にそれは見る間に形をなし、豹の頭をもち、赤いマントを羽織った巨大な悪魔が現れた。

 

「ふん。本当にこの俺を現界させるだけのマグネタイトを集めるとはな」

 

「……盟約だ。私の力になってもらうぞ」

 

「ふん、いいだろう。貴様のいく末にも興味がある。新たな世界とやらを見せて貰おうか、氷川総司令?」

 

 月明かりに照らされ、悪魔の笑いが漏れる。呼び出された悪魔は、人間の指令を待って、間違いなく世界に進攻を始めようとしていた。

 




――Result―――――――
・邪龍 ワーム    無数の魔力の剣により圧殺
・邪鬼 オーク    魔力による電撃・および宝剣により斬殺
・邪鬼 ミノタウロス 高温の魔力により焼死
・堕天使 ガギソン  高温の魔力により焼死
・愚者 月村安次郎  陰謀の凶弾により心臓を貫かれ死亡

――悪魔全書――――――

邪龍 ワーム
 世界各地の伝承にみられる地龍の一種。長い胴をもった龍の姿で描かれるが、大きさは手のひらに乗るものから数百メートルに至るものまで様々である。地脈エネルギーと結び付けて捉えられることが多く、地脈のコントロールのため魔術師に使役されることもあるという。

邪鬼 オーク
 近代ファンタジー作品などにみられる怪物。ラテン語で悪魔を指すが、同音のアイルランド語は「豚」を意味することから、豚の頭で描かれることがある。多くは人間に害をなす勢力の尖兵として暴力的な存在として描かれる。

妖精 ピクシー
 イングランド南西部諸州の民間伝承に登場する妖精。人間と共生関係にあり、怠け者を懲らしめたり、人の与えた恩を返したりする。この一方、非常に悪戯好きな性格で知られ、旅人を迷わせたり、人間のこどもを取り替えたりするという。

邪鬼 ミノタウロス
 ギリシア神話に登場する牛頭の怪物。クレーテ島のミーノース王が海神ポセイドンとの約束をたがえ、神秘の白牛ではなく代わりの雌牛を生贄として捧げたことから、パーシパエー女王がこの怪物を産むこととなった。成長するに従い粗暴となったため、迷宮に閉じ込められたが、のちに英雄テーセウスによって討伐された。

魔獣 ケルベロス
 ギリシア神話に登場する猛獣。一般的には三つ首の犬の姿で描かれる。後世においても様々な神話に取り入れられ、イスラエルではソロモン72柱の魔神の1柱、ナベリウスと関連付けられた。その名は「底なしの穴の霊」を意味し、地獄の門を守護する存在として、冥界から逃げ出そうとする死者の魂を貪り喰うという。

堕天使 ガギソン
 イスラエル神話に登場する下級悪魔。オリアスに仕え、その名は「ばらまく者」を意味する。もとはヘブライの厄病をまき散らす神として畏れられた存在だという。

妖精 ケットシー
 アイルランドの伝承に登場する猫の妖精。二足歩行ができ、人語も解する猫の姿で描かれる。高い知能を持ち、王制に基づくコミュニティを形成するという。

――元ネタ全書―――――
キャー! 殺人鬼! 強盗! 痴漢! 助けてぇー!
 女神転生2(真にあらず)。この台詞と一緒にピクシーに逃げられた人も多いのでは。

水槽の中には黒い泥のような液体が満ち、赤い球のようなものが
 ペルソナ2罰より、穢れ。中身が宙を舞って吸い込まれるのも同作から、このためだけに復活されたと言っても過言ではないボス・某プロデューサーとの戦闘シーンより。前作の罪と言い小者臭が強いボス、という印象が強かったので、やはりとらは3の小者な安二郎とのクロス要素に。

PCゲームとガギソン
 漫画「真・女神転生」(御祗島千明版)より。一部偽典とリンクしている作品ですが、今回は同作をベースにとらは3のアリサ誘拐と月村家襲撃事件をクロスとなります。

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