リリカル・デビル・サーガ   作:ロウルス

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「分かっていますよ……情報はあの船から抜き出してあります……ええ、あとは貴方の召喚した悪魔が上手くやってくれるでしょう……ええ、それでは」

「ふん。このような茶番に付き合わねばならんとはな」

 通信を切った私に、豹頭の悪魔が話しかける。

「大事の前の小事は付き物だ」

 そう、これは小事だ。ゆえに軽視すべきではない。現状を確認するため、手元の端末を操作し、目標だという青い宝石の発掘現場をモニターに出す。そこには、今まさに輸送機に積み込まれる青い宝石が写し出されていた。

「ほお、これを使うのか。これならば世界に混沌をもたらすことは容易いな」

「もっとも、使うのは我々ではないがな。せいぜいあの男には派手に動いてもらおう」

 この際、利用できるものは利用させてもらおう。新たな世界を産む混沌のために。

――――――――――――氷川/サイバースコミュニケーション社・オフィス



第4章 暗躍スル悪魔~無印①ジュエルシード/表篇
第10話a 厄災の種《壱》


第10話a 厄災の種《壱》

 

「はい、後は輸送するだけです。ご協力、ありがとうございました」

 

 ミッドチルダとは違う、とある次元世界。遺跡となった廃墟が広がるそこで、ユーノ・スクライアは青い宝石・ジュエルシードを輸送機に積み込みながら、現地の発掘チームに礼を言っていた。この遺跡は古い魔法文明が築き上げた物で、最近になって発見された文献から自らの高度な技術を制御できず滅んだことが分かっている。こうした過去に滅んだ高度文明は次元世界に数多く存在し、たまにその遺産・ロストロギアが再度暴走して他の次元世界に影響するほどの事故を起こしていた。このような事態を引き起こさないよう時空管理局はロストロギア回収も行っているのだが、その戦力は魔導師個人の力に依存しているため、いかんせん人手不足になっている。そこで、管理局では実際に事故を起こしたロストロギアの対処を中心に行い、未だ事故を起こしていない未発見のロストロギアの調査は外部の団体に依頼していた。その外部の団体の最たるものがユーノの所属するスクライア一族だ。一族、とつくだけあって、歴史的にも様々な考古学研究に貢献してきた民族であり、その知識と発掘技術はロストロギア回収にもかなりの功績を挙げていた。今回も高い魔力を宿した宝石型のロストロギア・ジュエルシードの回収に成功し、帰還する所だ。

 

「いえ、帰りもお気をつけて」

 

 現地の協力者に見送られ、護衛にと管理局から派遣された魔導師のクルスと共に輸送船に乗り込むユーノ。その次元航行も可能な船は、帰路に広がる次元宇宙へと飛び立った。

 

 

 

「航路、異常無し。このまま何事もなくミッドチルダまで着けばいいね」

 

 輸送船を操作しながら、クルスがユーノに話しかける。前述の通り、管理局がスクライア一族に依頼を出すのは人手不足だからであり、貴重な戦力である魔導師を護衛として派遣してくるのは珍しい。ユーノも始めは何かあるのかと警戒したが、発掘作業に何度も協力し、気さくに話へ乗ってくれた事もあって、彼女とはそれなりの信頼関係を築いていた。

 

「そうだね。まあ、次元震もこの辺じゃ起きてないみたいだし、自動操縦に切り替えて、クルスも休んだら?」

 

「うん、そうするよ。あ、お茶入れて来るね?」

 

 他愛のない会話が続く。一仕事を終え、リラックスした雰囲気が漂っていた。お茶とお菓子をもって戻ってくるクルス。それを前に、クルスはロザリオを取り出した。

 

「また、お祈り?」

 

「うん。神への感謝は欠かさない様にしないと」

 

 ユーノは苦笑しながらも祈りが終わるのを待った。クルスはメシア教と呼ばれる宗教の熱心な信者で、毎日食事前や就寝時の祈りを習慣としている。今もユーノには良く聞き取れないが、祈りの言葉を口の中で呟く。やがて終わったのか顔を上げるクルス。

 

「終わった?」

 

「うん、ユーノもどう? 心に支えがあるって、すごく大切だよ?」

 

「いや、僕は遠慮しとくよ」

 

 基本的に発掘作業に従事するスクライア一族は特定の信教を持たない。歴史的に発掘先の遺跡で様々な宗教に出会い、多様な教義に接するうちに、何かひとつの宗教を崇拝するということが文化として根づかなかったのだ。代わりに古代の文明を解明するため、他宗教との差異を研究する比較宗教学のような考え方が中心となっている。もちろん例外もいるが、ユーノはそうした少数派に入っていなかった。

 

「そっか。じゃあ、食べよ?」

 

 そう言ってお菓子を差し出すクルス。ユーノは信仰を押し付けて来ないクルスを好ましく思った。メシア教徒の中には過激なのもいると聞く。どこまで本当か知らないが、自らを狂信者だといって旗剣を振り回すのもいるというくらいだ。だが、目の前の少女を見る限りそれは偏見だったらしい。

 

「ユーノは戻ったらどうするの?」

 

「う~ん、まだ決まってないけど、今回の調査結果を纏めて、次の遺跡かな? クルスは? 管理局の仕事?」

 

「ん。でも、また護衛任務があれば、それに志願してみようかな?」

 

 クルスの方も今回の護衛任務はそれなりに楽しめたようだ。普段行けないような遺跡を見て回るのはいい気分転換になるし、護衛任務は人間同士の紛争処理などより余程気を使わなくてすむ。

 

「へえ、じゃあ、また一緒に会えるかもね?」

 

「う~ん、でも、こういうのって滅多にないし、あったとしても人気だからなぁ。また運良く選ばれればいいけど。私もユーノにはまた会いたいし」

 

 そう言って笑うクルス。ユーノはちょっと顔を赤くした。誤魔化すようにお茶を啜る。しばらく無言の時間が流れたが、

 

 その心地よい時間は突然襲って来た揺れで終わりを告げた。

 

「っ?! 何?!」

 

「爆発? そんな!」

 

 響き渡る轟音。

 

 慌てて船のモニターを確認する2人。そこには、剣を掲げ、鬼のような仮面をつけた男がいた。

 

「あ、悪魔……!」

 

 クルスがそんな声をあげる。それは剣を掲げ、

 

――ジオダイン

 

 巨大な雷で船の装甲を破壊した。

 

「おおぉぉおおおお!!!」

 

 ぽっかりと開いた穴へ雄叫びをあげながら突入する悪魔。それを見て、クルスは悲鳴を上げる。

 

「っ?! いけない! あそこはジュエルシードの保管室に繋がってる!」

 

「そんな!? まさかジュエルシードを?!」

 

 2人は一瞬目配せして、保管室へと走り出した。

 

 

 

 ジュエルシード保管室。輸送船に設けられたそこは、一時的とはいえロストロギアを保護することになるため重厚な造りになっていた。しかし、厳重にロックしてあった扉は無残にも破壊され、ジュエルシードはなくなっている。潜入した悪魔に盗まれたのだ。その悪魔は保管室から廊下に出て、潜入した穴から外へ逃げ出そうとしていた。

 

「そこまでよ!」

 

「ジュエルシードをどうする気だ! それは危険な物なんだぞ!」

 

 それを阻止しようとユーノとクルスが立ちふさがる。クルスはメシア教徒らしく銀に青い十字のラインが入った鎧のようなバリアジャケットを着込み、剣を構えていた。ユーノはクルスの後ろに控え、いつでも魔法が発動できるように構えている。ユーノはどちらかというと拘束魔法や防御魔法といった補助系統の魔法が得意としており、発掘という狭い場所での作業をこなすうちに、自然と2人の間で決まったフォーメーションだ。

 

――ジオダイン

 

 対する悪魔は無言のまま振り向き、いきなり電撃を放った。視界一杯に光が迫る。船の通路という狭い場所では避けようがない。ユーノはシールドを作り出して受け止めようとするが、

 

「ぐっ!」

 

 拮抗したのは一瞬、すぐにヒビが入った。

 

「右に反らして、ユーノ!」

 

「くっ! う!」

 

 ユーノは呻き声をあげながらもシールドを傾け、雷を右へと曲げる。光の波は横にそれ、クルスの視界が開けた。そこに悪魔を認めたクルスは、剣を引き抜き斬りかかる。

 

「このぉ!」

 

「……」

 

 しかし、易々と片手で持った剣で受け止められた。空いているもう片方の腕で殴り付けてくる悪魔。クルスは慌てて距離を取る。悪魔は離れたクルスに雷を撃とうとして、

 

「クルスッ!」

 

《Chain Bind》

 

 鎖に絡めとられた。声のした方を見ると、ユーノが立っている。所々服が雷で焼け焦げているが、どうにか立ち直って拘束をかけたらしい。

 

「助かったよ、ユーノ!」

 

 クルスはそう言って剣を構え直し、もがく悪魔に斬りかかった。

 

「がっ!」

 

 しかし、苦痛の声をあげたのはクルス。その剣が悪魔に届く前に悪魔は力任せにバインドを引きちぎり、クルスをその勢いのまま殴り付けたのだ。

 

「ぐっ! ごふっ! ……はあ、はあ」

 

「ク、クルスッ!」

 

 血を吐きながらも立ち上がるクルスに駆け寄ろうとするユーノ。クルスはユーノに向かって叫ぶ。

 

「だめぇ! 来ないで、ユーノ!」

 

――ジオダイン

 

 悪魔はスキだらけのユーノを見逃さず、船の装甲をも破壊する雷を放った。魔法で盾を造る時間もない。ユーノは来るであろう衝撃に目を瞑るが、

 

「くぅっ! ユーノ!」

 

 雷が直撃する前に、クルスがユーノを突き飛ばした。ユーノの目の前で雷に飲まれるクルス。

 

「ぐ、がはっ……!」

 

「ク、クルスッ! 僕のせいで……!」

 

 叫ぶユーノ。それを赦すように、クルスは剣を杖にして立ち上がる。

 

「だ、大丈夫。こんなの、……まだ……いけるよ! それより……守り……きれなくて……ゴメン!」

 

 クルスは血を吐き息を切らしながらユーノに声をかける。突き飛ばしても完全に逃げ切れなかったのか、ユーノも片腕に雷を受けていた。だらりと力なく垂れ下がったその腕は、もう使い物にならないだろう。

 

「僕は平気だよ! クルスは謝ることなんてっ!」

 

 ユーノはクルスの言葉を否定しながら回復魔法をかける。気休め程度でしかないが、少しずつ傷が治っていくクルス。しかし、そんな2人を見逃すはずもなく、悪魔は次の雷を放とうとしていた。

 

「! ユーノ、もう一回プロテクション、出来る?」

 

「うん! やってみせるよ!」

 

 片腕で防ぎきれるとは思えなかったが、無理矢理笑ってうなずくユーノ。クルスも笑い返す。そこへ、巨大な雷が飛んできた。

 

――ジオダイン

 

 先程と同じく雷を反らすユーノ。しかし、盾は小さく、開けた視界も狭い。クルスは片腕を雷で削られながら走った。叫び声と共に悪魔に斬りかかる。

 

「っらぁあ!」

 

 と見せかけて横をすり抜け、床に転がってるジュエルシードが入ったケースを手にした。

 

「……!」

 

 悪魔は一瞬呆気にとられたかのように固まったものの、直ぐに剣を振りかざし取り戻さんと迫る。が、そこへ

 

「チェーンバインド!」

 

 ユーノとクルスが2人で同時にバインドをかけた。足止め出来るのは一瞬。手負いのユーノと補助魔法が苦手なクルスのバインドでは簡単に引きちぎられるだろう。しかし、それで十分だった。

 

「ユーノ! これもって逃げて!」

 

 ユーノに向かってケースを投げると、クルスは生きている片腕で剣を無茶苦茶に振るい、悪魔をその場に縫い付ける。

 

「っ! クルス! そんなっ!」

 

 ユーノは戸惑った。怪我の少ない自分の方がロストロギアを持って逃げるのが妥当だと頭では分かる。しかし、相手は強すぎる上に平気で殺傷設定を使ってくる魔導師(?)。クルスは殺されてしまうかもしれない。かといって、自分のために血飛沫を撒き散らしながら戦うクルスの気持ちを無駄にはしたくない。

 

(……どうすればいいんだ!? せめて、アイツを吹き飛ばせられれば……)

 

 ユーノは自分が戦闘向きでないのを悔やんだ。決断を下すことが出来ない自分を悔やんだ。非力な自分を悔やんだ。今まで生きてきた中でこれほど悔やんだことはないだろう。自分は補助魔法のエキスパートとして勉強してきたし、それでいいと思っていた。それが今、真っ向から否定されているのだ。同じ発掘現場で笑いあった少女の死という形で。

 

――アイツを吹きとばす力だけでいいのに!

 

 その思いはいつの間にか願いの形になっていた。クルスのように信仰を持たないユーノは何に祈ったわけではない。ただ、助けたいと願った。そしてそれは、青い光の爆発という形で叶った。

 

「っ!?」

 

 はじめはユーノ自身よく分からなかった。だが、それがケースから漏れた光だと分かるとゾッとした。ジュエルシードだ。出航前に下手に起動しないよう封印処理を施した筈だったが、悪魔の魔力に当てられて、封印が解けてしまったのだろう。ジュエルシードは所有者の強い願望で発動し、その願望を自動的に術式として構築するロストロギアだ。ただ、その術式に問題があった。所有者の思念のみを唯一絶対の目標としたプログラムを組み、例えば最強の魔導師になりたいと念じると、自分以外の魔導師を皆殺しにするというような歪んだ結果を引き起こす。

 

 そんな欠陥品がユーノの心の叫びに反応し、

 

「……!?」

 

「きゃあぁぁぁぁあああ!」

 

 発動した。吹き飛ばされる悪魔とクルス。それだけに止まらず、青い光は輸送船を粉々に破壊し、残りのジュエルシードを次元宇宙へとばらまいた。

 

(これは、僕のせいだ……僕がしっかりしないからこんな事故が……! クルスもあんなに傷ついて……!)

 

「う、うわぁぁぁあああ!!!」

 

 ユーノは投げ出されながら絶叫した。最後に見たのは、何処かの碧い綺麗な惑星に落ちる蒼い宝石と、紅い血を流しながら堕ちていく美しい少女の姿だった。

 

 

 † † † †

 

 

 夢を見ている。そう、これは夢だ。いつかみたのと同じように、赤い通路を流れていく。しかし、それは急に止まった。目の前には巨大な顔、否、顔をもった扉。

 

――名前を言えぬ者を通すわけにいかぬ! 汝、名を名乗れ!

 

――■■■■■■

 

 ? 俺は何て言ったんだ? 俺の名は……

 

――■■■■■■よ、汝、彼の世界の者よ。法の裁きをその手に、我を裁くため、我のもとまで進むがよい。

 

 そのまま扉の奥に引きずり込まれる。扉の奥も通路。その先には……

 

「あら?」

 

 女性がいた。

 

「私、百合子っていうの。ずっとあなたを待っていたのよ、永遠のパートナーとして」

 

 

 

「……また変な夢を見たな」

 

 そう呟いて起き上がる孔。どうやらまたアラマ宇宙が夢に出てきたらしい。それにしても、ずいぶん久しぶりに夢でみた。ここのところ、悪魔とは無縁の生活を送っている。スティーヴン博士なら何かしら意味を読み取れるだろうか。

 

「孔、早く降りて来なさい」

 

 考え事をしていると、階下から先生の呼ぶ声が聞こえた。今日から3年生。初日から遅れるわけにはいかない。孔は思考を中断して立ち上がった。

 

 

 

「孔、アリス、行ってらっしゃい」

 

「行ってきます」

 

「行ってきま~す」

 

 先生とアキラに見送られてバスの停留所まで向かう2人。アリスも孔と同じ聖祥大付属小学校に通うようになっていた。

 

「早く、アキラも一緒に来れればいいのにね?」

 

 今日もアリスは楽しそうにスクールバスで孔と話す。孔はそれにうなずきながら、少しだけにぎやかになった通学路をバスに揺られていた。

 

 

 

「おはよう、卯月くん」

 

「おはよう」

 

 2年生の教室へと続く廊下でアリスと別れてから、発表があった教室へ。孔は今年も園子や萌生、修と同じクラスだった。挨拶してきた園子に孔が尋ねる。

 

「折井はまだやってるのか」

 

「うん、さっきからずっとあんな調子よ」

 

 修は後ろで何やらぶつぶつ言っていた。それを萌生が宥めている。

 

「何で3年になっても6人とも一緒なんだよ……おかしいだろ、確率的に……大体、何で仲良くなってんだ萌生は」

 

「もう、さっきからそればっかり……皆一緒なんだからいいじゃない。……先生がそうしたんじゃないの? みんな仲いいし……あはは、私、すずかちゃんと仲良しだし」

 

 孔と園子はそれを見て溜め息をつく。

 

「まあ、あのバニングスと今年も一緒なのは私も嫌だけど」

 

「大瀬さん、はっきり言うな」

 

 園子の言葉に孔は眉をひそめる。あの吸血鬼の一件以来、アリサは公然と孔を嫌うようになっていた。孔の方も意図して接触を避けるようにしていたが、集団行動が必要となる学校行事もあり完全に避けられるという訳でもない。

 

「卯月くんは平気なの?」

 

「まあ、運動会とかじゃなければ何かしてくる訳じゃないからな」

 

 まだ隣で怒り続けている園子をたしなめる孔。萌生がそれに反応する。

 

「そうだよね。普段はアリサちゃん、普通だよ?」

 

 萌生はすずかとアリサの喧嘩を止めてから、すずかとよく喋るようになっていた。結果としてすずかと行動を共にするアリサ、なのはとも喋る事が多い。孔への態度を疑問視するのは当然と言えた。それに便乗するように修も疑問を口にする。

 

「まあ、確かにおかしいかもな。何でお前ばっか嫌われてんだ?」

 

「……いや、原因に心当たりは無いんだが」

 

 しかし、当事者である孔の回答は変わらない。実際はあの時感情に任せて魔法で悪魔の頭を吹き飛ばしたせいだとは思っていたのだが、理由を話して修達を巻き込む訳にはいかなかった。園子はそんな孔に何か言いたそうにしていたが、担任の先生が教室に入ってきたのを機に席へ戻っていった。

 

 

 † † † †

 

 

「さあ、みんな、席について……はい、今日から担任になった高見冴子です。みんなよろしく」

 

 新たに担任になった冴子先生の自己紹介が聞こえる。よろしくお願いしま~すという生徒の元気な声に紛れて、修はひとり憂鬱な気持ちを持て余していた。ある程度未来を知識として持っている彼は、3年生になった段階で今後身の危険を招く事態が起きるであろう事を知っている。その中心は同じクラスの高町なのはで、事態解決に導くのも彼女のはずなのだが、今に至るまで修の知識はことごとく外れている。このままでは、なのはが失敗して危険が自分の身に降りかかりかねない。かかる火の粉を振り払うことが出来ればいいが、そんな保障はどこにもなかった。寧ろ火の粉の熱に耐えきれず此方が燃え尽きる可能性が高い。事実、あのドウマンに襲われた時に殺されかけている。孔がいなければ本当に危なかっただろう。

 

(でも、アイツは転生者かどうか微妙なんだよなぁ)

 

 同じ異能を持っている孔を思い出して考える。あの化学部行方不明事件での一時的な休校が終わった後、学校の昼休み、孔に呼び出され転生者とは何か真剣な顔で聞かれた。修は観念して一通り転生とその時であった老人について話したのだが、

 

「……老人、か。天使ではなかったのか?」

 

 少し考えた素振りの後、そんなことを聞かれた。聞くと、孔も似たような存在に夢の中であったこともあるという。やはり転生者かと思ったが、決定的に違う点があった。

 

「しかし、俺は死んだという記憶は無いな。その前世とやらの記憶もないし、異能を望んだこともないんだ」

 

 確かに前世の記憶がないなら「転生」と言うには不適切だろう。あるいは、修の知識には無い、もともとこの世界に存在する怪物と戦う存在だったのかもしれない。なにせドウマンや吸血鬼が普通に存在している世界である。それに対抗する人間がいてもおかしくはない。いずれにせよ、少なくとも孔が自分の命を狙うような転生者ではないようだ。

 

(じゃあ、他に誰が……?)

 

 修がそんなことを考えていると、挨拶を終えた担任の先生がとんでもないことを言った。

 

「では、最後に転校生を紹介します」

 

「はあ!?」

 

 思わず声を上げる修。視線が痛い。慌ててすみませんと謝りながら席に座り直す。タイミングからいって、この時期の転校生は危険極まりない。なにせ事件が起こることを見計らったかのような転校である。自分と同じ転生者である可能性が高い。高まる嫌な予感。

 

「アリシア・テスタロッサだよ! よろしくね!」

「フェイト・テスタロッサです。 よろしくお願いします」

 

 しかしそれは、予想の斜め上を行く形で外れた。

 

「ぶはぁっ!」

 

 吹いた。盛大に。教室に声が響くほどに。奇声に振向く生徒と先生の目線を躱すため机に縮こまりながら、修は

 

(ああ、頭の中が真っ白になるってのは、こういうのを言うんだな)

 

 などと考えていた。修の知識ではアリシアもフェイトも魔法世界の住人であり、ここにいるはずがない。それどころかアリシアは死んでいるはずだ。そもそも、死んだアリシアをトリガーにしてひと悶着起きるのではなかったのか。

 

「じゃあ、テスタロッサ姉妹の席は……卯月と折井の横が空いてるな」

 

 しかし、そんな修の内心を無視するように先生の声が響く。慌てて顔をあげると、フェイトがずかずかと歩いてくるのが見えた。まだどちらがどちらに座ると指示が出ていないにもかかわらず、修の隣の席に座る。

 

「……よろしく」

 

「よ、よろしく」

 

 どこか不機嫌そうにフェイトに告げられ、修は気圧されながらも答えた。

 

(な、なんだ? なんでこんな嫌そうなんだ? さっき吹いたのがだめだったのか?)

 

 実際は孔の顔を見て不機嫌になっているのだが、修が知る由もない。ただでさえ予想外の事態に頭がまともに動いていないのだ。ただ、理由もなく嫌われている孔がどんな気持ちか分かったような気がした。

 

 

 

 一方、孔の方はこのことを知っていた。施設にアリシアが遊びに来た時、プレシアから聞かされていたためだ。始めそれを聞いたとき、孔は驚いた、つい先日、悪魔が起こした事件に巻き込まれたばかりだ。しかし、プレシアからの返答は意外なものだった。

 

「スティーヴン博士によると、ほかの次元世界に比べれば悪魔は少ないらしいのよ」

 

 適度に平和で、適度に文明が進んでいる地球の海鳴は、悪魔にとって居心地の悪い社会のようだ。ひとつの事件に惑わされずに、冷静に判断するのはやはり科学者だからだろうか。しかし、すぐに引越しという訳にはいかなかった。魔法世界側の法律に定められたクリアすべき条件を誤魔化し、日本国籍を取得するのに地球側の法律を誤魔化し、両方の世界の手続きを誤魔化してアリシアとフェイトを小学校へ入学させるまで、プレシア曰く「こどもが知らなくていい色々な準備」に時間がかかってしまい、結局3年生から編入することになったのだ。

 

「コウ、よろしくね!」

 

「ああ、よろしく」

 

 念願かなって編入出来たアリシアは上機嫌に孔の隣に座る。フェイトの態度に少し戸惑った様子を見せたものの、初めての学校に緊張はしていないようだ。

 

「コウの隣でよかったよ」

 

「まあ、何かあったら言ってくれ」

 

 ガチャガチャと授業の用意をしながら積極的に話しかけてくるアリシア。孔もそれに応える。2人はどこか浮足立った教室の中、始まった授業へと意識を移していった。

 

 

 † † † †

 

 

「へ~、アリシアちゃんとフェイトちゃんはアメリカから来て、卯月くんと友達だったんだ」

 

「うん、そうだよ!」

 

「……」

 

 昼休み。萌生の声にアリシアは楽しそうに笑ってうなずき、フェイトは無言のまま少し迷った後にうなずく。孔はいつものメンバーと化した修、園子、萌生にアリシアとフェイトを加えた5人で昼食をとっていた。ちなみに、アリスは学年が違うため、いつも昼はクラスの友達と食べている。

 

「ねえ、アリシアとフェイトはなんで卯月くんと知りあったの?」

 

「えっ? ええっと……」

 

「日本に2人が来た時に案内したんだ。プレシアさん……2人のお母さんだが、その人が俺の母親と知り合いでな」

 

「そう、そうなんだよっ!」

 

 出会ったきっかけを園子に聞かれて焦るアリシアに代わり、適当な言葉で答える孔。ちなみに「俺の母親」とは施設の先生のことで、学校ではこれで通している。

 

「ふ~ん。それで仲良くなったんだ」

 

 園子は少しだけ面白くなさそうに言った。どうもアリシアが孔と親しくしているのが気に入らないらしい。魅了効果は未だ継続中だ。孔としては3年生になって精神が成熟すれば呪いも減退するかと思っていたのだが、一向にその気配はない。どちらかというと悪化した気さえする。

 

「そ、そうだよ? 日本に来たときはよく遊んだし」

 

 そうと知らないアリシアはうまく誤魔化せたと思ったのか、余計なひと言を加える。言うまでもなく園子は表情を硬くした。だが雰囲気まで固くなる前に、萌生の無邪気な声が響く。

 

「フェイトちゃんは? フェイトちゃんも卯月くんと遊んだの?」

 

「私はあんまり遊んでない」

 

 短く答えるフェイト。確かに、フェイトは施設に来たことがなかった。以前アリシアを迎えに来たプレシアにフェイトはどうしているか聞いたことがあったが、プレシアからは

 

「引っ越しの準備を手伝って貰ってるのよ。私は遊んできなさいって言ったのだけど……」

 

 と言われている。法を誤魔化す必要がある「準備」にはフェイトのような訓練を受けた魔導師の力も必要なのだろう。口ぶりからすると、プレシアとしては自分の娘に非合法には関わってほしくない様子だったが、フェイトは母親の力になりたいらしい。孔としては初めて出会った時、母親の死に直面して泣き崩れる彼女を見ているので、気持ちは分からなくもなかった。

 

 そんなフェイトに、萌生は気分を害した様子もなく話を続ける。

 

「そうなんだ。じゃあ、今度みんなで一緒に遊ぼう? 修くんもいいよね?」

 

「ああ、いや……」

 

 一方、話題を振られた修は生返事で返した。どういう訳か今日の修は疲れ切っている。碌に周りの声が聞こえていない様子の修に萌生が文句を言った。

 

「もう、朝からそればっかり。せっかくみんなで遊ぼうって言ってるのにぃ!」

 

「あ、ああ、ほら、えっと、あれだ。先生が将来何になりたいかって言ってただろ。なんか家を出るときも親父にそれ聞かれてな。なんて答えようか思いつかないんだ」

 

 ようやく再起動した修は唐突に話題を変えた。何か一緒に遊ぶことに不都合でもあるのだろうかと思う間もなく、園子が口を開く。

 

「修は家を継ぐんじゃないの?」

 

「ああ、まあそうなんだが、医者になるのって難しそうだからな」

 

「そうなの?」

 

 よくわからないと言った風に萌生は首をかしげる。ちなみに、彼女は母親と同じく「看護婦さんになりたい」と普段から公言していた。

 

(……将来か)

 

 意外に具体的な夢を持つ友達を前に、修の挙動不審を差し置いて考え込む孔。孔は福祉関係の仕事に就きたいと割と真面目に考えていた。できることなら今の施設の先生や杏子のようになってみたい。やはりあの2人は、孔の中では理想の大人だったのだ。

 

 

 † † † †

 

 

(将来か……)

 

 割と真面目に悩んでいる人物がもうひとり。高町なのはだ。もっとも彼女は孔とは行動を別にしているので、今は屋上でアリサ、すずかと弁当を広げている。そんな中、ふと途切れた会話を埋めるように、アリサが授業中の先生の言葉を話題に出したのがきっかけだ。

 

――という訳で、社会にはいろんな仕事がある。3年生になったのを機に、何になりたいか考えてみるのもいいかもしれないな

 

「ねえ、すずか、すずかは何になりたいの?」

 

 隣に座るすずかに問いかけるアリサ。ちなみに、アリサ自身は両親の会社を継ぐためたくさん勉強したいと言っている。

 

「私は……」

 

 が、すずかは俯いて言い淀んだ。たまにすずかはこうして話を止めることがある。

 

「すずか?」

 

「あ、ええと、ごめんなさい。ちょっと思い浮かばなかったから。でも、機械が好きだから、工学系の大学に行きたいかな? メンテナンスもできるようにしたいし」

 

「メンテナンス?」

 

「あっ!? えっと、その、お姉ちゃんが使ってるパソコン、たまに使わしてもらってるから、それを……なのはちゃんは? なりたいものはあるの?」

 

 慌てて誤魔化すようになのはに話題を振るすずか。なのはは少し戸惑う様子を見せたが、

 

「私は……婦警さん、かなぁ」

 

 そう答えた。思い浮かんだのはほむらだ。ひとりだった時に母親のように慰めてもらい、優しいお姉さんとして一緒に遊んでもらい、時に凛として仕事に打ち込む彼女は、なのはにとって理想の女性だった。自分もあんな風に人を助けたり、悪者を懲らしめたりする仕事に就きたい。

 

「婦警さん? なのはが?」

 

「へえ、ちょっと意外かな?」

 

 しかしアリサとすずかには驚かれた。正直に答えてしまったがゆえにこういう反応をされると傷つくものがある。なのはは聞き返した。

 

「そ、そんなに意外かなぁ?」

 

「そうよ、大体、アンタ私より算数の成績はいいけど、運動できないじゃない」

 

「ま、まあ、ちょっと予想外だっただけで、きっとなれるよ」

 

 否定気味の感想を述べるアリサとそれをフォローするすずか。なのはは少し落ち込みながらも、兄に頼んで運動が得意になるにはどうすればいいか教えてもらおうかな、などと考えていた。

 

 

 † † † †

 

 

「はあ、はあ。ア、アリサちゃん、速すぎるよ……」

 

「はあ、はあ。な、なによ。なのはが運動得意になりたいって言うから走ったんじゃない」

 

 帰り道。すずかはアリサとなのはとともに下校していた。すずかのバイオリン音楽教室とアリサの塾は同じ方角であることが分かり、習い事がある日は一緒に帰るようにしていたのだ。先を走っていたすずかにようやく追い付き、肩で息をする2人。

 

「こんなんで息が上がってるようじゃ、立派な婦警さんになれないわよ」

 

「うぅ~、やっぱり私、向いてないのかなぁ。すずかちゃんみたいに足速くないし」

 

「……そんなに速いわけじゃないよ?」

 

 なのはの言葉を否定するすずか。化け物に強いコンプレックスを抱くすずかは、自分の身体能力が人より優れているのが嫌だった。むしろ、将来に確固たる夢を持ち、それに努力できるなのはを羨ましく感じられる。

 

「そんなことないよ。すずかちゃん、クラスで2番目じゃない」

 

「まあ、すずかは運動できるわよね」

 

 そうとは知らず、すずかの身体能力を羨ましがる2人。すずかは種族の違いから来る壁のようなものを見せつけられた気がした。

 

「そんな、普通だよ、普通」

 

 そう言うすずかは誰が見ても謙遜している様にしか見えないだろう。しかし、すずかは必死だった。これは普通のうちだと思って貰わなければいけない。もし異常とばれたら、孔と同じ目で見られてしまう。

 

(……助けて、ゾウイ)

 

 心の中でさけぶすずか。だがそれと同時、

 

「えっ? いま、助けって聞こえた?」

 

 なのはが急に声をあげた。

 




→To Be Continued!

――悪魔全書――――――

鬼神 タケミナカタ
 日本神話に登場する軍神。建御名方神。大国主神と沼河比売(奴奈川姫)の間の御子神。『古事記』における国譲りの神話で、国を譲るよう迫られた大国主神の御子神として建御雷神と力競べを申し出たが敗れ、諏訪地方に封じられるという記述があり、現在でも全国の諏訪神社を中心に祀られている。日本古来の神であるミシャクジ神と同一視されることも。風神、水神、冶金の神という側面も持っているという。

メシア教徒 クルス
 ジュエルシード発掘のために派遣された管理局勤務の魔導師。ユーノと同年代の少女。熱心なメシア教徒であり、いつも祈祷用のロザリオを身に付けている。ミッドチルダの魔導師としては珍しい接近戦タイプで、剣と強固な鎧で仲間の壁となる聖騎士の役割を演じる。気さくな雰囲気から発掘現場でもムードメーカーを務めていた。

――元ネタ全書―――――
自らを狂信者だといって
 真・女神転生Ⅰ。メシア教徒きょうしんしゃを仲魔に加える時の台詞「私はメシア教徒狂信者。今後ともよろしく」から。当時は普通に人間も仲魔にできる上に悪魔合体まで可能でした。

名前を言えぬ者を通すわけにいかぬ! 汝、名を名乗れ!
 言うまでもなく真・女神転生Ⅰオープニング。この後、主人公の名前のほか、ロウヒーロー、カオスヒーローの名前の入力画面に(この辺は本作第1話の元ネタになっています)。デフォルト名は設定されていませんが、通称はフツオ/ヨシオ/ワルオ。

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