リリカル・デビル・サーガ   作:ロウルス

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「……という訳なんだ」

 私は魔法世界のフェレットだっていうユーノくんから説明を受けていた。ユーノくんはジュエルシードっていう宝石を探してるらしい。そして、そのお手伝いは、魔法が使える私にしか出来ないって……。

「君の助けが必要なんだ。僕と契約して、魔法少女になってよ」

「うんっ!」

 私はうなずいた。ほむらさんみたいに、困ってるユーノくんを助けるんだ!

――――――――――――なのは/自室



第11話a 双頭の番犬《壱》

「結局、ジュエルシードは逃したか。まあ、発掘者の体を手に入れただけでよしとするか」

 

「ふん。なんだ失敗か。ワシのマシンが完成していれば、あんな悪魔に頼らなくとも良いものを」

 

 日輪丸。苦々しげに言う軍服の男にいかにもマッドサイエンティスト然とした白衣の男が追随する。

 

「……まあいい。予定通り双頭の番犬を送るとしよう」

 

「いいのか?」

 

「あの発掘者の体ではジュエルシードを探すのは無理、だそうだ。それに、監視の目を惹き付ける役は必要だ」

 

「軍人は面倒だな。まあ、ワシは研究対象が増えていいのだが」

 

 狂気の笑みを浮かべる白衣。軍服の男は黙ってモニターを見続けていた。

 

 

 † † † †

 

 

「ええい、待て! お前の役目はジュエルシードの探索だ! おい! 聞いてるのか!」

 

 ユーノにとりついた悪魔は双頭の獣を追っていた。増援だといって送られてきた巨大な犬のような悪魔、オルトロスだ。悪魔を呼び出すのにおあつらえ向きの広さがある海鳴市の神社裏で呼び出したはいいが、契約もない悪魔同志で上手くいくはずもなく。オルトロスは現界した途端、咆哮をあげるとあらぬ方へ走り出した。茂みの中へ消えていったオルトロスを遂に見失い、悪魔は呟く。

 

「ぬう、さすがは駿足の名を持つ獣……速い!」

 

 何という事だ。ジュエルシードを探す前にオルトロスを探さなければならなくなってしまった。だが、すぐに舌打ちして思考を切り替える。

 

(まあいい。ジュエルシードを見つけるという目的は同じだ。すぐに会うことになるだろう。それまで、あのメシアから目を反らす役割を担ってもらうとしよう)

 

 悪魔は舌打ちしながらも思考を切り替え、今の拠点である高町家へと戻っていった。

 

 

 † † † †

 

 

「きゃ?!」

 

 神社の前。飼い犬を連れた少女、天野マヤは突然飛び出してきたフェレットに驚き、思わずリードを手放した。中学生ぐらいだろうか、制服を着ている。

 

「びっくりした。この神社って狐だけじゃないのね」

 

 よく散歩コースとして神社を通っているマヤは、たまに見かける子狐と会えるのを楽しみにしていた。もっとも、飼い犬のメリーを連れているためか、毎回目があった途端逃げられてしまうのだが。

 

「ウ~! バウッ! ワウッ!」

 

 しかし、リードを拾おうとしたその矢先、急にメリーが吠え始め、そのままフェレットが飛び出してきた方へと走り始めた。

 

「ちょっと、メリー?!」

 

 驚いて後を追うマヤ。飼い主をおいて走るメリーに続き、神社の石段を駆け上がる。境内に出でると、そこにメリーの姿はなかった。

 

「メリー! メリーィ! 何処にいったの?」

 

 急にいなくなった飼い犬の名を呼ぶマヤにさほど焦った様子はない。彼女の愛犬はよく何か見つけては居なくなる事が多いのだが、名前を呼べばいつもすぐ戻ってくるのだ。そして、今も、可愛らしい鳴き声とともに茂みの奥から飛び出してきた。

 

「もう、急に走って……。どうしたの? メリー。またゴキブリとかは嫌よ?」

 

 メリーが何も持っていないのを見て、マヤはそのまま何事もなかったかのように散歩を続ける。

 

 ニヤリと悪魔的な笑いを浮かべるメリーに気づかないまま。

 

 

 † † † †

 

 

 焼け落ちた動物病院を前に、愛は唖然としていた。この動物病院は彼女の夢の結晶とでも言うべきものだった。それが不気味な黒い化け物に蹂躙され、一夜にして破壊されてしまったのだ。

 

「……」

 

 目の前で大切な人を失ったアリサを宥めたり、こども達を逃がすのに必死だったあの時と違い、改めて瓦礫の前に立つと感情が溢れてくる。頬を伝う涙。

 

「愛っ! 大丈夫か?!」

 

 しかし、自分でそれをぬぐう前に後ろから抱き締められた。夫の耕介だ。振り替えると、義理の娘のリスティもいる。何年かぶりに愛は夫の腕の中で泣いた。

 

 

 一方のリスティは、燃える病院と泣き叫ぶ愛を前に立ち尽くしていた。彼女は刑事をやっているため、消防の出動とほぼ同時に火災の連絡を受ける事が出来た。すぐに耕介へ連絡を入れ現場へ飛だのだが、時すでに遅く、目の前には凄惨な光景が広がっている。

 

「原因は大規模な爆発、だそうだ」

 

「……寺沢さん」

 

 そこへ、年配の刑事が声をかけた。リスティの上司、寺沢警部だ。

 

「詳しくは調査待ちだがな。消防の知り合いが言ってた。まあ、そうでなくても火元がない病院で火災なんて放火か漏電くらいだろう」

 

「……放火、ですか」

 

 思わず拳を握りしめるリスティ。寺沢警部は口調を努めて変えないようにして続ける。

 

「……ただの放火じゃなくて爆発って話だからな。テロかなんかかもしれん。どちらにせよ事件だ。被害者への聞き込みから始めようと思うが、来るか?」

 

 まだ捜索本部も立ち上げていない段階でリスティを誘う警部。リスティはそんな上司に感謝しながらも、厳しい表情でうなずいた。

 

 

 † † † †

 

 

「アリサ、遅かったね? 鮫島はどうしたんだい?」

 

 その日の夜。リニスに手を引かれて帰って来たアリサは、出迎えたデビットに何も言わず泣きながら部屋へと走った。

 

「アリサ!?」

 

 困惑するデビットと悲痛な表情を浮かべるリニスを背に、アリサは部屋へ飛び込みベッドに沈みこむ。信頼する家族の死を受け入れるには、まだアリサは幼すぎた。

 

(……どうして……!)

 

 どうして、鮫島が死ななければならないのか。それは既に疑問ではなかった。憎悪だ。アリサは自分を支えてきた人を奪った理不尽な現実を憎悪し、運命を呪った。そして、悲しみと怒りで泣きじゃくった。

 

 

 

 そんなアリサに戸惑うデビットに、リニスはアリサが動物病院の火災に巻き込まれた事、鮫島が亡くなった事を告げた。魔法やジュエルシードの説明はしていない。ただ、火災に巻き込まれたと告げただけだ。デビットは始め信じられないという様子だったが、娘の尋常でない様子を受けて事実だと悟ったのか、次第に表情をなくしていった。

 

「……申し訳ありません。もう少し、早く駆けつけていれば……」

 

 リニスはデビットを慮った言葉で話を終える。リニス自身、孔や自分が遅れた事を罪と思っている訳ではないが、当事者であった事に変わりはない。何より、孔はアリサの気持ちを受け止めようとしていた。もし、自分が責められることでアリサやアリサの家族が楽になるなら、責めるに任せよう。それが、力を持つ者の義務なのだから。

 

「……リニスさんのせいではないよ」

 

 しかし、沈黙の後、デビットが苦しそうに絞り出した言葉で、リニスは浅慮に気付いた。デビットはアリサと違い、魔法を知らない。自分が責められる訳がない、と。

 

「アリサを送ってくれて……有難う」

 

「……いえ……気を落とさないでください」

 

 何も言うことが出来ないまま帰途に就くリニスを、デビットは礼とともに送り出す。孔には決してかけられることのなかった感謝の言葉を向けられ、リニスは苦渋の表情で応えた。おざなりの台詞しか言えない自分も、無用の謗りを受けている孔も、家族を失ったアリサも、何もかもがリニスを苦しめた。

 

(……まるで、あの時みたいですね、プレシア)

 

 かつての主とアリサが重なる。しかし、とリニスは思う。

 

(アリサちゃんにはまだ家族がいる……)

 

 リニスは玄関のドアが閉まる寸前、振り返ってデビットに言った。

 

「あ、あの……アリサちゃん、きっと苦しんでいます。家族を必要としてるんです。そのっ! ……支えて、あげて下さい」

 

 アリシアを失ったプレシアを支える者はいなかった。職場の同僚は殺され、夫には既に先立たれている。プレシアはひとりであのヒュードラ事件の事後処理をしなければならなかった。その孤独がプレシアの狂気を暴走させ、危険な悪魔の世界に踏み込ませたのだ。だが、アリサにはまだ家族がいる。

 

「ええ、そうですね……いや、きっとそうだろう」

 

 何かに耐えるように呟くデビットを背に、リニスは今度こそバニングス邸を後にした。

 

 

 

 リニスを見送って、デビットはリビングのソファーに座り込んだ。ひとりになると、鮫島の死が改めて実感を伴って襲いかかってくる。本来ならじきに戻る妻を待ちながら、鮫島やアリサと久しぶりに家族の時間を過ごす筈だった。しかし、目の前には死んだように静まり返ったリビングが広がっている。

 

(……私は……また家族を失ったのか……)

 

 貧困によって失い、ようやく見付けたと思ったらカルト集団に襲われていた娘を思い出すデビット。あの時、必死に貧困を克服し、探し回った挙げ句の結果に呆然とした。自分の努力は何だったのだと。そんなデビットを支えたのが鮫島だった。

 

「旦那様。旦那様にはアリサお嬢様がいらっしゃいます。お嬢様は旦那様を必要としておられます」

 

 鮫島はデビットにアリサの存在を思い出させた。このまま沈み込んでもう一人の娘まで失うわけにはいかない。

 

「私は……アリサを護りたい。護るだけの力を貸してほしい、鮫島」

 

 うなずく鮫島に、今度こそ家族を失うまいと自らを取り戻した。しかし、

 

「……その結果がこれなのか、鮫島」

 

 今また家族同然の人物を失ってしまった。

 

「家族なんだから、支えてあげて下さい、か……」

 

 リニスが帰り際に言った言葉がデビットを締め付けた。自分は自分なりの方法で家族を護ろうとしてきたが、鮫島のように支えようとはしてこなかったのではないか。現にアリサのこともほとんど任せっぱなしだった。自分は家族を護るどころか、寄りかかっていただけだったのではないか。そんな思いを胸に、アリサの部屋へと続く廊下を見続けていた。

 

 

 † † † †

 

 

 翌日。アリサは自室で目を覚ました。部屋を朝陽が照らしている。時計を見ると、普段ならまだ起きるには早い時間だ。静かな部屋にひとり、アリサはベッドに座ったまま動こうとしなかった。

 

「……」

 

 昨日はあのまま寝てしまっていたらしい。いつもなら目覚ましを止めて、着替えてという一連の作業をほとんど無意識に行っているのだが、今日は体が動かなかった。しかし、アラームは冷酷に時間を告げる。のろのろと起き上がり機械音を止めるアリサ。横にはいつも通り聖祥の制服が用意されていた。

 

(……学校、行きたくないなぁ)

 

 惨めな自分をすずかやなのはに見せたくない。不様な所を見せてしまった園子や修、萌生に顔を会わせづらい。化け物の癖に自分を受け入れようとしたアイツと会いたくない。そんな思いがアリサをその場に押しとどめようとする。だが、アリサは義務感と習慣から制服に手を伸ばした。鮫島が死んでも、周りは何も変わらない。今日も学校へ行って、分かりきった授業を受けて、昨日のようにすずか達と喋って、なのはの夢をからかって、

 

(私、何で会社継ぎたかったんだっけ……?)

 

 そういえば、自分の夢は父の会社を継ぐことだった。先生が将来の夢を話題にしたときも、なのはやすずかと喋っている時もすぐに頭に浮かんだ答えだ。しかし、もとはといえば、幼稚園の卒業アルバムに将来の夢を載せるという企画があり、そこで鮫島に誉めてもらうために考えたものだ。実際に、幼稚園児らしからぬ将来を見据えたその夢は誉められた。もっとも、アリサは社会的に立派な夢だとされている事を提出物に書いたに過ぎないのに対し、鮫島はアリサが家族の事を考えたのを立派だと誉めていた。鮫島が褒めた本当の理由も理解できぬまま、「立派な目標」だけが肥大化したといっていい。

 

(勉強して、会社継いでも、もう誰も誉めてくれないんだ……)

 

 アリサは急に目の前の現実が色褪せた様に思えた。今まで追いかけていた夢に抱いた単純な疑問。将来の夢という形のないそれは、その疑問に絶えることなく崩れ去る。

 

(……私、何がしたいんだろ?)

 

 もし、鮫島がいたならこのような疑問も解いてくれた、あるいはそこまで行かなくともヒントぐらいは与えてくれたかもしれない問題。しかし、

 

――鮫島ハ死ンデシマッタ

 

 そんな現実を告げる声とともに、足元が崩れていく様な感覚にとらわれる。必死に頭を振って追い払おうとしても、その声は止まらない。また涙があふれたところへ、部屋にノックの音が響いた。ビクリと肩を震わせるアリサ。そして、

 

「アリサ、起きているかい?」

 

 デビットの声が聞こえた。

 

「お父さん……」

 

 アリサは驚いた。今まで両親が起こしに来てくれる事などなかったからだ。

 

「入っていいかい?」

 

「……うん」

 

 静かに音を立てて部屋へ入ってくるデビット。久しぶりに見た父は少し疲れている様に見えた。

 

「……」

 

 お互いに沈黙が流れる。アリサは昨日の自分の異常な行動を思い出し、なんと言えばいいか分からなかった。普段から父親に感情を出して甘えていないせいで、コミュニケーションの取り方が硬化してしまっている。うまく言葉が見つからない。デビットの方も何か話しかけるきっかけを探っている様子だったが、やがて意を決したように口を開いた。

 

「……アリサ。鮫島の事は……リニスさんに聞いたよ」

 

「……」

 

 アリサは無言でうなずいた。涙が流れるのを必死に堪える。しかし、脳に焼き付いた鮫島の死がフラッシュバックするのは止められない。

 

――必ずや旦那様と奥様と……肩を並べて……家族として一緒に歩まれるようなお方に……

 

 鮫島の声が頭に響く。何故生きるのかという問いの答えを与えるかのように。デビットを見つめるアリサ。デビットはそれを受け止める。アリサが口を開いた。

 

「ねえ、鮫島に、お父さんとお母さんと家族として一緒に歩めるようになれって言われたの。どうしたらいい?」

 

 

「っ!」

 

 

 デビットの顔が歪む。

 

 それはデビットにとって、今までの努力を全て否定する問いかけだった。自分は仕事をすることで家族の一員として認められているつもりだったが、アリサは一緒に家族をやっているとは感じていなかったのだ。今も部屋に飛び込んだアリサをどう思っただろうか? 心配した。自分が慰めなければならない。きっと自分を必要としている。リニスにもそう言われたし、自分でもそう思った。しかし、そんな考えは思い上がりに過ぎなかった。アリサは自分よりもよっぽど家族を支えようとしているではないか。デビットはアリサを抱き締めた。

 

「……すまなかったね、アリサ」

 

「えっ?」

 

 急に謝られて、戸惑ったような声を出すアリサ。きっとアリサには、デビットを責めるつもりなど毛頭なかったのだろう。ただ単純に鮫島の言葉を守ろうとしているだけだったのかもしれない。だからこそ、余計に先ほどの言葉が響いた。

 

「……アリサ、お父さんもどうすればいいか分からない。だから、一緒に考えよう」

 

「……うん」

 

 もし、デビットがこどもから言われて非を認めない父親ならば、無理にでも答えを示していただろう。あるいは、親が分からないというのはこどもを導く上で間違っているかもしれない。しかし、デビットの言葉はアリサを立ち直らせるには十分だった。

 

――お嬢様はもう……ひとりではございません

――あなたは、ひとりじゃない、でしょう

 

 鮫島とリニスの言葉が脳裏をよぎる。アリサはデビットと母親の待つリビングへと歩き始めた。

 

 その日、アリサは学校を休んだ。自分の居場所を作るために。

 

 

 † † † †

 

 

 翌日。アリサは昨日より幾分ましな目覚めを迎えていた。昨日一日学校を休み、家族と家で過ごしたのが大きかったようだ。アリサにとって幸いだったのは、両親がアリサの言葉に逆上することなく接し方を真摯に考えてくれた事だろうか。しかし、

 

「アリサ、今はいつも通り過ごせばいいわ。鮫島がいない分は私達が埋めるから……」

 

(……無理だ)

 

 母親の言葉は簡単に受け入れられなかった。今まで物質でしか愛情を受け取って来なかったせいで、どうしてもあの鮫島が与えてくれた居心地のいい世界を両親が与えてくれるとは思えなかったのだ。アリサにとって、両親はひどく遠い存在だった。

 

(……家族と肩を並べる、か)

 

 あの時は勢いで約束してしまったが、改めて考えてみるとよく分からない。「会社を継ぐ」ではなく、「肩を並べる」なのだから、ただ勉強するだけでは駄目なのだろう。

 

(……どうすればいいんだろ?)

 

 いつものように制服へ袖を通しながら考える。そういえばなのはやすずかはキチンと夢を持っていた。今度2人に相談してみようなかな、と思っていると、来客を告げるチャイムが響いた。

 

「すみません、朝早い時間に」

 

 来たのは警察だった。対応に出たデビットに、壮年の男性とまだ若い女性の刑事が手帳を見せている。どうやら昨日の事件の聞き込みをしているらしい。思わずアリサは大人たちの間に飛び出していた。

 

「お父さん……警察の人?」

 

「ああ、動物病院の放火犯の捜査を……」

 

「リスティ」

 

 何か言いかける女性の刑事――リスティというらしい――を、壮年の刑事が止める。デビットが隣で険しい表情を浮かべるのに気付いたのだろう。

 

「まあ、そういう事です。空いている時間をお聞かせ願えれば、此方から伺いますが……」

 

「では、会社へ連絡を……」

 

 アリサの前で事件の話をするのは不味いと思ったのか、会話を終わらせようとする2人。アリサはたまらず叫ぶようにして割り込んだ。

 

「待って! 放火犯ってなに? 病院はあの黒い化け物が壊したんじゃないの?」

 

 厳しい表情を浮かべ、顔を見合わせる刑事2人。

 

「……お嬢ちゃん、お話できるかい?」

 

 一瞬の沈黙の後、しゃがんで問いかけてくる壮年の刑事にアリサはうなずいた。

 

 

 

「アリサ、それは本当なのかい?」

 

 とても信じられないという様子で聞き返すデビットにうなずくアリサ。何処からか黒い化け物が現れ、病院を破壊し、鮫島を殺した、果ては追い払ったのはアリサと同じ小学生だといえば信じられないのも無理はないだろう。

 

「うん。リニスさんから聞いてないの?」

 

「ああ、火災に巻き込まれたとだけしか……」

 

 それを聞いて、アリサは嫌な顔をした。恐らく、あの黒い化け物は前ゲームに閉じ込められた時に見た化け物と同種で、魔法関連なのだろう。周囲が巻き込まれないためやむを得ないのは分かるが、鮫島が死んだ原因を誤魔化すのは感情的に納得出来ないものがある。

 

「……いや、デビットさん。アリサちゃんの証言に間違いはありませんよ」

 

 横からリスティが口を挟む。警察からそんな荒唐無稽な話が出るとは思っていなかったアリサとデビットは、驚いた様子でリスティを見る。

 

「実はあの病院にいた複数の人物が、その黒い化け物を目撃しているんです。大体、コンクリートの壁に穴を空けるなんて、人間業では……」

 

「リスティ。ちょっと落ち着け」

 

 厳しい表情のまま続けるリスティを再び止める寺沢警部。警部はアリサたちに向き直ると、話を纏めた。

 

「まあ、警察としてもその化け物の話は把握しておりまして、半信半疑ながら捜査をしているところです。我々でも情報を掴みましたらご報告しますので、引き続きご協力下さい」

 

 そう言って出ていく警察2人。アリサはそれを険しい表情で見送っていた。修はあの黒い化け物を追い払ったと言っていた。それはつまり、未だ生きていると言うことだ。鮫島の死を前に心の整理がつかなかったため、思考から抜け落ちていたが、まだ事件そのものに決着がついた訳ではない。

 

(……そう言えば、あのゲームじゃスーツを着た化け物がモンスターを呼び出してたんだっけ)

 

 なら、黒い化け物もなにか別の存在に呼び出されたのかもしれない。しかし、警察に魔法関連を解決するのは無理だろう。それならば、

 

(……化け物は化け物同士殺し合うのが一番ね)

 

 アリサは決意した。たとえあの化け物を利用してでも、鮫島を殺した犯人を殺してみせると。荒ぶる感情を抑えながら、すっかり遅くなっていることに気付く。今日も学校へは行けそうにない。

 

 

 † † † †

 

 

「……どう思う?」

 

 バニングス邸から出た後、車を運転するリスティに寺沢警部が問いかけた。

 

「化け物がいたのは間違いないでしょう。愛……院長との話の整合も取れている。やはりその化け物を追い払った卯月という少年とリニスという女性が気になりますね」

 

「……まあ、この事件についてはそうだな」

 

「というと?」

 

 含みのある言い方をする警部に疑問を投げ掛けるリスティ。警部は続ける。

 

「百地警部とTシャツが行方不明になったの覚えてるか? あの時も調べに行ったらしい廃ビルで、コンクリートの壁を抉ったような穴が空いたらしい」

 

「……まさか」

 

 もう数年前の事件を持ち出す警部に、リスティは声をあげる。しかし、それは唐突に鳴り響いた警部の携帯で止まる。

 

「……はいこちら……! またですか。分かりました。急行します」

 

「どうしたんです?」

 

「また火事だ。スーパーのスマイル海鳴でな。今度は白昼堂々の爆発があったらしい」

 

 

 † † † †

 

 

「次のニュースです。海鳴市のデパート、スマイル海鳴で大規模な火災がありました。警察では、昨日の槙原動物病院での火災に続く放火事件と見て捜査するとともに、情報の提供を……」

 

 アリサが警察の事情聴取を受けた次の日の朝。児童保護施設のテレビで流れるニュースに、孔は顔をしかめた。

 

「また火事? 最近多いわね」

 

 珍しくテレビに見入っている孔に、先生が声をかける。

 

「ええ。まさか連続で起きるとは思っていませんでした」

 

「分かってると思うけど、友達が取り残されたからって、ひとりで火事の中に突っ走っちゃダメよ?」

 

「……分かってますよ」

 

「ホントかしら?」

 

 返事をする孔に苦笑する先生。誘拐犯を追いかけたり、怪我した仔犬の面倒を見たり、今回のように火災に巻き込まれた友人を助けたり(と先生には説明されている)、行為とその根底にあるであろう精神は誉められるものなのだが、どうにも毎回行き過ぎた結果になっている。不安を感じるのも仕方ないだろう。

 

「それより、今日はあの病院の火事のことで警察の方が事情聴取に来るから、早く帰って来なさいね」

 

「警察がですか?」

 

「ええ、さっき連絡があって、貴方に事情を聴きたいそうよ?」

 

 孔は内心不安になった。あの暴走体抜きでめちゃくちゃに壊れた病院を説明しなくてはならないのだ。先生やらアリスはともかく、プロの警察を誤魔化せるだろうか?

 

(まあ、いざとなれば後から来たから知らないで通すか。そうなると折井の方に警察がいくな……伝えておくか)

 

 今日は日直だ。確か修もクラスで世話をしている鳥のエサやり当番で早い筈だ。事情を伝えるにはちょうどいい。孔は学校へと向かった。

 

 

 

「事情聴取? 警察がか?」

 

「ああ、連絡があったらしい」

 

 始業前の教室。萌生や園子が来る前に、孔は修に警察の事情聴取があるらしいことを話していた。

 

「まあ、当たり前っていや当たり前だな。で、どうすんだ?」

 

「どうするも何も、動物病院の先生や大瀬さんのお母さんにも見られている。普通に黒い化け物が暴れてたと言うことになるな」

 

「ジュエルシードうんぬんの話もすんのか?」

 

「まさか。その辺はぼかして、よく分からない化け物に襲われたと言うだけだ」

 

 火災現場から帰る途中、孔は修に魔法世界とジュエルシードの事をある程度話していた。修に話すのは気が進まなかったものの、実物を見てしまった以上どうしようもない。何より、身近な人物が殺されたというのに知らないで押し通すのは憚られた。もっとも、そんな心配をしなくとも、修は魔法世界の存在を知識として持っていたのだが。

 

「まぁ、しょうがねぇか。あの化け物はまだ逃げてる事になってんだよなぁ」

 

「ああ、人的被害も出ているし、警察も本格的な捜査をするだろう。正直、誤魔化しきれる自信がない」

 

 そう言って、アリサの空席を見る孔。思わず呟く。

 

「バニングスさんは……休みか」

 

「ああ、これで3日目だな……」

 

 あの事件以来、アリサは学校を休み続けていた。そこへ、萌生と園子もやって来る。

 

「どうしたの? あ、アリサちゃん、また休みなんだ。大丈夫かなぁ?」

 

「まあ、大丈夫でしょ? バニングスだし」

 

 心配そうにする萌生。園子も気にしていない風を装いつつも、どこか落ち着きがない。

 

「みんな、どうしたの?」

 

 そこへ、アリシアの声が響く。フェイトも相変わらず無言で会話に参加(?)する。

 

「ああ、バニングスが今日も休みだからな」

 

「そう言えばそうだね。風邪、しんどいのかなぁ?」

 

 修の説明にアリシアは平和な声で答える。リニスは夜の外出の理由を黙っていたので、アリシアはあの動物病院火災の事を知らない。園子は少し眉をひそめた。

 

「心配じゃない?」

 

「う~ん? まあ、先生も風邪だって言ってたし、きっともうすぐ来るよ」

 

 気遣いつつもお気楽な反応をするアリシア。事情を知らない者からするとこの程度だろう。事実、他の生徒もほとんどは「面倒な風邪で少し休みが長い」という程度の認識だ。

 

「そうだといいがな。ちょっと長いんで気にしてたんだ」

 

 園子や萌生が何か言う前に孔が誤魔化す。別に誰に禁じられた訳ではないのだが、人の死を話すのは抵抗があった。何より、「アリサの父親代わりの執事が死んだ」というのが噂やゴシップとして流れるのは気が咎める。アリシアはそんな孔達の様子を見て、ちょっと困ったような顔をした。

 

「そんなに気になるなら、お見舞いにいけばいいんじゃない? プリント持ってく、ええっと……月村さん? について行ったら?」

 

 なんとかこの暗い雰囲気を脱しようと、話題の切り上げを図るアリシア。しかし、それは更に微妙な空気を呼んだ。

 

「……あ? いや、そう言われてみれば……まあ、そうか? でもひとりにしといた方がいいだろうし……」

 

 しどろもどろになりながら一部本音が出る修。分かったような他人が一番迷惑なのをよく知っている。

 

「……俺が行っても逆効果だな」

 

 流石に自分はないと思う孔。魔法と関わって悲劇を生んだのに、魔法使いが行ってどうするのだ。

 

「……私も、バニングス苦手だし」

 

 相変わらずの反応をする園子。勢いで逃げるときにひっぱたいて説教してしまった事もあり、改めて会うとなると気まずい。

 

「もう、心配なの!? 心配じゃないの!? どっちなの!?」

 

 消極的な3人にアリシアは突っ込みをいれる。

 

「……じゃあ、私が行ってみるよ」

 

 そこへ、萌生がおずおずと手を上げた。

 

 

 † † † †

 

 

「ゴメンね? 勝手についてきちゃって」

 

「ううん。萌生ちゃんが一緒ならアリサちゃんも元気になるかもしれないし」

 

 放課後、萌生とすずかはアリサの家へと歩いていた。

 

「今日はなのはちゃんは一緒じゃないの?」

 

「うん、なんか最近新しい習い事始めたみたいで」

 

 なのはは塾がない限り別の道だ。そして、なのはもすずかも他の生徒とともに風邪だという説明を真に受けている。「習い事」があるならそれを優先するのが普通だろう。微妙に噛み合わない会話をしながら、やがて2人はバニングス邸に着いた。インターホンを鳴らすすずか。

 

「すみません。アリサちゃんのプリントを持ってきました」

 

 萌生はなんとなく目に入ったインターホンに備え付けのカメラを見ながら、すずかの対応を聞いていた。すると、扉が開き、アリサが出てきた。

 

「アリサちゃん?! どうしたの?」

 

 驚くすずか。萌生はなぜそこまですずかが驚くのかよく分からず、ぽかんとしていた(後にすずかからアリサの家ではまず執事――ここ2、3日は鮫島ではなく松岡というべつの人物に変わってしまった――が出てくるのが普通だと聞いてさらに驚愕することになる)。

 

「大丈夫よ。それより、萌生、せっかくだし、上がって」

 

「……う、うん」

 

 萌生は戸惑いがちにうなずいた。アリサに何処か暗い部分を見いだし、違和感を覚えたのだ。それを無視するように2人を先導するアリサ。萌生は黙ってついていく。いつもなら初めて来たバニングス邸に、好奇心を隠さず話しかけるところだが、アリサの異様な雰囲気がそれを阻んでいた。やがて、2人はこども部屋にしては広い自室に通される。既にクッションが敷いてあり、座ってと即される。メイドさんがお茶を入れてくれた。

 

「……」

 

 しかし、それっきり無言の時間が流れた。アリサは何か迷っている様に萌生を見ている。

 

「ア、アリサちゃん、こ、これ。プリント」

 

「えっ? あ、うん、ありがとう」

 

 沈黙に耐えきれなくなったのか、すずかが配布物を差し出した。礼とともに受け取るアリサ。ただそれだけのやり取りなのだが、萌生は不安になった。いつもの楽しそうな2人とは程遠い雰囲気が流れている。すずかは何かに怯えている様にも見えたし、アリサはそんなすずかの異変にまるで気付かず時折視線をさ迷わせている。萌生はそんな2人を交互に見ていたが、取り敢えず本命のアリサからと口を開いた。

 

「ねえ、アリサちゃん? ホントに大丈夫?」

 

「……平気よ。それより、萌生が来るなんて珍しいわね」

 

「あ、うん。みんな心配してたけど、なんだか会いにくいみたいだったから」

 

 普通の会話をしているはずなのだが、萌生は何処か息苦しいものを感じていた。何かを問い詰められている様な感じだ。

 

「ふーん。みんなって、折井やなのは?」

 

「ふぇ? 修くんもだけど、園子ちゃんもだよ? なのはちゃんは……最近すぐ帰っちゃうから分かんないけど、きっと心配だと思うよ?」

 

「あの化け……卯月の様子はどうだったの?」

 

「どうって……やっぱり心配してたよ?」

 

「……そう」

 

 微妙に困りながらも、アリサに答えていく萌生。しかし、何処かいつもと違うのは分かるのだが、それがどこから来るのかは理解できない。

 

「アリサちゃん……?」

 

 無言になってしまったアリサに、すずかも疑問の目を向ける。それはどこか自分が疑われていなくて安堵している様にも見えた。

 

(あの時のこと、気にしてるのかなぁ?)

 

 萌生が思い出したのは、燃える病院で孔に殴りかかったアリサ。そこでようやく気付いた。自分が今アリサから感じているのは、あの時感情を孔にぶつけたアリサに抱いた恐怖と同じものだと。

 

(アリサちゃん、まだ怒ってるの? それとも、謝りたいの?)

 

 アリサからあの時のような孔に対する剥き出しの怒りは感じられない。ゆえに萌生は、アリサが孔に何か伝えたいのだと思った。しかし、何を伝えたいのかは分からない。

 

「ね、ねえ、アリサちゃん、卯月くんに伝えたいことがあるんなら、私、聴くよ?」

 

「……っ! そ、そう……」

 

 アリサは一瞬驚いた様に目を見開いた。チラチラと迷うようにすずかを見る。が、やがて意を決したように口を開いた。

 

「じゃあ……あの化け物殺してって伝えて」

 

 同時に何かが割れるような音が響いた。ビクリと体を震わせ、音のした方をへ目を向ける萌生。すずかだ。カップを落とし割ってしまったらしい。

 

「あっ! すずかちゃん、大丈夫?」

 

「もう、なにやってるのよ、すずか」

 

 慌ててハンカチでこぼれたお茶を拭き始める萌生とアリサ。しかし、割った当人であるすずかは動かない。違和感を覚えた萌生が顔を向けると、小刻みに震えて何か呟いている。

 

「すずかちゃん!?」

 

「えっ……? あ、ごめんなさいっ!」

 

 ただならぬ様子に声をかけた萌生に、すずかはやっと自我を取り戻す。誤魔化すようにハンカチを取り出して、2人と一緒に床を拭き始める。

 

「ゴメンね、すずか」

 

「えっ……?」

 

「そんなにビックリすると思わなかったから……。でも、化け物が出たのはホントよ」

 

 それから、アリサは2人に話始めた。鮫島が黒い化け物に襲われて死んだ事。その黒い化け物は未だ生きているらしい事。孔が追い払った事。そして、その化け物がまたスーパーで火災を起こしたらしい事――

 

「……あの化け物……アイツなら、殺せる……化け物には化け物よ!」

 

 感情を押さえられないのか、次第に荒々しい言葉使いになるアリサ。

 

 萌生には、それがアリサ自身を燃やす炎のように思えた。

 

 すずかには、それがまるで自分の未来を暗示しているように思えた。

 

 アリサは、自分の復讐の炎が2人を焦がしていることに気付くことはなかった。

 




→To Be Continued!

――悪魔全書――――――

魔獣 オルトロス
 ギリシア神話に登場する、双頭の番犬。黒い毛並みに頭を2つ持ち、蛇の鬣と尾を持つ犬の姿で描かれ、その名は駿足を意味する。ゲーリュオーンの牧場にいる雄牛の群れを守護していたが、英雄ヘラクレスに棍棒で殴り殺された。牛のように巨大で、落ち着きがなくせっかちであるが、勇猛な性格だという。

――元ネタ全書―――――
メリー
 御祗島千明版の漫画『真・女神転生』に登場する、オルトロスが憑りついた飼い犬。本作でも同じ運命をたどることに。

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