リリカル・デビル・サーガ   作:ロウルス

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――――――――――――

 今日も孔お兄ちゃんと一緒に帰る。孔お兄ちゃんは好き。わたしのおねがいをきてくれるからすき。わたしのことをきにしてくれるからすき。おねがいきいてくれるのも、きにしてくれるのも、きっとわたしのことがすきだから。だからわたしはなんどもおねがいする。ホントニありすノコトガスキカキキタイカラ。デモ、ナンデカキョウハありすノハナシキイテクレナイ。

「孔、乗ってくださいっ!」

「っ?!」

 声がして顔を上げると、バイクと一緒に突然やってきたリニスさんが、孔お兄ちゃん連れてっちゃった。

「なんでっ! なんでアリス置いてくのぉぉぉおお!?」

――――――――――――アリス/通学路



第11話c 双頭の番犬《参》

 夕暮れの神社。マヤはメリーを連れて父親と境内に来ていた。

 

「この神社には夢を叶えるご利益があるんだ。お願いしてごらん、マヤ」

 

 父親に促され、マヤは社に向かい、鈴を鳴らす。ガランッガランッという音が誰もいない境内に響いた。

 

「……」

 

 無言で手を合わせるマヤ。熱心に何かを願っている様子だったが、暫くすると気がすんだのか父親のもとへと戻ってきた。

 

「何をお願いしたんだ?」

 

「お父さんがずっとこっちにいてくれますようにって……」

 

 マヤの父親は記者――それも、紛争問題を専門とする記者だ。平和な暮らしのすぐ横で起こっている戦争や貧困のリアルを伝える仕事を、父は誇りにしていた。

 

「……お仕事、そんなに大事なの?」

 

 しかし、そうした思いはマヤには伝わっていなかった。そもそも、「義務としての労働」がないこどもは父親の仕事が社会でどのような意味を持つかなどと考えること自体が少ない。特にマヤの場合は、幼少の頃から父は海外を飛び回り、家にいることは殆どなかった。危険な地区へ行くなどと告げていなかったこともあり、自分という存在が忘れられてしまったんじゃないかという不安を常に抱えて続けている。今日も帰ってきたと思ったら、碌に家族の時間を過ごす間もなく仕事へ行ってしまう。

 

「なるべく早く帰ってくる。この仕事は、お父さんの夢なんだ」

 

(……私の夢は伝わらないの?)

 

 慰める父の言葉に、そんな事を思ったが、

 

「……うん、待ってる」

 

 マヤはうなずいてしまった。本当は側に居て欲しかった。遠くに行かなければならない仕事ではなく、もっと近くにオフィスがある仕事に移って欲しかった。遠くに行ったまま金銭的な繋がりしかなくなり、ついにはそれも途切れてしまう、そんな惨めな未来を追い払って欲しかった。しかし、それは父を困らせると分かっていた。久々にあった父に嫌な思いをさせたら、それこそもう帰ってこなくなるかもしれない。

 

「……これ、私が作ったお守り」

 

 だから、マヤは自分を思い出すきっかけとなる物を渡すことにした。手作りのうさぎを模した小さな人形だ。

 

「ありがとう。ほら、そんなに泣いたらメリーやうさぎさんに笑われるぞ?」

 

 いつの間にか涙を流していたらしい。頭を撫でてくれる父に、無理矢理笑顔をつくってみせる。それを見てトランクを持ち上げる父。もう駅へ向かうバスが神社前のバス停に来る時間だ。

 

「早く帰ってきてね……」

 

「……ああ、行ってくる」

 

 そう言って、遠ざかっていく温もり。泣きながら父の背中を見送るマヤ。そこへ、メリーが近寄ってきた。静かにマヤに飛び付くと、涙を舐めとる。

 

「……ありがとう、メリー」

 

 マヤはメリーの頭をなでた。いつも活発に動き回っているというのに、今日は父との対話も邪魔せず大人しくしていてくれた。その上、今こうして慰めてくれている。しばらくメリーのなすがままに任せていたが、やがて「帰ろう」という言葉と共に立ち上がる。そんなマヤを見上げながら、メリーも大人しくついて来てくれる。先程去り行く父が通った石段を降りる。この石段を降りると、父の進んだバス停とは別の方向へ歩かなければならない。途中で髪を染めた高校生とすれ違った気もするが、そんないつもと違う風景も頭に入ってこないまま歩みを進める。石段もあと少しで終わるというところで、聞き覚えのある声がした。

 

「マヤさ~ん!」

 

「アリスちゃん……」

 

「マヤさん、パスカル連れて来たよ!」

 

 そう言ってパスカルを抱き締めるアリス。しかし、マヤが何か言おうとする前に、メリーとパスカルが吠え始める。さっきまで大人しかったメリーの変わりように驚くマヤ。

 

「パスカル? メリーとお話ししてるの?」

 

 しかし、吠える2匹に物おじすることなく、アリスはそんな事を言い出した。こどもらしい無邪気な反応。マヤはようやく頬を緩めた。

 

 

 

 が、実際にパスカルとメリーは会話をしていた。普通の人間には吠えているようにしか聞こえないが、悪魔同士強い思念を読み取る事でコミュニケーションを取ることが出来る。

 

(犬ニ憑キシ者ヨ。オ前ハ何者ダ?)

 

(グゥ……? ソノ声ハ……我ガ弟デハナイカ。久シブリダナ、弟ヨ)

 

 ケルベロスとオルトロスは兄弟だ。姿を変えているとはいえ、互いに少し思念を交わすだけでお互いを理解することが出来た。

 

(兄者? ヤハリソノ少女カラ感ジタまぐねたいとハ兄者ノモノデアッタカ……。シカシ、何故ニンゲンノ側ニ……? マサカ兄者、ニンゲンノ奴隷ニ成リ下ガッタカ?)

 

(マサカ。コノ者ハ我ヲ家族トシテ呼ビ出シタノダ。盟約ヲ結ンダ主モ家族トシテ我ヲ遇シテイル)

 

 簡単に成り行きを説明するケルベロス。オルトロスは咆哮をあげる。

 

(アオーン! 兄者ガ強者トミトメタ家族ガイルノカ! ナラバ、生マレハ違エド、同ジ血族! 我ハ見守ロウ)

 

(ウム。シカシ、弟ヨ。オ前ハ何故ソノニンゲンニツイテイルノダ?)

 

(我ヲ呼ビ出シタル者トノ盟約ヲ果タスタメダ)

 

 オルトロスの方も説明を始める。聞くと、人間の男に呼び出され、大量のマグネタイトを対価にあるものの捜索を行っているという。

 

(ヌウ、弟ヨ。アルモノトハ何ダ?)

 

(オオ、ソレハ――)

 

「ねー、パスカル? メリーはメスなのに、何で弟なの?」

 

 が、突如会話に割り込まれ、2匹は固まった。

 

「あら? アリスちゃんにはメリーとパスカルのお話が分かるの?」

 

「うん! パスカルもメリーも、会えて嬉しいって!」

 

 そんなアリスに笑顔になるマヤ。マヤの方は気付いていない様子で、アリスのこどもらしい動物への接し方は見て和んでいる。

 

(何ト、コノ少女ハ我等ノ思念ガ分カルノカ!)

 

(……シバラク喋ラヌ方ガ良サソウダナ)

 

 しかし、ケルベロスとオルトロスは心中穏やかでない。2匹は顔を見合わせると、急に静かになった。

 

「……そうね。そういえば、今日はなのはちゃんは一緒じゃないの?」

 

「ううん? なのはお姉ちゃん、今日は習い事だって! 代わりに孔お兄ちゃんと一緒の筈だったんだけど……」

 

 そんな2匹を横に、マヤとアリスの会話は続く。オルトロスはそれを姉妹のようだな、等と考えながら見ていたが、

 

「っ!」

 

「ちょっと、メリー?! どうしたの?!」

 

 盟約で求められた魔力を感じ、主を置いて突然走り出した。

 

 

 † † † †

 

 

 時はわずかに遡る。放課後、須藤は神社へと歩いていた。久々に授業に出て、いつになく雑談に熱が入った世界史の授業を聞き、いつになく授業を楽しんだ須藤は、自分をもう立派なチャネラーだと思い込んでいた。五月蝿いノイズでしかなかった電波も神の声となり、今や彼を導く存在だ。

 

「火だ……ここに贖罪の炎を……」

 

 足取りも軽く社へと続く石段を登る。途中、犬を連れた女の子とすれ違ったが見向きもしない。むしろ人がいなくなるのは都合が良かった。何せ、自分は今から神聖な儀式を行うのだ。人に見られるのは良くない。かつて感じた放火の発覚への恐怖も、完全に儀式の秘匿へとすり変わっていた。

 

「……ヒ、ヒヒヒ」

 

 頬を歪めて笑いながら、須藤は社に火種を仕掛ける。何か揮発性の強い臭いがした。爆発はしない。しかし、これは間違いなく木造の社を派手に燃やすだろう。それはあの自分を理解してくれた先生の言う贖罪の炎となって、自分の存在を昇華させるに違いない。ポケットから黒い蝶が刻印されたライターを取り出し、火を点す。そんなとき、

 

「ガァ!?」

 

 激痛が後頭部に走った。薄れゆく意識の中で振り返ると、そこには金髪の少女がいた。スタンガンでも仕込んでいるのだろうか、バチバチと電気が走るような音が聞こえる。こいつに殴られたらしい。

 

「……ァ……」

 

 やっと受け入れられる場所を見つけたのに、邪魔をしてくれたソイツを睨み付ける。ソイツの破滅を願いながら、須藤は気を失った。

 

 

 

 須藤を襲った金髪の少女。それは妖狐の力を解放し、人間の姿となった子狐の久遠だった。普通なら那美とアパートへ帰る時間だが、那美は午前中リスティに言われた化け物を調べるためまだ戻っていない。何でも、「葛葉とかいうすごい人」の事務所に行ったらしい。ひとり留守番をしていたところへ、須藤が社に火をつけようとしたのだ。

 

「くぅ……!」

 

 久遠にとって、この神社は自分の家の様な所だ。放火を見過ごす事は出来ない。一瞬の光とともに、人間の少女の様な外見に変わる久遠。那美とともに退魔の術を使う時にとる姿だ。この姿ならば妖狐となった際に得た雷を操る力をある程度使うことができる。須藤に気づかれない様に近づき、

 

「くぅ!」

 

「ガァッ!?」

 

 電撃を打ち出した。勿論、殺してはいない。人間の感覚でいえば、電圧が高めのスタンガンで殴った程度だろう。しかしそれは見事に後頭部をとらえ、須藤は気を失った。

 

「……ぅ」

 

 気を失う直前、凄まじい狂気と憎悪が混じった目を向けられたが、取り敢えず動かなくなったのを見て安堵する。目が覚めないうちに火種を取り除こうと社の方へ向き直ると、そこに青く光っている宝石が見えた。ジュエルシードだ。見る者が見れば暴走一歩手前の危険な状態だと分かるだろう。しかし、そうと知らない久遠は不思議そうにその光を見入る。そして、

 

「……あ、ぁぁぁああああああっ!」

 

 急に苦しみ始めた。ジュエルシードは強い願望を見せた須藤に反応し、久遠の破滅を叶えようとしたのだ。

 

――壊せ!

 

――あの時、あの人を殺した人間に死を!

 

 久遠にとっての破滅、それは嘗て那美によって祓われた祟りの復活だった。元々生命体の願いに反応する様に造られたジュエルシード。対象の記憶を読み取り、「最大の恐怖を引き出す事象」を再現するのは簡単だった。

 

「……う、あ…… 」

 

 苦しそうに呻きながら、久遠はジュエルシードから漏れる光から逃れよう社に飛び込んだ。力を抑えるため子狐の姿に戻るも、自分の中で暴れる祟りは収まらない。万一暴走したときに備え、社の扉を閉めようとする。嘗て那美が修行のため何重にも護符を貼ったこの扉は、一度霊力を通してしまえばちょっとやそっとでは開かない筈だ。しかし、閉まり始めた扉の隙間から、

 

「あ、待ってよ! パスカル!」

 

「あっ! ダメッ! アリスちゃんっ!」

 

 犬と少女2人が飛び込んできた。

 

 

 † † † †

 

 

「ちょっと、メリー?! どうしたの?!」

 

 再びオルトロス。はるか後ろで響いくマヤの声を背に受けた時には、もう境内にたどり着いていた。本来の姿に姿を変え、目指すは光を放つ青い宝石。そこから放たれる大量の魔力を、

 

――吸魔

 

 オルトロスは吸い込んだ。みるみる光を弱めていくジュエルシード。本来こうした魔力制御はあまり得意でないが、ジュエルシードを探索するにあたって習得した物だ。やがてその青い宝石は完全に光を失う。青い宝石を口に含むオルトロス。

 

(グゥ。宝石ハ手ニ入レタガ、ドウスルベキカ……)

 

 口内にしまいこんだジュエルシードを確かめながら、オルトロスは思案する。取り敢えず自分を呼び出した男の願いは叶えられた。後は渡すだけなのだが、あのいけ好かないフェレットの皮を被った悪魔に預けて、功績を横取りされるのも癪だ。自分で持っていく事にするか。そう思って駆け出そうとしたとき、

 

「……ッ!」

 

 社から強い妖気を感じた。ジュエルシードが感応することをおそれ、裏の林に走る。茂みから様子を伺っていると、マヤとアリス、そしてパスカルが境内に入ってきた。

 

 

 

「メリー?! メリーィ! どこにいったの?!」

 

 声をあげるマヤ。大人しくしていたメリーに安心していて虚を突かれたのと、アリスの体力を気遣い速く走れなかったせいで、メリーの姿を見失ってしまった。

 

「う~ん、困ったわね……」

 

 名前を読んでも出てこないメリーに頭を抱えるマヤ。そこへ、パスカルが急に社に向かって吼え始めた。見ると、普段閉まっている社の扉が開いている。

 

「パスカル?! どうしたの?!」

 

 様子がおかしいパスカルにアリスが問いかける。しかし、パスカルはうなり声をあげると、社の中に飛び込んだ。

 

「あ、待ってよ! パスカル!」

 

「あっ! ダメッ! アリスちゃんっ!」

 

 パスカルを追って社へ入っていくアリスに、マヤは慌てた。社の中は一般の人は立ち入り禁止だというのもあるが、そこに異常な雰囲気を感じ取ったのだ。連れ戻すべくそこへ入る。

 

「もう! 急に走ったらビックリするでしょ? パスカルッ!」

 

 中には、怒った様に声をあげながらパスカルの首の辺りを撫でるアリスがいた。小柄なアリスはパスカルに抱きつく様な格好になっている。う~っと唸りながらも、おとなしくアリスのされるがままになっているパスカル。マヤは先程の異常な雰囲気も忘れ、思わず笑ってしまった。

 

(こういう時こそ、ポジティブシンギングね)

 

 下手に自分が焦ったらアリスも不安になる。ここは年上としての余裕を見せなければ。

 

「急にどっかいっちゃダメ! 孔お兄ちゃんじゃないんだから!」

 

「まあ、アリスちゃん、パスカルも何か見つけたのかもしれないし……」

 

「だって、みんなアリス置いてどっか行っちゃうんだもん!」

 

 慰めようとするマヤに、アリスが叫んだ。目には涙を浮かべている。

 

「アリスちゃん……?」

 

「酷いんだよ! アリサお姉ちゃんも杏子さんもアリス置いてどっか行っちゃうし、さやかさんも最近会ってないし……」

 

 マヤは驚いた。普段なのはを引っ張って遊ぶアリスしか知らなかったため、アリスを元気でかわいい子ぐらいにしか思っていなかった。よく考えれば、外国人らしい容姿から特殊な境遇にあり、心に重いものを持っていたとしても不思議ではない。言葉が浮かばないマヤを横に、パスカルがアリスの涙を嘗め取った。

 

「……ぁ」

 

「ほら、アリスちゃん、パスカルもいるじゃない。なのはちゃんだって、また一緒に遊べるでしょ?」

 

 アリスの頭を撫でるマヤ。アリスはパスカルに抱きついたままマヤを見上げる。

 

「マヤさんはどっか行かない?」

 

「うん。何時でもまた遊べるよ?」

 

 アリスはようやく笑顔を見せた。しかし、そんなアリスと裏腹に、パスカルは神棚の方に向かって吼え始める。見ると、いつもの子狐がこちらを見ていた。

 

「あら? 何時もの……?」

 

 可愛い小動物を見れば、アリスも気が紛れるかもしれない。マヤは立ち上がって近寄ろうとする。しかし、それを遮る様にパスカルがマヤの服をくわえて引っ張った。

 

「どうしたの? パスカル?」

 

 そんなパスカルに不思議そうな声を出すマヤ。そんな時、

 

――あぁ……人間……私から大切な者を奪う……人間……!

 

「っ!? えっ?!」

 

 子狐が言葉を発した。目があう。そこには、憎悪。

 

「……う、ぁ」

 

 凄まじい恐怖に襲われるマヤ。背筋を冷たいものが走り、思わず声を漏らす。目の前にいる子狐が、全く未知の存在に思えた。意識が飛びそうになり……

 

――お前は……!

 

 しかし、唐突に殺気が止んだ。否、殺気はある。ビリビリと肌を焼くような悪意が、何かによって反らされたのだ。ちょうど土砂降りのの雨から守る傘のように。おそるおそる顔をあげてみると、パスカルが2人を守るように前に出ていた。

 

「オォォォオオオオ!!」

 

 しかし、あげた咆哮は普段のパスカルのものとはかけ離れていた。聞くものを威圧し、恐怖で拘束する悪魔の雄叫びだ。子狐も怯えている様に見える。しかしそれはマヤも同じだった。圧倒的な力を前にした畏怖に似た感情に打たれ、その場にへたりこむ。しかし、

 

――ニンゲン、ありすヲ連レテニゲロ!

 

 そんな声で我に返る。反射的に辺りを見回しても誰もいない。代わりに、閉まりかけている扉が見えた。

 

(このままじゃ、閉じ込められる……!)

 

 直感的にそう悟ったマヤは、アリスに向かって叫んでいた。

 

「走って、アリスちゃんっ!」

 

「うんっ!」

 

 アリスもそれに応え外に飛び出す。マヤも続こうとするが、

 

「っ?! マヤさんっ!」

 

 それを遮るように扉が閉まった。慌てて扉を開けようとするアリス。が、ガチャガチャと音を立てるばかりで開く気配がない。

 

「アリスちゃん! 逃げてっ……!」

 

 僅かに開いた扉の隙間から、マヤが叫ぶ。首を振ってそれを否定しながら、扉を開こうとするアリス。

 

「嫌っ! マヤさんも逃げるの!」

 

「ア、アリスちゃん……」

 

 涙を流して扉の隙間から手を伸ばすアリス。

 

――だって、みんなアリス置いてどっかいっちゃうんだもん!

 

 つい先ほど聞いたアリスの声がマヤの頭に響く。思わず扉の隙間から手を伸ばし、

 

「ヒャッハァア! ダメじゃねえか! 生け贄が逃げちゃぁあ!」

 

 指が触れた感触と共に、アリスが倒れた。アリスの向こうには、狂った様に叫ぶ青年。手には血濡れのナイフを持っている。須藤だ。

 

(アリスちゃんが刺されたっ?! 何でっ?!)

 

 マヤは理解が追いつかず、目を見開いて固まった。しかし、

 

「イヒ、ヒヒヒ、ヒャーハッハァ! 見ろぉ! 電波ぁ! 間違った世界なんて、みんな燃やしてやる!」

 

 その叫びと共に、急に襲ってきた熱気に意識を取り戻す。神社に火がついたのだ。

 

「ヒャハァ! 燃えろ燃えろぉ! 燃えちまえェェェ!」

 

「嫌ぁぁぁあああ! 逃げて、アリスちゃん!」

 

 扉を叩いて叫ぶマヤ。もはや背後の影など気にも止めていなかった。必死にアリスに呼び掛ける。

 

「逃げて……アリスちゃん……逃げ……」

 

 しかし、長くは続かない。炎に包まれた社の温度は上昇を続け、酸素も薄くなっている。扉を叩く力は次第に弱くなり、遂にマヤは燃え始める扉の前に倒れた。

 

(アリスちゃん……ア……リ……)

 

 それでも、半ば無意識に扉の隙間に目を向けるマヤ。

 

 しかし意識を失う寸前、マヤの視界は少年の背後に巨大な獣の姿を捉えた。

 

 

 † † † †

 

 

「ヒ、ヒヒヒ、ヒ。もっとだ! もっと燃えろぉ! 間違ってるこっち側を壊すんだぁ!」

 

 その男、須藤竜也は狂気に浸っていた。燃える神社を見て充足感が広がり、大声で叫ぶ。

 

「そうだ! こんな世界は間違ってんだ! 俺をバカにした親父も、アイツらも、みんな間違ってんだ!」

 

――そうだ、間違っている。だから壊せ!

 

「イ、イヒィ?! ち、違う、電波ぁ、勝手にしゃべんじゃねえ!!」

 

 しかし、自分の発した声がいつも頭に響く何者かの声と重なった。竜也はその声を振り払おうと、ライターを放り投げる。瞬く間に火勢は強くなり、社を覆いつくした。

 

「アは、イひ、ヒャーハッハァ!」

 

 オルトロスは茂みの中からその様子を見ていた。今、社から溢れ出ていた妖気は止んでいる。恐らく、社に入った兄者がなんとかしたのだろう。しかし、ホッとしたのも束の間、物陰から男が急に立ち上がったかと思うと、マヤがいる社に放火し、アリスを刺したのだ。

 

「オォォォオオオオ!!」

 

 咆哮を上げると、オルトロスは須藤の前に躍り出た。巨大な双頭の獣に驚愕する須藤に向かって叫ぶ。

 

「ソノ者ハ生マレハ違ウトハイエ、我等ガ家族ト認メタ者……貴様ハ許サヌ!」

 

「なぁ! 何っ! ギャァァアアアアア!」

 

 顔面に感じた異常な高温。須藤は火だるまになってそこらを転げ回る。止めをさそうと牙を剥き出しに迫るオルトロス。須藤は必死に炎を振り払い、地を這って逃げようとする。そんな時、手が何かに触れた。靴だ。見上げると、

 

「何で……」

 

「っ!?」

 

 先程ナイフで刺した筈の少女が立っていた。

 

「ねえ、何で壊すの?」

 

 とてつもなく暗い声が響く。

 

「何で、みんなアリスから奪おうとするの?」

 

 竜也は恐怖した。自分が抱いた八つ当たりにも似た感情とは違う、その暗い憎しみに。

 

「ヒィ! く、来るんじゃねぇ!」

 

「アリスの、壊すんなら……盗るんなら……」

 

 悲鳴をあげる竜也を無視して、一歩一歩近づいていくアリス。そして、

 

――死んでくれる?

 

「あ、がぁ、……ぎ、あ、ああああぁぁぁああ!!」

 

 「願い」が響いた。絶叫。強烈な悪意が、憎悪が、恐怖が、形となって竜也を蝕む。耐え切れず、白目を剥いて倒れこむ竜也。

 

「あは、はハハハハ、キャハハハハハハッ!」

 

 倒れた竜也を前に、アリスは笑っていた。まるで壊れた人形の様に。

 

「あはハハハハ、キャハハハハハハ! みんな、みんな死んじゃえー!」

 

 そしてその笑い声は止まらない。アリスを中心ににじみ出る悪意が黒い影となって広がっていく。その影は木を枯らし動物達を骸に変えながら、山ひとつを包み込んだ。

 

 

 † † † †

 

 

 社の中。久遠は必死に祟りの暴走を抑えようとしていた。自分の霊力を全て使って、必死に祟りが引き起こす負の感情と闘う。しかし、炎の音がそれを妨げた。

 

――那美との思い出を壊そうとする人間がいる

 

 那美と共に久遠がかつて愛した少年の顔が浮かぶ。それは祟りの記憶。600年前、その少年は当事流行していた伝染病を鎮めるため、生け贄にとして惨殺された。職業柄たまたま伝染病に耐性を持っていたせいで、村の神社の神主に目をつけられたのだ。

 

――人間を許すな!

 

 すさまじい怒りと共に祟りの声が久遠の頭に響く。

 

――違う……那美みたいな……人も……いる

 

――その人を、人間が壊そうとしているのだ!

 

 抵抗する久遠を祟りが崩そうとする。

 

――ああ、燃える、お前も見ただろう? 人間は大切な者を我らから奪い……

 

「黙レッ!!」

 

 そこへ、叫び声が響いた。ケルベロスだ。すでにパスカルの姿ではなく、地獄の番犬としての姿に変わっている。

 

――ピュプリレゲドン

 

 久遠を包む青い影をケルベロスの炎が襲う。神魔クラスの相手にもまともなダメージを与えるそれは、容赦なくその五尾の妖怪を焼き尽くした。

 

――ギャァァアアア!

 

 悲鳴と共に消えていく祟り。否、それは祟りではなかった。久遠に眠る祟りの記憶を、ジュエルシードが再現した物だ。

 

「一度死シタ者ガ冥府ヨリ出ズル等ト、例エ偽リノ魂ダトシテモ認メラレヌ!」

 

 しかし、ケルベロスはそれを良しとしなかった。魔力で作り出されたそれは、外観も性質も霊に近い。それは魂を、冥府を、そしてそれを護る自分をひどく冒涜するもののように思えたのだ。

 

「ソンナ者ニ主ヨリ与エラレタ家族ヲ壊サレルツモリハナイッ!」

 

 ケルベロスは霊力を使い果たして動けない久遠をくわえ、倒れたマヤを背負うと、強力な封印の術式が刻まれた扉を叩き壊した。

 

「アハ、……あはハハ、ハハ……ハ……あハ……」

 

 境内でケルベロスが目にしたのは、崩れ落ちるアリスと唖然とするオルトロスだった。

 

「弟ヨ、ありすハドウシタ?!」

 

「……兄者、遅カッタデハナイカ」

 

 社から出てきたケルベロスがオルトロスに問い詰める。オルトロスは先程起こった事を簡単に説明した。

 

「……兄者達ガイル社ヲ燃ヤサレテ覚醒シタ……信ジラレヌ力ダ」

 

 辺りを見回してオルトロスがため息をつく。視線の先には死んだ林が広がっていた。

 

「コレダケ殺シテマダ巨大ナ闇ト魔力ヲ感ジル。恐ロシイ呪力ダ。兄者ガコノ者ニツクノモうなずケル」

 

「……ソウカ」

 

 ケルベロスは短くそれだけ言うと、マヤと久遠をオルトロスの側におろし、倒れているアリスを背に乗せた。

 

「兄者?」

 

「我ハありすヲ主ノ下ヘ届ケル。ソノ人間ト妖狐ハ好キニスルガイイ」

 

 そう言うと、ケルベロスは咆哮をあげて駆け出した。残されたオルトロスはマヤを見下ろす。服は煤で汚れ、高温の扉を叩き続けた手には火傷を負っていた。

 

「……」

 

 ジュエルシードを手に入れたオルトロスにとって、マヤは不要な存在だった。後は契約通りジュエルシードを届け、大量のマグネタイトを手に入れるだけだ。しかし、

 

「放ッテオクノモ気ガ引ケルナ……」

 

 そう呟くオルトロス。別にケルベロスのように助けられた訳でもなければ、自分を従えるような力を持っている訳でもない。助ける義理などないのだが、マヤはとり憑いているこの犬を家族のように扱っていた。いや、事実家族だったのだろう。とり憑いた犬の記憶にあるマヤとメリーの関係は、自分とあの合成聖獣との関係に似ていた。

 

「家族カ……」

 

 立ち去る父親に流した涙の味を思い出す。人間の体液にはマグネタイトが含まれる。血液ほどではないが、涙でもある程度は糧となるのだ。本能的に舐めとってしまったが、それは深い悲しみに包まれた哀れな魂と同じ味がした。普段の自分ならこのような魂は不味いだけだと見向きもしないのだが、

 

「ありすヲ助ケヨウトシタ想イハ買ッテヤルカ……」

 

 そんな風に自分の感情を納得させながら、マヤを担ごうとするオルトロス。あるいは、それはとり憑いた犬の思考が残っていたのかもしれない。しかし、

 

「マヤさん……?! な、何で……!」

 

 そこへ、少女の叫び声が響いた。

 

 

 † † † †

 

 

 ジュエルシードが発現してから、なのはは神社へと走っていた。まだ夕暮れ時。空を飛んで神社へ急行するには目立ちすぎる。

 

(ジュエルシードの暴走体は色んなタイプがあるけど、原生生物にとり憑く事もあるんだ)

 

 肩に乗せたユーノがこれから相対するであろうジュエルシードの暴走体について念話で説明してくれる。

 

(大体の動物は力を欲している。動物の世界では力は体の大きさに表される事が多いんだ。それが叶えられるのが普通だね。例えば、仔犬なら巨大な犬が暴走体となって出現したりするんだ)

 

 ユーノの頭の中にある知識を適当にそれらしくぺらぺらと喋る悪魔。それにより、悪魔はなのはの信頼を得ることに成功していた。

 

(おっきい犬かぁ。私、大丈夫かなぁ?)

 

(大丈夫だよ。なのはの魔力量なら、ある程度押しきれる筈だよ。)

 

 不安そうにするなのはの背中を押すユーノ。もっともこちらは決して適当に言っている訳ではなく、ジュエルシードの暴走体程度ならそこまで苦労しないだろうと分析していた。ここ数日なのはに魔法を教えていて、特に砲撃魔法と呼ばれる遠距離からの攻撃に適性があることが分かった。ジュエルシードを攻略するには封印の術式を何かしらの魔力に乗せてぶつければいいのだが、遠距離からの大魔力による攻撃はそれにうってつけだ。

 

(ありがとう、ユーノ君)

 

(それより、もうすぐ神社だ。急ごう)

 

 ユーノに急かされて、石段をかけ上るなのは。そこには、巨大な犬――オルトロスがいた。ユーノにとり憑いた悪魔は思わず舌打ちする。

 

(先を越されてしまったか)

 

 なのはの利用価値を高めるため実戦の相手として使いたかったのだが、目論見が外れたようだ。悪魔は事情を説明しようとする。

 

「なのは、あれは……」

 

「マヤさん……?! な、何で……!」

 

 しかし、なのはは突然叫びだしたかと思うと、細かく震えだした。その眼は傷だらけで倒れるマヤを捉えている。振り返るオルトロス。それと同時、

 

「う、うわぁぁぁぁあああああ!」

 

 なのはは絶叫と共にレイジングハートを展開した。

 

「なっ! 待つんだなのは!」

 

 慌てるユーノ。しかし、その声が届く間もなく、

 

《Shooting mode , stand by leady.》

 

 初めて見せたマスターの激情に呼応し、レイジングハートは起動ワードをスキップ、自身を最適な形態に変化させた。

 

「デバイィィぃぃいいいンバスタァァァぁぁあああああ!」

 

 悲鳴のような叫び声と共に、構えた杖の先から巨大な魔力が放たれる。それは光の奔流となり、オルトロスを呑み込んだ。

 

 

 

 突如攻撃に曝され、オルトロスは避ける間もなく魔力を受け止める。

 

(ヌウッ! ヤツメ、我カラコノ宝石ダケヲ奪ウツモリカ!)

 

 見覚えのある魔力を持った少女を連れた悪魔を見たとき、オルトロスは自分と合流するつもりかと思った。しかし、その少女は自分を攻撃してきたのだ。

 

(宝石ガ見ミツカリ用済ミトイウ訳カ……! コノヨウナ契約ノ破棄ヲサレヨウトハ!)

 

 オルトロスは光の衝撃を感じながら焦っていた。魔力にジュエルシードが感応しかかっているのだ。ジュエルシードを放り出してしまえばいいのだが、自分を騙した相手の思い通りになるのはシャクだ。

 

(グゥ、面倒だ!)

 

――トラフーリ

 

 魔法を使って離脱するオルトロス。魔法の光はマヤを巻き込み、神社から消え去った。

 

 

 

「はあ、はあ」

 

「……なんということだ」

 

 後に残されたのは肩で息をするなのはと、青くなるユーノ。

 

(面倒な事になったな。まったく、人間というやつはすぐ一時の感情に流される……!)

 

 ユーノは頭を抱えた。恐らく、あの双頭の番犬は自分に復讐に来るだろう。面倒な宝石だけでなく、強力な悪魔の相手もしなければならなくなった。

 

「……!? マヤさんは……!? マヤさぁーーん!」

 

 そんなユーノを差し置いて叫ぶなのは。今なお混乱して感情のままに動くなのはを、ユーノは鬱陶しく感じた。

 

「ユーノ君、マヤさんが、マヤさんがぁ!」

 

「フム。どうやら魔法に巻き込まれてしまったようだな」

 

「?!」

 

 それに答えたのはユーノではなかった。声が聞こえた方を見ると、軍服を着た精悍な顔つきの男が此方を見下ろしている。声をあげるユーノ。

 

「お前は……!」

 

「私は五島一等陸佐。自衛官をやっているものだ」

 

 ユーノを一瞥すると、五島はなのはに向かって話し始めた。

 

「今、君は襲いかかる厄災から大切な人を守ろうとした。しかし、力及ばず大切な人は消え去ってしまった」

 

 軍人らしい威厳をもって語りかける五島。なのはの頬を涙が伝った。

 

「この悲劇はジュエルシードを悪用せんとする者達によってこれからも繰り返されていく。このままでは君の家族や友人も同じ道をたどるだろう」

 

 マヤを失い冷静さを失っているところに冷酷な事実を告げられ、なにも言うことができず俯くなのは。涙が地面を濡らした。五島はそれを見つめながら続ける。

 

「君に護りたい者はいるかな?」

 

「……います」

 

「ならば、君は護るということを理解しなくてはならない! 戦いのなかに身をおかなくてはならない! 強くならねばならない! 悲劇を繰り返さないために!」

 

 まるで思考を植えつけるような演説に泣きながらうなずくなのは。それを見て、五島は背を向けて歩き始めた。

 

「もし、この厄災から護りたいなら、ついてくるといい。戦うべき敵を教えよう」

 

 なのはは涙を拭い、五島の後を追う。

 

(……ふん。上手く寵絡したか)

 

 苦々しい表情を浮かべるユーノを肩に乗せたまま。

 

 

 † † † †

 

 

(木が枯れている……!)

 

(まるで死んでいるみたいですね……)

 

 リニスの運転するバイクに揺られながら、念話を交わす孔。喫茶店でリスティ、寺沢警部たちと神社の炎を見つけた孔とリニスは、そのまま神社へ向かっていた。ちなみに、リスティと寺沢警部は車を用意するためいったん署に戻っている。その際に危険だから近寄るなといわれたのだが、孔とリニスはそれを無視した。2人からすれば、魔法も悪魔も把握していない警察の方がよほど危険だ。

 

(コウ、そろそろ人も見えなくなりました。移転をしますけど、準備はいいですか?)

 

(ああ、頼……いや、ちょっと待てっ! バイク、止めてくれ!)

 

 孔の様子に慌ててブレーキをかけるリニス。

 

「コウ? 一体どうしたんで……」

 

 問いかけようとするも、それは急に飛び出してきたパスカルに遮られた。パスカルは吠えながら道の横の林へ飛び込む。慌てて追いかけると、そこには倒れるアリスがいた。

 

「アリスッ!」

 

「……あれ? 孔お兄ちゃん?」

 

 慌てて駆け寄って抱き起す孔。アリスはそんな孔の不安を知らず、何事もなかったかのように目を開く。

 

「アリス! 大丈夫なのか? 何があった?!」

 

「えっと、マヤさんと神社で遊んでて……そしたら神社が燃えて……っ! ああっマヤさんは? マヤさんっ!」

 

 が、説明の途中で叫び始めた。リニスはそんなアリスを抱きしめる。

 

「大丈夫。きっと無事ですよ」

 

「でも、でもぉ……!」

 

 混乱のまま泣きじゃくるアリスをリニスに任せ、孔はパスカルに念話で問いかけた。

 

(パスカル、何があったんだ?)

 

(ニンゲンガ神社ニ放火シ、ソレニ巻キ込マレタノダ。マア、ソウダナ、詳シクハ……我ガ弟カラ聞クガヨイ)

 

 パスカルは何もない空間に視線を向ける。怪訝な顔をする孔。しかし、魔力を感じたかと思うと、空間の歪みと共に一匹の犬とひどい火傷を負った女の子が転送されてきた。メリーだ。出てくると同時、ジュエルシードを吐き出すメリー。

 

「ソノ魔力……兄者ガ認メタトイウノハオ前カ」

 

「……認めたと言うのが契約を指しているのなら、そうなる」

 

 微妙に距離を取りながら答える孔。ケルベロスと兄弟というが、さすがに異常な事態に警戒していた。

 

「ナラバ、我トモ契約ヲ……」

 

「マヤさんっ!?」

 

 しかし、話すメリーを遮ってアリスが火傷の女の子に駆け寄った。どうやらこの女の子がアリスの話に出ていたマヤさんという人らしい。

 

「孔お兄ちゃん、マヤさんがっ!」

 

「アリスちゃん、落ち着いて……大丈夫。命に別状はありませんよ」

 

 アリスを宥めながら、マヤに回復魔法をかけるリニス。アリスに魔法を悟られないようにするため魔力の光は控えめだ。傷の治りも遅い。それを見た孔は携帯を取り出し、病院へ連絡を入れた。

 

 

 † † † †

 

 

「……くぅ。……ぅ」

 

「……事情を話すのは後でいいから、今は休むんだ」

 

 リスティは傷ついた久遠を抱えながら、燃え落ちた神社を見つめていた。

 

「ヒィ……ガキが、あのガキがぁ! 化け物がぁ!」

 

「分かった、分かった。そう言う話は署で聞くから……」

 

 隣には顔に火傷を負った少年が喚きながら警官に引っ張られ、救急車へ強引に乗せられている。「特殊な手段」で一足早く現場についたリスティは、傷ついた久遠と白目を剥いて倒れるこの少年を見つけた。久遠の方はかなり消耗しているものの問題無さそうだったが、この少年は気がつくと同時に喚き出したのだ。

 

「ば、化け物だ! 化け物に殺されかけたんだ! そしたら電波がオマエハマダ死ぬなって……お、俺は電波に選ばれて……!」

 

「分かったから大人しくしなさい!」

 

 明らかに常軌を逸している様子の少年は、しかしすぐに駆けつけた警官に取り押さえられた。リスティは暴れ続ける少年の叫びを聞きながら、破壊された神社を見つめる。

 

(……今度はこの神社か)

 

 この神社に愛着を持つ那美を想い浮かべ、やりきれない気持ちになる。愛の病院に続き、またも思い出の場所を失ってしまった。

 

「また化け物、だ。まあ、揮発性の可燃物も見つかってるから、詳しく調べないと分からんがな」

 

「……寺沢さん」

 

 そこへ、寺沢警部が話しかけてきた。簡単に火災の現況を説明しながら、久遠に目を留める。

 

「リスティ。早くその狐連れて寮に戻れ。で、よく看てやれ。飼い主の巫女さんにも事情も聞かんといかんしな」

 

「すみません、警部」

 

 リスティは気を使ってくれる上司に感謝しながら、その場を後にした。

 

「電波が、化け物がぁあ! ヒャァアーッハッハッハッハァ! 電波からは逃げられねぇぞ!」

 

 他の警官から見えなくなった所で一瞬のうちに姿を消したリスティに苦笑しつつ、寺沢警部は未だ奇声を上げ続ける容疑者に目を向ける。

 

「……化け物、か」

 

 寺沢警部のそんな呟きは、枯れ木を揺らす風に紛れて、誰にも聞かれることなく星一つない夜空へと消えていった。

 




――Result―――――――
(None)

――悪魔全書――――――

愚者 天野マヤ
※本作独自設定
 海鳴市に住む中学生。母親とは既に死別し、現在は記者をやっている父親と2人で暮らしている。その父親も世界の紛争地域を中心に仕事をしているため、共に過ごす時間は短い。その寂しさをまぎらわす様に明るく振る舞う。母が遺したシーズー犬のメリーを本当の家族のように扱っている。

愚者 寺沢警部
※本作独自設定
 海鳴署捜査課に勤める警察官。ベテランの警部として捜査課を取り仕切り、海鳴市で起こる様々な事件を解決に導いている。中には猟奇的な事件も手掛けており、裏社会にもある程度精通している模様。部下からの信頼も厚く、刑事であるリスティ・槙原と捜査に臨むことが多い。

厄災 ジュエルシード暴走体ⅩⅤⅠ
※本作独自設定
 願望を実現するロストロギア、ジュエルシードの暴走体。久遠の記憶にある祟りを再現して生まれた憎悪の塊で、人間を無差別に攻撃する。久遠とは体と意識をある程度共有しているが、独立した意思らしきものも見られる。ジュエルシードはシリアルナンバーが振られており、この暴走体の元になったジュエルシードはⅩⅤⅠ。

――元ネタ全書―――――
生マレハ違エド、同ジ血族!
 真・女神転生Ⅲ。オルトロスとキマイラの特殊会話。本当はケルベロスとの特殊会話にしようかとも思いましたが、頭の数に関するものだったので憑りついた状態ではできずこちらに。

……お仕事、そんなに大事なの?
 ペルソナ2罪。舞耶の回想シーンより。各キャラクターの過去が明らかになるイベントだけに、印象に残っている人も多いのでは?

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※現段階でのアリスは「死んでくれる?」を「お友達になってね?」の意味として使っていません。近年の作品の攻撃魔法や真Ⅳのスキル変化拒否時のセリフよろしく悪意をぶつけています。アリスの変容は後の完全覚醒までお待ちください。
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