リリカル・デビル・サーガ   作:ロウルス

20 / 51
――――――――――――

「ゴール!」

 サッカーでマネージャーをやっているは、ベンチから練習試合の様子を見ていた。

「う~ん、やっぱりちゃんとしたキーパーがいないと厳しいかな?」

 風邪で寝込んでしまったキーパーの代わりをやっている子に、そんな事を呟く。やっぱり、じゃんけんで負けて嫌々やっている様じゃ上手く止めてくれない。

「誰かもっと代わりに……代わり……そうだ!」

 良いこと思いついた!

――――――――――――園子/少年サッカークラブ・試合場



第12話a 妄執の巨木《壱》

 夜の病院。治療を受けるため運びこまれるマヤを見送った後、孔とリニス、パスカルは待合室でメリーの姿に戻ったオルトロスの話を聞いていた。アリスは泣き疲れたのか、リニスの膝枕で眠っている。

 

「信じられません。そんな力があったなんて……」

 

「アリスは大丈夫なのか?」

 

 アリスの頭を撫でながら言うリニス。孔の疑問に、パスカルが答える。

 

「まぐねたいとノ流レヲ見ル限リ問題ナイ。急ナ流出ヲ体ガ拒絶シタダケダ」

 

「分かるのか?」

 

「我ハ冥界ノ門番。霊ノ持ツ力ノ流レヲ読ムコトナド容易イ」

 

 取り敢えずアリスが無事と分かり、胸を撫で下ろす孔。しかし、問題は山積みだ。

 

「コウ、アリスの力について、何か知っていますか?」

 

「いや、知らないな。俺もアリスの事はある程度把握しているつもりだったんだが……」

 

「仕方ありませんよ。今まで魔力も感じられませんでしたから」

 

 溜め息を吐く孔を軽く慰めるリニス。孔はそれに応えようと対策を練り始める。

 

「アリスについてはそれとなく先生に聞いてみるよ。引き取られたのは俺より先なんだ。何か知っているかもしれない。しばらくは様子見だな。さしあたってはジュエルシードだが……オルトロス、いやメリー、さっきの話だとその五島という人が主犯みたいだが?」

 

「ソウダ。五島ハアノ宝石ヲ欲シテイタ。ワザワザコノ地ニ落トシタノモ奴ダ」

 

「何故そんな事を?」

 

「ソコマデハ知ラヌ。まぐねたいとヲ貰エレバ我ハソレデ十分ダッタカラナ」

 

 当然のように答えるオルトロス。肝心の動機については聞いても無駄なようだ。顔をしかめるリニスを横に、孔は別の方面から質問をしてみた。

 

「その五島について、知っている事があれば教えてほしいんだが?」

 

「……ソウダナ、白衣ノ男ニ自衛官ヲヤッテイルト言ッテイタ。拠点モ軍艦ダッタナ」

 

「白衣の男?」

 

「イツモ機械バカリイジッテイル男ダ。詳シクハ知ラヌ。ソウイエバ、五島ハソイツ相手ニ天使カラコノ地ヲ護ルトカ言ッテイタナ」

 

「……分かった。ありがとう。だが、情報が少なすぎるな。自衛隊が組織だって動いてるのか、それとも五島という人が個人的に動いているのかも分からない。それに、悪魔ならともかく、敵対する相手をわざわざ天使と表現するのも妙だ。リニス、何か知っているか?」

 

「いえ、私もこのところはスティーヴン博士にも会っていませんし……ああ、でも、ジュエルシードの事ならプレシアが詳しいと思います。以前、高魔力結晶体の情報を集めていましたから」

 

 リニスの言葉に孔は困った様な顔をした。魔法世界を離れ、今は悪魔とも無縁な生活を送っているプレシアに危険なロストロギアの話を持ち込むのはさすがに憚られる。

 

「プレシアさん、嫌だろうな」

 

「でも、伝えないわけにはいきません。時の庭園に現れたあのグレムリンも出てきた以上、知っている方がかえって危険が少ないでしょう」

 

「分かった。取り敢えず、明日訓練のついでにでもプレシアさんと話してみる事にするよ」

 

 訓練というのは、テスタロッサ邸の地下にある訓練室を借りて行っている魔法の練習の事だ。孔は週に何回かアリスを連れて遊びにいくついでに、プレシアやリニスから魔法を習っている。

 

「ええ、私からも前もって伝えておきますね」

 

「助かる。後は……」

 

 言いかけて顔をあげる孔。窓越しに向けた視線の先には車。児童保護施設のものだ。

 

「先生をどう誤魔化すかだな」

 

 

 † † † †

 

 

「……どういうことです?」

 

 翌日。まだ朝も早い時間から、海鳴署に出勤したリスティは寺沢警部に詰め寄った。寺沢警部も、それに怒りを押し殺した声で答える。

 

「さっき言ったとおりだ。連続放火事件の容疑者、須藤竜也は精神病院行きで事情聴取は無理、だそうだ。現職の外相が直々に出てきて、ご立派な病院の院長と一緒になって病棟に隔離しやがった。大方、息子が犯罪者扱いされてスキャンダルになるのを恐れたんだろう。報道にも圧力がかかってる」

 

「事件を闇に葬る気ですか! そんなことが……!?」

 

「葬るわけがないだろうが! 犠牲者だって出てるんだ!」

 

 リスティを寺沢警部の怒号が遮る。ベテランに属する警部がここまで怒りを見せるのは初めてだ。息をのむリスティ。

 

「須藤竜也がお偉いエリート官僚の息子でも、現場に放火の証拠品は残ってる。それに、話を聞かんといかん相手もな。捜査のやりようはある」

 

「……久遠の話だと、放火の現場にはほかにもマヤ、アリスという少女が2名と、その飼い犬がいたようです」

 

 剣幕に押されながらも、リスティは久遠から聞いた話を伝えた。正しくは、「聞いた話」わけではなく、「伝えられた映像」といったほうがいいかもしれない。久遠は妖狐らしく夢写しと呼ばれる能力を持っており、夢を通じて自身のイメージを相手に伝えることが出来る。映像だけあって、昨日の出来事を鮮明にリスティへ伝えることが出来た。燃える社の中で悪霊と抗いながら、辛うじて見えた2人の少女のことも、巨大な地獄の番犬のことも。

 

「おい、アリスっていうと……」

 

「ええ、あの卯月君の妹です」

 

 

 † † † †

 

 

「卯月くん、ちょっといい?」

 

「どうした?」

 

 その頃、孔には園子が声をかけていた。いや、より正確には孔がひとりになる休み時間を見計らって、園子が孔に話しかけたというべきか。園子はマネージャーを務めているサッカーチームで抜けてしまったキーパーの役目を孔に頼もうとしていた。運動神経抜群の孔は穴を埋めて余りある活躍を期待できる。好きな人が一緒で自分も楽しい。園子にとっては一石二鳥の素晴らしい思いつきだったのだが、

 

「ええっとね、その……」

 

 いざ話しかけてみると、気恥ずかしさが手伝ってなかなか話を切り出せない。孔は相変わらず無表情ながらも気を使ってくれる。

 

「言いにくい事なら、後でも構わないが……?」

 

 それは嬉しいのだが、ここで逃げられると修達と別行動をとれる時間は限られてしまう。意を決して口を開く。

 

「ち、違うのっ! その、えっと、日曜日、暇?」

 

「まあ、暇、かな? 特に予定はない」

 

「じゃあ……その、サッカーの試合に出てほしいんだけど、いい?」

 

「なに?」

 

 怪訝そうにする孔に、園子は必死に言葉を絞り出してキーパーの代役について説明した。第三者からすれば焦る必要は微塵もないような内容だが、園子にとって孔に「お願い」するという行為は告白に等しく、極度の精神的緊張を要する。

 

「ほ、ほら、卯月くん、体育でもサッカー得意でしょ? 代わりに出てくれると嬉しいなって……」

 

「ああ、俺は別に構わないが……」

 

 最後は何か言い訳のようになってしまったが、孔は頷いてくれた。園子は喜色満面でお礼を言う。

 

「あ、ありがとうっ!」

 

「いや。得意という程のものでもないから、あまり戦力にならないかもしれないが……」

 

「そんなことないよ! 私もちゃんとサポートするし……ぁ」

 

 言いかけて恥ずかしくなったのか、真っ赤になって固まる園子。しかし、孔はそれを大して気にした様子もなく続ける。

 

「そうか。なら、楽しみにしている」

 

「うん! あ、サッカーは河のグラウンドでやるから。それから、終わったらコーチの喫茶店でケーキとか出してくれるんだ。よかったら卯月君も……」

 

 園子はそんな孔にようやくペースを取り戻したのか、当日の予定を楽しげに話し始める。まるで恋人同士でデートの予定でも立てているかの様だ。しかし、そこへ修と萌生、アリシアがやって来た。

 

「えっ? 卯月くん、園子ちゃんのサッカー出るの?」

 

「卯月が? サッカーに? 相手勝てなくね?」

 

 どうやらしっかり聞かれてしまったらしい。園子の視界には孔しか写っていなかったので、油断してしまったようだ。チッ。心の中で舌打ちする園子。

 

「ねえねえ、私も見に行っていい?」

 

「いや、お前、空気読めよ」

 

 普通に見に行こうとするアリシアに突っ込む修。しかし、アリシアはそのまま孔に話を向ける。

 

「へ? 空気って? ねえ、コウ、私、行っちゃダメなの?」

 

「俺は別に……。大瀬さんもいいか?」

 

「えっ? う、うん、いいよ。別に……」

 

 なんとも断りにくい事を尋ねる孔にトーンダウンして答える園子。どうやら、自分の気持ちを分かっているのは修だけのようだ。そこへ追い打ちをかけるように、やはり一緒にいた萌生も声をあげる。

 

「あ、じゃあ、私も」

 

「いや、だからお前ら空気読んで……」

 

「まあ、俺はキーパーだからあまり活躍出来ないだろうけどな」

 

「……は? キーパー?! よし、俺も行く!」

 

(萌生に修ぅー! 空気読みなさいよぉー!)

 

 孔の一言を聞いて突然意見を変えた修に心の叫びをあげる園子。そんな園子を横に、制止役を失ったアリシア達は待ち合わせ場所を相談し始めた。わくわくという擬音語が聞こえてきそうな程楽しそうに。

 

(う、卯月くんのサポートして、それから、ふ、ふたりで、2人で……! そ、そのはずが……!)

 

 ひとり何かに心の中で叫び続ける園子。彼女の悩みは続く。

 

 

 

(……悪いな、園子。念のためだ)

 

 一方、修の方はそんな園子に心の中で謝っていた。修の持つ未来の知識では、サッカーチームのマネージャーとその想い人であるキーパーがジュエルシードがらみの事件に巻き込まれる事になっている。そして、かねてから園子がサッカーチームのマネージャーをやっている事は知っている修は、できる限り園子のサッカーチームには気をつけるようにしていた。

 

(おい、卯月、後でちょっといいか?)

 

(……ああ。構わない)

 

 わざわざ習得したばかりの念話で告げたのが効いたのか、孔の方も事の重大さを悟ったようだ。じゃあ次の休み時間にでも、と約束を取り付け、修は教室へ戻っていった。

 

 

 

「大瀬さんがジュエルシードを?」

 

「ああ、絶対って訳じゃないが、今朝なんか変な感じがしたんだよ」

 

 続く授業が終わって、休み時間。誰もいない校舎裏で修は孔に本題の話をしていた。もっとも、未来の知識を持っている等とは正直に言えないため、それらしい事を言って理由を適当にでっち上げる。

 

「大瀬さんに、その事は?」

 

「いや。何て言おうか思い浮かばなくてな。魔法の宝石で危ないなんて言えるか? それに、言えたとしても、俺は封印出来ないんだ」

 

 念話が使えるということからも分かる通り、修も魔力を持っている。が、その魔力保有量はあまり多くない。その上デバイスも持っていないとあっては、封印の術式を使うことも出来なかった。

 

「成る程。それで俺の出番という訳か」

 

「ああ、頼む。園子の奴、助けてやってくれ」

 

 頭を下げる修。孔は慌てた。

 

「よしてくれ。俺も大瀬さんは友達だと思っている。今度こそ、ちゃんと助けるつもりだ」

 

「そ、そうか。すまねぇ」

 

「それで、具体的にどうする気だ?」

 

 礼を言う修を遮り、孔は続きを促す。修は自分の知識と照らしあわせながら答える。

 

「そうだな……明日、サッカー行くんだろ? 園子に卯月が欲しがってたって言ったら、持ってきてくれるんじゃないか?」

 

「それなら、なにも明日まで待つ必要はないだろう? 授業終わったら聞いてみて、学校に持ってきているならその場で封印すればいいし、持ってきていないなら、帰りにでも渡して貰いに行ったらいい」

 

 孔のもっともな意見に修は頷く。同時に、こんな事に気付かなかった自分に苦笑した。

 

(変に知ってると頭が固くなるってのはホントだな)

 

 よく考えれば、サッカーのマネージャーだからといって園子が孔にジュエルシードをプレゼントするとは限らない。というか、かなり記憶があいまいだが、ジュエルシードをプレゼントするのはキーパーの方だった気もする。事情を知っている孔がそんな事をする筈がない。

 

(……もしかして、俺、焦った?)

 

 サッカーチームでジュエルシードがらみの事件が起きるのは、まだ先なのかもしれない。修はそう思いながらも、万が一の場合もあるからと自分を納得させた。

 

 

 

「青い宝石? 拾ってないよ?」

 

「私も見たことないなぁ。 ゴメンね?」

 

 昼休み。果たして園子は(ついでに萌生も)無関係だった。いつも通り校舎裏の花壇を前に昼食をとっている最中、孔が雑誌についていた付録のおもちゃの宝石を探していると切り出したのだが、2人とも首を横に振ったのだ。代わりにアリシアが口を出す。

 

「もう、コウってば、言ってくれれば私探してきたのに」

 

「いや、雑誌の付録についていた粗悪品でな。無理に探さなくてもいい。それに、ガラスの破片みたいになってるから、下手に触ると危ないし」

 

「まあ、宝石なんて小さいし、探して見つかるもんじゃねぇからな」

 

 誤魔化す孔によくもまあそんな作り話を即興でと感心しながら、同調する修。しかし、言葉が足りなかったせいか、園子に文句を言われた。

 

「もう、修もちょっとくらい探そうとしなさいよ」

 

「あー、別に探さないって訳じゃねぇよ。ただ、探しても見つからないだろうから、偶然出てくるのを待ったほうがいいって事だよ」

 

 言い訳をしながら、修は念話で孔に問いかける。

 

(すまねぇ。やぶ蛇になっちまったみたいだ)

 

(いや、聞いてみなければ分からなかったし、仕方ないだろう。まあ、大瀬さんはジュエルシードと関係ないことが分かったし、よかったんじゃないか?)

 

(……はあ、お前やっぱイケメンだわ)

 

(……? イケメン、とは何だ?)

 

 修は溜め息をつくと、今度は口に出して話し始めた。

 

「まあ、あれだ。卯月も別にすぐ必要なもんでも無いんだろ?」

 

「あ、ああ。危ないから回収しておきたいというだけで、見かけたら教えてくれるぐらいで構わない」

 

 急に普通の会話に引き戻され、戸惑いながら頷く孔。それをきっかけに、いつもの時間が戻る。園子はもうっと不満げな声をあげ、萌生はまあまあとそれをたしなめる。アリシアはいつも通りのやり取りを楽しそうに見ている。

 

(……今、念話で何か話してた?)

 

 そしてフェイトは、孔と修が念話で何かしら話しているのを感じとり、不信な目を向けていた。が、そこへ昼休みの終わりを告げるチャイムが響く。

 

「あ、チャイムなったよ?」

 

「次は社会でしょ。早く戻ろ? あの先生に呪われたくないし……」

 

(……まあ、いいか。アルフも、あんな奴の事気にするなって言ってたし)

 

 急かす園子に頷くと、フェイトは修から視線をそらし、校舎へと歩き始めた。

 

 

 † † † †

 

 

「ハイ、始めましょう。オン・バサラ・アラタンノウ・オン……」

 

 小学校の社会というと地域の文化や歴史を連想するかもしれないが、ここ聖祥大学付属小学校では大学から専門の講師を迎えて、国際的で専門性の高い授業を行っていた。早いうちから積極的に海外の文化を理解しようとして行われるのだが……

 

「今日も魔術を利用した人間心理学を始めましょう。フォーカス・ポーカス……」

 

 その講師、江戸川は小学校の生徒相手に趣味丸出しの講義を行っていた。何でも世界に散らばる魔術を理解することで、国際感覚を身につけると同時に悩み多き生徒の心のケアを行う画期的なカリキュラムとのことだが、授業は妖しげな雰囲気が全開である。もっとも、生徒のウケはそう悪くなかった。授業では神話や魔術の解説もしており、人気ゲームの元ネタにはしゃぐこども達も多い。一応、世界の文化に興味を持ってもらうという試みは成功していると言えなくはなかった。もっとも、授業に遅れたり、質問に答えられなかったりすると呪詛を飛ばされるため、園子のように気持ち悪がる生徒も多いのだが。

 

(小学生から中二病かよ……)

 

 そんなことを考えながら、半分授業を流して聞いている修。他の科目なら授業など受けなくともテストではそれなりに思い通りの点数を出すことはできるのだが、このような授業では多少なりとも耳を傾けざるをえない。といって、真面目に聞いているとなんだか背中がむず痒くなる。修はこの講義が苦手だった。

 

(隣は隣で真面目に授業受けてるし……)

 

 隣の席に座るフェイトを見る。どこかざわついた教室とは違い、彼女は大真面目にノートに黒板の文字や先生の言葉を書き記していた。少女らしい丸っこい、しかし丁寧な文字で「愚者は始まりを示す」だの、「正義は公明正大さ」だのと書かれている。修は眩暈を覚えた。

 

(こんな内容も普通にノートにとれるあたり、やっぱフェイトって真面目だな。とっつきにくいけど。俺が知ってるのとなんか違うけど……)

 

 なんとなく見入ってしまう修。その視線を感じたのか、フェイトはちらりと修の方を見て、念話を繋いできた。

 

(何?)

 

(は? あ、いや……なんでも)

 

 慌てて念話で返す修。前を向いて授業に集中しようとするが、ふと手を止める。

 

(なあ、なんで俺が念話使えるって知ってんだ?)

 

(魔力を持ってるから、そうじゃないかって。昼も何か話してたでしょ?)

 

(よく気付いたな。聞こえてたのか?)

 

(聞こえなかったけど、念話を使うとマルチタスクが一つ削られるから。その分動きが鈍くなる)

 

(動きが鈍くなるって……俺はちょっと首かしげたぐらいだろうに)

 

 驚きを通り過ぎて呆れる修に、フェイトは妙な顔をする。

 

(あれだけ堂々とやると普通気付くと思うよ?)

 

(そうなのか? まあ、大体、俺は普通の人だ。卯月やお前みたいに魔導師やってるんじゃねぇしな)

 

 孔が聞けば何をバカなと一蹴されそうだが、修の頭の中では自分はまだ凡人であり、孔やフェイトのような力を持った魔導師とは違う。軽い気持ちでそれを主張したのだが、

 

「一緒にしないでっ!」

 

 フェイトは怒声を上げた。クラスメイトの視線が集まる。

 

「ハイハイ、ザワつかない、ザワつかない。それと、フェイトさん、授業中に電波を飛ばすのはやめて下さい。次に飛ばすとあのハゲ……じゃない、校長のカルマを一年分転載しますよ。フヒヒ」

 

「……すみません」

 

 先生の注意(?)に顔を真っ赤にしながら席に着くフェイト。周りのこども達は「電波ってなんだよ~」「ハゲって言った~」等と騒いでいたため、フェイトの怒声の意味するところを誰も気に留めなかった。

 

(す、すまねぇ。別に一緒にしたわけじゃないんだ)

 

(……別にいいよ。もう)

 

(ホント、済まねえ)

 

(……)

 

 溜め息をつくフェイトに怖気づきながらも、修は念話で謝る。理由は不明だが、孔はフェイトにも嫌われているようだ。それも相当。何やったらこんだけ嫌われられるんだよ! と内心で突っ込みながら、再び授業を受けようと前を向く修。しかし、何か引っかかる。

 

(な、なあ、フェイト、江戸川の言ってた電波って、念話? あの人、魔力あるの?)

 

(……ないと思う)

 

 少し考えて、やはり念話で返すフェイト。魔力は確かに感じない。一応、魔力を感知させないようにする技術はあるにはあるが、魔法世界でもないのにわざわざそんなことはしないだろう。しかし、

 

「フェイトさん、電波は飛ばすなと言ったでしょう? 罰として質問です。答えられないとオーラ波動が黄色から危険な色になります、ヒヒヒ」

 

「ふぇ!? あ、は、はい!」

 

 薄気味悪い笑いとともに飛んできた質問に固まる修。フェイトの方はそれどころではない。なにせ、魔力を全く感じないにもかかわらず、自分の魔力光の色を言い当てられた上、その色を変えるというのだ。もしこれが本当なら、嫌すぎるレアスキルだ。

 

「それではフェイト・テスタロッサ、汝に問う。シルカ、シルカ、ベサ、ベサ……」

 

「……」

 

 緊張しつつ、問いを待つ。聞いたこともない呪文(というか呪詛)を唱える江戸川講師。この男は危険だ、危険すぎる。

 

「ギリシャの魔女として知られるのはメディアと誰?」

 

「えっ! ええっと……?!」

 

 まずい。分からない。大体、この授業は予習のしようがないのだ。かといって、このままでは魔力光を変えられてしまう。焦りを隠せないまま、適当に目に映ったノートの隅の単語を言ってみる。

 

「……ポリス?」

 

「ハイ、駄目ぇーーーー。オーラが茶と水色のチョコミント柄になります。というか、今なりました。フヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!」

 

「え? えぇっ!?」

 

 魔力光を確かめようと、慌ててアクセサリー状に変化したデバイスのバルディッシュを起動させようとするフェイト。学校に通うにあたり、普段から身につけていてもおかしくないようにとリニスに改造してもらったものだ。足元に魔法陣が浮かび上がり……

 

「あ、おい! ちょっと待て! 落ち着けっ!」

 

 慌ててそれを止める修。強引に手からバルディッシュを奪い取り、小声で諭す。

 

「ダメだって! こんなところで。しかも、あの先生の前だぞ?!」

 

「放してっ!」

 

「お母さんに魔法使うなって言われなかったのか!?」

 

「……う」

 

 お母さん。その一言で何とか持ち直し、動きを止めるフェイト。修はフェイトが椅子に座ったのを確認してからバルディッシュを手渡す。

 

(大丈夫だ。江戸川の意味不明なネタとたまたまタイミングがあっただけだって。オーラの色とかもはったりだって。俺は何にも言われてないし)

 

(そ、そうだけど……)

 

 しきりに手を開いたり閉じたりするフェイト。ちょっとでも魔力光を出して確認したいのだが、母親の「外じゃ危険なことがない限り魔法を使わないこと」という「命令」がよみがえり、どうしても魔法は使えなかった。それと同時に、江戸川の声が響く。それは今もっとも聞きたくない言葉だった。

 

「それでは先ほどの解答を……ハイ、卯月孔、汝に問う」

 

「キルケです」

 

「ハイ、正解です。しかし、こんな質問に即答できるなんて、君も物好きですねえ。見どころがあるというか、突っ込みどころがあるというか」

 

 簡単に正解を言った孔を見て、フェイトは嫌そうな顔をする。孔が正解できたのは、悪魔の知識を得ようとしてオカルト関連の本(もちろん一般書籍であるが)を普段から読み漁っているせいなのだが、そんなことを知らないフェイトは自分の知識不足を見せつけられた気がしたのだ。

 

(……そんな嫌そうな顔すんなって。あんなこと知ってるアイツがおかしいんだから)

 

(そうだけど……)

 

 劣等感は拭えなかった。それは母の視線が自分に向かない理由と重なり、フェイトは修の慰めの言葉を本当に慰み程度にしか聞くことが出来なかった。

 

(そういえば、学校が終わったら、また魔導師の訓練に来るんだっけ……)

 

 リニスが今日の出がけにしていた話を思い出す。今日は孔が訓練をするから放課後に家に来ると。それを喜んでいた母を思い出し、フェイトはペンを握りしめた。いつかアイツより優れたところを母に見てもらうために。

 

 

 † † † †

 

 

 プレシア邸の地下。普段はフェイトの訓練室として使われているそこで、孔はバリアジャケットを展開した状態で立っていた。横にはケルベロスが控えている。

 

「はぁあああ!」

 

 そこに打ちかかる影。リニスだ。雷を纏った拳を孔に叩き付けようとする。

 

「前衛とは意外だな……!」

 

《Blaze Cannon》

 

 真っ直ぐに突っ込んでくるリニスを炎の砲撃で迎撃する孔。それを予想していたのか、リニスは直ぐに体を沈め、シールドを展開する。

 

《Round Shield》

 

 拮抗したのは一瞬。直ぐに皹が入ったシールドを斜めに反らし、勢いのまま離脱する。同時に、

 

「バインド! ブレイク!」

 

 鎖が孔とケルベロスを拘束し、破棄されたシールドが爆発を起こした。煙が孔の視界を奪う。

 

「む?」「今です!」

 

 リニスの合図を受け、咆哮とともに煙の中から襲いかかるオルトロス。しかし、その牙は届く前に突如現れた光の環によって止められた。

 

《Ring Bind》

 

「グウ、早ク撃テ!」

 

 視界を塞がれながらも正確にバインドを解除しつつ銃を突き付けてくる孔を前に、オルトロスがリニスに向かって叫ぶ。離脱したリニスの周囲には魔法の詠唱の響きともに強い魔力が溢れている所だった。

 

「……アルカス・クルタス・エイギアス。疾風なりし天神……っ!」

 

「我ヲ忘レテハイナイカ?」

 

 しかし、それは後ろから牙を突きつけるケルベロスによって止められた。よく見るとI4Uのコアが光っている。孔はI4Uを操作し、一旦ケルベロスを帰還、リニスの後ろに再召喚したのだ。そして、

 

「無限剣……!」

 

《Stinger Blade Unlimited Shift》

 

 大量の魔力刃が使い魔と悪魔に襲いかかった。

 

 

 

「強い……!」

 

 訓練室の外。リニスと孔の模擬戦を見ていたフェイトは呟いた。

 

「リニスでもダメかい! 全く大した化け物だねアイツは!」

 

 横で悪態をつくアルフ。その自棄になった様な叫びはフェイトの心を端的に表していた。目の前にいる気持ちの悪い男の子は、自分の側に無いものを全て持っている。家族も、友達も、面倒を見続けてくれたリニスも、あれほど欲して止まなかった母の愛情でさえも。

 

(それは、私より強いから……!)

 

 ギリッと歯を食いしばる音が口の奥で響く。嫉妬と羨望。そして何よりもあんなヤツに届かない悔しさがフェイトの中で渦巻いていた。精神リンクでそれを感じ取ったのか、アルフは慰める様に話しかける。

 

「フェイト……フェイトはあんな化け物みたいなヤツ、気にしなくていいんだよ! だいたい、魔力量もレアスキルも生まれつきのものじゃないか!」

 

 確かに、その通りだ。無論、生まれもっての魔力量やレアスキルがそのまま魔導師の強さに結びつく訳ではない。双方とも上手く使えなければ宝の持ち腐れだ。事実、管理局で定められている魔導師の強さを測る規準・魔導師ランクも、保有魔力量のみで決まる訳ではない。しかし、それによってスタートラインが違うのもまた事実。同じ魔導師としての優秀さだけで測ると、それは絶対的な差として存在していた。

 

「……」

 

 そして、目の前で繰り広げられた戦闘を見る限り、孔は少なくとも魔力量は使いこなしている。非殺傷設定が効かないというレアスキルも、恐らく使いこなしているのだろう。それはつまり、彼が魔導師としてはフェイトより優れた存在であり、その差は埋めることが出来ないものである事を示していた。

 

(学校の授業でも、訓練でも届かないんだ……)

 

 フェイトは心の中で叫んだ。何て理不尽な差なんだろうと。自分もあんな魔力量やレアスキルがあれば、たとえ学校の授業の成績が劣っていても、優秀な魔導師として可愛がられたかもしれない。幼い頃から母親にいかに「優秀な魔導師」であるかという単一の物差しのみで評価されてきたフェイトは、孔がプレシアに気に入られている理由も、自分が母親に気に入ってもらうための手段も、「一般的な優秀さを測る指標」以外に見いだすことが出来なかった。

 

「……行こう、アルフ」

 

 感情をもて余しながら、ドアの前を後にするフェイト。窓の向こうでは、リニスと楽しそうに話しながら訓練室から出てくる孔が見えた。

 

 

 

「……フェイト?」

 

 訓練室から出てきたリニスは首をかしげた。孔との模擬戦前、窓から見えたフェイトとアルフの姿がない。てっきり模擬戦を見学するものだと思っていたのだが。

 

「どうした? リニス?」

 

「いえ、何でもありませんよ。それよりプレシアが待っています。この間の事はある程度伝えておきましたから、早く話を聞かせてあげてください。私は……」

 

 リビングへ続く扉を開くリニス。そこには、

 

「あっ! コウ、終った?」

 

「孔お兄ちゃ~ん! アリシアちゃん強いよ! ゲーム勝てないよぉ!」

 

 ゲームをやっているアリシアとアリスがいた。奥ではプレシアがそんな2人を見守っている。

 

「2人の面倒を見ておきますから」

 

「……頼む」

 

 楽しそうに言うリニスに、孔はがっくりとうなだれた。

 

 

 

「すみません、ご迷惑をおかけして……」

 

「あら、娘の友達を連れてくるのは迷惑じゃないわよ?」

 

 再び地下。孔はプレシアの研究室へ通された。研究室と言っても雑然とした様子はなく、せいぜい端末が沢山あるなと思えるぐらいだ。部屋の一角には応接セットがあり、プレシアはお茶を用意しながら、孔にそこへ座るようすすめた。

 

「模擬戦、見たわよ。SSクラスオーバーの砲撃、魔力量を活かした広域殲滅。バインドにシールドも問題なし。隙の無いオールラウンダーってところね」

 

「あまり褒めないで下さい。偶然の要素も大きかった」

 

「偶然で連勝は出来ないわよ? 管理局の試験を受ければ、最高魔導師ランクのSSSも軽いんじゃないかしら」

 

「そんなものを受けるつもりはありませんよ」

 

 誉めちぎられて苦笑する孔。が、プレシアは急に真剣な顔をして問いかける。

 

「じゃあ、何故魔導師向けの訓練をしてるのかしら?」

 

「……次に悪魔が出たとき、後悔したくないもので」

 

「そう……でもその答えは私には0点よ」

 

 自分では完全と思っていた理由に反対され、孔は思わずプレシアを見つめる。

 

「ジュエルシードを見つけたらしいわね。しかも悪魔がそれを持っていたとか。リニスから聞いたわ。お説教つきでね」

 

「はあ、お説教ですか?」

 

「……そこはこっちの話よ」

 

 プレシア手ずから煎れたお茶の入ったカップが音を立てて置かれる。勧められて、孔はどうもと一言添えて口をつけた。それを見ながらプレシアは続ける。

 

「コウ君、貴方は強いわ。恐らく、ミッドチルダの魔導師でも敵う人間はいないでしょう。でも、積極的に事件と係わるのは感心しないわね」

 

「ですが、被害が出るのに放っておくというのは……」

 

「誰も放っておけ、なんて言わないわ。あなたがやる必要はない、と言っているのよ」

 

 言い訳をしようとした孔を遮るプレシア。わずかな沈黙を置いて、プレシアは続ける。

 

「ジュエルシードの捜索は私の方でも進めわ。だから、独りでやろうとしないで、出来る限り連携するようにして。それと、これから管理局へジュエルシードを届けるのでしょう? 交渉はひとりじゃ危険よ。リニスも連れていきなさい」

 

 単にロストロギアを届けるのを「交渉」と称したのは、過去に管理局の裏側を経験したからだろうか。その言葉の重さにやはり巻き込んだのはまずかった、という思考がよぎる。

 

「すみません。でも、いいんですか? せっかく管理局から離れられたのに……」

 

「だから、その考え方を止めなさい。私にとっては、あなたみたいな子が巻き込まれる方がよっぽど辛いのよ?」

 

 が、それは更なる怒りを買った。孔もようやく悟る。過去の事件でA1やAKという犠牲を出し、アリシアも一度失っているプレシアにとって、まだ小学生の自分が積極的に事件へ関与するのは、傷を抉られるようなものだろう。すみません、と孔は素直に謝った。

 

「分かればいいの。それと、変な気遣いは無用よ。危険物が散らばっているより、さっさと回収した方が安心できるわ。それに……」

 

 だが、雰囲気を切り替えるようにプレシアは笑って付け加える。

 

「怪我でもされたら貴方の先生やアリスちゃんに言い訳のしようもないしね」

 

 

 

「アリスちゃん、またね~!」「うん、またね~!」

 

 元気よく手を振るアリシアと、遊ぶだけ遊んでご満悦のアリス。そんなアリスの手を引いて施設に向かう孔とリニスを、プレシアは笑身を浮かべながら、しかし少し複雑な心境で見送っていた。

 

――それは、フェイトに言ってあげて下さい!

 

 昨夜、リニスが抑えていた感情を爆発させる様にして叫んだ言葉。遅い時間に帰ってきたリニスから、ここ数日のジュエルシードがらみの事件を聞き、思わず

 

「気が進まないわね。コウ君は魔導師じゃなくて、普通の小学生なのよ?」

 

 と言ってしまったせいだ。自衛のためなら兎も角、レアスキルや悪魔への対抗策を持っているからといって、積極的に事件に関与すべきでない。そういう意味を込めて軽い気持ちで言ったに過ぎないのだが、どうやらリニスには受け入れられなかったらしい。

 

(前から自我が強い使い魔だったけど……あれは痛かったわね)

 

 長々と「お説教」を続けたリニスを思いだし、苦い顔をするプレシア。リニスのいう通り、フェイトとはあまりいい「家族」という関係を築くことができていない。

 

(フェイトは……今日も訓練かしら? コウ君の練習中は見なかったけど……)

 

 アリシアや孔、アリス達と一緒に過ごすようになっても、フェイトは変わらなかった。アリシアのように悪戯をする事もなければ、友達と遊んでいて遅くなることもない。端から見れば「理想的なこども」なのだが、魔導師としての訓練や学校の勉強ばかり必死にやっているフェイトの姿を見ると、「満足なこども」からは程遠い。

 

(自業自得と言われればそれまでなのでしょうけど、儘ならないわね……)

 

 フェイトをああいう風にしたのは自分だと分かっているのだが、「普通のこども」として暮らせるだけの環境を整えてもそれを無視するかのごとく頑なに態度を変えないのでは、愚痴の一つも出てしまう。

 

――こどもは親の思い通りいかないものですよ?

 

 リニスのお説教がぶり返す。やけに実感がこもっていると思ったら、施設の先生の受け売りらしい。確かにその通り。アリシアだって、何でも言うことを聞いてくれる訳じゃない。思った通りいかないのもざらだ。そのせいでストレスを感じる事だってある。しかし、

 

「お母さん? どうしたの? 早く帰ろ?」

 

「……そうね」

 

 手を握ってくるアリシアを見て思う。フェイトとの間にはどうも微妙な「ズレ」のようなものがあるのではないかと。こうすれば喜んでくれるはず。お互いにそう思ってやっている事が噛み合わない事から来る「ズレ」。その「ズレ」が、アリシアとの決定的な違いと認識してしまう。思えば、以前フェイトを受け入れられず辛く当たったのも、この辺りに原因があるのだろう。

 

(でも、道は示してあげないと。少なくとも、管理局に利用させるわけにはいかないわね。フェイトも、コウ君も)

 

 そう思いながらアリシアと一緒に扉をくぐる。せめて自分が経験したような未来は避けられるように、これからの計画を立てながら。

 




→To Be Continued!

――悪魔全書――――――

怪人 江戸川先生
※本作独自設定
 聖祥大学付属小学校の客員講師を務める男性。普段は聖祥大学で民俗学を中心とした研究を行っている。世界中の魔術関連の調査を行うと同時に実践も行っており、研究室ではペットのネズミ、アルジャーノンとともにハイチ原産の原料から強烈な臭いを発する薬物を調合している。言動からして怪しすぎるその姿は大学でも影ながら人気を呼んでいるらしい。

――元ネタ全書―――――
オーラ波動が黄色から危険な色に
 P3より、悪魔全書でも大活躍の江戸川先生の授業から。本編では少し触れる程度にとどめましたが、タロットの講義は必聴。なお、原作は保険担当でしたが、話の流れ上社会に転向してもらいました。違和感を覚えた人も多いかと思いますが、寛容な目で見てやってください。
――――――――――――

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。