リリカル・デビル・サーガ   作:ロウルス

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――――――――――――

「マヤさんっ!」

 向こうで、笑って手を振るアリスちゃん。私は手を振り返し、走って近付こうとする。でも、突然出てきた扉が私とアリスちゃんの間を遮った。燃える扉だ。私は熱で思わず後ずさりするけれど、扉の隙間からはアリスちゃんが見える。その後ろには、赤い竜のような化け物と、黒いドクロのような人影が……!

「アリスちゃん、逃げてぇっ!」

 思わず叫んで扉を叩く。しかし、赤い竜はアリスちゃんに食らいついた。そのまま頭を噛み千切る。アリスちゃんの首があったところには赤い血の柱が……

「いやぁぁああああああああ!」

 私は絶叫と共に目を覚ました。

――――――――――――マヤ/病室



第12話b 妄執の巨木《弐》

 マヤが目を覚ましたのは昨日の深夜。凄まじい悪夢が終わると同時、視界に広がる白い天井に混乱する。荒い息が収まり、ここが病院と分かるまで数刻。眠るとまた悪夢に襲われそうで、マヤはナースコールに手を伸ばした。が、それを押す前に病室の扉が開く。

 

「大丈夫ですか?」

 

 どうやら医師が悲鳴を聞いて駆けつけてくれたらしい。入ってきた白衣の女性に、マヤは叫ぶようにして言った。

 

「あ、あのっ! アリスちゃんは……! わ、私の他に、倒れていた女の子はいませんでしたかっ!?」

 

「アリスちゃんは無事よ。安心して。孔君――アリスちゃんのお兄さんだけど、彼が連れて帰っていったわ」

 

 くたびれて眠っちゃってたけど。そう言って軽く笑って見せる女医。マヤは安堵すると共に疑問を感じた。確かにあの時、確かにアリスは燃える視界の先で炎に煌めくナイフに刺されて――

 

「大丈夫?」

 

「えっ?」

 

「いえ、震えていたみたいだから……」

 

 言われてみて、体が小刻みに震えていたことに気づく。ようやくマヤは自分が助かったのだと実感し、それと同時に炎の中に閉じ込められていた時の恐怖がぶり返してきた。

 

「うぁ……!」

 

 震えが止まらない。そんな体を医者が抱き留める。

 

「ごめんなさいね。思い出させて。でも、もう大丈夫よ。ここには貴女を傷つけるのはいないわ」

 

 包み込んでくれる温もり。薄らぐ恐怖と与えられた安心感に、マヤはいつしか涙を流していた。マヤはそこに亡き母親の記憶を見て、体を預けるのだった。

 

 

 

「落ち着いた?」

 

「ぅう……すみません……」

 

 マヤが落ち着いたのを見て、2人は病室から診察室へ移っていた。寝汗がぐっしょりと染み込んだ服を新しい物に替え、簡単な問診に答えるマヤ。問診と言っても、寝ている内に怪我の手当ては終わっていたらしく、簡単に気分はどうかとか、痛むところはないかと聞かれたぐらいだ。担当医となった女医――石田幸恵はアリスの母親である精神科医(とマヤには説明されている)と親しいらしく、アリスの友達だというマヤを気づかってくれたため、不快な思いはしなかった。

 

「怪我はそんなに酷くありません。もう大丈夫ですよ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 それから、マヤは倒れている間に起こった事を聞いた。なかなか帰ってこないアリスを家族が心配して探しに来た事。その家族が病院へ連絡してくれた事。何故か神社から少し離れた森の中でメリーと一緒に回収された事。更には、山の木が枯れていたらしい事――。

 

「……ぅ……」

 

 怖い。マヤは素直にそう思った。年相応の少女らしく、マヤも超常現象は人並みには興味を持っていた。が、所詮おもしろいテレビ番組があれば見てみるくらいのもので、まさか自分が体験する事になるとは思ってもみなかった。現状を把握して安心しようとしたのだが、逆に背筋に寒いものを感じる結果となってしまったようだ。

 

「私が知ってるのはこのくらいよ? 今は警察が捜査しているから、無理はしないで、今は体を休めるように、ね?」

 

 そう言って震える手を握りしめてくれる幸恵。彼女がいなかったら、最後まで話は聞けなかっただろう。先程泣きじゃくった気恥ずかしさはあるものの、マヤはその優しさに甘える事にした。

 

(石田さん、アリスちゃんのお母さんと友達なんだっけ……)

 

 話のついでに、アリスとどういう関係か聞いた時の返事を思い出す。マヤは、アリスの明るさの理由が分かった気がした。

 

 

 

 翌日。悪夢に襲われる事もなく目を覚ましたマヤは再度診察を受けていた。昨日説明を受けた通り、怪我はそれほど酷くなかったらしく、すぐに退院できるだろうという言葉を貰えた。同時に、

 

「……それと、今日は警察の方が話を聞きに来たいと言ってたけど、どうする? もし、辛いなら落ち着いてからにしてもらってもいいのよ?」

 

 と告げられた。正直辛かった。あの炎に包まれた時の恐怖は未だはっきりと覚えており、気持ちの整理もついていない。しかし、

 

「いえ、大丈夫です」

 

 マヤは頷いた。アリスを襲った犯人を扉の隙間からとはいえ見ている。何より、あの狂ったような笑い声ははっきりと脳裏に焼き付いていた。それが今もうろついているとなると、またアリスが襲われるかも知れない。もう、こんな思いをするのはごめんだった。

 

 

 

 そして午後。マヤはノックの音に起き上がった。

 

「……どうぞ」

 

 緊張しつつ、扉に向かって声を絞り出す。震える手をシーツに隠し、扉が開くのを待った。ガチャリと扉を開ける音とともに、スーツを着込んだ男性と女性が入ってきた。

 

「初めまして。海鳴署の寺沢です」

 

「リスティ・槙原です」

 

「あ、えっと、は、初めまして」

 

 挨拶をかわす3人。テレビで見た刑事ドラマみたいだなと思いながらも、マヤは人当たりのいい笑顔を浮かべる2人を見る。

 

「まだ入院中にすみません。もし途中で気分が悪くなったりしたら、遠慮なく言って下さい。すぐに担当の先生を呼びますので」

 

 しっかりと前置きをして聞き込みを始める警部に緊張が解けていくのを感じながら、マヤは質問に答えていった。

 

 

 † † † †

 

 

「……おかしいな」

 

「お前もそう思うか?」

 

 病院での聞き込みを終え、車の中。思わず洩らすリスティに、寺沢警部が同意して続きを促す。

 

「はい。マヤちゃんは須藤にアリスちゃんが刺されたと証言していましたが、石田先生の話だとアリスちゃんに怪我はなかったはずです。大体、全焼した神社に閉じ込められて腕を火傷する程度で済んでいるなんて……」

 

「でも、嘘をついている様子はなかった、だろう?」

 

「……ええ。マヤさんも、石田先生も、2人とも」

 

 頷くリスティ。どちらかが間違っている筈の証言に、どちらも信憑性を感じる。寺沢警部は大きく溜め息をついた。

 

「これじゃあ、せっかく須藤が犯人だって言う証言も使えんな。まあ、もう一人目撃者はいるんだ。そっちの話を聞いてからでも遅くねぇだろう」

 

 そう言って前を顎でさす寺沢警部。フロントガラス越しには、夕日に照らされた児童保護施設が見えた。

 

 

 

「違うよ! パスカルとメリーは兄弟で、お話してたんだよっ!」

「ねー、お姉さん! アリスと遊んでっ! ……えー、遊んでくれないの?」

「えーん! えーん! おじさんが怖いよー!」

 

 そして、アリスの我が儘にきっちり付き合わされることになった。

 

「ほら、アリス、ダメよ? 刑事さんを困らせちゃ」

 

「だって、だって! アリスなんにもしてないのに、怖い顔して怖いこと聞くんだよ!」

 

 一応、施設の先生がフォローしているのだが、一向にアリスは止まらない。寺沢警部は頭をかきながら言う。

 

「いや。すみません。恐怖を思い出させたみたいで」

 

「いえ。こちらこそ、せっかく来ていただいたのにお役に立てず……」

 

 お互いに謝る警部と先生。リスティは孔と全く正反対の態度で接してくるアリスに軽い頭痛を覚えた。

 

(……兄妹とは言え、随分違うな)

 

 思ったことをそのまま口にしているあたり、何かを隠したり、嘘を吐いたりしていない事は分かるのだが、「パスカルとメリーとマヤさんと遊んでて嫌なお兄さんに邪魔されたけど、お願いしたらいなくなった」という意味不明な、しかし重要だと思われる回答しか得られていない。孔やリニスがいたときはそれほど騒がしい印象は受けなかったのだが、2人がいると違うのだろうか。

 

「そういえば、孔君は?」

 

「ああ、ごめんなさい。今日は友達の家に行くとかで、まだ帰っていないんですよ」

 

「そうだよっ! アリシアちゃんと遊んでた時は一緒だったのに、帰ったらすぐどっか行っちゃったんだよ! アリスつまんない!」

 

 だから、お姉さん、あそぼ? そう言ってくるアリスに、何とか彼女の言っている言葉を理解すべく、リスティは慣れていないこどもの相手を続けるのだった。

 

 

 † † † †

 

 

「信じる者は皆救われる。迷える子羊よ、祈りなさい。ようこそ、メシア教会へ」

 

「いや、メシア教会に用があって来た訳じゃ無いんだが……」

 

 その頃、孔はメシア教徒の謳い文句と一緒に教会で出迎えたクルスに苦笑していた。クルスもそれを笑顔で返す。

 

「知ってるよ。でも、興味を持ってくれればいくらでも案内するからね」

 

 おどけたように勧誘しながら、手で着いてくる様に促すクルス。重厚なつくりの廊下を歩きながら、リニスが問いかけた。

 

「クルスさん、もう傷は大丈夫なんですか?」

 

「ええ、お陰さまで。まあ、ここしばらくは動けませんでしたけど」

 

 軽く腕をあげてみせるクルス。時折すれ違うメシア教徒にも普通に挨拶をしているあたり、傷はもういいようだ。中には見かけない一般人――彼らから見れば異教徒を見咎め、

 

「トマレ! トマレナサーイ! コカラサキ、タチリキンシデース!」

 

「OH!! クルス! ゴクロサマ、ドゾオトリクダサイ。キイオツケテネ」

 

 片言の日本語で注意されては事情を説明している。魔力を感じるあたり管理局員なのだろう。漫画的な日本語に苦笑しながらも、孔は疑問を口にした。

 

「しかし、驚いたな。メシア教会が次元世界をまたいで広がっているなんて」

 

「ミッドチルダにも地球出身の人は多いから。正確に何処の世界が発祥かは記録にないけど、教えが次元世界を越えるのは普通だよ? まあ、一般の人には魔法なんて知らせていないから安心して」

 

「しかし、この教会を管理局の拠点に使っているんだろう?」

 

「拠点って訳じゃないよ。ただ、ここの教会の神父さんが、管理局の元少将でね。今は引退してるけど、同じメシア教徒として助けてもらってるんだ」

 

 リニスはそれを聞いて、眉をひそめた。

 

「少将というと、管理局でも随分上の人ですね」

 

「ええ、ジュエルシードについても、色々と相談に乗って貰っていて……ああ、ここです」

 

 見るからに重厚な扉の前で立ち止まるクルス。開けようと手を伸ばした所で手を止め、ちょっと困った様に孔達に向き直る。

 

「……どうした?」

 

「念話だよ。実は、少将にコウ君達の話をするとぜひ会いたいと仰って……もうこの部屋で待っているみたいなんだ」

 

「……そうか(リニス、どう思う?)」

 

「まあ、折角ですし、会ってみましょう(あからさまに怪しいですが、向こうの考えを聞くには好都合でしょう)」

 

 クルスの言葉に後半は念話で相談しながら話す2人。そんな事は露知らず、クルスは扉を開いた。引退したとはいえ、これから会うのは管理局でも強い発言力をもつ人物。孔とリニスはある種の緊張感を持って扉をくぐり、

 

「WELCOME! ヨウコソミナサン。ワタシガ管理局元少将ノトールマンデス。アナタガタノ噂キイテマス! ダイカンゲイデス!」

 

 取って付けた様なイントネーションの日本語で大仰に出迎える老齢の人物に固まった。

 

 

 † † † †

 

 

「つまり、このジュエルシード事件の一端には五島が関与していると?」

 

「ソノトリデス。五島……カレハUMINARIニ、魔王ルシファー呼ボウトシテマス。ソノ前ニ彼ヲ倒サナケレバナリマセン」

 

 数十分後。絶妙な発音に苦労しながらも、孔とリニスはようやく話の核心を聞かされるに至っていた。

 

「ジュエルシードの力を使って、魔王ルシファーを召喚ですか……。 何のためにそんなことを?」

 

「この世界に混沌という名の破壊をもたらすためさ。その五島っていう人、ガイア教団と繋がりがあるみたいなんだ。アレは混沌を好む狂人の集まりだからね」

 

 横から口を出すクルス。普段の様子と違い、強い憎しみを込めていう彼女にリニスは目を見開く。孔は少し考えてから、話の続きを促した。

 

「……それで、俺達を歓迎するというのは?」

 

「ワレワレハァ皆サンヲ悪魔カラ助ケルタメ、管理局ニ応援ダシマシタ。シカシ、戦力ハケン時間カカリマス。今ノワレワレデハ、悪魔ニィカナイマセン。オ願イデス、五島ヲタオシテクダサイ。アナタガタガタオシテクレレバUMINARIニ平和ガモドリ、モトノ活気ヲトリモドスデショウ」

 

(ジュエルシードを集めてくれ、ではなく、五島を倒してくれときたか……)

 

 孔は話を聞きながら違和感を覚えていた。管理局の最優先事項はあくまでロストロギアの収集であって、管理外世界の危険思想の持ち主の処理ではない。オルトロスからも五島がロストロギアを集めていると聞いているから無視できないのは確かだが、純粋に管理局の立場で考えれば、「倒せ」という要求はどこかズレている。

 

「その五島を倒すより、先にジュエルシードを何とかすべきなのでは? 放っておくと町を破壊しかねない危険なものなのでしょう?」

 

 リニスもそれに気づいたのか、トールマンに疑問を投げかける。トールマンは相変わらず微笑を絶やすことなく答える。

 

「確カニ、ジュエルシード、危険デス。デモ、ジュエルシード場所ワカリマセン。五島タオス先デス。後デ要請シタ管理局ノ部隊ガ回収シテクレマス」

 

「しかし、部隊が来るまで時間がかかるのでしょう? 放っておくのは問題なのでは?」

 

「それに、相手は自衛官です。早々簡単に倒れてはくれないでしょう。五島より先にジュエルシードを確保してからの方が安全なのでは?」

 

 2人そろって反論する孔とリニス。トールマンは微笑のまま、しかし眼光を鋭くして問いかけた。

 

「……ソウデスカ……デハ、五島ヲコノママニシテオイテモヨイノデスカ? ワタシノイウコトヲ聞クキハナイノデスネ?」

 

「そうは言っていません。協力はします。ただ、私たちがお手伝いできるのは管理局の応援が来るまでのジュエルシードの回収だけです」

 

 威圧感を強めるトールマンとそれを受け止める孔、リニス。両者の間に不穏な空気が流れる。それを感じ取ったのか、クルスが窘めるように言う。

 

「トールマンさん、孔とリニスさんはつい先日まで魔法とは無縁な世界で生きていたんです。急に聖戦を依頼しても難しいですよ」

 

「……ソウデシタネ」

 

 クルスの言葉を受けて軽く息をつくトールマン。威圧的な雰囲気は霧散し、先ほどの微笑をたたえた表情に戻る。クルスはホッとしたような表情に戻り、

 

「孔、そろそろ門限でしょ? 今日はこの辺にして、ジュエルシードについてはまた今度対策を伝えるよ」

 

 そう言って強引に話を終わらせた。孔は頷いて立ち上がる。

 

「では、私たちはこれで失礼します」

 

「……チョト頭ヒヤセバキット助ケテクレル信ジテマス」

 

 その言葉を背に受けながら、孔とリニスは部屋の扉をくぐった。

 

 

 † † † †

 

 

「直接敵の打倒を頼まれるとは思わなかったな」

 

「ごめんね、巻き込んで。本来なら、私一人で対処するのが筋なんだけど……」

 

 再び教会の廊下。送ってくれるというクルスと共に、もと来た道を引き返す。クルスの方もトールマンの態度にやや強引な所を感じたのか、しきりに謝っている。そんな彼女を見つめるリニス。今のクルスにはトールマンとの会話で五島という人物の説明をしていた時の狂気にも似た憎しみは感じられない。

 

「いや、構わないよ。予測はしていたし……うん?」

 

 しかし、孔は見知った背中を見つけてクルスへの言葉を止めた。向こうも此方に気づいたらしく、近付いてくる。

 

「やあ。ひさしぶりだね。孔君」

 

「お久しぶりです、朝倉さん」

 

 挨拶を交わす2人。それを見て、クルスは驚いた様に声をあげた。

 

「2人とも、お知り合いですか?」

 

「ああ、娘が世話になった事があってね」

 

「いえ、お世話になったのは俺の方です」

 

 軽い挨拶。そこに悲痛な雰囲気があるのは、2人の表情に影があるせいだろうか。

 

「すみません、昨日もアキラにお菓子を頂いたみたいで。先生も何かお礼を、と」

 

「いや、本当は君やアリスちゃんのいる時に行きたかったのだが、なかなか時間が合わせられなくてね」

 

 そんな暗い雰囲気を断ち切るように、何気ない会話を交わす孔と朝倉。久しぶりだと言うが、そこに固い雰囲気はなかった。それを察したのか、クルスが話に入り込む。

 

「あ、あの、朝倉神父。すみません。この間は変な質問をして、申し訳ありませんでした」

 

「この間……? ああ、君を教会で受け入れた理由かな? それなら、気にする必要はないよ」

 

「? 何の話だ?」

 

「その……教会に迎えて貰うときにちょっとね(私が初めて教会に寄った時、受け入れてくれたのが朝倉神父だったんだけど、その時理由をしつこく聞いちゃってね。怪我をしている私を見て、娘さんを思い出させちゃったみたいで……コウはその、朝倉神父の娘さんが殺されたの、知ってるんでしょう?)」

 

(……ああ)

 

 疑問を浮かべる孔に念話で答えるクルス。孔は小さく頷いただけで何も言えなかった。クルスが杏子と孔の関係をどのくらい聞かされているのか分からなかったが、その傷跡は間違いなく孔と朝倉神父に残っている。その朝倉は神父らしい優しさに満ちた笑みを2人に向けたまま続ける。

 

「ところで、トールマンさんにはもう孔君を案内したのかい?」

 

「ええ、まあ。無くなった例の宝石を探して欲しいと頼まれました」

 

 色々とぼかして説明するクルス。朝倉は少し顔をしかめて言った。

 

「すまないな、孔君」

 

「いえ。まあ、そこまで積極的に探すという訳ではありませんから……」

 

 謝る朝倉に簡単な返事で返す孔。そんなやり取りを見て、リニスが口を出す。

 

「大丈夫ですよ。私もついていますし。危険な事はさせません」

 

「そうだったね。リニスさん、孔君を頼みます」

 

 施設の仕事の関係で普段から顔を合わせているせいか、柔らかい雰囲気のまま答える。そして、話し込む事もなく、

 

「ああ、私もトールマンさんに用事があるんだ。これで失礼するよ」

 

「あ、はい。それでは……」

 

 そう言って立ち去って行った。

 

(また、反魂神珠について聞きそびれたな……)

 

 その背中を見ながら、孔は言葉に出さずに考える。アリシアの一件以来あの宝珠は使っていないが、朝倉に質問もしていなかった。今回のようにクルスのような第三者がいたから聞けなかったということも多かったが、最大の理由は朝倉神父の何処か影のある表情だった。反魂神珠の話をするには杏子の話をしなければならず、もしあの事件がまだ朝倉神父の中で消化出来ていなければ、かなり気まずい思いをすることになる。死者蘇生の効果を朝倉神父が把握していなかった場合は、もし知っていれば杏子が生きていたかもしれない可能性が有り、かつ、死体が消滅しもはや蘇生の可能性が無い事を悔やむだろう。その後悔を飲み下すことができず、普段の神父としての姿を維持できなくなるかもしれない。逆に把握していた場合は孔に託した理由があるはずだが、娘が死んだ時にも使おうとしなかった神珠を託すだけの理由となると、それ以上に重い話だろう。

 

(聞くなら相当な覚悟がいるな)

 

 先程出てきた部屋へと入っていく朝倉神父を見ながら、孔はただの好奇心以上の理由を見いだせない自分に、歯がゆい思いを感じていた。

 

 

 † † † †

 

 

「それでは、五島の殺害より、ジュエルシードの探索を孔君は選んだのですね?」

 

「愚かな事だ。日よりみの判断などすぐに破綻するというのに……」

 

 教会の一室。朝倉とトールマンは向かい合って座っていた。朝倉に神父らしい微笑はなく、トールマンも片言の話し方をしていない。

 

「貴様から探すように言えば、あの者も利用できたのではないか?」

 

「……下手に求めても、警戒されるだけでしょう?」

 

 何処か威圧的な態度で聞くトールマンに、朝倉も厳しい視線で応える。先程まで孔達に見せていた柔らかな態度は鳴りを潜め、張りつめた空気がそこにはあった。その空気は永久に続くかと思われたが、トールマンは立ち上がると同時に口を開いた。

 

「弱気な事だな。それでは貴様の娘を殺した悪魔に巡りつくことは出来んぞ?」

 

「分かっています。ただ、共に歩むのなら決意が必要と言っているのです」

 

「……まあいい。あれの処遇は任せよう。しかし、障害になるならば……」

 

「それも、分かっています」

 

 そう答える朝倉を一瞥すると、トールマンはドアから出ていった。

 

「そう、分かっている。分かっていた筈だ、私は……」

 

 ドアが閉まるのと同時、窓に目を向ける朝倉。そこには教会の正門があり、恐らく施設へ向かうであろう孔とリニス、そしてそれを見送るクルスの姿が見えた。夕陽に照らされ長い影を伸ばす3人を、朝倉は笑みを全く浮かべることなく見送っていた。

 

 

 † † † †

 

 

「それでは、俺達はこれで……」

 

「はい。捜査、頑張って下さい」

 

 再び児童保護施設。ようやく聞き込み(というかアリスのわがまま)を終えたリスティは、行くぞという寺沢警部の声に答え、軽く先生に会釈して施設を出た。保母という職業は自分では絶対に無理だなと感じながら、エンジンをかけて車を走らせる。

 

「いや、泣く子には勝てんな。こんなに疲れる聞き込みは久しぶりだ」

 

「まったくですね。あの先生は偉大です」

 

 車の中で愚痴を言い合う2人。特に寺沢警部はダメージが大きかったようだ。

 

「しかし、俺はそんなに怖い顔をしているかね?」

 

「いや、警部はどっちかっていうとこどもには好かれる方だったと思いますが……」

 

 リスティはお世辞ではなくそう言った。小学生くらいのこどもを相手にすることはまれだったが、大抵は初見から信頼されることが多い。以前別件で小学校に聞き込みに行った事があったが、いつの間にか人気者になり、こども達に取り囲まれて困っていた。強面の警部がこどもに引っ掻き回されていたのを思いだし、自然と笑いが浮かぶ。

 

「リスティ、なに笑ってんだ?」

 

「え、ええ、いや。その、アリスちゃん、不思議な娘だったな、と」

 

「誤魔化すな。まあ、言っている事は確かに気になったがな……」

 

 アリスの言葉を反芻する警部。再び降りてきた沈黙の中で、リスティもアリスの事を考える。怖いお兄さん、と言うのは十中八九須藤の事だろう。しかし、お願いしたら消えてくれた、と言うのは最後まで分からなかった。施設の先生もアリスは時々不思議なことを言うと首をかしげていたくらいだ。

 

(分からない事だらけだな。いや、あるいは、卯月君なら……?)

 

 アリスとは違った意味で不思議な雰囲気を纏う少年の事を思い浮かべるリスティ。どちらにせよ、手元にパーツは少ない。考えるだけ無駄だろう。ちょうど次の目的地に着いたこともあり、リスティは思考を切り上げ、

 

「警部。そろそろ、須藤の通っていた学校に着きます」

 

 警部に懐かしい母校に着いたことを告げた。

 

 

 

「そうかー! もしかしたら、槙原かと思ったが、やっぱり槙原だったか! ……そうかー! あの事件の聞き込みに来たのか! そうかー! 確か、須藤の担任は麻生先生だったと思うぞ?」

 

 リスティの元担任、草加先生に案内され、須藤の通うクラス担任の元へ向かう2人。通っていた頃から変わらず無駄に明るい先生に苦笑しながら、リスティは聞き覚えのある名前に嫌な予感を抱く。

 

「麻生先生、ですか……」

 

「どうした? 問題があるのか?」

 

「いや、問題はないんですが、なんというか、その……名前通りの先生なもので」

 

「なんだそりゃ?」

 

 疑問を浮かべる寺沢警部を背後に、リスティは職員室の扉を開いた。そこには、目的とする麻生先生と男子生徒がいた。

 

「あー、そう。青い宝石の力で頭が良くなったと。あー、そう。で、どうやってカンニングしたの?」

 

「だから、カンニングなんかしてないって言ってるでしょ?! 本当に頭よくなれたんだって! 今なら円周率だって百万桁まで言えるもんね」

 

「ふーん、じゃ、言ってみれば?」

 

「こ、後悔しても遅いですよ! いくぞ! 円周率攻撃! 3.141592……」

 

 長々と円周率を言い始める男子生徒。しかし、適当でないことを照明するには途切れることなく言い続ける必要があり、次第に息が続かなくなっていく。酸欠を起こして青くなる男子生徒。

 

「……な、72458……っ! き、きゅう、9628292……! はぁ、はぁ……」

 

「ふーん。あー、そう。でも、私英語教師だからそんな事をしてもなんの足しにもならんよ」

 

「くう! 流石は噂に名高いあーそう先生。いいもんね。青い宝石はちゃんと願いを叶えてくれるんだもんね」

 

 そのやり取りをみて頭を押さえるリスティ。言い続ける方も言い続ける方なら、聞き続ける方も聞き続ける方である。

 

「……なんで円周率なんだ?」

 

「豊富な知識をアピールしたかったのでは? 頭がいいとは違う気もしますが」

 

「……詰込み型教育の弊害だな」

 

 話を始めるべく、寺沢警部は軽いため息をつくと、永久に終わりそうにない話を遮った。

 

「あー、君。青い宝石とやらを実際に見せた方が早いんじゃ?」

 

「えっ?! それはまあ、確かに……いや、知らない第三者が突然現れてそこに突っ込まれるとは、僕の頭脳をもってしても予測不可!」

 

「いいから早く出せば?」

 

 何ともやる気なさそうに言う麻生先生をどこか悔しそうに見ながら、その男子生徒は青い宝石を鞄の中から取り出した。素直に出してしまうあたり、知識はあってもどこか足りていないところがあるようだ。そもそも、本当に頭が良くなったのならもう少しましな言い訳を考えるか、そもそもカンニングと疑われるような点数をいきなりとろうとはしないだろう。しかし、出てきた宝石を見て、リスティは目を見開いた。

 

(コレは……久遠が夢写しで見せた宝石!?)

 

「ほら、これでわかったでしょ? この宝石は願いをかなえる力を持ってるんですよ?」

 

「あー、そう。でも、私、占い師でも何でもないから、そんなもの出してもやっぱり何の役にもたたんよ」

 

「きぃぃぃぃいい!」

 

 ついに絶叫を上げる男子生徒。リスティはそれを手で遮って話しかける。

 

「君、その宝石は一体どうしたんだ?」

 

「えっ!? 拾ったんすよ? 確か、学校のプールだったかな? ていうか、この人たちは……?」

 

「ああ、申し遅れました。こういうものです」

 

 そう言って警察手帳を取り出すリスティ。そして、続けて出た言葉に男子生徒は再び青くなった。

 

「神社で起きた放火事故と、この近くで起きた宝石の強奪事件について調査しています。その宝石は被害届に出ているのに似ているな。ぜひ話を聞かせてほしいんだが……」

 

 

 † † † †

 

 

「な、なあ。園子、いい加減機嫌直せよ……」

 

「……」

 

 下校中。先を如何にも不機嫌そうにずんずんと進む園子に、修は自分の短慮を後悔した。孔は別にいいと言ってくれたが、園子の方はデート(と認識しているであろうサッカーの試合)を邪魔されたのがよほど頭に来たらしい。

 

「ね、ねえ、園子ちゃん、何で怒ってるの?」

 

「あれだろ。サッカー、卯月と2人っきりになりたかったんだろ?」

 

 小声で聞いてくる萌生にやはり小声で返す修。昼休みはそれほどでもなかったが、アリシアと一緒に、よりにもよってサッカーの話をしながら帰っていく孔を見て、園子は急に不機嫌になった。

 

「何で? 私、行っちゃいけなかった?」

 

「いや、いけないことは……まあ、あるか」

 

「ええっ!? いけなかったの?!」

 

 よほどショックだったらしく、声をあげる萌生。その声に振り返る園子。修は頭を抱えた。どうも恋愛を理解するには萌生は幼すぎるようだ。

 

「別に、いけなくないよ? でも、ちょっと空気読んで欲しかったなーとか思っただけで」

 

(やっぱダメだったんじゃねぇか!)

 

 いい笑顔で言うことをしっかり言ってくる園子に、修は心の中で悲鳴をあげた。よく分からないであろう萌生もとりあえず謝る。

 

「ごめんね? 園子ちゃん。サッカーじゃちゃんと空気読んで2人の邪魔しないようにするから」

 

「べ、べ、別に、そんな邪魔とか思った訳じゃ……」

 

 それにわたわたと照れまくる園子。なんかこの風景も見慣れてきたなと思いながら、修は孔のことを考えていた。

 

(はあ、あのイケメンめ……。まあ、園子のことはアイツに任せときゃあいいか)

 

 仮にジュエルシードがサッカー場の方にあったとしても、園子には孔がついていれば安心だろう。しかし、観客席側にあった場合は……

 

(俺が時間を稼ぐしかないか。いや、ジュエルシードなんて無いってのも……)

 

 園子がジュエルシードを持っていなかった以上、今回は何事もなく終わる可能性も高い。だが、修はそこまで楽観的に構える気が起きなかった。

 

「ちょっと、修くん、修くんも謝った方がいいよ?」

 

「もう、別にいいってば」

 

 が、2人の声で現実に引き戻される。修はいつもの面倒臭そうな声を作って答えた。

 

「ああ、悪かったよ。サッカー終わったら卯月と2人っきりでデートできるようにアリシアとかフェイトとかの邪魔してやるから」

 

「ば、ば、馬鹿じゃないの!?」

 

 照れ隠しに叫んで走り去る園子。萌生は唖然として、修はニヤニヤしながらそれを見送る。ただ、2人に共通していることがひとつ。こうしている時間が一番楽しいのだと。修はいずれ色あせてしまうであろうこの時間を今一度体験できただけでも、神とやらに感謝してもいいかなと思うのだった。

 

 † † † †

 

 

「もう、修も萌生も、すぐ卯月くんの事で調子乗るんだから……」

 

 夜。園子は自室のベッドで何度も寝返りをうっていた。いつもはすぐ眠気が襲ってくるのだが、

 

(明日は卯月くんと……)

 

 どうにも興奮して寝付けなかった。これだけ落ち着かないのはどのくらいぶりだろうか。

 

(そう言えば、去年はバレンタインチョコ持っていったんだっけ……)

 

 昨年の冬。バレンタインデーに孔へ手作りチョコを用意したことがあった。いざ出来上がってみたのはいいが、突然遊びに来た修と萌生に横からつまみ食いされ、

 

「ぅえ。まずっ! ……あ、ごめんなさい、園子ちゃん」

 

「なんだこりゃ!? 犬も食わねぇぞ?」

 

 酷評された。修をぶん殴った手で(萌生は謝ったので許してあげた)何度も作り直しているうちに時間がすぎ、結局、出来上がったのはお世辞にも美味しいとは言えないチョコばかり。捨ててしまおうと思ったのだが、母親である伊佐子に、

 

「こういうのは気持ちが大事なのよ?」

 

 と言われて、見た目がマシなものを選んで持っていっている。

 

(あの時は、ホント、心臓が止まりそうだったな)

 

 確か、あの時も明日のサッカーと同じ河原だった。震える手で孔にチョコを渡す。孔は驚いたような顔をしていたが、

 

「……ああ、ありがとう」

 

 そう言って受け取ってくれた。

 

「あ、あの、その、ち、ちょっと失敗しちゃったから、その……っ!」

 

「大瀬さん」

 

「はひっ!?」

 

 言い訳をしようとしたところで、孔に名前を呼んで止められた。

 

「せっかくだし、一緒に食べよう」

 

「あ、う、うん」

 

 包みを開けて、チョコを差し出す孔。園子は受け取って、口のなかに放り込む。砂糖が足りなかったのか、やたらと苦い。

 

「ご、ごめん」

 

「どうして謝るんだ?」

 

「だって、失敗しちゃったし。やっぱり苦いし……」

 

「じゃあ、来年、まだ俺に渡す気があったら、成功したのを頼む」

 

 まあ、俺はこのくらいの方が好きだけど。そう言って微笑む孔に顔が真っ赤になっていくのを感じた。まるで始めて助けてもらった時のような――

 

「~~~~っ!」

 

 回想に浸りながら、ひとりベッドで身もだえる園子。そして、枕元に置いたそれを見る。

 

「明日は探していたっていうこの宝石を渡すんだ……」

 

 修と萌生にからかわれて、走って逃げている途中で蹴っ飛ばした青い宝石。危ないと言われていたが、つまずいても何ともなかったため拾ってきたものだ。チョコなんかと違い、確実に必要としているコレを渡せば、きっと孔は喜んでくれるだろう。そういえば、あのとき以来孔が笑った顔を見たことがない。

 

(また、笑ってくれるよね……)

 

 部屋の電気を消してもなお幻想的な青い光を放ち続けるジュエルシードを、園子はじっと見つめ続けるのだった。

 




→To Be Continued!

――悪魔全書――――――

愚者 草加先生
※本作独自設定
 海鳴市の高校、私立風芽丘学園に勤める教諭。リスティの元担任でもあり、たまに事件があると積極的に協力してくれるあたり、生徒思いなのかもしれない。「そうかー」が口癖の、いつもやけに明るい数学教師。

愚者 麻生先生
※本作独自設定
 海鳴市の高校、私立風芽丘学園に勤める教諭。やる気のなさ全開の授業をしておきながら生徒の成績をしっかりと把握しているあたり、意外に教師としての情熱はあるのかもしれない。「あーそう」が口癖の、本当にいそうな英語教師。

――元ネタ全書―――――
円周率攻撃!
 ペルソナ2罪。開始直後の職員室で聞くことができる。ずらーと本当に数字を並べるだけでなく、メッセンジャーの形容詞が苦しそうな→青ざめたと変わっていく辺り作り手のこだわりを感じる。なお、本稿の円周率は文字数稼ぎ禁止の規約に引っかかりそうだったので一部端折った上にかなり適当な数値となっています。

私立風芽丘学園
 言うまでもなく原作・とらハ3の舞台。草加先生と麻生先生はペルソナシリーズのキャラなので七姉妹学園の生徒ですが、クロスオーバーの都合で転勤してもらいました。ちなみに教師2人の元ネタは攻略本(PS版・某F通出版)の記事から。今思えばモブキャラに至るまで人物設定が乗っている貴重な攻略本でした。

――――――――――――

~おまけ~ 園子の恋愛小説

!閲覧注意! ネタに走った表現が多発します。ご注意ください。

 本篇開始より数か月前の春休み。園子は家のベッドで寝転がり、文庫本『P3(ピースリー)』を開いていた。近所の古本屋「本の虫」を構える老夫婦、文吉爺さんと光子婆さんにお勧めの恋愛小説として売ってもらったものだ。一般的な感覚からすると少女向けの恋愛小説というよりライトノベルに近い気がするが、「ねっとさぁふぁ」を自称する文吉爺さんはサブカルチャーを積極的に取り入れているらしく、園子に格安で譲ったのだ。

「……」

 今日は萌生と修が遊びに来る予定だが、それまでこの本を読んで時間をつぶそうとページをめくる園子。タイトルに「3」と付く通り、三角関係を扱ったもののようだ。男性キャラクター「北 朗(きた あきら。キタローでは断じてない)」をヒロイン「岳羽 ゆかり(たけば ゆかり)」と「桐条 美鶴(きりじょう みつる)」が取り合っている。

(このキタロウって人、卯月くんみたい)

 学力は天才。魅力はカリスマ。漢の勇気。ついでに無口で無表情、冷静沈着。そしてクラスメイトの八つ当たりの対象となっている。美化されすぎな気もするが、園子の中の孔のイメージとぴったりだ。なお、なぜか「北 朗」の名前だけルビが振っていなかったため、小学生の園子はキタロウと読んでいる。二度目になるが、断じてキタローではない。

(……気づいてくれないところまでおんなじだし)

 キタロウは鈍感である。ヒロインのアプローチに全く気づかない。なんせ口癖が「どうでもいい」である。メインヒロイン(と園子は思っている)のゆかりに暇な時間を聞かれても「まだわからない」と言って躱したり、せっかく誘っているライバル役(と園子は思っている)の美鶴を断ったりしている。

――そ、そうか。用事があるのか。そ、それじゃあ仕方ないな

 応援しているのはゆかりの方だが、ライバル役とはいえキタロウに断られて残念そうにする美鶴に、園子は同情を禁じ得なかった。しかし、その後もキタロウの空気が読めない行動は続く。ゆかりを放っておいて公園で小さい女の子と過ごすは、無駄に知能の高い犬を飼い始めるは、はては通販で怪しげな高額商品を買い込むは、何なんだこいつは。そういえば修も通販で買った斧を持ち歩いていた。2人は仲がいい。

(……まさかあの斧に卯月くんは関係してないよね? ……ま、まさか公園で女の子と遊んだり、犬を拾って来たりしないよね?)

 だんだんと読み進めていくうちに、園子のストレスは増大していった。しかし、そんなものは茶番だった。中ほどになると、金髪美女、アイギスが出てきたのだ。

――ちょっと、この子、誰!

 せっかくみんなで海に遊びに行ったのに、ゆかりを差し置いて悪友とともにナンパに走った上に、見も知らぬ美女に見とれるとは何事だろうか。思わず文庫本を持つ手に力がこもる。相当ゆかりに感情移入しているようだ。

――私の一番の大事は、この人と一緒にあることですから

――ちょっとアイギス!

 そして転校してきて平然とキタロウの隣に座るアイギス。ゆかりの台詞は園子の気持ちを代弁していた。余談だが、後日、アリシアが転校してきて平然と孔の隣に座りやがるのを見て、園子は持っていた鉛筆をへし折ることになる。そして極めつけはラストシーンだった。美鶴の卒業式の後、

――疲れたでしょう。ゆっくり休んでください。私はここにいますから

 アイギスの膝枕で眠るキタロウが……

「くぁwせdrftgyふじこlp!!!」

 ビリィッ!

 意味不明な叫び声とともに、文庫本を素手で真っ二つに引きちぎる園子。ちなみに、文庫本に付属している応募券(中古品だが奇跡的に無事だった)をもって本屋に行くと、完全版である『P3F(ピースリーエフ。ピースリーフェスなどと読んではいけない)』が3分の2ほどの値段(半額でないのがポイントである)で買うことができる。そこでゆかりは見事主人公と結ばれるのだが、園子は知る由もない。ついでに、この「完全版商法 in ライトノベル」はネットで話題となり、多数のコメントが寄せられ、そのコメント数を見て文吉爺さんは人気作だろうと園子に勧めたのである。コメントの中身を確認していないのは仕様だ。その仕様をユーザーである園子に知らされていないのもお約束である。

(ゆかりが告白した時に渡したストラップはなんだったのぉぉおおおお!)

 部屋に園子の心の叫びが響く。そこへ遊びに来た萌生と修がやって来たが、鬼のような園子の形相に恐れをなして、そっと扉を閉めたのは言うまでもない。

――私だって、恋する女の子
    ――大瀬園子9歳。悩み多きお年頃。誰か彼女に素晴らしい恋の記憶を

――――――――――――
※かっとなって書いた。後悔はちょっとだけしている。このシナリオではアレな感じですが(不快に思われた方は申し訳ありません)、初めてP3をやった時はペルソナもここまで進化したのかと感動したものです。
 今回本編で没になったものを少しいじって書いてみました。次回も続けるかどうかは未定です。
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