リリカル・デビル・サーガ   作:ロウルス

22 / 51
――――――――――――

「ジュエルシード、シリアルXX、封印!」

 誰もいない夜の学校でジュエルシードを封印する。同時に、あの時の五島さんの言葉が頭に響いた。

――君は護るということを理解しなくてはならない! 戦いのなかに身をおかなくてはならない! 強くならねばならない! 悲劇を繰り返さないために!

 封印したジュエルシードを見つめる。早く残りのも封印しないと。そうじゃないと、アリスちゃんもマヤさんみたいに……

「……明日も、頑張らないと」

 精一杯じゃなくて、全力で。もう2度とあんなことが起きないように。

――――――――――――なのは/学校



第12話c 妄執の巨木《参》

 高町家の朝は早い。なのはの両親である士郎と桃子は喫茶店の用意をしなければならないし、なのはの兄姉にあたる恭也と美由希は幼い頃から続けている剣術の練習で早朝から剣道場に篭っている。普通ならばそれぞれの日課が終わったあたりになのはが起きてきて朝食となるのだが、今日はまだ部屋から出て来なかった。

 

「なのは、起きてこないね。寝坊かな?」

 

「まあ、日曜なんだし、寝かしといてあげましょ」

 

 学校がない日曜日とはいえ、朝食は一家そろって採るのが当たり前となっている。必然的に、話題はなのはのことになった。

 

「……桃子さん、なのはの事なんだが、最近、夜更かしが多くなってるんじゃないか?」

 

「ああ、確かにこのところ様子がおかしいな」

 

 なのはの事を溺愛している男性陣2名は、ここ数日で急に普段と違う様子を見せたなのはを心配していた。突然夜遅く外出し、妙に腹黒いものを感じるフェレットを拾ってきたかと思えば、思いつめた顔で帰ってきたこともある。

 

「昨日も夜遅く外に出て行っていたみたいなんだ。フェレットの時にさんざん言ったはずなんだが……」

 

「もう、お父さんも恭ちゃんも心配しすぎだよ」

 

 そんな2人を美由希は軽く窘める。なのはももう10歳だ。悩み多きお年頃であり、少しくらい寝るのが遅くなっても不思議ではない。第一、夜更かしと言ってもせいぜい日付が変わるまで。今どきの小学生としては良くできた方だろう。

 

「しかし、あれだけ疲れている顔をされるとなぁ……」

 

「まあ、もう少し様子を見ましょ? 気になるんだったら、今日のサッカーの試合に連れて行ってあげれば? なのはにもいい気分転換になると思うし」

 

「そうそう、すずかちゃんやアリサちゃんも誘ってあげればいいんじゃない?」

 

 心配のあまり何か行動しないと気が済まない様子の士郎に提案する桃子。美由希もそれに頷く。士郎は少年サッカーチームでコーチをやっており、今日はその試合がある。試合後は自身が経営する喫茶店で打ち上げをやることになっていた。何か悩み事があって夜更かしをしているのなら、にぎやかな中で気晴らしをするのも必要だろう。士郎は桃子と美由希に頷き返すと、朝食をかきこみなのはを起こしに向かっだ。

 

 

 † † † †

 

 

 一方、なのはの方はベッドで横になりながら、ふよふよと浮かぶジュエルシードを眺めていた。ユーノが持っていたジュエルシード1つに、昨日封印したのが1つ。五島の話だと、ジュエルシードは全部で21個。

 

「あと19個もあるのかぁ……」

 

 けだるい体を投げ出したままつぶやく。横にいるユーノはそれを眺めながら言った。

 

「疲れたかい?」

 

「えっ?! ううん! そんなことないよっ?!」

 

「……なのはは今はまだ魔法に慣れていないからね。続けているうちに魔力の放出や回復にも慣れて、少しづつ楽になっていくと思うよ?」

 

「そ、そうかな?」

 

「うん。人間でも、マラソンの練習なんかで何回も同じコースを走っていると、徐々に体が鍛えられて楽になっていくだろう? アレとおんなじだよ」

 

 気を使ってくれるユーノに照れ笑いで返すなのは。が、そこへノックの音が響いた。あわててジュエルシードをレイジングハートに仕舞って、起き上がるなのは。ユーノもケージの中へと逃げ込む。

 

「なのは? 起きてるかい?」

 

「お父さん? う、うん、起きてるよ」

 

 手早く部屋から魔法の痕跡が消えたことを確認するとドアを開ける。そういえば、朝食の時間はとっくに過ぎている。

 

「なのは、起きているなら、もうご飯が出来たから食べに来なさい。もうみんな食べ終わってしまったよ?」

 

「あ、うん。ごめんなさい」

 

 慌てて謝るなのは。しかし、次の言葉に悩むことになる。

 

「それと、今日はサッカーチームの試合があるんだ。よかったら、応援に来てくれないか?」

 

 

 † † † †

 

 

「結局、来ちゃった」

 

「しょうがないよ。変に疑われるのも問題だし、それに、この辺はまだ探していなかったからね。もしかしたらジュエルシードが見つかるかもしれない」

 

 こんなことしてる場合じゃないのに、という雰囲気をにじませるなのはをなだめるユーノ。気を使ってくれているのは分かるのだが、早く成果を出したいなのはとしてはどうしてもユーノがゆっくりしすぎに思えてしまう。

 

「ユーノく……ん?」

 

 だが何か言おうとする前に、ユーノが腕に飛び乗ってきて言葉を止める。どうしたのかと思ったが、人影が近づいてくるのを見て納得した。ユーノはフェレットを放し飼いしている人間なんていないだろうから、人前ではできる限り自分を抱えておくように言っていたのだ。

 

「なのはちゃん、おはよう」

 

「おはよう、すずかちゃん。アリサちゃんも」

 

「おはよう、なの……はっ!? なのは、そのフェレット……!」

 

 やってきたのはすずかとアリサ。すずかは普通に挨拶をしたが、アリサはなのはが抱えるフェレットを見て声を上げた。

 

「えっ!? ユー……、フェ、フェレットがどうかしたの?」

 

 魔法がばれたのかと思って慌てるなのは。しかし、2人は全く予期しないことを言った。

 

「そのフェレット、前に動物病院に預けてたやつだよね?」

 

「その病院、壊れてたでしょ?! なんで、なんでそのフェレットはっ!?」

 

 そういえば、ユーノの事は燃える動物病院から逃げ出してきてから2人に伝えていない。あれからアリサは風邪(となのはは思っている)で休んでしまったし、魔法の練習のせいですずかとも一緒に帰っていなかったため、話題に出すタイミングを逸してしまった。

 

「あ、えっとね……病院から逃げてきたところを捕まえたの。ごめんね、言うの忘れてて」

 

「そうなんだ。よかったね、無事……」

 

「なのはっ! 病院の近くに来てたの?! 他になんかいなかった? 化け物とか!?」

 

 普通に無事を喜ぶすずかを遮り、なのはに詰め寄るアリサ。よく見ると手が震えている。なのはは戸惑ったような声をあげた。

 

「ア、アリサちゃん?」

 

「あ、ご、ごめんなさい」

 

 我に返って謝るアリサ。なのはは様子のおかしいアリサに声をかけようとしたが、後ろから別の人物に遮られた。

 

「あっ! すずかちゃんだ! アリサちゃんも!」

 

「おー、高町もいるな」

 

 振り返ると、手を振る萌生といつも通りやる気がなさそうに歩いている修が見えた。

 

「萌生ちゃんっ?!」

 

「ちょっと、なんでアンタ達がいるのよ?」

 

 驚くすずかとアリサ。なのはは普段の調子を取り戻したアリサに言葉を引っ込める。同時に、取り敢えず話題がそれたことに胸をなでおろした。

 

「園子がサッカーチームのマネージャーやってるからな。見に来たんだよ」

 

「そうそう、卯月くんも出るんだよ?」

 

 事情を説明する修に同調して、楽しそうに言う萌生。が、孔の名前で空気が凍った。

 

「ア、アイツが?!」

 

「うん、キーパーが風邪だから、代わりにって」

 

 露骨に嫌そうな顔をするアリサ。すずかはどこか怯えたような表情になっていた。それを不思議そうに見ながらも話を続ける萌生。なのはもなんだか嫌な気分になった。どうにもせっかくの休日というのは邪魔されるものらしい。本来ならジュエルシードを見つけている筈だったのに、何が悲しくてサッカーで嫌な男の子の活躍を見なければならないのか。だが、グラウンドの方に目を向けた修の一言で現実を突きつけられる。

 

「おい、あれって……!」

 

「あ、卯月くんだね? 園子ちゃんと、あとアリシアちゃんとフェイトちゃんも一緒だ。 アリシアちゃーーん、こっち、こっち!」

 

 無邪気さ全開でアリシアとフェイトに向かってアピールする萌生。なのはは余計なことをと思いながらも、グラウンドに目を向けた。

 

 

 † † † †

 

 

「あ、萌生ちゃんだ。萌生ちゃーん!」

 

 孔はグラウンドで萌生に応えるアリシアの声を聞いていた。フェイトにアリスも一緒だ。そして、その後ろではリニスがコーチである士郎に今日はよろしくと挨拶をしている。正に休日という雰囲気の中で隣の園子に話しかける孔。

 

「みんなはあっちで見てるみたいだな」

 

「……そうみたいだね」

 

 が、園子からはどこか不満そうな声が返ってきた。やはりアリシア達と一緒に来たのが不満だったようだ。

 

「ねー、孔お兄ちゃん、あっちになのはお姉ちゃんいるよ? あっち行こう?」

 

「アリス、これから試合に出るのに応援する側に回ってどうするんだ?」

 

「むー。アリス、孔お兄ちゃんとなのはお姉ちゃんと3人一緒がよかったなぁ」

 

 中でも最大の不満は隣でベタベタと孔に引っ付くアリスだろう。かといって、無邪気に喜ぶアリスを引き離すわけにもいかない。微妙に困っていると、リニスが声をかけてきた。

 

「ほら、アリスちゃん、もうすぐ試合も始まりますから、向こうへ移りましょう。コウの応援をしましょうね?」

 

「はーい!」

 

「あ、アリスちゃん、待って!」

 

 返事をして駆け出すアリスに引っ張られ、走るアリシア。フェイトもそれについて歩き始める。孔はリニスに礼を言った。

 

「悪いな、リニス」

 

「いえ。後でちゃんと面倒を見てあげて下さいね? アリスちゃんも、あんなことがあった後ですし」

 

 確かに、このところ事件続きだった。平気そうに見えるが、アリスにもストレスが貯まっているかもしれない。

 

「では、私もアリシア達と見ていますから、頑張って下さいね?」

 

「ああ、ありがとう」

 

 優しげな笑顔を残してギャラリーの方へと向かうリニス。後には、孔と園子が残った。

 

「今の、卯月くんのお姉さん?」

 

「うん? まあ、そんな所かな?」

 

 話しかけてくる園子に頷く孔。園子は複雑な表情で呟く。

 

「……卯月くんにあんなきれいなお姉さんに可愛い妹がいたなんて、知らなかったなぁ」

 

「まあ、俺もアリスも小学生だからな。保護者がわりについてきて貰ったんだ。それより、ポジションとかを教えて欲しい。俺はキーパーって話だが……」

 

「あ、うん。ええっとね……」

 

 孔は慌てて話題を変えた。園子はそれに応え、孔にチームメイトを紹介していく。パスは誰に回せばいい、オフェンスはこの子。

 

「へえ。助っ人か」

「ああ、よろしくな」

「おう、キーパーってみんな嫌いだから助かったぜ!」

「ちょっと、嫌いはないでしょ?!」

 

 孔も軽く挨拶をしながら、チームメンバーの特徴を掴もうとする。その傍ら、

 

(大瀬さん、本当に楽しそうだな)

 

 園子の楽しそうな声を聞きながらそう思った。萌生や修、アリシアと話している時のように、園子は自然な笑顔を浮かべている。

 

(……植え付けられた感情よりずっといい)

 

 どうも自分に向けられるのは作り物の好意か理不尽な憎悪のどちらかのようだ。そして、残念な事に憎悪の方には心当たりがない。

 

「あ、コーチ。この間言っていた助っ人の卯月くんです」

 

「よろしくお願いします」

 

「……ああ、よろしくな」

 

 今もコーチとして紹介された人物から凄まじい殺気を込めた視線を受けている。いつかコーヒーを買いに行った時の店員だ。

 

「コーチは翠屋って言う喫茶店もやってるんだよ? うちのチームもそこから取って、翠屋FCって言うの」

 

 視線に含まれた意思に気づかない園子の説明が続く。初耳だ。もっとも、知っていたとしても園子を傷つけないようにとサッカーには参加しただろう。

 

(……世の中は狭いな。それにしても、俺もこのコーチも運のない事だ)

 

 不運を嘆きながら、孔は一瞬だけそのコーチに目を合わせてすぐに反らすと、

 

「では、俺は向こうで体を動かしてきます」

 

「あ、わ、私も」

 

 そう言って他のチームメンバーに混ざることにした。厳しい視線を向け続けるコーチ、士郎を置いて。

 

 

 † † † †

 

 

(今のところ、チームメイトに手を上げる気配はない、か)

 

 一方、士郎の方は園子に引かれて挨拶に来た孔を警戒していた。始めて見た時と同じように、普通に接するには何処か違和感がある孔を、排除すべき異常として無意識に認識していたのだった。アレはまずい。危険だと。

 

(といって、リニスさんや園子ちゃんに参加してもいいと言ってしまった手前、試合に参加させないわけにはいかないし……よりによってなのはを誘った日に当たるとは…… )

 

 あんなものがいては、なのはも気晴らしどころではないだろう。下手をすると逆効果の可能性もある。

 

(警戒を弱めないようにするしかないな)

 

 なのははもちろん、サッカーチームの面々にも危害を加えないように。ボディガードをやってきたころの鋭い視線そのままに、士郎は試合開始のホイッスルを持ってグラウンドへ向かうのだった。

 

 

「あ、止めた! 卯月くんが止めたよ!」「ああ、ソウダナ……」

「コウ、頑張って~! ほら、シュウも応援!」「ソウダナ……」

 

 試合に応援で盛り上がる萌生とアリシアに挟まれ、修はいたたまれなさ全開で試合を見ていた。後ろからはアリサにすずか、なのはに加え、フェイトのまき散らす負のオーラがひしひしと伝わってくる。

 

(茶と水色のチョコミント柄のオーラが伝わってきそうだな本当に)

 

 4人も決して相手側を応援したり、露骨に嫌な顔をしたりしているわけではなく、オフェンスが得点した時にはしっかり歓声を上げていた。が、キーパーが活躍しても全くの無反応で、後ろがやけに静かだとどうにも気になってしまう。そして、彼にダメージを与えている原因がもう一つ。

 

(あの何事もなくフェイトと一緒にいるの、リニスだよな。まあ、アリシアがいるんだから、いてもおかしくないけど……)

 

 死んでいると思っていた人物が生きており、死なないと思っていた人物が死んでいく。本当に今回は何も起こらないよな? そう思いながらグラウンドに意識を向ける修。負のオーラに呑み込まれている場合ではない。そう言い聞かせて、この場を乗り切る事にした。

 

 

(な、なんていうか……)(……お、応援しにくいわね)

 

 修の思った通り、すずかとアリサは内心複雑だった。なのはの手前、翠屋FCを応援しないわけにはいかなかったが、キーパーを孔がやっていると、つい相手チームのゴールが決まればいいのになどと考えてしまう。

 

「修くん! いま、オーバーヘッドした! 卯月君が!」

 

「……まあ、あいつならあのくらい余裕だろ」

 

 前で見ている2人の歓声もその感情をあおっていた。明らかに少年サッカーのレベルを逸脱した光景を前にすれば当たり前であることは理解できるのだが、いちいち興奮して「孔君(コウ)が」から始めないでほしい。もっとも、

 

(やっぱり化け物は違うわねっ!)

(どうして、化け物って思われそうなことも平気でするんだろ?)

 

 2人の想いのベクトルは微妙に違っていた。アリサは怒りを加速させて自分を維持しようとし、すずかは自らの異常性を前に出す行為を疑問に思うとともに、その結果と自分の未来を重ね合わせて恐怖していた。

 

 

 

 そんな光景に憂鬱を覚える人物がもうひとり。リニスだ。その原因は前列と後列の盛り上がり方の差。理由は知っている。あのゲームに飲み込まれた時、アリサとすずかに魔法を見られてしまったせいだ。それが未だ続いている事に、リニスは心を痛めていた。

 

(……そういえば、孔が学校ではどんな感じなのか聞いたことがありませんね)

 

 使い魔だからといって四六時中一緒にいる訳ではない。互いに知らないところがあって当然だ。しかし、アリサやすずかのような視線に晒されているのだとすれば、精神面で結構な負担がかかっているはずだ。

 

(終わったら翠屋で打ち上げもやるみたいですし、学校についてはそれとなく聞いてみることにしましょう)

 

 幸いにして、修や萌生のような友達はいるようだ。嫌われていない側からの意見も聞けるだろう。フェイトの苦悩も軽減できるようなヒントも得られるかもしれない。主人の苦を取り除くという使い魔の役割を全うするために、リニスは悩み続けるのだった。

 

 

「ねー、孔お兄ちゃんあんまり動かないの、つまんない!」

「にゃ、にゃははは、しょうがないよ。卯月くん、キーパーだし」

 

 一方、なのははアリスと一緒に試合を見ていた。たまに孔が見せるアクロバットに盛り上がるものの、アリスとしてはもっとシュートを決めまくるのを想像していたらしく、地味なポジションにいる孔は見ていて退屈なようだ。それでも、なのはと一緒にいるのは嬉しいらしく、無邪気に笑いながら我儘を言って甘えてきてくれる。

 

(やっぱり、マヤさんが魔法に巻き込まれたなんて言えないよね……)

 

 そんなアリスを見て、なのはは憂鬱な気分になっていた。つい先日、一緒に遊んでいた人がもういなくなったのだ。3人で遊ぶことは、もう叶わない。その残酷な事実をなのはは告げることが出来なかった。

 

「ねー、なのはお姉ちゃん、それ、何?」

 

「えっ!? フェレットのユーノくんだよ?」

 

「ふーん……?」

 

 観戦に飽きたのか、じろじろとユーノを見続けるアリス。ユーノは体をびくつかせた。どうもアリスを警戒しているようだ。なのははユーノに何か言おうとしたが、

 

「やーん、変な動物が怒ったー!」

 

 普通の動物と同じように接するアリスを見てやめた。本当に楽しんでいる様子のアリスに、なのははこれが見られただけでも来てよかったかなと思うのだった。

 

 

 

(……やはり何か武術をやっているな)

 

 一方、グラウンドでは士郎が孔をじっと観察していた。キーパーらしく積極的に前に出て動き回るという事はないのだが、油断なくフィールドを見渡す立ち姿はかつて士郎がボディガードとして働いていた時に見た襲撃者と同じものだ。

 

(……コレで刀を持っていたら相当危険だな)

 

 刀を持っていたら孔でなくとも危険人物だが、士郎にはその「刀」が決定的な欠落に思えた。まるで最後のピースが欠落したパズルような――

 

「む?」

 

「コーチ、卯月くんが止めたよ!」

 

 身体能力もかなり高いらしい。キーパーとしての役目もしっかり果たしていた。グラウンドの都合もあるが、少年サッカーと言えど通常の大人用のゴールを用いている。身体の大きさや体力を考慮すると相手のシュートを止めるのは難しいはずなのだが、今のところ得点を許していない。そして、片手でボールを抱えながら、もう一方の手でメンバーにジェスチャーで指示を出している。オフェンスへと正確にボールを蹴り込む孔。

 

「卯月くん、やっぱり凄い!」

 

「……上手い指示だな」

 

 想い人の活躍を嬉しそうに見る園子と感心する士郎。もっとも、士郎の方は決して喜んでいるというわけではなく、どちらかというと不自然さを感じていた。

 

(少年サッカーでチームメイトに指示を出すキーパーがいるとは思わなかったな。何処かでサッカーを習っているか、あるいは……他の何かで経験を積んでいるか、だな)

 

 まるで組織を束ねる司令塔のように活躍する孔に、士郎は孔への警戒を強めていた。

 

 

 † † † †

 

 

「ありがとうございましたー!」

 

 そんな声とともに試合は終了した。結果は2―0で翠屋FCが勝利。負けた方は肩を落として帰っていく。文句を言わず反省会だと言っているあたり相当できたチームなのだろう。コーチである士郎から見ても、レベルの高い相手だった。

 

「やっぱアイツすげえ」「マネージャーのカレシだろ?」「うちのチームに入ればいいのに」

 

 そして、少年達はそんな相手を下した要因である孔の話題で持ちきりだ。何時もなら試合の話題に加え、ゲームやら観戦に来た可愛い女の子やらこどもらしい話題で盛り上がるのだが、今日はそれがない。

 

(こども達の心を上手く掴んだか。活躍していたから仕方ないとは言え……やはり気をつけなければいかんな)

 

 振り返ると、孔は列の最後尾を園子と一緒に歩いていた。園子は本当に楽しそうに話しているが、孔の方はあまり表情を変えない。それは、意図して表情を消しているようにも見えた。

 

(何かするような殺気はないが……)

 

 あるいは、園子以外の誰かを狙っていて、友人以上の関係の(と士郎には見える)園子が邪魔になっているのかもしれない。

 

(……もうしばらく様子を見るか)

 

 本当は孔の近くで見張っておきたかったが、自分は引率をこなさなければならない。かといって、自分から最後尾に並んだ孔を呼ぶことは出来なかった。何かと先頭を歩きたがるお年頃の少年達。前の方ほどこどもが多いのだ。誰かに危害を加える可能性がある以上、人の多い方には呼べない。

 

(狙ってやっているとしたら、面倒だな)

 

 そう思いながらも、歩みを進める士郎。この先の横断歩道を渡れば翠屋はすぐそこだ。が、孔を見ていると妙な胸騒ぎを感じる。店内でも気をつけなければなるまい。そんな事を考えていると、前から翠屋の常連客が歩いてきた。

 

「あら、士郎さん。今日は」

 

「百合子さんか。今日は」

 

 よく翠屋へ来てはコーヒーを頼み、桃子と話して帰っていく女性だ。コーヒーにはこだわりがあるらしく、豆の種類を指定することも多い。コーヒーを扱っている士郎とも話す機会は多かった。

 

「今日は少年サッカーの打ち上げで貸しきりみたいね。桃子さんに追い出されたわ」

 

「せっかく来ていただいたのに、申し訳ありません」

 

「そうね、せっかく来たんだし、私も保護者ということにして、混ぜてもらえないかしら?」

 

「は?」

 

「冗談よ」

 

 しかし、士郎はこの女性が苦手だった。何時ものように、まるで此方をからかうように言葉を紡ぐ。

 

「怖い顔してたから。こども達の前でしょう?」

 

「は、はあ。それはどうも」

 

 調子を狂わされながらも、士郎は百合子が孔と懇意にしているのを思い出した。調度いい。話を聞こうと口を開き、

 

「それと、孔に手を出しちゃダメよ。彼は私のなんだから」

 

 何処か冷たい声と共に遮られた。そのまま妖艶な笑みと共に去っていく。

 

(……まるで夏織だな)

 

 士郎はその後ろ姿に、かつて自分を散々引っ掻き回した女の影を見ていた。孔の方へと向かう百合子。士郎はほんの少しだけ、孔に同情した。

 

 

 

「卯月くん! 今日の試合、すごかったよ!」

 

「あ、ああ。ありがとう」

 

 孔は嬉しそうに話しかけてくる園子と歩いていた。ちなみに、修は先に行くと言ってアリシアたちを連れてさっさと行ってしまった。ニヤニヤしながら園子と孔をみて告げてきた顔が忘れられない。

 

(大瀬さんが俺に好意を持った切っ掛けを知ればなんというか……)

 

 昼休みに助けてやってくれと頭を下げるくらいだ。怪しげな魔法で洗脳したなどといえば、やはり怒るだろう。

 

「ね、ねえ。喫茶店での打ち上げが終わったらね、そ、その……」

 

 そんな孔の内心に気付いていないのか、園子は恥ずかしそうに予定を聞いてくる。周りに聞こえないほどの小声だ。もっとも、意図して周囲を気にしている感じではなかったが。

 

(どうしたものか……? うん?)

 

「どうしたんだろ? 信号かな?」

 

 そんなとき、先を歩いているチームメイトが止まっていた。先頭を見ると、士郎が女性に話しかけられている。話が終わったのか、すれ違うようにして歩き始める士郎と女性。遠目に見ても士郎の顔はどこか疲れたような表情をしていた。こちらへ近づいてくるその女性に、孔は見覚えがあった。

 

「百合子さん……」

 

「ふふ。また会えて嬉しいわ」

 

「……誰?」

 

 戸惑いがちに名前を呼ぶ孔と、どこか楽しそうに話しかけてくる百合子。園子は敵意をむき出しにして百合子を見ていた。しかし、百合子はまるでそんな視線など感じないかのように話を続ける。

 

「喫茶店へ行こうとしたんだけど、今日は貸し切りだからって断られちゃって。残念だわ。貴方と過ごしたかったのに」

 

 相変わらずねっとりとした視線と一緒にどこか余裕を持った調子で言葉を綴る。孔は園子を守るように立ちながら、話を続けた。

 

「これからあの店で打ち上げがありますから」

 

「そうみたいね。ところで……」

 

 百合子はようやく気付いたかのように、後ろにいる園子に目を留める。孔の背中に隠れながらも、キッと睨み返す園子。

 

「ずいぶんかわいい子ね。彼女かしら?」

 

「……そういうわけじゃありませんよ」

 

「でしょうね。都合がいいだけのお人形を作っても、それは彼女とは言わないわ」

 

「っ!」

 

 目を見開く孔。百合子は近づくと、

 

「こんなふうに造らなくても、私はずっとあなたのそばにいるのよ。忘れないでね」

 

 耳元でそうささやいて行ってしまった。角を曲がって見えなくなると、一瞬で気配が掻き消える。

 

「なにあの人。嫌な感じ……」

 

「……そうかもな」

 

 露骨に嫌悪感を出す園子。孔はあいまいに頷くしかできなかった。しばらく気まずい沈黙が流れたが、

 

「あ、もうすぐ翠屋だよ? コーチたち、もう始めてるみたいだね」

 

 それを打ち破るように明るく振る舞い始めた園子に導かれ、孔は翠屋の扉をくぐった。

 

 

 † † † †

 

 

「ふーん、美由希お姉ちゃんって言うんだ」

 

「そうだよ? よろしくね、アリスちゃん」

 

 喫茶店『翠屋』。美由希は一足先に入ってきた観戦組を喫茶店で出迎えていた。もともとサッカーチームの打ち上げで貸し切り状態になる店の手伝いで来たのだが、修たちが普通に席に着く中、なのはの後ろにくっついて挨拶に来たアリスを目にして、

 

(か、可愛い……! あの腹黒いフェレットなんかよりずっと可愛いっ!)

 

 思わずアリスを撫でまわしていた。アリスはなすがままにされている。そんな姉に危険なものを感じ取ったのか、なのはが止めに入る。

 

「もう、お姉ちゃん、アリスちゃん困ってるよ?」

 

「えー、そんなことないよ、ねー?」

 

「ねー?」

 

「きゃー、かわいいー!」

 

 アリスの反応に声をあげて喜ぶ美由希。隣からなのはの溜め息が聞こえてきた気もするが、気にしないことにする。美由希としては、朝も話題になったなのはがこうして「無害そうな」友達を連れてきたのは素直に嬉しかった。

 

(アリスちゃんが普通の娘で一安心、かな?)

 

 アリスのことはよく高町家でも話になっている。数年前から、なのははよく「今日はアリスちゃんと遊んだ」と食事の席で楽しそうに話すことが多くなった。士郎が重傷を負い、治療費のため家族が店にかかりっきりになったころからだ。家族があまり構ってあげられず、暗くなりがちななのはが、楽しそうに友達の話を始めたときは心底安心したものだ。

 

「すみません。アリスちゃんがお世話になっているみたいで」

 

「あら、いいのよ? よくなのはとも遊んでくれてるみたいだし」

 

 隣からは微笑ましくこども達を見守るリニスと桃子の声が聞こえてくる。母親もアリスの事が気に入ったようだ。

 

「でも、コウもサッカーチームに参加させてもらいましたし」

 

「ええ、士郎さんもメンバーが増えて喜んでるわ」

 

 アリスの兄だというコウという人物の事は初めて聞くが、この分だと大丈夫だろう。美由希はそう安心していた。ドアを開けて、本人が入ってくるまでは。

 

 

 † † † †

 

 

「……で、何でこうなるんだよ?」

 

「だって、しょうがないじゃない。卯月くん、アリスちゃんに持ってかれちゃったし」

 

 修はいたたまれなさのあまり、横の萌生に文句を言っていた。目の前にはむすっと頬を膨らませた園子が座っている。2人一緒に入ってきたはいいが、何と横からアリスが孔の手を引っ張って、あろうことかなのはのいる席に連れていってしまったのだ。

 

「あ、あはは。アリスちゃん、なのはちゃんとコウと3人がいいって聞かなくて……」

 

 重い空気を笑って何とかしようとするアリシア。これが更に空気を重くするのは言うまでもない。

 

「……」

 

「あ、あはは……は、はぁ……ごめん」

 

(……やりずれぇ)

 

 重い空気にひたすら耐える修。横ではフェイトが戸惑いながらケーキを突っついている。どうやらコイツらは本当に園子の不機嫌の原因を分かっていないらしい。いつもの昼休みのメンバーに誰もいないシートが一席。そこへ、

 

「すみません、ここ、いいですか?」

 

 リニスがやって来た。ちょうど空席の隣に座る園子に声をかける。

 

「えっ?! あ、いいですよ?」

 

「あ、リニスだ」

 

 虚を突かれて普通に返事をする園子と、声をあげるアリシア。フェイトも話しかけた。

 

「どうしたの?」

 

「お店の手伝いが終わったので、休憩に来たんですよ」

 

「手伝い?」

 

「ええ。コウやフェイトたちがお世話になったみたいだから、お礼に洗い物とかを手伝わせて貰ったんです」

 

 紅茶とシュークリームを持って席につくリニス。ミルクを足して、ティースプーンでかきまぜる。一口啜って、少し顔をしかめた。熱かったらしい。

 

「園子ちゃん、ごめんなさいね? アリスちゃんも、コウと遊ぶのが久しぶりなんです。ちょっとだけ、我慢してあげて下さい」

 

「えっ?! あ、いや、わ、私は、そんな……」

 

 自然な調子で謝られ、園子は慌てた。ついでにわたわたと照ればじめる。リニスは楽しそうに笑いながら、

 

「ふふ。園子ちゃんはコウの事が本当に好きなんですね」

 

 その一言で真っ赤になる園子。アリシアは握っていたフォークを落っことし、フェイトは驚いたようにリニスを見ていた。

 

「な、なななな、なに言ってるんですか、リニスさんっ!」

 

「あら? みんな噂してましたよ? マネージャーがカレシ連れてきたって」

 

 いたずらっぽい笑みを浮かべながら、リニスは続ける。

 

「それとも、コウは嫌い、ですか?」

 

「そ、そんなことありません!」

 

「そう。良かった」

 

 紅茶を口に運び、軽く言葉を切るリニス。園子は相変わらず顔が真っ赤だ。

 

(流石、扱いが上手いな)

 

 そんなリニスを見ながら、感心する修。さっきまで気まずかった空気はいつの間にか霧散していた。

 

 

 

「リニス、なんだか楽しそうだね?」

 

「ええ。それは楽しいですよ? コウやアリシアの学校での事も聞けますし」

 

 一方のリニスも、この雰囲気を楽しんでいた。こども達を話せば話すほど、普段知らない孔達の側面を知ることが出来る。そして、それが自分の心配が杞憂だったと教えてくれるのだ。

 

「えっ? 学校でって、どんな?」

 

「そうですね、フェイトは真面目に授業を聞いているけど、アリシアは授業中もよくお喋りしてるとか」

 

「そ、そそそそ、そーんなことないよ?」

 

 リニスとしてはからかっただけなのだが、どうやら図星だったようだ。ちなみに、アリシアのことは外向けにお嬢様をつけずに呼んでいる。

 

「萌生ちゃん、本当ですか?」

 

「えっ? ええっと、よく卯月くんと喋ってる、かな?」

 

「そ、そこは本当だって言ってほしかったな!」

 

 慌てるアリシア。それからは、学校の話になった。園子が孔の事を話せば、修が美化しすぎだと茶化し、萌生はフェイトが真面目で勉強も運動も出来ると言い、当の本人は真っ赤になってうつむいていた。

 

(なんだ。フェイトもコウも、上手くやってるんじゃないですか)

 

 それを上機嫌で聞くリニス。自分の大切な人はいい友達に恵まれているらしい。今も、萌生はフェイトと楽しそうに話している。

 

「でも、卯月くんにこんなお姉さんがいたなんて知らなかったなぁ。ねえ、フェイトちゃん、フェイトちゃんはお姉ちゃんとかいないの?」

 

「え? ええっと……アルフがいる、かな?」

 

「へー、会ってみたいなぁ。ねえ、今度フェイトちゃんの家に行っていい?」

 

「えっ?! でも、母さんもいるし、聞かないと……」

 

「あら、いいじゃありませんか。プレシアも喜ぶと思いますよ?」

 

「えっ? そ、そうかなぁ?」

 

「ええ。アリシアだって、アリスちゃんを連れてきたら楽しそうだったでしょう? フェイトが友達を連れてきて嬉しくない筈ありませんよ」

 

 背中を押すように言うリニス。少し驚いたように目を見開いてから、フェイトは嬉しそうに笑った。

 

「そうか、そうだよね。私だって……」

 

 リニスはそんなフェイトの自然な笑顔を見て嬉しそうに笑う。

 

「ええ。そうですよ。もうすぐプレシアも迎えに来ますから、この後、よかったら――」

 

 フェイトの周りにある温もりを家族にも知ってもらおうと、リニスは言葉を続けた。

 

 

 

 一方、なのははキョロキョロと落ち着かない様子でケーキを前にしていた。アリスに引っ張られてやってきた孔は、やはり場の空気を壊している。目の前には見るからに嫌そうなアリサと怯えたように此方を伺うすずか。そして、いたたまれなさ全開で座る元凶の孔。ひとりアリスだけが嬉しそうにケーキを頬張る。

 

「んー。美味しい! なのはお姉ちゃんのお家、ケーキ屋さんだったんだね、アリス、知らなかったよ!」

 

「にゃ、にゃはは。あ、ありがとう、アリスちゃん……」

 

 物凄くやりづらそうに笑うなのは。時々孔とはアリスと3人で遊んだりしているので、孔の存在自体はそれほど気にならないのだが、前の2人の凶悪な雰囲気に意識が飛びそうになる。

 

 無言で不機嫌そうにジュースの氷を鳴らすアリサ。気持ち悪い虫を避けるように体ごと向きを反らすすずか。怖い。怖すぎる。気持ちは分からなくはないが。

 

「にゃ、にゃははは……は、はぁ……ごめん」

 

 乾いた笑い声が空しく響く。ちなみに、ユーノは孔が入ってくるのを見るや、一目散に店の奥へと逃げて行ってしまった。

 

(うぅ……ユ、ユーノくんの薄情ものぉ……)

 

 心の中で文句を言っても、空気は悪いままだ。向こうの席からの楽しげな笑い声も手伝って、非常に居づらい。

 

「あ、私、これから出かけるんだった」

「あ、わ、私も……な、なのはちゃん。ごめんね。今度お茶でも」

「そうね。3人でやりましょう」

 

 無駄に3人でを強調して去っていく2人。すずかはなのはに謝りながら、アリサはすずかの手を引きながら、しかし孔の方は一瞥もせずに去って行った。

 

「むー。なんか怖い。さっきまでは笑ってたのに」

 

「にゃ、にゃはは。ホントはアリサちゃんもすずかちゃんも悪い子じゃないんだけど……」

 

「……悪いね。高町さん」

 

「あ、や……べ、別に」

 

 普通に謝る孔に、狂った調子で頷くなのは。いたたまれないのはなのはも同じだ。それでもある程度の慣れがあるのか、嫌悪感を剥き出しにしているという訳ではない。

 

「いや、俺はやっぱりリニスと」

 

「ダメ! だって、最近一緒に遊んでないもん! ほむらさんのところにも行ってないし。マヤさんだって、なのはお姉ちゃんと一緒に遊ぼうとしてたのに遊べなかったし……。だから、今日は一緒にいるのっ!」

 

 まくしたてるアリスにやれやれと椅子に座りなおす孔。なのははマヤの名前を聞いて俯いていた。きっと、アリスは苦しんでいるのだろう。あの時の自分のように……

 

「ここ、いいかな?」

 

 そこへ、なのはの兄、恭也がやってきた。返事も聞かずにさっきまですずかが座っていた席に座る。

 

「お、お兄ちゃん……。 お手伝いはいいの?」

 

「ああ、今は美由希もいるからな。休憩中だ」

 

「えっ? なのはお姉ちゃん、お兄ちゃんがいたの!?」

 

 急に現れた恭也に声を上げるアリス。恭也は軽く笑って返す。

 

「君がアリスちゃんか。なのはから話は聞いているよ。なのはと遊んでくれてありがとう」

 

「うんっ! アリス、なのはお姉ちゃんと仲良しだからっ!」

 

 ねー、となのはに同意を求めながら、無邪気に笑うアリス。そんなアリスに恭也も柔らかい表情を浮かべる。なのはは軽くなった空気を感じ、いつもと変わらない優しい兄に感謝した。が、恭也が孔に視線を向けた瞬間に悟る。そんなものは幻想だったと。

 

「……アリスちゃんのお兄さんは、剣術か何かをやっているみたいだな」

 

(あう、やっぱり……)

 

 果たして、恭也は孔へ殺気を飛ばし始めた。孔はそれを軽く受け流す。

 

「いえ。俺は何も」

 

「いや。隠さなくてもいいんだ。俺も古武術をやっているからね。見ればわかるよ。かなりの使い手だってね」

 

「そうですか。ずいぶん本格的なんですね。でも、俺はそんな使える訳では……」

 

「えー、そんなことないよっ! 孔お兄ちゃん、ちゃんとアリスを助けてくれるんだよっ! それに、よくプレシアさんのところでお勉強してるもん!」

 

 あくまでやんわりと済まそうとする孔に余計なことを言うアリス。アリスとしては、孔の事をよく見てもらいたかったのだろう。なのははキリキリと胃が締め付けられるのを感じた。

 

「アリス、お勉強はあまり武術と関係な――」

 

「いや、せっかくだし、「勉強」の成果を見せてくれないか。家には道場もあるんだ。ぜひ一仕合してみたい」

 

 孔の言葉を遮り、強引に道場へと誘う恭也。なのははそんな兄をただ心配そうに見詰めていた。

 




→To Be Continued!

――悪魔全書――――――
愚者 高町美由希
※本作独自設定
 なのはの姉。私立風芽丘学園に通う高校2年生。趣味は読書だが、幼い頃から続けてきた剣術のせいで刀剣マニアでもあるという偏った趣味の持ち主。兄の恭也から古武術「御神流」を学んでいる。高町家の中で唯一料理が作れないのが悩み。
――元ネタ全書―――――
ふふ。また会えて嬉しいわ
 真・女神転生Ⅰ。夢の中での再会時のゆりこ。なお、今作ではゆりこは百合子の文字を使用しています。
――――――――――――

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。